陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「召しませ、絶愛!」(十)

2022-04-19 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

「…千歌音ちゃん、ごめんね。へんなことになっちゃって」
「もういいのよ。はじめてなんだから、仕方なかったわ」

姫宮千歌音と来栖川姫子。ふたりして、頭を下げる。
姫子は千歌音を困らせたくはなくて、それ以上にみんなの迷惑をお詫びしたくて申し出たこと。そんな正直な素朴な姫子だから、千歌音は好きなのだった。出会ったときの胸衝いたその笑顔を護りたくて、どんな運命にだって、試練にだって、人からの非難にだって逆らい、耐えていけたのだった。私たちふたりならば──そんな自信が手をつなぎあったふたりの中にはしっかりとあるのだった。

「私たち、そのカップ焼きそばを口にしてはいなかったのです。調理法を誤ってしまったもので」

姫子がこくんと頷いてみせる。失敗したのは姫子だけのはずだが、千歌音も共に責任を分かち合ってくれるのが嬉しかった。さすが、わたしの千歌音ちゃん、大好きだよ。顔にめいっぱいそう書いてあるのだった。それは愛を交わすことよりも、肌を重ねることよりも、永遠を誓い合った伴侶としては、とても大事なことのはずだった。

来栖守千歌音は、その光景になぜか嬉しそうだった。目を細めて言うには、

「私もカップ焼きそばは口にしないの。姫子はお腹を壊すから、即席めんの類は食べさせないの。身体に悪いし。ね、姫子?」

姉というよりは、保護者のような口ぶりである。
年齢差が数歳あるようだ。しかも少々過保護気味なのは、この姉妹には両親が幼いころからいなかったせいかもしれない。姫宮の両親と離れて暮らすことの多かった千歌音にはなんとなく察せられた。

「あ、でも…。お姉ちゃん、あのね、わたし、大神先輩が好きだから焼きそばパンはたまに食べてたの」
「そうなの? 大神くんはオムレツが好きだと思っていたけれど」

大神くん? 来栖守さんの同級生? まさか、大神ソウマのそっくりさんまで、あちらの世界にいるのかしら。姫宮千歌音の頭は、ますますこんがらがってくる。せめて、引き連れてこなかったのが救いだろう。もしいたら、もの言わぬ石の像がこの村に増えているところだ。

「あのう、わたしもカップ焼きそばの中身は食べません。胸がもたれるので。でも、その空の容器は絵具を溶くのに便利なので、よく画家仲間からもらってます」
「でも、この場合は容器が原因ではなさそうな気がするし…」
「私と姫子は、お祭りの露天商の焼きそばを食べたこともあるわ。そもそも、カップ焼きそばである必要もないのかも…」

けっきょく、それから小一時間ほども議論をしたが結論は出なかった。
何が悪いのかわからない。ただ、どの世界にもカップ焼きそばに近いものに関わった形跡があるということだけだった。

「でも、原因はやはりわからずじまいなのだけれど。ほんとうに夢みたいね。姫子と私の近しい人たちに会えるだなんて。奇蹟だわ」
「ほんとうだね、千歌音ちゃん。わたしも不思議だけど、すごく楽しいよ」

一同、ふたりの巫女に頷くことしきりである。
全員がいっせいに供されたお茶を飲んで、笑い、食べて、話し合った。奇蹟のようなこの瞬間をいとおしむかのように、皆が皆、幸せを噛みしめ合っていたのだった。なぜならば、このふたりだけのそれぞれの世界で平和というものは、髪ひと筋ほどのせつなでしかなかったのだから。



【目次】神無月の巫女×姫神の巫女二次創作小説「召しませ、絶愛!」



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