12月25日はクリスマス・・・ではなく終い天神。京都の北野天満宮では賑やかな縁日となるが、我々の小さな社では正月を迎える準備で忙しい。
毎年のことであるから手際よく、と言いたいところだが、収納した場所を忘れていたり、手順が前後したり、役員も1年経てば1歳年を取る。平均80歳近い役員達であるから年末の仕事はなかなかに過酷である。
一通りの仕事が終わり昼食を摂る段になればビールも配られ雑談に花が咲く。
その中で一人の役員の発言が気になった。その役員は公職にもあることから、様断片的に聞きかじった様々な事柄を他の役員たちに吹聴している。
「働きもしないで生活保護を受けている者が沢山いる。」「生活保護を受けると働くよりよっぽど沢山の金がもらえる。」「医療費も学校の給食もみんなタダになる。」「生活保護を受けていながら高級車を乗り回している。」「我々は年金からも税金を引かれているのに、奴らは我々の税金で暮らしている。」
とまあ、こんな具合。
全て何の根拠もない「フェイク」であるが、聞いている年寄りたちは感心したように聞いている。帰宅後は「〇〇さんがこう言っていたよ」と家族に言うのだろう。「〇〇さん」は公職にある地域の名士である(公職とはいっても、議員とか首長とか公務員ではないので、どこから「フェイク」ニュースを仕入れたのかは分からないが多分同じような人達の集まりでの与太話だろう。しかし、こうした人物が、公的な福祉機関の責任者であり、地域団体の責任者であり、地域の様々な私的公的な集まりでも相応の地位にある。
つまり、日本人は本当の意味で論理性や合理性、幅広い教養などが欠落し、民主主義も学んでいない。だから、議論を戦わせれば必ず「人格に対する攻撃」に落ち込んでしまい「この事柄の議論」にはならなくなってしまう。
子供たちに英語やデジタルリテラシーなどの教育は二の次で良いと思う。
一番必要なのは、自分の力で考えることが出来るようになること、他のひとも同じように自分の力で考えている、だから他の人の意見を尊重しなければ自分の考えも尊重されないことを自覚できる(すなわち想像力があること)こと、そして、付和雷同せず自分の考えを主張できる・・・などではないかな?
しかし、それにしても、いかにもネトウヨの方々が広めている「生活保護」「外国人」などのフェイクニュースに乗ったような〇〇さん。こうした「自分では何も考えておらず、人の話を鵜吞みにする」人はどうしたら良いのだろうか?