「すまんが来週から、東京営業所へ行ってくれるか?」
営業本部長からの突然の辞令に、当時まだまだ若造だった筆者は、「え!?東京にですか?」
「そうや。営業所の書式を本社と同じようにしてほしいんや」
「それは、本社のマニュアルを営業所にも浸透させるためですね」
「ISOの取得もお前がメインでやってくれたからな。営業所でも同じように変えていってほしいんや」
「わかりました」
そんなわけで、埼玉県某所にある営業所に左遷されることになり、「本社から来ました〇〇で~す。よろしくお願いしま~す」
髪の毛を赤く染めたやんちゃくれ坊主だった筆者に、営業所の人たちの目は冷ややかだった。
で、所長が「〇〇さんの席はここね。分からへんことがあったら何でも言うてや」
同じ奈良県出身の所長さん、関東に来て10年以上というのにバリバリの関西弁。それですっかり気持ちが和んでしまい
「は~い!」
で、その日の夜は営業所の全員が参加しての歓迎会!
新潟出身でCADが専門だった派遣の女子と、岩手出身で入社一年目のなまりがきつかった青年と、生まれも育ちも両国で江戸っ子バリバリの部長さん、そして一年ほど前に本社から左遷を喰らった先輩課長。そして何故か誰に対してもタメ口丸出しだった事務員のおばちゃん。でお酒が大好きな所長と、なんともアットホームな感じで、本社とは全く違った雰囲気に、「ほんま、同じ会社とは思えないっす!!」
みんなが笑ってくれた。
「本社はどういう感じ?」と派遣女子が尋ねてきたので「ん~普通の会社かな?」と言うと
「失礼ね!ここだって普通の会社よ」と事務員のおばちゃん。またみんなが笑う。
翌日から早速業務に取り掛かるわけだが、本社からの命令遂行よりもまずは、本職である積算・見積・コスト管理に重点を置きながら、緩やかにマニュアル移行することとした。
しかし関西と関東の違いというものにも気づかされることになった。
まずは契約金額の違いである。
関東は関西にくらべ、見積金額からの値引き率が緩やか過ぎることに驚いた。
「こんな値段で契約できるんすか?」
「そやで。」
「関西やったら断然仕事とれへんすよ」
「そうなんや。あっちはきついんやな」
「営業社員一人当たりの売上を考えたら、こっちは関西の倍くらいになりますよ」
「けど今度、□□いうところで大型物件あるから、今度はそう簡単にはいかへんかもしれへんで」
「そうなんすか?」
「その時は、安く見積もりなるようがんばってな」
「がんばります」
で、所長が言うように総戸数1000戸以上という大型物件の積算見積り依頼が筆者宛てに送られてきた。
期限は一週間ほどだったが、引き受け工事内容が少ないので安心だった。
要は建具のみ。
タイプ別オプションも少なく、抽出作業は楽チンだった。
先に建具図面を工場にFAXし、原価を算出してもらうことにしてから見積書の作成に取り掛かった。
楽チンといっても、やはり1000戸となると大変だ。
ページ数が半端なく膨れあがり、チェック作業に時間を費やしてしまったが、無事に見積り金額を設定記入することもでき、期限ギリギリで先方へ提出することができた。
そして、しばらく日が経ったある日、
「あかん!あと〇%安くならんか!!」
「え?〇%ですか?それで仕事取れるんですか?」
「わからんけど、この値段では無理やってん!」
「わかりました。なんとか工場にいうて原価抑えてもらうようお願いしてみますわ」
「頼むわ。どうしてもこの仕事とっときたいねん」
つい笑ってしまった。
この仕事をとっとけば、あとが楽やもんな~とか思いながら工場長に連絡し
「1000戸やし、どないかならんすか?」
「結構頑張った数字なんやで。わかるやろ?」
「わかりますよ。わかった上で頼んどるんです」
「建具の仕様上考えたら、しんどいな~」
で、すぐさま社長に連絡し
「〇%下げると利益率が〇%とかなり落ちますが、如何でしょうか?」と尋ねてみると
「仕方ないやろ。またええ値段のときもあるさかいに、今回はそれで行っとくか」
「はい!わかりました。」
で所長にGOサイン。
「ありがとう!よかった!これで仕事とれるわ!!」
「頑張ってくださいよ~」
「あいよ~」
で数日後、お日さんもとっぷり沈んだ頃に所長が事務所に帰ってくるなり寄ってきて
「あかんかったわ~」
「え???あかんかったんすか?」
「何でやったんすか?」
「こっちであれだけデカい仕事したことがなかったから、信用されんかったんちゃうかな?」
「マジすか???たしかに1000戸以上の物件なんてやったことないですけど、関西なら絶対に取れたはずでっせ」
「職人の数とか、運搬のこともあるからな~」
「こっちは職人さんとか少ないんすか?」
「100戸がええとこやな…」
「マジすか…」
「・・・・・・・。」
「ちょっと呑むか?」
「はい…」
といって終電が終わったことも忘れ、事務所で二人酒を呑んだ…。
つづく・・・