「中国、韓国とは、経済、文化、芸術、スポーツなど幅広い分野において、いまだかつてないほど交流が盛んになっています。(中略)一部の問題で意見の相違や対立があっても、中国、韓国はわが国にとって大事な隣国であり、大局的な視点から協力を強化し、相互理解と信頼に基づいた未来志向の関係を築いて参ります」
今さら解説するまでもないが、「一部の問題」とは自らの靖国参拝問題を指している。その問題で「意見の相違や対立があっても」というのは、自らが蒔いたタネである、という視点を欠いた見方だ、ということを、なんといっても指摘しておかなければならない。とすれば、次のパラグラフ、「大局的な視点から協力を強化し、相互理解と信頼に基づいた未来志向の関係を築いて参ります」という意は、だからこそというべきか、責任を転嫁した言葉である。
しかし、このまま行くのだろう。そして首相就任時の公約通りに、今度こそ8月15日のその日に靖国神社を参拝するのではないだろうか。
以下、『汚名』の第三回。なぜ李熙子さんの父をはじめ、韓国人が靖国神社に祀られるようになったのか、その裏側、である。
(父の戦死を)知ったきっかけですか。それはこの名簿でした。韓国政府に日本の厚生省(当時)から送られてきていた〈留守名簿〉(注④)から私自身が、他の人が見つけてくれたのではなく、私自身が探して父の死亡を見つけたんです。名簿によると、1944年2月に陸軍軍属として召集された父は3月にソウルの龍山駅を出発して中国に行きました。中国では日本陸軍の特殊建設部隊101中隊に所属し、その年の6月11日に広西省の兵站病院で死亡した、と記録されていました。それを知ったときはとてもショックでした。召集されて4ヶ月後には死亡していたんですから・・・・。
〈留守名簿〉を見ていておかしなことに気がつきました。それは父の名前や死亡年月日、それに本籍などが記された上に押されていた〈合祀済〉という3文字でした。いったいこの〈合祀済〉とはなにを意味しているのか、それを知るために日本で戦後補償の運動をしている団体に問い合わせたんです。そうしましたら、合祀というのは日本の戦争のために死んだ兵隊たちの魂を英霊として靖国神社に祀ることだというんです。それを聞いた瞬間、気絶しなかったのが幸いでした。
だってそうでしょう。私たち家族は父の生死さえもわからず毎日毎日気を揉みながら消息を知りたいと思っていたのに、日本は兵隊として強制的に連行し戦場で死亡したあとも死亡通知さえくれなかった。その上誰に相談することもなく勝手に〈合祀済〉にしてしまった、これをどう理解したらいいんですか。靖国神社に合祀されているということは、父の魂がいまだに植民地支配を受けていることと同じではないですか。
死んだら当然父祖の地に帰るのだと信じてきました。靖国神社なんかに行くのではなく、父祖のこの地に帰って来るものだと信じていたんです。靖国神社に行くなんて夢にも思いませんでした。
日本の戦争で父を亡くした私たち遺族は解放後になっても、誰からも見向きもされずにきました。わが国の政府でさえ心のなかでは日本の戦争に協力した親日派だ、と思っていて、まるで民族の裏切り者扱いでした。日本の戦争に協力させられた犠牲者なのにですよ・・・・。
韓国動乱(朝鮮戦争)のときだって私たちも一緒になって戦いましたが、この動乱で死んだ人たちは英雄として祀られ、遺族には補償もされたんですよ。私たちは韓国の独立とは関係がない、日本のために死んだのであってどこまでも親日派、裏切り者でした。その上に父がいないことが災いしてか暮らしも思うようにできなくて、本当に肩身の狭い思いをしながら生きてきました。だからこそこの汚名を晴らしたいのです。
私がいちばん悔しいと思っていることは靖国神社に合祀してしまったのに、家族になにも知らせなかった日本政府のやり方です。合祀したときにせめて知らされていたら家族はこの数十年間を悩まずに、苦しみのなかに浸らずにこれたのではないか、と思うんです。数十年間の苦痛を癒し、合祀されている父たちの名誉を回復すること、これが私たち遺族に課せられた義務だと思うんですね(注⑤)」
東京・霞ヶ関。厚生労働省。
私は〈留守名簿〉なるものを見たいと思った。そしてなぜ〈合祀済〉の印が押されることになったのか、その裏事情を知りたかったからだ。(第四回に続く)
(注④)留守名簿・・・韓国政府に渡された留守名簿は全部で114冊、14万3201人分の軍人・軍属の名簿だった。名簿には名前、生年月日のほか、軍に編入された年月日、所属、本籍、留守家族名、住所、徴兵年月日、任官した都市名などが記されている。
(注⑤)李熙子さんら252人は日本政府を相手に〈合祀〉の取り下げ、遺骨の収拾・返還、それに遺族への慰謝料などを求めた訴訟を起こしている。
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