陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「ままならない貴女を開く鍵」(二)

2006-10-23 | 感想・二次創作──マリア様がみてる

だから祐巳はこう答える。

「それはロザリオです。なんといってもお姉さまが、私にはじめて下さったものですから」
「はじめて? そうね…」

祥子さまは、ふっ、と小さな笑みを漏らすと意味深に目を細めた。椅子から立ち上がって、おもむろに祐巳の胸元に手をあてる。
祐巳はどきりとした。それは驚きと喜びの胸のとどろき。いつものタイを直してくださる仕種だろうか。

祥子さまがこの素振りをみせるときは、重大なニュアンスが含まれているのだ。
満を持して紅薔薇のつぼみ、いや次代紅薔薇として真っ当な回答をしたつもりなのに。聡明な人を前にして、何かまた見当違いなことを述べてしまったのだろうか。

少しだけ不安を抱えながら、祥子さまの美しい指の動きに身を委ねていると、その手のひらは品良く整えられたタイの結び目の上に、軽く乗せられたのだった。その下には、ロザリオが潜んでいる。

「祐巳と初めて出会ったとき、ふと貴女のタイを結び直したくなったのは…私はきっと確かめたかったのよ。私のロザリオが祐巳に合うかどうかを」

祥子さまのロザリオは重い。そして貴重だ。
それを受け取ることは、十五歳まではとりたてて平凡な人生を送り、ようやく私立リリアン女学園高等部の学園生活に慣れはじめた祐巳には重荷だった。紅薔薇のつぼみとしての役目。小笠原祥子という学園スターに選ばれたという負い目。

手のひらにすっぽりと包み込めるほどのその十字架は、その当時あまりにまばゆく輝いていて、とても背負いきれないように思われた。

だから恐れ多くも祐巳は、祥子さまの有り難いお申し出を一度は拒んでしまったのだ。
けれど去年の学園祭での紆余曲折を経て、いまそのロザリオは祐巳の首から片時も離れずに馴染んでいる。

祥子さまは祐巳の首筋を撫でつける様にしながらも、指で金鎖をすくってロザリオを取り出した。
磔刑のイエス様は祥子さまのお手のなかでは、まるで両腕を大きく広げて迎えてくれているようにさえ見える。祐巳の体の温もりが宿った黄金色の十字にやさしく唇を寄せて、祥子さまは囁くように語りかけた。

「本当によく似合っているわ。祐巳のか細い首にこのロザリオを掛けたこと、今でも少しも迷いはない。この一年間、貴女は私の妹として、山百合会の一員としてよくやってくれたわ…ありがとう、祐巳」

ふいに祥子さまに、ギュッと抱き締められた。
豊かな胸の膨らみに身の圧迫感は覚えても、心はいつも軽く柔らかくなる。もったいない感謝のお言葉に、祐巳の瞳にふわりと甘い涙が浮かんだ。

こんなふうに懐の温かさを感じ、瞳を交わして言葉を繋げ、心を通わせた二人だけの日々は、もう残り少ない。卒業式までは三月足らず。別れの季節を思うと、祐巳の嬉し涙にはほろ苦さが混じって、止め処なく溢れてくる。



【目次】マリア様がみてる二次創作小説「ままならない貴女を開く鍵」




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