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■再考・靖国参拝 『汚名』(第二回)

 再考・靖国参拝。『汚名』の第二回です。

 これまで日本国内においても、仏教やキリスト教といった神道とはまた異なった信徒の遺族から、靖国に祀るのだけは止めてくれ、という切実な訴えが神社側に寄せられてきていた。その都度神社側は、すでに祀られてしまった神を降ろしたり、霊爾簿から抹消することはできないと答えてきた。

 だとすれば、今度は祀ってくれといった覚えはないし、できるだけ早く父の魂を出して欲しいという韓国人からの訴えであったにしても、結果的には『御要請に応じ兼ねますので悪しからず御了承の程願上げます』といったにべもない答えになる可能性が強かった。
 
 社務所脇の道路上には李熙子さんを囲むようにして輪ができていた。若い記者たちの中には、なぜ韓国人が靖国神社に抗議に来たんだろう、という怪訝な表情もあったし、李熙子さんは李熙子さんで、なんとしてでも父親の魂を韓国に連れ戻したい、という思いで一杯だった。李熙子さんのそのような必死な表情を見たとき、私は韓国のソウルで初めて会ったときと全く同じ表情だ、と思った。

 韓国・ソウル。
 李熙子さんはバッグから一枚の写真と、コピーされた一枚の謄本のようなものを取り出した。もう何年も前に撮られたものなのだろう、複数の人物が写った写真はいく条もの筋がつき、さらにピントがぼけていた。そんな写真の真ん中辺りに写っている人物の顔に人差し指をはわせながら、李熙子さんは、ふうっとひとつため息をつき、話を始めた。

 「この写真は父の17歳のころのものだと思います。結婚する前に友人たちと撮った記念写真があると聞いて、借りてきて大きく引き伸ばしたものです。父の結婚写真などは以前はあったんですよ。でも、みんな焼き捨ててしまいました。息子がおらず娘の私ひとりだけでしたから。韓国では娘しかいない場合には代が途切れてしまう、というんです。ですから祖母が全部焼いてしまったんです。

 父の名前は李思鉉(イ・サヒョン)といいました。そうですね、当時は創氏改名(注②)の時代でしたから、井原思鉉という日本名を名乗っていたようです。家は江華島にあり、農業をやってました。両親のほか祖父、祖母、叔父3人、叔母3人の大所帯でした。

 1944年に父は徴兵にとられたのですが、そのとき父は母方の祖母に私と母を預け、私が戻るまで面倒を頼みます、といって出征して行ったそうです。父がいない間に母子に問題があってはならないと、祖母は私を本当に大事に育ててくれました。

 徴兵される少し前、父は祖母に石臼を贈ったそうです。田舎で農業をする人たちにとって石臼はとても貴重なもので、祖母はそれはそれは大事にしていました。使うときは父を思い出すのか、いつも父の話をしてくれました。私自身、1歳の時に別れたままでしたから、顔は全然覚えていないのです。ですからどんな父親だったのか、想像しながら育ってきたんですよ。

 中国の戦地にいるが戦争がいつ終わるかわからない、終わったら帰る、という手紙を一度だけ父は母に送ったそうです。徴兵で引っ張られた年だったといいますから、1944年ですね。

 戦争が終わったあと韓国は解放されましたが父は一向に戻らず、母と祖母はいつも遠い野原を見つめては父の帰りを待ったそうです。いくら待っても帰って来ないので、ムーダン(注③)にもお願いをしたといいます。叔父や叔母は帰って来ないのは死んだからだといって母を納得させようとしましたが、誰も父の死を目撃したという話は聞きませんでしたし、死亡通知もなかったので信じなかったそうです。

 そんな母に再婚話が持ち上がりました。私が10歳の時でした。再婚すれば生活ばかりか私に教育も受けさせることができると考えたようです。でも、新しい父とはしばしば言い争っていたことを思い出しますと、確認されてもいないのに、役所に父の死亡宣告書を出して再婚したことで、いつも罪悪感にさいなまされていたのではないでしょうか。

 父の死を知ったのは1996年になってからです。そうです、戦争が終わって半世紀以上も経ってからでした。自分たちで調べてようやくわかったんです。私たち家族に対して、日本の政府が父の死を知らせてくれたことなど一度もありませんでしたから・・・・。(第三回に続く)

(注②)創氏改名・・・植民地時代の1940年、日本は朝鮮人の名前を日本式にあらためる創氏改名令を出した。八割の朝鮮人が日本式の名前に変えた、といわれている。
(注③)ムーダン・・・巫女の一種。

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