小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

イエス・キリスト物語・第6話(小説)

2023-01-14 19:23:53 | 小説
「イエス・キリスト物語・第6話」

という小説を書きました。

ホームページ、「浅野浩二のホームページ目次その2」にアップしましたので、よろしかったらご覧下さい。



「イエス・キリスト物語・第6話」

イエスは、パレスチナのヨルダン川西岸地区南部のベツレヘムという所の馬小屋で生まれました。
父親は、ヨセフという大工で、母親は、マリア、という女性です。
人間は、男と女の、セックスによって生まれてくるはずですが、イエスは、なぜか、セックスによらずに生まれました。
このことはユダヤ人の王であるヘロデ王の耳にも届きました。
ヘロデ王は、イエスがユダヤ人の王となって、自分は王の座を奪われることを、おそれました。
そのため、ヘロデ王はベツレヘムに住む2歳以下の子供を皆殺しにしました。
しかし、ヨセフとマリアはイエスを連れて、神の導きによってエジプトに逃れていたのです。
そのためにイエスは殺されずにすみました。
そしてヘロデ王は死んでしまいました。
そのため、ヨセフとマリアはイエスを連れて、ガリラヤのナザレの村に戻りました。
イエスはガリラヤ湖の西にある、ナザレという土地で幼少期を過ごしました。
イエス・キリストは子供の頃から賢い子でした。
IQは、300以上あったと推測さています。
・・・・・・・・・・
そして、大人になると、イエスはヨルダン川で洗礼を行っていたバプテスマのヨハネに洗礼を受けました。
そして荒野で、40日間、断食して、その間、悪魔の質問を、全部、論破しました。
イエス・キリストは、ユダヤ教の排他的できびしい教えを批判しました。
そして、「汝の敵を愛し、汝を迫害する者のために祈れ」、という博愛の教えを説きました。
こうした宣教によって、イエスのまわりにはしだいに弟子が増えていきました。
そして合計12人がイエスの弟子となりました。
ペトロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネ、フィリポ、バルトロマイ、トマス、マタイ、アルファイの子ヤコブ、タダイ、シモン、ユダ、の12人です。
かれらはイエスとともにガリラヤ湖周辺をまわり、ときにエルサレムまで足をのばしました。
そしてイエスが社会的弱者によりそったり、教えを説いたりするのを間近で見ていきました。
そして、目が見えない、人の目を見えるようにしたり、ラザロ、という死人を蘇らせたり、湖の上を歩いたり、と、様々な、奇跡を起こしました。
しかし、ユダヤ教のサドカイ派とパリサイ派の人々は、イエスを嫌いました。
なぜなら、どちらの宗派もローマ支配下で指導的立場にあったので、もし、イエスの教えを認めると、ローマから責任をとらされて、指導的立場を追放されるかもしれない、からです。
つまりかれらは、既得権益を失うのがこわかったのです。
彼らは、イエスを捕まえて殺そうという計画を立てました。
イエスは、自分が、殺されることを知っていました。
なぜなら、イエスは、預言者で、将来、起こる事を知っていたからです。
イエスは死人を蘇らせる奇跡を何度も行ったりしながら、神の教えを説きながら、エルサレムに向かいました。
エルサレムに着いたイエスは、エルサレムの神殿の中に入りました。
イエスは、そこで商売が行われていることに激怒しました。
そして、
「商売をやめろ。悪魔ども。ここは神の神殿だ」
と言って商売人たちに対して暴れました。
イエスには、神聖なエルサレムの神殿で商売が行われていることが耐えられなかったのです。
そして、その数日後、過越しの祭り(エジプトの地で奴隷になっていたイスラエルの民がモーゼの先導でパレスチナの地に脱出した故事を記念する日)の日の夜、イエスは、ある家で、12弟子と夕食をしました。
イエスは、自分が、殺されることを知っていました。
なぜなら、イエスは超能力者で、将来、起こる事を知っていたからです。
なので、ユダが裏切ることも知っていましたし、ペテロに対しても、「あなたは鶏が三度、鳴く前に、私を知らない、と言うだろう」、と予言しました。
そして、その通り、イエスの弟子の一人である、ユダの裏切りによって、イエスは、ローマの兵卒たちに捕まえられてしまいました。
キリストは、大祭司カヤパの所に連れて行かれました。
その当時、イスラエルはローマ帝国の属国でした。
なので、カヤパは、ローマ皇帝から、派遣されたポンテオ・ピラト総督の元にイエスを送りました。
ピラト総督は、イエスがガリラヤ人であることから、ガリラヤの国主ヘロデの元に送りました。
ヘロデは、イエスが何も答えないので、ピラト総督の元に送り返しました。
ピラト総督はキリストを、
「この男は、それほどの罪を犯したとは思えない。鞭打ちの罰くらいで、釈放してやるのが適当であると思う」
と言ってイエスをローマ兵卒たちにムチ打たせました。
そして、イエスを釈放しようとしました。
しかし、群衆は、キリストを、「十字架につけろ」、と叫んだので、群衆の暴動を、おそれたピラト総督は、
「お前たちの好きなようにしろ。私は責任を負わん」
と言って、キリストの刑罰の決定権を放棄して、群衆にイエスを引き渡しました。
キリストは、棘の冠を頭に載せられて、自分を磔にする十字架を背負わされて、ローマの兵卒たちに鞭うたれながら、ゴルゴダの丘に連れていかれました。
残酷な公開処刑です。
ローマの兵卒たちは十字架を地面に立てました。
そして、キリストを十字架に縛りつけました。
ローマの兵卒たちは、
「イエスよ。ふふふ。ざまあみろ。お前にふさわしい殺し方をしてやるよ」
と不敵な笑いを浮かべました。
キリストは何をされるのか、わからず困惑した表情になりました。
兵卒は傍らにある袋の中から、一本の注射器を取り出しました。
そして、注射器の針先をイエスの脇腹に近づけました。
「ま、待て。その注射液は何だ?」
イエスは兵卒に聞きました。
イエスは神の子ですが、ヨセフとマリアを父と母とする人の子でもあるのです。
何を注射されるのか、わからない恐怖から、思わずイエスは兵卒に聞きました。
「ふふふ。教えてやろう。これは、ファイザー社のコロナワクチンだ。お前が生まれて、エジプトへ逃げた時、ヘロデ王がベツレヘムにいる、2歳以下の子供たちに打ったのと同じロット番号のな」
兵卒はニヤニヤと意地悪い顔でイエスを見ながら言いました。
何と残酷なことでしょう。
イエスが生まれた時、救い主が生まれた、という、めでたい噂は瞬く間に広まりました。
それは、ユダヤの王を自称するヘロデ王の耳にも届きました。
ヘロデ王は恐怖を感じ、そして怒り狂いました。
なぜといって、イエスが人々の信任を得て、ユダヤの王となったら、自分が王の座を奪われるからです。
そこで、ヘロデ王はベツレヘムに住む、2歳以下の子供を皆殺しにしようと企みました。
しかし、露骨に首をはねて殺したのでは、人々から嫌われてしまいます。
ヘロデ王は困りました。
しかし、王の侍従が、一つのアドバイスを、ヘロデ王にしました。
それはこういう方法です。
その当時、パレスチナ地方では、新型コロナウイルス(SARS-COV-2)という新興ウイルス感染症がパンデミックを起こしていました。
そこで、ヘロデ王は、ファイザー社に命じて、新型コロナウイルス(SARS-COV-2)のワクチンを作らせました。
今までにないmRNAワクチンです。
ファイザー社は1年間で、新型コロナウイルスのワクチンを作りました。
そして、ベツレヘムに住む2歳以下の子供の全てに、ワクチンを打たせました。
すると子供たちは、ADE(抗体依存性感染増強=ワクチンの接種によって出来た抗体がウイルスの感染や症状をむしろ促進してしまう現象)を起こして、次々に死んでいきました。
これで、ヘロデ王は悪人の汚名を受けることなく、ベツレヘムに住む、2歳以下の子供すべてを殺すことに成功しました。
しかし、その時、赤ん坊だったイエスは、父ヨセフと、母マリアと共に、神の導きによってエジプトに逃れていたのです。
その、ベツレヘムの2歳以下の子供たちを死なせたのと、同じロット番号のワクチンを打とうとは、何と残酷なことでしょう。
しかし兵卒は注射針をイエスの脇腹に、ブスリと刺しました。
「ああっ。イエス様に何てことをするんだ」
「やめろ」
イエスを救い主と信じていた、人々が口々に言いました。
「うるさい。邪魔をするな。こいつは罪人だ」
多くのローマの兵卒たちが、イエスの処刑に邪魔が入らないよう、たくさん居並んでいるので、信徒たちは、イエスに近づくことが出来ません。
イエスは天を仰ぎ見て、
「父よ。彼らを許してやってください。彼らは自分たちが何をしているのか、わからないのです」
と言いました。
彼ら、とは、もちろんローマ兵卒たちです。
イエスは、「汝の敵を愛し、汝を憎む者のために祈れ」という博愛の教えを実行しているのです。
ローマ兵卒たちは、
「何をわけのわからないことをゴチャゴチャ言ってやがるんだ」
と言って、ニヤニヤ笑いながら、注射器の中のワクチンをイエスの体内に注ぎ込みました。
そして、イエスから離れました。
1分もかからなかったでしょう。
イエスの全身がガクガクと激しく震え出しました。
アナフィラキシーショックです。
「ああ。イエス様がアナフィラキシーショックを起こしておられる。すぐに、アドレナリンの注射をしなければ」
群衆の中にいた医師の一人がイエスの所に行こうとしました。
しかし、ローマ兵卒たちは、
「ダメだ。罪人を助けるなど、とんでもないことだ」
と言って、その医師を取り押さえました。
イエスの全身の震えは、激しくなり、呼吸も荒くなっていきました。
SpO2が下がってきたのでしょう。
イエスは天を仰ぎ見て、苦しみの中から、渾身の力を振り絞って、
「エリ・エリ・レマ・サバクタニ(我が神、我が神、どうして私を見捨てるのですか)」
と言いました。
言い終わると、イエスは、首をガックリと落とし、そして息絶えました。
時刻は午後3時でした。
その時、ピカッと稲妻が走り、ゴゴゴーと大地震が起きました。群衆は、この異変に驚き、キャーと叫びました。
やがて、イエスは十字架から降ろされ、その遺体は麻布に包まれ、墓に納められました。
しかし、イエスは預言者が預言した通り、3日後に蘇ったのです。
こうして、イエスの教えは世界中に広まったのです。


2023年1月14日(土)擱筆

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僕の小説に対する評価④

2023-01-13 08:20:53 | 小説
僕の小説

ビタ・セクシャリス

に対する評価。

通りすがり
2022-10-11 15:17
119-173-139-201.rev.home.ne.jp
面白い、というには重いところもある内容でしたが、
面白かったです!
三島由紀夫の「仮面の告白」を思い出しました。

ところどころ飛ばし読みしましたが(すみません)、
長いから読まれない、敬遠される、ということはなく、
面白いならいくら長くても読まれる、と確信しました。


大丘 忍
2022-10-11 19:35
p0197167-vcngn.oska.nt.ngn2.ppp.ocn.ne.jp
 長い文章でしたが興味を持って最後まで読みました。まず、文章はさすがに旨いですね。いろいろのことが述べられておりますが、これを読んで、浅野さんのこれまでの作品が理解できました。
 中学、高校の思春期になると、男は性欲に悩まされることになります。何かきっかけがあると勃起するのですね。女性とセックスしたい気持ちは強烈です。ただ、私には女性を緊迫したり、暴力を振るったりする気持ちは理解できませんでした。だからSとMがあるということが実感できておりませんでした。この小説では、このあたりが詳述されており、浅野さんの作品を理解することが出来ました。
 非常に長い作品でしたが、私のような高齢者でも退屈させることなく、一気に最後まで読ませたということは、やはり卓越した文章力だと思います。
 最近、短い文章、小説にもなっていない文章の投稿が増えておりますが、小説とはこれなんだと心得てください。

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僕の小説の評価③

2023-01-02 14:08:16 | 小説
僕の小説の評価③

金木犀
2022-09-27 09:06
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ちゃ、面白かったです。
でもこれは完全なる官能小説ですね笑笑
エロかったし映像解析度がやばたんでした。

執筆お疲れ様でした。

京王j
2022-09-28 17:15
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読みました。

私はそんなに読みにくいとは思いませんでしたね。

しかしエロくはないと思います。
もし官能小説として書いているつもりならば、普通の人はこれではヌケないので失敗でしょう。
まあ、浅野先生は一種の文学として書いているのだと思いますが……。

個人的には、浅野先生はブログの文章のほうがよほど面白いですね。
ブログの文章のほうが、遥かに需要があるのではないですか。
単に自分の文章を多くの人に読んでもらいたいのなら、ブログの宣伝を頑張ったほうがよろしいかと。

もしフィクションをもっと読まれたいのなら、官能小説なら官能小説のテンプレ通りにお書きなられないと、無名の新人が読まれることはないと思います。 
(無名でも官能小説が好きな人たちが読んでくれます)

これは他のユーザーにも言えることですが、結局、もっと多くの人に読まれないと、浅野先生がこの作品が本当の評価はわかりません。
ここでは貶されても、もっと多くの人が読めばまた違った評価がありうるでしょう。

失礼がなら、何ヶ月か浅野先生を観察して思った次第です。



これは。

ある複雑な家族の話

の感想。

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僕の小説の評価②

2022-12-31 10:38:49 | 小説
僕の小説の評価②

飼い猫ちゃりりん
2022-12-16 16:46
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それにしても、浅野様の「ごはん学校」の盗作に、「警鐘を鳴らす作品」と感心している人がいるとは笑えるなぁ。

浅野様を登場させて、「ごはん学校」のエピソードを絡めればオマージュやリスペクトになるかもしれんのに、その知恵がない。
(つーか、オマージュとかリスペクトって知ってる?)

本家を登場させちゃ盗作がバレるとでも思ったのだろうが、浅はかだなぁ。笑

飼い猫ちゃりりん
2022-12-17 05:27
123-1-40-30.area1b.commufa.jp
浅野様の名前を出した責任があるから説明するけど、くらべものにならないですね。明らかに「ごはん学校」が優れています。

「ごはん学校」の中で一番イジられたのは飼い猫と大丘様です。
でも、そのイジられた者たちが、なぜか怒れない、思わず笑ってしまうほど「ごはん学校」はコミカルで楽しい作品でした。

不思議ですね。
「ごはん学校」の中で飼い猫は徹底的にオモチャにされているのに不快感がない。むしろ爽やかな気分になる。
なぜか分かりますか?
「ごはん学校」には「警鐘を鳴らす」なんて嘘っぱちは微塵もないからですよ。

「ごはん学校」はキャラをしっかり描いていたが、それに比べて○○様の作品の登場人物には性格がない。
中野幸治でしたっけ? あれが浅野様ですか? ただの記号だから分からないのです。
あるのはピント外れな理屈だけで、その理屈に作者の性格がにじみ出て気色悪い。
そーいう意味では、確かにオリジナリティーがありますね。笑

あとは技術的な説明になりますが、浅野様の性格をしっかり描写して、登場人物の苗字も「浅野」にして、「ごはん学校」のエピソードを盛り込んで、あくまで作品として描けば、盗作じゃなくてオマージュになるんです。



ごはん学校、とは今年書いた小説「フリースクール・ごはん学校」のことです。

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僕の小説の評価①

2022-12-31 10:04:28 | 小説
僕の小説の評価①

浅野浩二のホームページ

その名の通り浅野浩二さんのWEBサイトで、小説やエッセイなどが読めます。
その作品には掴みどころのない不思議な魅力が溢れていて、特に自分は「女生徒」という作品がお気に入りです。
疲れた時に、この作品を何度も読み返してしまうのですよ。
自分が、他の方の作品を読んで羨ましく思う時の感想は二種類あって、
「頑張って、いつかはこういう作品を書きたいなぁ。」というものと、
もうひとつは「こういう作品は、僕には一生書けないのではないか?」というものです。
浅野さんの小説は数少ない後者に該当する素敵な作品群です。

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NOTEの練習

2022-11-27 03:41:55 | 小説

NOTEの使い方の練習。

NOTEの練習②

公開されているのかな?

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復讐の彼方に(小説)

2022-08-19 05:58:13 | 小説
復讐の彼方に

ある日のことである。
坂本哲也は図書館で小説を書いていた。
図書館は午後5時で閉まる。
坂本哲也は大抵、午後5時まで図書館にいる。
図書館では午後4時30分に、「図書館はあと、30分で閉館になります。貸し出しの方は、お急ぎ下さい」という館内放送が流れる。
それでも坂本哲也は、ねばる。
体調のいい時は30分でも、かなり書ける時も多いからである。
その日もそうだった。
午後4時50分つまり閉館10分前になって、「本日は、あと10分で閉館になります。ご利用ありがとうございました。また明日のご来館をお待ちしております。忘れ物のないよう、お帰り下さい」という館内放送が「蛍の光、窓の雪」のメロディーとともに流れた。
坂本哲也は図書館を出た。
そして自転車でアパートに帰った。
図書館はアパートに近く自転車で5分の距離である。
アパートの戸を開けると玄関にグリーンの大きな封筒があった。
奈良県立医科大学医学部医学科同窓会と書かれてある。
1年に1回くらい奈良県立医科大学から同窓会報が送られてくるのである。
誰が教授になったとか、××教室紹介、とかだが、哲也にはどうでもいいことだった。
なので、ろくに読まず、すぐに、ゴミ箱に捨てていた。
奈良県立医科大学は一応、哲也の母校、出身校、ではあるが、哲也は母校愛というものが全くない。
大学受験の時は坂本哲也の第一志望は県内の横浜市立大学医学部だった。
しかし最終選考で落ちてしまった。
奈良県立医科大学は滑り止めだった。
大学受験は浪人して、がむしゃらに勉強しても、成績はたいして上がるものではない。
なので坂本哲也は仕方なく奈良県立医科大学に入学した。
大学生活は苦しかった。
それは坂本哲也は過敏性腸症候群に悩まされていたからである。
こんな半病人のような状態では、とても大学生活など出来ない、と思っていたからだ。
過敏性腸症候群が発症せず、健康だったら全く問題はないのだが。
しかし親が、せっかく受かったんだから入学して勉強して、卒業しろ、とうるさく言った。
なので奈良県立医科大学に入学した。
医学部なんて実習が多く実習の班分けは、あいうえお順に決められて実習は全員出席するから、ほとんど小学校と変わりない。
坂本哲也はこの実習が苦手だった。
講義を聞いたり、医学書を読んだりする勉強は一人で出来るから勉強が嫌いではない哲也にはマイペースで、やれるので問題はなかった。
しかし実習は違った。
実習も、病理組織を顕微鏡で見ながらスケッチするのは、一人でやる実習なので問題はなかった。
しかしグループ実習は違った。
坂本哲也は子供の頃から、というより、生まれつき人と協力して何かやることが苦手だった。
ましてや過敏性腸症候群のため、腹がいつも痛く、要領が極めて悪いのでグループ実習ではいつも、人に迷惑をかけてしまっていた。
三年から基礎医学が始まる。
三年では、解剖学、生理学、生化学、だった。
解剖学、一つをとってみても膨大な量である。
骨学、神経、脈管、は、系統解剖学と呼ばれる。
骨学では死んだ人の骨を見て人体の全ての骨をスケッチした。
そして骨の各部の名称をラテン語で覚えなくてはならなかった。
また解剖学の中には組織学というのがあって、これは人体の各部を数ミクロンに薄く切って、HE染色というピンク色に染める染色をしてプレパラートに固定された物である。
それを顕微鏡で見てスケッチするのである。
これらの実習は、それほど苦にはならなかった。
なぜなら単に標本をスケッチするだけだからマイペースでやれたからである。
四年では、基礎医学で、解剖学、生理学、生化学、以外の基礎医学である、病理学。免疫学。腫瘍病理学。細菌学。薬理学。寄生虫学。衛生学。公衆衛生学。法医学、が加わった。
それらは全て実習があり実習は必須であった。
生理学には神経生理学と植物生理学という二つが、わかれていた。
この四年での実習が坂本哲也には苦痛だった。
5、6人のグループで協力してやる実習だからだ。
特に神経生理学の実習が苦手だった。
神経生理学では脳波や、神経の伝導速度や、嗅覚、触覚などの実習だった。
この神経生理学のグループでは佐野量子という女子医学生がいた。
ある時の神経生理学の実習である。
その時は二人一組となってやる実習だった。
二人一組をどう決めるかは、あみだくじ、で決めた。
坂本哲也は佐野量子さんとペアになった。
実習の内容は「空間二点識別検査」と言い、方法は極めて簡単で身体の各部位にノギスを当てる。ノギスを開いて二点を身体に触れさせたり一点を触れさせたりして二点で触れさせた時どの程度まで二点と正解できるかを調べるものだった。
「空間二点識別検査」では身体各部位における標準的な距離は大体わかっていた。
たとえば。
口唇2~3mm(2~3cm)
指尖3~6mm(3~6cm)
手掌・足底15~20mm(1.5~2cm)
手背・足背30mm(3cm)
脛骨面40mm(4cm)
背部40~50mm(4~5cm)
臀部50cm(5cm)
というように。
これは小学生でも出来る簡単な実験である。
そして実習をしたらレポートを書いて提出しなければならない。
坂本哲也は厳密な性格だったので、この実習を真面目にやった。
この検査を正確にするには、何回も繰り返して、正答率が100%でなくても80%くらいまで、出たら、その距離を正解とするべきなのである。
一回やって正答しても答えは「一点」か「二点」の、どちらかなので、50%の確率で当たるので一回やって当たったから「二点識別力がある」とするのは、いい加減なのである。
なので5~6回はやるべきなのである。
5~6回やって正答率が80%くらい出たら被験者は「二点識別能力がある」とすべきなのである。
哲也は物事をいい加減に出来ない几帳面な性格のため、どんな実習でも丁寧にやるので、この二点識別能力テストも厳密にやろうとした。
しかし他の人は、実習は適当にやって早く帰ることしか考えていないので坂本哲也のように厳密に何回もやることはなかった。
しかし佐野量子さんは適当な性格で実習など早く済ませて家に帰りたがっているので哲也と組むことになった時から、
「お願い。あみだくじ、もう一回やりなおして」
「いやだー。早く帰りたいー」
と他の人がいる前で叫んだ。
それが坂本哲也に恥をかかせている事ということを彼女は気づいていなかった。
医学部に入って来る人は、勉強が出来る人、とか、親が医者とかで試験で他人を蹴落とすことに何も感じないような人ばかりなので無神経な人が多いのである。
哲也も彼女に迷惑をかけたくなかったので早く済ませたい、と思ったが、それではレポートが書けない。
実習のレポートは教授が、かなり厳しく審査するので、いい加減にやってはレポートを書くことが出来ない。
なので、その実習は夜おそくまでかかった。
昼の午後から始めて夜10時くらいまで、かかった。
彼女に心の中で、済まない、済まない、と謝りながら。
しかし彼女は実習はいい加減にして、早く帰ることしか考えていなかった。
そのため。
「あーあ。もう、終電もなくなっちゃった。今夜は、安藤順子の家に泊めてもらおう」
と哲也に当てつけるように大きな声で、ひとりごとを言った。
四年の冬に過敏性腸症候群が悪化して坂本哲也は休学した。
しかし大谷純という心療内科の良い先生と出会えて坂本哲也は、とても力づけられた。
そして哲也は復学して、1年下のクラスに入り、大学を卒業して医師国家試験にも通った。
哲也は奈良県立医科大学には嫌な思い出しかなく、また関東で育ってきた坂本哲也には、どうしても関西になじむことは出来なかった。
なので大学を卒業すると、すぐにUターンして関東の国立下総療養所という研修指定病院に就職した。
それ以来、母校には一度も行っていない。
同級生とも一度も会っていない。
・・・・・・・・・
哲也は玄関に落ちている奈良県立医科大学医学部医学科同窓会の封筒を拾って封を開けた。
すると同窓会の案内状が、封筒の中に入っていた。
それには、こう書かれてあった。
「みなさん、ご多忙のことと思いますが、この度、第×回の入学生の同窓会を行いたいと考えております。どうか、ふるって、ご参加ください。場所は、ミナミのロイヤルホテルで夜5時から開催したいと思っております。幹事=青木誠」
哲也は、佐野量子が、出席するのか、どうか知りたく思った。
それで。
哲也は同窓会の幹事の青木に問い合わせてみたくなった。
しかし自分で電話すると声からバレてしまう可能性がある。
なので妹に電話した。
「・・・・もしもし。何。お兄ちゃん?」
「頼みがあるんだ。×月×日に、奈良県立医科大学、第×回生の同窓会があるんだ。それに、佐野量子、という人が出席するか、どうか、幹事に聞いて欲しいんだ」
そう言って哲也は幹事の青木誠の携帯番号を言った。
「・・・・どうして、わざわざ、そんなことを私に言うの。自分で電話すればいいじゃない?」
妹は訝しがった。
「僕が電話すると声でわかっちゃうからね。それが、ちょっと恥ずかしくてね」
「わかったわ」
そう言って妹は電話を切った。
しばしして妹から電話がかかってきた。
「お兄ちゃん。佐野量子という人は、同窓会に出席するらしいわよ。幹事の人に、あなたは誰ですか、と聞かれたので、すぐ切っちゃったけど」
「そうか。ありがとう」
そう言って哲也は電話を切った。
(佐野量子が来るのか)
哲也はニヤリと笑った。
哲也は封筒に同封されていた同窓会の出席可否の返信はがきの「出席」の方に丸をして投函した。
哲也は同窓会の日が来るのが待ち遠しかった。
数日して同窓会の日になった。
哲也は東海道新幹線で大阪に行った。
同窓会は大阪のミナミのロイヤルホテルの宴会場だった。
もう、ほとんど、みんな来ていた。
哲也は卒業以来、大学にも関西にも一度も行ったことがなかった。
同窓会は立食パーティー形式だった。
卒業以来、大学にも関西にも一度も行ったことがなかった。
なので入学時のクラスメートに会うのは久しぶりだった。
個人的な付き合いの友達は一人も出来なかったが、学校の実習では嫌でも、あいうえお順に、5、6人のグループごとに班分けされるので、友達ではないが実習で話をして会話できるようになった同級生は何人もいた。
「やあ。久しぶり」
「卒業以来××年だな」
「お前、体形、学校の時と変わってないな」
などと割と親しかった男子生徒(今ではもう立派な一人前の医師である)たちが話しかけてきた。
「ちょっと事情があってね。僕は週2回の水泳と、筋トレとランニングをしているんだ。健康のためにね」
あはは、と笑って僕は適当な返事をした。
こんなことで結構、賑やかな会話が行われた。
そろそろ同窓会も終わりの時間になった。
「じゃあ本日の同窓会は、これで終わりにしたいと思います。この後、二次会をしますので出席したい人は残って下さい」
と幹事の青木が言った。
大体、男は、みな残った。
みな、もっと飲んで、はしゃぎたいんだろう。
女子は概ね二次会には参加せず帰る人がほとんどだった。
佐野量子さんも帰ろうとした。
僕は急いで佐野量子さんの所に行った。
そして彼女に話しかけた。
「佐野さん。お久しぶり」
「お久しぶり。坂本くん。元気だった?」
「ええ。まあ」と哲也は適当な返事をした。
「佐野さん。ちょっと、二人でお話しませんか?」
「いいけれど。なあに。坂本くん?」
「まあ、いいじゃないですか」
「わかったわ」
こうして哲也は佐野と一緒にホテルを出た。
「僕、車で来たんです」
「まあ。そうなの。坂本くんの家って神奈川県でしょ。遠かったでしょ?」
「いやあ。東名高速道路を飛ばして来ましたから。たいした時間はかかりませんでしたよ」
「そうですか」
「あなたにお話したいことがあるんです。近くの喫茶店に入りませんか?」
「ええ。構いませんわ」
「じゃあ、僕の車で行きましょう」
こうして哲也は佐野量子を車を止めておいた駐車場に連れていった。
「さあ。どうぞ。お乗り下さい」
そう言って哲也は車のドアを開けた。
「はい」
佐野量子は哲也の車の助手席に乗り込んだ。
哲也も運転席に乗り込んだ。
哲也は車のドアをロックした。
そして哲也は素早く佐野量子の口にクロロホルムをたっぷり染み込ませたタオルを押しつけた。
「あっ。坂本くん。一体、何をするの?」
佐野量子は、その一言をいった後、クロロホルムの作用で昏睡状態に陥った。
哲也は佐野量子に猿ぐつわをし、両手を背中に回し手錠をした。
そして足首を縄で縛った。
哲也は車のトランクを開け昏睡状態の佐野量子を入れた。
(やった)
と哲也は喜んだ。
しかし完全に喜ぶのはまだ早い。
哲也は運転席に乗りエンジンを駆けた。
哲也は夜中の大阪を慎重に運転し、愛知県の小牧市の小牧ICに着いた。
そこから東名高速道路を飛ばして神奈川県の自宅に着いた。
大体7時間くらいかかった。
運転している時はヒヤヒヤした。
速く速く、と焦る気持ちを押さえて運転した。
高速道路ではスピードオーバーでパトカーや、覆面パトカー、白バイに捕まらないよう、スビートは抑えた。
一番、怖かったのは飲酒運転をチェックする警察の職務質問だった。
しかし幸いなことに、家に着くまで警察の職務質問に、ひっかかることはなかった。
家に着いた時、哲也は、(やった)とほっと一安心した。
哲也の家には、地下室があった。
そういう物件を運よく見つけたので、購入したのである。
哲也はトランクを開け、佐野量子をかついで家の中に入れた。
そして地下室に連れて行った。
そして佐野量子を地下室の床に寝かせた。
佐野量子は、まだクロロホルムの睡眠作用で寝ていた。
哲也は佐野量子の着ている服を全部、脱がせた。
犯すためではない。
復讐のためである。
復讐のためには、どうしても佐野量子を全裸にする必要があったのである。
なので女の性器は隠すために、哲也は尻が丸出しになったTバックの女の性器を隠すだけの極小ビキニを佐野量子の腰に取り付けた。
そして哲也は、佐野量子の体にバスタオルを巻いた。
哲也は佐野量子の頬をピチャピチャと叩いた。
佐野量子は、それによって目を覚ました。
「あ、坂本くん。ここは一体どこなの?どうして私はバスタオル一枚なの?どうして私に手錠なんかするの?」
彼女は激しく動揺していた。
「ふふふ。ここはオレの家の地下室さ。君にクロロホルムを嗅がせて、東名高速道路を飛ばしてオレの家に連れて来たってわけさ。ここはオレの家の地下室さ」
坂本哲也はふてぶてしい口調で言った。
「どうしてこんなことをするの?」
動揺して、うろたえている佐野量子を無視して、哲也は佐野量子の手錠の真ん中を縄で縛った。
そして、その縄を地下室の天井の梁に引っ掛けた。
「何をするの。や、やめてー」と叫ぶ佐野量子を無視して哲也は縄をグイグイ引っ張っていった。
佐野量子は縄に引っ張られて、いやおうなしに立たされた。
哲也はさらに縄を引っ張り続けた。
そのため佐野量子は完全に立たされ、そして手首は頭の上に引っ張られ地下室の天井から縄で吊るされた形になった。
地下室の佐野量子の前の壁には等身大のカガミが立てかけられてあった。
哲也は佐野量子の体に巻きつけたバスタオルをとった。
「あっ」と佐野量子は叫んだ。
無理もない。
佐野量子はアソコを隠すだけのTバックの極小ビキニを付けさせられているだけで、全裸同様だったからだ。
「さ、坂本くん。どうして、こんなことをするの?」
「君は大学4年の時の、神経生理学の実習を覚えているかい。空間的二点識別覚検査さ」
哲也が言った。
「お、覚えているわ。あの実習は、二人一組でやったわね。あの実習は、坂本くんと私が一組になってやったわね」
佐野量子が言った。
「誰と誰がペアになるかは、あみだくじで決めたよね。あみだくじで、僕と君がペアになった時、君は何と言った?嫌だー。早く帰れなくなっちゃうー。もう一度、あみだくじ、やり直してーと叫んだね。皆の前で。僕は要領が悪いから実習では、いつも人に迷惑をかけていたね。でも、人前で、あんな大声で叫ぶなんて、僕に失礼だとは思わないのかね?僕は物凄く傷ついたんだよ」
哲也が言った。
「あ、あの時のことは謝るわ。ゴメンなさい。あとになって私も坂本くんに失礼なことをしてしまったと気づいて反省したわ」
佐野量子が言った。
「ふふふ。ゴメンで済んだら、世の中、警察は要らないぜ。僕は、あれで落ち込んでしまって、あれが休学する決断の決定打になったんだ。落第坊主だ。それ以来、僕の人生は狂ってしまったんだ。だから、僕は卒業したら、絶対、君に復讐してやると心に誓ったんだ。そのために、こうして地下室つきの家をローンで購入したんだ」
哲也が言った。
「そ、そんなー。確かに、あの時は私が悪かったわ。でも一回の実習のことだけのことじゃない。私も坂本くんも卒業して、医者になって、もう10年以上、経つわ。今だにそんなことをネにもち続けているなんて・・・」
佐野量子は目を丸くして精神異常者を見るような目つきで哲也を見た。
「うるせー。オレはお前に復讐するためだけに生きてきたんだ。これから、あの時の復讐を、たっぷりしてやるから楽しみにしていろ」
「い、一体、何をするの?坂本くん」
「ふふふ。二点識別検査さ。当たったら解放してやる」
哲也は、ノギスを取り出した。
そして佐野量子の背後に回った。
「佐野。それじゃあ、二点識別テストをするぜ。ノギスを背中に当てるから、一点なのか、二点なのか、当てな。100回やる。全部当てたら解放してやるよ。でも全部、当てられなかったら解放しないぞ。罰として鞭打ちだ。全部、当てるまで続けるからな」
「そ、そんなー」
哲也は人間の体の各部位において、二点識別できる標準値が書かれた紙を佐野量子に示した。
それには、以下のように書かれてあった。
身体部位による標準値。
口唇2~3mm(2~3cm)
指尖3~6mm(3~6cm)
手掌・足底15~20mm(1.5~2cm)
手背・足背30mm(3cm)
脛骨面40mm(4cm)
背部40~50mm(4~5cm)
臀部50~60mm(5~6cm)
「お前はもう忘れてしまっただろうが、これが人間が二点識別できる距離だ」
じゃあ始めるぞ、と言って哲也は佐野量子の背後に回った。
そしてノギスを佐野量子の背中に当てた。
「おい。これは一点なのか二点なのか、どっちだ?」
佐野量子は即座に、
「二点です」
と答えた。
「正解だ」
哲也が言った。
哲也はノギスを10cm開いて当てたのである。
背中の二点識別できる標準値は、5cmまでなので、これは簡単だった。
哲也は少しノギスの間隔を狭めて、7cmにした。
そして佐野量子の背中にノギスを当てた。
「これは一点なのか二点なのか、どっちだ?」
哲也が聞いた。
「二点です」
佐野量子が答えた。
「正解だ」
哲也が言った。
次に哲也はノギスを5cmの間隔に開けて、佐野量子の背中に当てた。
そして、
「これは一点なのか二点なのか、どっちだ?」
と哲也が聞いた。
5cmが人間が背中で二点識別できる標準値なので、これは佐野量子も即答できなかった。
間違えたら、この地下室から出られないのである。
しかし全問、正答したら、この地下室から出られるのである。
なので佐野量子は、しばし考えた後、
「・・・一点です」
と、やや自信なさそうに言った。
「正解だ」
間違っていたのに哲也はニヤリと笑って「正解」と言った。
こうして哲也は意地悪な二点識別テストを続けた。
哲也はノギスの間隔を8cmにしたり3cmにしたりランダムな間隔で、佐野量子の背中や尻に当て、二点識別テストをした。
佐野量子は、二点なのに一点と間違えて答えることがあった。
その逆に一点なのに二点と間違えて答えることもあった。
しかし哲也は、佐野量子が間違って答えても哲也は全部、
「正解だ」
と言った。
これには哲也の計算があった。
二点識別テストが99回目を終えて最後の100回目になった。
佐野量子は20%くらい間違えていたが、哲也は、全部「正解だ」と言っていた。
「さあ。次で100回目だ。これを正解したら、お前を解放してやる」
そう言って哲也はノギスを閉じて佐野量子の背中に当てた。
これが当たったら自由になれる、という思いが佐野量子を慎重にしたのだろう。
佐野量子は、かなりの時間、迷った挙句、
「・・・一点です」
と自信なさそうに言った。
「あーあ。残念。今のは二点だよ」
あっははは、と哲也はせせら笑って言った。
佐野量子は正答を言ったのに、哲也は平気でウソをついた。
なぜ哲也がウソをついたかというと。
哲也は極度の偏執狂男なので、99回目まで当てさせて、佐野量子に希望を持たせて、最後に地獄に突き落とす、というのが哲也の計画だったのである。
「ふははははー、残念だったな、あと一回、正解すれば、お前は自由になれたのに」
極度の偏執狂男、坂本哲也は高らかに笑った。
「間違えた罰をする」
哲也は居丈高に言った。
「な、何をするの?」
佐野量子はおびえた顔で聞いた。
「鞭打ちだ」
哲也は鞭を持って佐野量子の尻を思い切り鞭打った。
ビシーン。
ビシーン。
ビシーン。
暗い地下室に鞭が尻に当たって鳴り響く音がとどろいた。
「痛―い。痛―い」
佐野量子は体をくねらわせて、泣き叫びながら身をよじった。
「坂本くん。やめてー」
佐野量子は泣き叫んだ。
100回くらい叩いて哲也は鞭打ちをやめた。
佐野量子の尻は猿の尻のように真っ赤に腫れ上がっていた。
佐野量子は、一日中、立たされ、そして鞭打たれた疲れからガックリと首を落として黙っていた。
「今日はこれで終わりにしてやる」
哲也は、そう言って、手錠に結びつけてある縄を緩めていった。
天井に吊られていた佐野量子の両手が緩んで、佐野量子の体はズルズルと床に降りていった。
一日中、責め続けられて、佐野量子はグッタリとして、死人のように冷たい地下室に倒れ伏してしまってビクとも動かなくなった。
「今日はこれで終わりにしてやる。明日もまた二点識別テストをするからな」
哲也が言った。
「い、いつまで、やるの?いつ私を解放してくれるの?」
佐野量子が涙を流しながら聞いた。
「だから、最初に言っただろう。これから毎日、100回、二点識別テストをする。お前が全部、正答したら解放してやる」
「・・・・そ、そんな」
哲也はグッタリしている佐野量子の口を開けて、強引にカロリーメイトを詰め込んだ。
「ほれ。食え」
そう言って哲也は、強引に佐野量子の顎をつかんで、無理矢理、咀嚼させた。
そして哲也は、佐野量子が凍死しないように、寝袋を置き、佐野量子をその中に入れた。
佐野量子は、寝袋から顔だけ出して、まるで蓑虫のようだった。
「それじゃあ、また明日だ」
そう言い残して哲也は地下室の階段を上がっていった。
哲也は佐野量子のカバンから携帯電話を取り出した。
そして、携帯電話に登録されている佐野量子の母親に当てて、
「お母さん。私、ある事情があって外国に行きます。いつ日本に帰ってくるかは分かりません。なので、当分の間、いなくなります。でも私の身は安全なので、決して警察に行方不明の届け出など、しないで下さい」
と書いて送信した。
卑劣で極度の偏執狂男、坂本哲也は、
「ふははははー。これでオレは安全だー」
と高笑いした。
翌日も、哲也は地下室に降りてきて佐野量子に対する二点識別テストと拷問をした。
その日も、99回目までは正答しているのに、最後の100問目は間違えた。
「ふふふ。また、せっかく、あと一問という所で間違えたな。残念だったな」
と言って、哲也は佐野量子の尻を鞭打った。
ビシーン。
ビシーン。
ビシーン。
「痛―い。痛―い」と叫びながら佐野量子は体をくねらせ、地獄のタップダンスを踊った。
「ふふふ。じゃあ、今日はこれで許してやる。また明日だ」
そう言って哲也は、佐野量子の手錠に結びつけてある縄を緩めた。
それと同時に、佐野量子の体も床に降りて行き床に尻が着いた。
その時である。
佐野量子はキッと鋭い目つきで哲也をにらみつけた。
そして強気の口調で吐き捨てるように言った。
「坂本君。二点識別テストの結果を正確には言ってないでしょ。私は自分の背中や尻や太腿、などを見ることは出来ないわ。99回目まで正解で、100回目に間違える、なんて不自然すぎるわ。あなたは私に希望を持たせて、最後に絶望のどん底に落として楽しんでいるんでしょ」
佐野量子は哲也を鬼女のような顔で、にらみつけて言った。
「ふふふ。バレたか。その通りさ。オレは、はなっから、公正な二点識別テストをするつもりなんて、ないんだ。お前をとことん嬲ってから殺すために、お前を誘拐したのさ」
ふははははー、と偏執狂男、哲也は高笑いした。
「やっぱりね。思った通りだわ」
佐野量子は哲也をキッとにらんだ。
「ふふふ。バレたんでは仕方がない。佐野。いいことを教えてやろう。この地下室では何人もの男や女が拷問されて死んでいったんだ。家の裏の雑木林には12人の死体が埋まっているんだ。皆、オレを、ネクラだの変態だのとバカにしたヤツらだ。お前は13人目だ。お前も殺すがその前に徹底的に嬲ってからだ」
ふははははー、と極度の偏執狂男、坂本哲也は高らかに笑った。
「あなたは狂っているわ」
佐野量子は哲也に向かって吐き捨てるように言った。
3日目からは、もう哲也は二点識別検査はしないで、一日中、佐野量子を虐め抜いた。
哲也が正確な二点識別検査をしていない、ということが佐野量子に分かってしまった以上、二点識別検査をする意味が無くなったからである。
哲也は佐野量子の尻を思いきり鞭打ったり、水道のホースを佐野量子に向けて、佐野量子の体のあちこちに放水した。
「寒―い。坂本くん。許して」
佐野量子は泣きながら哲也に許しを乞うた。
しかし、哲也は許さなかった。
哲也は、さらに、ゴキブリホイホイを佐野量子に見せた。
そして、ゴキブリホイホイを開いた。
ゴキブリホイホイには、10匹ほど、ゴキブリがかかっていた。
まだ、ゴキブリは生きていて、気味悪く、ゴキブリホイホイにくっつきながらも、モソモソと動いていた。
「嫌―。気味悪い。そんな物、見せないで」
佐野量子は目をそらした。
「ふふふ。これをどうすると思う?」
哲也は残忍な目で言った。
「わ、わからないわ」
佐野量子は恐怖におびえた顔で、声を震わせて言った。
「ふふふ。こうするのさ」
そう言って哲也は、ゴキブリホイホイを佐野量子の髪の毛に、くっつけた。
粘着シートの粘着力によって、ゴキブリホイホイは佐野量子の髪の毛にくっついた。
「嫌―。坂本くん。やめてー」
佐野量子は泣き叫んで言った。
しかし、哲也は佐野量子から離れて、「嫌―。坂本くん。気味悪い。お願い。とって」と泣き叫ぶ佐野量子をブランデーを飲みながら、ニヤニヤ笑って見た。
佐野量子は心身ともに衰弱していった。
4日目。
その日も哲也は佐野量子の尻を徹底的に鞭打ったり、水道のホースを彼女の体に向けて、水を放射したりして、嬲り抜いた。
「今日はこれで終わりだ。明日、また徹底的に嬲るからな」
そう言い残して哲也は地下室を出た。
そして、哲也はソファーに座りながら、カップヌードルにお湯を注いで、3分まってから食べ出した。
哲也はリモコンでテレビを点けた。
テレビでは昼のNHKのニュース番組が映し出された。
ニュースキャスターが話し出した。
「××病院に勤務する医師の佐野量子さんがいなくなって、4日、経ちました。佐野量子さんは、×月×日の奈良県立医科大学第×回の同窓会に出席して、その後、行方がわからなくなりました。夫の佐野誠さんも、いずれ携帯で連絡してくるだろう、と思っていましたが、連絡が無く、翌日の午後には、警察に行方不明の通報をしました。警察では、事故か、自殺か、あるいは、犯罪の可能性があると見て、必死に捜索を始めました。心当たりのある方は警察に連絡して下さい」
そして佐野量子の顔写真が大きく映し出された。
そして、ニュースキャスターは佐野量子が勤める病院の同僚の医師に心当たりがないかを聞いた。
「何か心当たりはないでしょうか?」
ニュースキャスターが佐野量子の同僚の医師に聞いた。
「佐野量子さんは明るく仕事も順調で、自殺するとは考えられません。一体、どういうことなのか、さっぱり心当たりがありません」
同僚医師はそう答えた。
次に佐野量子の夫が映し出された。
「量子。どこにいるんだ。このテレビを観ているんなら電話をかけてくれ」
佐野量子の夫が涙ながらに叫んだ。
次に娘が映し出された。
「ママー。どこにいるの。帰ってきて。お願い」
と娘は泣きながら叫んでいた。
哲也は驚いた。
「ええ。一体、どういうことなの。アイツは独身なんじゃないの」
哲也は訳が分からなくなった。
毎年、送られてくる同窓会名簿でも結婚した女医は皆、性が変わって夫の姓に変えられて記載されている。
同窓会名簿には、氏名、住所、勤務先、が記載されている。
しかし、同窓会名簿は、卒業生が、住所、氏名、勤務先、が変更になっても、それを卒業生が連絡ハガキで送らなければならない。
同窓会の方から電話して、現在の、氏名、住所、勤務先、を同窓生に聞いてくるということはしない。
そして、卒業生は、結構ルーズで、住所、氏名、勤務先が変わっても、律儀に変更ハガキを出さない人も多いのである。
なので同窓会名簿に記載されている、卒業生の、氏名、住所、勤務先、は必ずしも正確ではない。
しかし、ネットの厚生省のホームページには、医師等資格確認検索、というのがあって、性別と氏名を入れると、医師国家試験に合格した年が出でくるのである。
(ただし、これは常勤「週32時間以上勤務」の医師に限られる)
哲也は、これで「佐野量子」を検索してみた。
すると、ちゃんと出てきた。
これは正確なので、佐野量子は、まだ独身だとばかり哲也は思っていたのである。
哲也は訳が分からなくなった。
それで、哲也は急いで、佐野量子の携帯で、発信者番号非通知で佐野量子の弟に電話をかけてみた。
「もしもし」
「はい。どなたでしょうか?」
「佐野量子さん友達です。あなたは佐野量子さんの弟さんですね」
「はい。そうですが」
「佐野量子さんは結婚しているのですか?」
「ええ」
「結婚しているのに、どうして、佐野、の姓が変わらないのですか?」
「それは姉が結婚した相手も、佐野、の姓なのです。姉は、幼馴染みの佐野誠さんと結婚したのです。ここ、大阪の泉佐野市は「佐野」の性が多いのです」
哲也はガーンとショックを受けた。
佐野という苗字が変わらないから哲也は、佐野量子は、てっきり独身だと思っていたのだ。
ネットで検索してみると、佐野量子の住んでいる大阪の泉佐野市は「佐野」の性が多いと書かれてあった。
女は結婚すると夫の性に変える。
最近は、結婚しても夫婦別姓にしている女性もいる。
しかし、それは、タレントとか女優とか、結婚前の姓が世間に知られていて、結婚後もタレントや女優の活動を続けていく上で、姓を変えない方がメリットがあり、活動しやすい、という理由のある人だけである。
そういう特別な人でない一般の女性は、結婚したら、ほとんどは夫の姓になるものである。
哲也はガーンとショックを受けた。
「ああ。あいつも一児の母親なっていたんだ。あの子には何の罪も無い。あの子はあんなにまで母親を慕っていたのか」
偏執的な哲也の心が揺らいだ。
(オレが間違っていた)
哲也の心は打ちのめされた。
哲也は地下室の扉を開け、地下室に降りていった。
佐野量子は寝袋の中で蓑虫のように顔だけ出していた。
彼女は哲也を見ると、また嬲られるのか、といった怯えきった顔つきになった。
無理もない。
それは、あたかも虐待され続けた子供が親の顔を見ただけで怯える条件反射になっていた。
哲也が佐野量子にしてきたことは、彼女を嬲ることだけだったからだ。
そして嬲り抜いたあと殺すためだった。
哲也は、ここに連れてきた時の佐野量子の服を持っていた。
哲也は黙って黙って寝袋のチャックを外した。
そして彼女を起こし彼女の手錠を解いた。
そして彼女に服を渡した。
「佐野さん。さあ服を着なよ」
彼女は予想外のことに、驚いていたが、急いで服を着た。
パンティーを履き、ブラジャーを着け、そして、スカートを履いて、ブラウスを着た。
「さ、坂本くん。一体、どういうことなの?」
彼女が聞いた。
「佐野さん。すまなかった。僕が悪かった。どうか家に帰ってくれ。全国の警察が行方不明になった君を探している。一刻も早く警察署に行ってくれ。一刻も早く娘の里香さんを安心させてやってくれ。僕が君にした監禁、拷問のことも警察に話してくれ。僕は自分のした罪の償いをする」
哲也は打ちひしがれていた。
しかし彼女は首を振った。
「い、いいの。坂本くん。私が実習で坂本くんに無神経なことを言ったから、こうなったんだわ。私は、内気で要領の悪い人の苦しみを察することなんか、全くしないで生きてきたわ。坂本くんに仕返しされて、それが骨身にしみてわかったわ。むしろ私は坂本くんに感謝しているの。これからは弱い人の心が分かる人間になれると思うわ。ありがとう。坂本くん。警察には言いません。だって、私が悪かったんだもの」
坂本哲也は打ちひしがれていた。
彼にとって、罰されないことの方が苦痛だったからだ。
哲也は彼女に10万円、渡した。
「さあ。これで大阪の家に帰ってくれ。そして一刻も早く娘さんを安心させてあげてくれ」
哲也が言った。
「ありがとう。坂本くん。私を許してくれて。警察には言いませんから安心して下さい」
こうして佐野量子は新幹線に乗って大阪の家に帰った。
彼女は約束を守った。
ニュースでは、佐野量子が無事にもどってきた報道がなされた。
彼女は、ニュースキャスターにどんなに問い詰められても、1週間、どこへ行っていたか、については決して喋らなかった。
ただ「親しい友達の所に泊まっていました。連絡しないで心配させてゴメンなさい」と言った。
娘の由香も母親に抱きついた。
「お母さーん。さびしかったよ。お母さんがいない間、生きた心地がしなかったよ。戻ってきてくれて本当に嬉しいよ」
と娘は母親と抱き合っていた。
「ゴメンね。由香ちゃん。心配させちゃって」
と母親も泣きながら娘を抱きしめた。
それ以後、佐野量子は弱い人の心が分かる人間、医者として活躍している。
坂本哲也も極度に歪んだ偏執的な性格が治って、ネクラだの、変態、だのと悪口を言われても怒らない寛大な人間となった。
めでたし。めでたし。



2022年7月17日(日)擱筆

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複雑な彼(小説)

2022-07-02 05:05:49 | 小説
「複雑な彼」

という小説を書きました。

ホームページ「浅野浩二のホームページの目次その2」にアップしましたのでよろしかったらご覧ください。


「複雑な彼」

ある日のことである。
僕は図書館で小説を書いていた。
図書館は午後5時で閉まる。
僕は大抵、閉館時間の午後5時まで図書館にいる。
図書館では午後4時30分に「図書館はあと、30分で閉館になります。貸し出しの方は、お急ぎ下さい」という館内放送が流れる。
それでも僕はねばる。
体調のいい時は30分でもかなり書ける時も多いからである。
今日もそうだった。
開館時間の午前9時から図書館に来て午前5時まで小説を書いた。
体調が良かったので、かなりの分量、書けた。
午後4時50分つまり閉館10分前になった。
「本日は、あと10分で閉館になります。ご利用ありがとうございました。また明日のご来館をお待ちしております。忘れ物のないようお帰り下さい」という館内放送が「蛍の光、窓の雪」のメロディーとともに流れた。
なので僕はカバンを持って図書館を出た。
そして自転車でアパートに帰った。
図書館はアパートに近く自転車で5分の距離である。
アパートの戸を開けると玄関にグリーンの大きな封筒があった。
奈良県立医科大学医学部医学科同窓会と書かれてある。
1年に1回くらい奈良県立医科大学から同窓会報が送られてくるのである。
それに「厳橿」という定期刊行誌が同封されている。
教授就任の挨拶文とか、××教室ではどんな研究をしているとか、○○教室紹介、だとかだが、そんなことは僕にはどうでもいいことだった。
なので、ろくに読まず、すぐにゴミ箱に捨てていた。
奈良県立医科大学は一応、僕の母校、出身校、ではあるが僕は母校愛というものが全くない。
大学受験の時は僕の第一志望は県内の横浜市立大学医学部だった。
しかし最終選考で落ちてしまった。
奈良県立医科大学は滑り止めだった。
大学受験は浪人して、がむしゃらに勉強しても成績はたいして上がるものではない。
なので僕は仕方なく奈良県立医科大学、に入学した。
大学生活は苦しかった。
それは僕は過敏性腸症候群に悩まされていたからである。
こんな半病人のような状態ではとても大学生活など出来ないと思っていた。
過敏性腸症候群が発症せず健康だったら全く問題はないのだが。
しかし親がせっかく受かったんだから入学して勉強して卒業しろ、と、うるさく言った。
なので僕は奈良県立医科大学に入学した。
医学部なんて実習が多く実習の班分けは、あいうえお順に決められて、実習は全員出席するからほとんど小学校と変わりない。
僕はこの実習が苦手だった。
僕は子供の頃から、というより、生まれつき人と協力して何かをやることが苦手だった。
ましてや過敏性腸症候群のため腹がいつも痛く、要領が極めて悪いので、グループ実習では、いつも人に迷惑をかけてしまっていた。
四年の冬に過敏性腸症候群が悪化して僕は休学した。
しかし大谷純という心療内科の良い先生と出会えて僕はとても力づけられた。
そして僕は復学した。そして一年下のクラスに入った。そして大学を卒業して医師国家試験にも通った。
僕は、奈良県立医科大学には嫌な思い出しかなく、また関東で育ってきた僕には、どうしても関西になじむことは出来なかった。
なので大学を卒業すると、すぐにUターンして関東の千葉県にある下総精神医療センターという研修指定病院に就職した。
それ以来、母校には一度も行っていない。
同級生とも一度も会っていない。
僕は玄関に落ちている奈良県立医科大学医学部医学科同窓会の封筒を拾って封を開けてみた。
すると同窓会の案内状が封筒の中に入っていた。
それには、こう書かれてあった。
「みなさん、ご多忙のことと思いますが、この度、第×回の入学生の同窓会を行いたいと考えております。どうか、ふるって、ご参加ください。場所はミナミのロイヤルホテルで夜5時から開催したいと思っております。幹事=青木誠」
同窓会は僕が卒業したクラスの同窓会ではなく僕が入学した時のクラスの同窓会だった。
同窓会は普通、卒業時のクラスで行われるものだが、どういう理由かは知らないが、入学時の同窓生なら留年していても構わない、と書かれてあった。
なので僕も四年の冬までは一緒のクラスだったので僕にも参加資格がある。
僕は上野恵津子さんが出席するのかどうか、知りたく思った。
それで。
僕は同窓会の幹事の青木君に問い合わせてみたくなった。
しかし自分で電話すると声から僕が誰だかバレてしまう可能性がある。
なので妹の綾子に電話して頼むことにした。
僕は妹に電話をかけた。
「もしもし。綾子。ちょっと頼みがあるんだ。聞いてくれないかい?」
「何。お兄ちゃん。頼みって?」
「簡単なことなんだけどね。×月×日に、奈良県立医科大学、第×回生の、同窓会があるんだ。それに上野恵津子という人が出席するかどうか、幹事に聞いて欲しいんだ」
そう言って僕は幹事の青木君の携帯番号を言った。
「・・・・どうして、わざわざ、そんなことを私に言うの。自分で電話すればいいじゃない?」
妹は訝しがった。
「僕が電話すると声でわかっちゃうからね。それがちょっと恥ずかしくてね」
「わかったわ」
そう言って妹は電話を切った。
しばしして妹から電話がかかってきた。
「お兄ちゃん。上野恵津子という人は同窓会に出席するらしいわよ。幹事の人に、あなたは誰ですかと聞かれたので、すぐ切っちゃったけれど」
「そうか。ありがとう」
そう言って僕は電話を切った。
(上野恵津子さんが来るのか)
僕は封筒に同封されていた同窓会の出席可否の返信はがきの「出席」の方に丸をして投函した。
僕は同窓会の日が来るのが待ち遠しくなった。
数日して同窓会の日になった。
僕は東海道新幹線で大阪に行った。
同窓会は大阪のミナミのロイヤルホテルの宴会場だった。
もうほとんど、みんな来ていた。
同窓会は立食パーティー形式だった。
卒業以来、大学にも関西にも一度も行ったことがなかった。
なので入学時のクラスメートに会うのは久しぶりだった。
個人的な付き合いの友達は一人も出来なかったが、学校の実習では嫌でも、あいうえお順に、5、6人のグループごとに班分けされるので、友達ではないが実習で話をして会話できるようになった同級生は何人もいた。
「やあ。久しぶり」
「卒業以来××年だな」
「お前、体形、学校の時と変わってないな」
などと割と親しかった男子生徒(今ではもう立派な一人前の医師である)たちが話しかけてきた。
「ちょっと事情があってね。僕は週2回の水泳と、筋トレとランニングをしているんだ。健康のためにね」
あはは、と笑って僕は適当な返事をした。
「それより君たちの方がうらやましいよ。君たちは、ほとんど全員、卒業後、奈良医大のどこかの医局に入って手取り足取り指導医から医療の知識や技術を教えてもらって全員一人前の医者になっているだろう。クリニックを開業している人もいる。うらやましい限りだよ」
「お前は卒業後どうしたの?」
「もちろん僕だって研修指定病院に入ったよ。千葉県の下総精神医療センターさ」
「それは卒業生名簿で見て知ってたよ。お前だって研修を受けたじゃないか?」
「まあ。そうだけどね。あそこは研修医を教育して育てようなんて、感覚は全くないからね。ほったらかしだよ。だから医者の実力なんて、ろくに身につかなかったよ」
とは言いつつも僕は結構、下総精神医療センターで医師の基本的なことは身についた。
「どうして関東のどこかの医学部の医局に入らなかったの?お前は横浜市立大学医学部に入りたかったんでしょ。どうして横浜市立大学医学部の何科かの医局に入らなかったの?」
「僕も出来ることなら横浜市大の医局に入りたかったよ。でもやっぱり他大学の人が別の大学の医局に入ると、どうしても余所者って感じになっちゃうからね。なにせ6年間もまさしく同じ釜の飯を食った友達関係だからね。君たちみたいにどこへ行っても、すぐその環境に慣れる人なら別だろうけどね」
「なるほどな」
「僕も今では、たとえ嫌でも卒後は奈良医大の医局に残って二年間の研修をしておけばよかったと後になって、つくづく後悔しているんだ」
これはポリクリ(臨床実習)の時に見たことなのだが、卒業後はみな、どこかの医局に入る。整形外科医になろうと思う人は整形外科の医局に入る。眼科医になろうと思う人は眼科の医局に入る。しかし医局の方でも融通を利かせてくれて麻酔科も身につけておきたいと思っている人は麻酔科の研修もさせてくれる。
医学の知識や技術を身につけるには、どうしても大学病院の医局に入るしか他に方法がないのである。
特に、外科系の眼科手術や消化器系の開腹手術、救急医療の対応など、本を読んで身につけることなど不可能である。内科なら本を読んで独学で身につけることが出来るものも無いではないが。
「お前、精神保健指定医の資格は取ったの?」
内科クリニックを開業している菊本が僕に聞いた。
「取ってないよ」
「それより君は内科クリニックを開業しているだろ。君のクリニックのホームページ見たよ。一カ月くらい君のクリニックで研修か見学させてもらえない?」
「ははは。別にいいよ」
こんなことで、結構、賑やかな会話が行われた。
そろそろ同窓会も終わりの時間になった。
「じゃあ本日の同窓会は、これで終わりにしたいと思います。この後、二次会をしますので出席したい人は残って下さい」
と幹事の青木が言った。
大体、男は、みな残った。
みな、もっと飲んで、はしゃぎたいんだろう。
女子は概ね二次会には参加せず帰る人がほとんどだった。
上野さんも帰ろうとした。
僕は急いで上野恵津子さんの所に行った。
そして彼女に話しかけた。
「上野さん。よろしかったら少しお話しませんか?」
「えっ」
彼女は驚いて僕を見た。
彼女に限らず僕は在学中は女子とは誰とも話すことが出来なかった。
過敏性腸症候群のためクラスに馴染めず友達もほとんどいなかった。
特に女子とは話すことは全く出来なかった。
なので、いきなり僕に、お話ししませんか、などと言われて彼女は動揺している様子だった。
まあ無理もないが。
「何かこれから用があるのですか?」
僕は彼女に聞いた。
「い、いえ。別に用はありません」
「では、少し話しませんか?」
「え、ええ」
「では、近くの喫茶店で少しお話しませんか?」
「え、ええ」
こうして僕と彼女は、二人で一緒にロイヤルホテルを出た。
そして、近くの喫茶店に入った。
ウェイトレスが注文を聞きに来た。
僕がアイスティーを注文したので、彼女も僕と同じアイスティーを注文した。
彼女は戸惑っている様子だったので僕の方から彼女に話しかけた。
「上野さんが僕に好意を持っていてくれたことは、わかっていました。僕だって人間ですから相手の態度から、あなたが僕に好意をもってくれていることは十分過ぎるほど、わかっていました」
「・・・・・・・」
彼女は赤面して黙っていた。
「僕は、あなたを嫌ってなんかいませんでした」
「・・・・・・」
「あなたが、要領が悪くて友達もいない一人ぼっちの僕をかわいそうに思ってくれたことに対しては心の中では本当に嬉しかったでした」
「そうだったんですか。それを聞くと私も嬉しいです。浅野さんは何も言わないので私のことを嫌っているのかな、とか、他に好きな人がいるのかな、なんて悩んでいました」
「僕があなたと話したいと言った理由は、まさに、そのことなんです。在学中に、あなたを、悩ませたことを謝りたくて。そして僕の思いを話したくて」
彼女は僕が急にお喋りになったことに戸惑っている様子だった。
なので僕は続けて話した。
「僕は、あなたの僕に対する好意は心から感謝していました」
「そうですか。それを聞くと嬉しいです」
「ただ在学中にあなたの好意を受け入れてしまうと、あなたは僕に過去問題のコピーまでくれるだろうと思っていました」
「え、ええ。私も浅野さんが一人ぼっちで可哀想なので、ぜひとも、コピーをあげたいと思っていました」
「思った通りですね。僕はそれが嫌だったんです」
彼女は訳が分からないといった顔で目を丸くして僕を見た。
「一体どうしてですか?私には、その気持ちは、さっぱりわかりません」
「もちろん僕だって過去問題のコピーは咽喉から手が出るほど欲しかったんです。だって過去問題のコピーがなくては単位をとることが出来ませんからね。進級することも卒業することも出来ませんからね」
「じゃあ、どうして過去問題のコピーが欲しいのに、それを受け取るのが嫌だったなんて思ってたんですか。コピーが欲しいのにコピーを受け取りたくないなんて、私にはその理由が全くわかりません。その理由を教えてください」
「理由ですか・・・何ていうのかなあ。それは僕の誇りからなんです」
「誇りって、どういう誇りなんですか?」
「大人の人間関係の基本は、give&takeですよね」
「え、ええ。そうですね」
「僕にだって男の誇りはあるんです。女に憐れまれて、おっと失礼、女の同情を有難くうけとってコピーまでタダでもらうなんて乞食です。僕が、あなたからコピーをもらう代償に何か、それに相応しい何かのモノをあなたに、あげられることが出来たなら僕もあなたからコピーを喜んでもらうことが出来たでしょう。しかし僕には、あなたにあげられる物なんて何も持っていなかったんです。だから僕は女の憐れみや同情を有難く受けとることなんて死んでも出来なかったんです。そんなことをするくらいなら単位が取れなくて卒業できなくなる方がマシだったんです。卒業できなくて野垂れ死ぬことになっても、その方が僕にはマシだったんです」
「・・・・・・浅野さんがそんなことを思っていたなんて知りませんでした」
彼女は驚きの目で僕を見た。
「それと僕が女の生徒と話が出来なかった理由は他にもあるんです」
「何ですか。それは?」
「卒業して何年も経った今だから何でも言えますが。僕は女の人と親しくしている所を他の人に見られたくなかったんです」
「どうしてですか?」
「恥ずかしいからです。アイツは女とデレデレするヤツだと思われるのが嫌で・・・」
「浅野さんは硬派なんですね」
「それは違います。むしろ全く逆です。僕は未だに甘えん坊で女の優しさに飢えています。僕ほどナンパで軟弱な男はいないと思っています。僕は異常なくらいエロチックな女の写真集をたくさん持っています。そして写真の女を何時間も見て妄想にふけっています。そして僕もファッションヘルスとかの風俗店には結構行きました。それで女性と二人きりになると僕はいくらでも女性と話が出来ます。もちろん僕にはそんなに話題が豊富なわけではないんですが、僕はこの世のあらゆる事に興味を持っているので、そして、どんな人にも興味を持っているので、いい聞き役になれるんです。嫌々、聞いているのじゃなく本当に何にでも興味を持っているんです」
「そうだったんですか。意外です。浅野さんて勉強熱心で女には興味がない人なのかな、と思っていました。クラスの女子の誰とも話さなかったので・・・・」
「それは、今も言いましたが僕は大勢の集団の中にいる時には女性と話せないんです」
「そうでしたか」
「集団の中にいる時には他人の目があるからです。きれいな女性と話しているとアイツはナンパで女とデレデレするヤツだと見なされるのが死ぬほど怖かったんです。きれいな女性と話すと顔が赤面してしまうので、それを隠して平静を装うのに必死だったんです。女と話しているのを人に見られてアイツはナンパなヤツだと噂されるのがこわくて・・・」
「浅野さんが、そんな複雑なことを考えていたなんて知りませんでした。高い理想や信念を持っているんですね」
「性格がややこしいだけですよ」
僕は彼女をそう言ってなぐさめた。
「それと僕は大学に入学した時から、つらい過敏性腸症候群に悩まさていて入学した時から、いつかは休学することになることは、わかりきっていました。なので入学した時に、すでに下のクラスに落ちることも確信していました。なので、それが惨めだったので、なおさら女と話すことは出来ませんでした」
「そうだったんですか。浅野さんが、そんなことで悩まれているなんて知りませんでした」
「劣等感が強いんです。生徒には留年して下のクラスに落ちても劣等感を感じない人もいますよね。しかし僕は劣等感が強いので、それにはどうしても耐えられなかったんです」
「浅野さんってすごくデリケートなんですね」
「神経質の度が過ぎているだけです」
「私たちとは何か違う感性なんですね。浅野さんって」
「ええ。そうですね。だから、こうやって無事、医学部を卒業して医師国家試験にも通り、あなた達と対等な立ち場になれた今なら劣等感がなくなりましたから、こうやって、あなたと普通に話すことが出来るんです」
「浅野さんのホームページやブログ拝見しましたけれど浅野さんの書く小説、面白いですね。よく書き続けられますね」
「それは。僕は大学を出て医者になりましたけど、やっぱり人とは付き合えないからです。僕の安住の地は小説を書くことの中にしかないんです」
「浅野さんは、いつから小説を書き始めたのですか?」
「大学3年の時です。僕が医学部に入った理由は。僕は幼少の頃から喘息で、その後、神経質な性格のため過敏性腸症候群が発症してしまいました。それに悩まされ続けて多くの医者にかかりました。しかし医者にペコペコ頭を下げるのが嫌だったから、自分が医者になってやろうと思ったんです。だから医者になってバリバリ働こうとは思ってもいませんでした。それで医学部の3年の時に、小説家になろうと、ある時パッと天啓が下ったんです。それまで僕はどうしても自分は何のために生きているんだろうということがわかりませんでした」
「浅野さんって、なにか、すごく物事を深く考え込む人なんですね。私は自分が何のために生きてるのか、なんてこと考えたことありません。奈良医大に入れる学力があったから、そして医者は苦しんでいる病人の病気を治すという立派な仕事だからという理由だけで何も考えずに奈良医大を受験しましまた。そして卒業後は大学の医局に入って、教授の意向で大学の関連病院に勤務して博士号と専門医を獲りました。それが当たりの前のことだと疑ったこともありません」
僕は黙っていた。
なので彼女は続けて言った。
「ところで浅野さんは卒後、医者として、どういう人生を送ってきたんですか?」
「僕は卒後、千葉県の下総精神医療センターに入りました。出来れば横浜市立大学医学部に入りたかったんですが、やっぱり、集団に属するのはこわく、しかも僕は他大学からの入局者となりますから余所者です。集団に属するのが嫌いな僕には、その決断は出来ませんでした。卒後も僕の生きがいは小説を書くことだけだったので、どうやったら医者の仕事をやりながら小説を書く時間を持てるか、ということを考えて楽な精神科を選びました。2年の研修後いくつかの精神病院に就職しましたが精神保健指定医の資格は取れませんでした。やっぱり今思うと面倒見のいい母校の奈良医大で研修すべきだったと後悔しています。精神保健指定医の資格がないと精神病院には就職できませんから」
「それで精神科の後は何をされたんですか?」
「コンタクト眼科をアルバイトでやりました。それで、コンタクト眼科の院長もやりました。しかし日本眼科学会が、眼科専門医でない医師にコンタクト眼科をやることを批判していたのでコンタクト眼科も出来なくなりました。それで次は、これまた楽と言われている人工透析の仕事をするようになりました。やってみたら、これが本当に楽で、こんなことなら最初から腎臓内科をやっておけばよかったと後悔しました。でも楽な仕事ばかりを選んできたので小説を書く時間は持てました」
「そうですか。それで浅野さんは別の科に変える時、誰に教えてもらったんですか?」
「教えてくれる人なんていませんよ。自分で医学書を何冊も買って独学しました。あとは実際に診療していく経験で覚えていきました」
「浅野さんは小説を書くのが好きで医学の勉強は好きじゃないとホームページに書いてありましたが医学の勉強するの嫌じゃありませんでしたか?」
「それは、もちろん別の科に転科する時には、ああ、嫌いな医学の勉強をしなくちゃならないな。イヤだなと思います。小説だけ書いていたいなと思います。でも僕は、もちろん、たいした医者じゃないですけど患者に迷惑だけはかけちゃいけないと思うので。医学書を買って読んで勉強しましたが、勉強しだすと理屈がわかって面白くなってしまうんです。僕は何事にもハマってしまうんです」
「そうですね。浅野さんは、学生時代も勉強熱心でしたからね。てっきり浅野さんは真面目で勉強熱心な人なんだと思っていました。将来は医者になって精一杯、世のために尽くそうと思って医学部に入ってきたんだと思っていました」
僕はアイスティーを一口飲んだ。
「ところで浅野さんは今は立派な医者になって私と対等な立場になれたから劣等感はなくなっているんですよね」
彼女の目つきが真剣になった。
「ええ。だから、こうして、あなたと話すことが出来るんです」
「じゃあ私と付き合ってくれないでしょうか?」
「・・・それはちょっと待って下さい」
「どうしてですか?」
僕はすぐには答えられなかった。
「それは母校が同じだからです。僕は4年で休学するまで4年間、実習など一緒にやりましたよね。そうすると、あなたとは近親相姦的な関係のような感覚になるからです。これが別の医学部を出た女医となら付き合うことも出来るんですが・・・」
医学部はどこの大学でも定員100人程度である。
そして実習が多い。教養課程では2年の時、生物学、化学、物理学の実習があり、3年からの基礎医学では、解剖実習、生理学、生化学、病理学、細菌学、薬理学、などの実習があった。どの実習でも4人から6人くらいが一グループとなって一緒にやる。
グループは苗字のあいうえお順に決められる。僕は浅野で彼女は上野だっから僕から麻原彰晃という男子生徒を一人おいて二番目だった。そのため実習では彼女と一緒になってやることが多かった。
医学部に入ってくる女は高校時代、勉強、勉強、の連続で運動神経のニブい女が多いのだが彼女は違った。
教養課程の2年の時の体育の授業では、テニス、サッカー、バスケット、のどれかをやらなければならなかった。
僕はテニスを選んだ。そして彼女もテニスを選んだ。
そのテニスの授業は男と女は別れてやった。
ある時、女子のテニスを見たら上野恵津子さんがボールを打つ瞬間が一瞬見えた。
「上手い」と僕は感心した。ラケットのスイートスポットで、きれいにボールを捉えている。
彼女は基礎医学の3年になった時、片足を骨折してギプスをはめて学校に来ていた。
2年が終わった後の春休みにスキーに行って骨折したらしい。
彼女のスキーの技術はどの程度なのかは知らない。
しかし初心者は無理をしないから、転ぶことはあっても骨折することは少ない。
しかし彼女は、かなり滑れてスピードを出し過ぎて骨折したように僕には想像された。
教養課程の時の夏の体育の授業は水泳だった。
男子は皆、泳いだが女子は全員見学にまわった。
女子は水着姿を男子に見られるのが恥ずかしいからである。
それでも1年の時はプールサイドに来て見学はしていた。
しかし2年になると女子は全員、水泳の授業は欠席した。
2年の時の体育の水泳の授業では、男子と女子を別にして、男子が先に泳いで次に女子が泳ぐことになった。
女子は2年の時は全員欠席した。
しかし、ただ一人、上野恵津子さんだけが白いワンピースの水着を来て体育の先生が来るのを待っていた。
ワンピースの水着が体にピッタリとフィットして体のプロポーションがはっきりと見えた。
盛り上がった恥部の輪郭もはっきりと見えた。
その光景を見た時、僕は思わず、「うっ」と生唾を飲み込んでしまった。
思わず勃起してしまった。
なんてセクシーなんだ、なんて度胸があるんだと思った。
彼女はたぶん泳げるのだろう。どのくらい上手く泳げるのか、それは知らない。
彼女は「先生。早く来ないかなー。水泳の授業、受けたいのに」と待っている様子だった。
彼女は度胸があるのではなく男に水着姿を見られることなど何とも思っていないのだ。
こういう女性の子供の頃の様子は容易に想像できる。
活発で女の子はもちろん男の子とも照れることなく平気で話し、遊ぶ。
男の子と野っ原を追いかけっこし鉄棒をし、じっとしていることが出来ず、悩むことがなくどんな運動でも積極的にやる。そのため運動神経が良くなって、どんな運動でも上達が早くなる。学校に入ると根は真面目で何事にも積極的なので友達と一緒に勉強もするから学力も上がっていく。
なので自分に自信を持ってしまい、自分が正しい、という絶対の考えをもってしまう。
他の生徒が悪いことをしていると堂々と注意する。
いわゆる「しっかりした子」になる。
良いことずくめの性格のようにも見えるが男にとっては、ちょっと、こういう我の強すぎる子は付き合いづらいのである。
男にとっては、女の子はもっと、おとなしく、恥ずかしがったり気が小さかったりする方が付き合いやすいのである。
腕力においても性格においても運動神経においても男の方が勝っていて、か弱い女の子を守ってやりたい、というような女の子の方が男は付き合いたくなるのである。
彼女に欠けているのは「かわいらしさ」である。
男は、大人でも子供でも、かわいらしい女の子と付き合いたいのである。
女があんまり、しっかりしていると男は女の尻に敷かれてしまう。
女の尻に敷かれることを喜ぶマゾの男も、この世にいないわけではないが、それは極めて例外的な少数である。
なので彼女は、どんな男の子とでも友達にはなれるが恋仲にはなれないのである。
何事にもためらうことがないから好きな男の子が出来ると「付き合って」と直ぐに言う。
男の子はちょっと考えてから「うん。友達ならいいよ」とは言うが、友達以上の関係には「それはちょっと待って」と言われる。
なので彼氏は出来ないのである。
彼女は彼氏が出来ないことに、さびしさを感じながら「私のどこが悪いのかしら?」と自分の事はどうしてもわからないのである。
「浅野さん。もし私でよろしかったら結婚してもらえないでしょうか?今では浅野さんも一人前の医者になって私と対等の立場になったのですから」
彼女は思い切ったことを言った。
「ダメでしょうか?」
「・・・・・」
僕は返答に窮した。
「私、神奈川県に引っ越します。神奈川県で働ける病院を探します。料理や家事、掃除もします。どうでしょうか?」
彼女は僕の目を直視して身を乗り出すようにして聞いた。
僕は困った。
僕は医学部を卒業して医者になれたとはいえ僕の視床下部と小腸、大腸は壊れていて毎日が「不眠」と「便秘」との戦いなのである。
その僕の病気(過敏性腸症候群)は治らない。
夜1時に睡眠薬を飲むが眠れず24時間営業のマクドナルドに行って朝の5時くらいまでねばって体を疲れさせ、それによって寝るという普通の人間では想像もつかない生活をしている。
そして健康を維持するため週2回、一回に5時間は水泳をする。
それと筋トレとランニングもする。
しかし胃腸が悪くて食欲というものが起こらない。
そして夏は猛暑、冬は極寒、春、秋、は気温の日内変動で自律神経が乱れ、一年の半分以上は何も出来ない。
わずかに元気が出た時は唯一の生きがいである小説創作に時間を当てている。
しかも小説は図書館でないと書けない。
小説創作と、ささやかな結婚生活の幸福と、どっちの方が僕にとって大事かといえば当然、小説創作の方である。
しかし彼女は結婚生活という、ささやかな幸せを求めている。
僕のために料理を作りたいだろうし、休みの日には名所旧跡を一緒に散歩したり、たわいもない会話をしたいだろう。子供も産みたいだろう。
彼女の求める幸せとはそういうものだろう。
しかし僕にとっては、たわいもない会話は時間の無駄に過ぎない。
休日は全ての時間を小説創作に当てたいし、散歩なんて貴重な人生において時間の浪費にしか過ぎない。
僕は結婚とは女を幸せにすることだという信念を持っている。
なので僕はとても彼女を幸せにすることは出来ない。
なので僕は彼女と結婚することは出来ない。
しかし僕は女を悲しませることが出来ない。
僕はそんなことを考えて黙っていた。
「やっぱり我の強い女ってダメなんですね」
彼女がボソリとさびしそうに呟いた。
彼女も自分が彼氏をつくれない理由はわかっているのだ。
「上野さん。今まで彼氏と付き合ったこと、ないのですか?」
「ええ」
「一度も?」
「ええ」
「失礼ですが、もしかしてまだ処女ですか?」
「え、ええ」
彼女は顔を赤らめて言った。
「上野さんは運動神経が良かったですね。どんなスポーツが好きですか?出来ますか?」
「ほとんどのスポーツは出来ます」
彼女は臆することなく堂々と言った。
「大学卒業後もスポーツはしていましたか?」
「いえ。卒業後は毎日、勤務医の仕事が忙しくなってあまりしていません。でも休日には時々テニス部のOGとして在校生とテニスをしています」
「高校の時は部活は何部でしたか?」
「テニス部です」
「どうりで。2年の体育の時、上野さんがテニスをするのを一瞬見ましたが、ラケットのスイートスポットにきれいに当てていて、かなりの腕だと思っていました」
「浅野さんだって水泳や空手が出来るじゃないですか。浅野さんも運動神経がいいんじゃないですか?」
医学部では女子の間では、お喋りネットワークがインターネットより、さらには5Gより素早く伝わるから彼女が僕が空手が出来ることを知っているのである。
「いや。僕は運動神経それほど良くはないですよ。子供の頃は喘息でハードな運動はほとんど出来ませんでしたから。空手を身につけるのにも、かなり苦労しました。元気そのもので、どんなスポーツでも、どんどん上手くなれた、あなたとは正反対です」
「そうなんですか?」
「僕は卒後、水泳や筋トレ、ランニングは健康を維持するためにやっていますが、テニススクールも何年かやってテニスをやっていました。もちろんテニスも足腰を鍛え心肺機能を高める健康の向上のためです」
「そうですか。でも浅野さんは何事にも努力家ですからテニスはかなり上手くなったでしょう?」
「ま、まあ。コーチとのラリーは続けられます。いくらでも」
時計を見ると、10時だった。
「上野さん。明日、テニスをしませんか?あなたの家の近くにテニススクールはありますか?」
「ええ。あります」
「では、あしたコートを借りてテニスをしませんか?」
「ええ。浅野さんとテニス出来るなんて嬉しいです」
「勉強は頭で覚えますから時間が経つと忘れてしまいますが。スポーツの技術のように体で覚えたものは忘れるということがありません。ですから上野さんは今でもテニス出来ますよね。それに時々OGとしてテニス部に出ていたというくらいですからね」
「・・・え、ええ。まあ一応」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「それでは今日はもう遅いですから、これくらいで終わりにしましょう」
「ええ」
「上野さん。よろしかったら携帯電話の電話番号とメールアドレスを教えて貰えないでしょうか?」
「はい」
彼女はカバンから紙切れを取り出して、それに携帯電話の電話番号とメールアドレスを書いて僕に渡してくれた。
「ありがとうございます」
僕はカバンから携帯電話を取り出して、それを登録した。
僕はすぐに上野さんのメールアドレスにテストメールを送ってみた。
彼女の携帯電話がピピピッと鳴った。
「では、さようなら。明日、お会いしましょう」
「さようなら。浅野さん」
僕はレシートをもって立ち上がった。
上野さんも立ち上がった。
そしてレジに行って勘定を払って喫茶店を出た。
「さようなら。浅野さん」
「さようなら。上野さん」
こうして僕は上野さんと別れた。
僕は近くのビジネスホテルに泊まった。
その日はよく眠れた。
もちろん常用の睡眠薬、デパス、セルシン、ロヒプノール、ベンザリンを飲んで。
睡眠薬を飲んでも眠れないのに眠れたのは不思議だが、かなり話したため疲れたからだろう。
なぜ僕が彼女にテニスをやりませんか、と誘ったかというと、それが一番いいと思ったからである。
翌日、目が覚めたのは午前9時だった。
ホテルの1階に降りると宿泊客がホテルの朝食を食べていた。
僕はトーストと牛乳を少し飲むだけにとどめた。
部屋に戻ってしばらくすると、ピピピッと携帯電話の着信音が鳴った。
開けてみると上野さんからのメールだった。
それには、こう書かれてあった。
「浅野浩二様。昨日は有難うございました。××テニススクールに問い合わせたら今日はいつでもコートは空いていて使えるそうです。何時にしますか?上野恵津子」
そしてメールには××テニススクールのホームページのリンクがあった。
××テニススクールは彼女の家の近くで、このホテルからも近かった。
「上野恵津子様。では午後1時にお会いしませんか。浅野浩二」
僕はこう書いてメールを送信した。
するとすぐに、
「浅野浩二様。わかりました。午後1時に行きます。上野恵津子」
と彼女からの返信メールが来た。
僕はベッドにゴロンと寝た。
そして10時のチェックアウトにホテルを出た。
そして駅前のデパートに入った。
そして3階のスポーツ用品売り場に行ってadidasの上下そろいのジャージを買った。
安い運動靴も買った。
しかしラケットは買わなかった。
テニススクールでコートを借りてテニスをする時は、どこのテニススクールでもラケットはレンタルしてくれるからだ。
僕はスマートフォンの地図アプリを出して上野さんの言ったテニススクールの場所を調べた。
そして電車に乗ってテニススクールのある最寄りの駅で降りた。
テニススクールは駅から歩いて10分ほどで着いた。
テニススクールの駐車場には赤いスポーツカーが止まっていた。
上野さんの車だろう。
テニススクールに入ると上野恵津子さんがラケットを持って座っていた。
彼女は白いテニスウェアに短めの白いスカートを履いていた。
「あっ。浅野さん。こんにちは。来てくれて有難うございます」
彼女は僕を見つけると笑顔で挨拶した。
「こんにちは。上野さん」
僕も挨拶を返した。
「待ちましたか?」
「いえ。10分ほど前に着いたばかりです」
本当は、もっと早く来て待ったかもしれないが、僕に気を使って過少申告しているのじゃないかと僕は疑った。
しかし、まあ、そんなことはどうでもいいやと思った。
「じゃあ、さっそく始めましょう」
「ええ」
僕はテニススクールの更衣室に行った。
そして、さっきデパートで買ったadidasのジャージに着替えた。
そして僕はテニススクールの人に言ってラケットを貸してもらった。
そして屋外のレンタルコートに出た。
「そのジャージどうしたんですか?」
上野さんが聞いた。
「デパートのスポーツ用品売り場で今日、買いました」
「そうですか。わざわざ私のために有難うございます」
「そんなことはいいです。じゃあ、さっそく始めましょう」
「ええ」
僕と彼女はテニスコートに入った。
「浅野さん。何をしますか?」
彼女が聞いた。
「ラリーをしませんか。僕ラリーが好きなんで」
「わかりました。ではラリーをしましょう」
僕と彼女は、それぞれベースラインに立った。
「じゃあ行きますよー」
そう言って上野さんはボールを打った。
ボールは僕の方のコートに入った。
僕はワンバウンドしたボールを打ち返した。
彼女は、きれいなフォームでそれを打ち返した。
卒後、医師の仕事が忙しくなって、あまりテニスはしなくなった、と言っていたが、彼女の腕前は衰えていなかった。
彼女は僕の実力がどのくらいなのかを知るために最初は緩めのボールを打っていたが、僕がどんな球でも打ち返せるのを確認すると、だんだん、ドライブ回転のかかった速いボールを打ってきた。
僕もドライブ回転のかかった速い球を打つようになった。
彼女は僕がバックハンドは、もしかしたら苦手なのかもしれないと思っていたのだろう。
彼女は僕のフォア側にしか打ってこなかった。
それで僕はバックハンドでも打てることを示すために彼女が僕の正面に打ったボールをバックハンドに構えてバックハンドで打ち返した。
僕のバックハンドは片手打ちである。
片手打ちのバックハンドはクローズドスタンスでなくてはならない。
なぜなら片手打ちのバックハンドは腰の回転で打つからである。
僕はドライブ回転のかかった速い球を彼女のバック側に返した。
すると彼女は両手打ちのバックハンドで打ち返してきた。
予想した通りだった。
現代のテニスプレーヤーのほとんどはバックハンドは両手打ちである。
それは両手打ちのバックハンドはオープンスタンスで打てるからである。
試合ではフォアもバックもオープンスタンスの方が早く元の位置に戻れる。
両手打ちのバックハンドは腰の回転力ではなく後ろの手で押し出す力で打つ。
しかし僕はバックハンドは片手打ちだった。
それは片手打ちの方が格好いいからである。
そして腰の回転を使って強力な球を打てるからである。
僕はテニスでは試合をしたいとは思っていない。
試合をして勝ったの負けたのなんて、くだらないと思っているからである。
僕はラリーを気持ちよく続けていれば、それだけでいいのである。
しかし世の人間は、僕には何故だかさっぱりわからないのだが、異様なほど試合をしたがり、そして試合で勝つことが好きなのである。
20分くらい僕は彼女とラリーを続けた。
どっちも一度もミスすることはなかった。
「上野さん。一休みしませんか?」
僕は聞いた。
「ええ」
僕は彼女の打ってきた球を打ち返さずに手でとってラリーを中止した。
「ええ」
そして僕と彼女はコート内にあるベンチに腰掛けた。
「いやー。上野さん。上手いですね」
「浅野さんも」
彼女は少し赤面して言った。
「浅野さん。咽喉渇いていませんか?」
「ええ」
「じゃあ、私、テニススクールの建物の中にある自動販売機で飲み物、買ってきます。浅野さんは何を飲みたいですか?」
「自動販売機には何がありますか?」
「ポカリスエットとオレンジジュースとアップルジュースがあります」
「じゃあ、ポカリスエットをお願いします」
「わかりました」
彼女は小走りにテニススクールの建物に向かって走り出した。
そして、すぐに彼女はペットボトルを二本、持って戻ってきた。
そしてベンチに座った。
「はい。浅野さん」
そう言って彼女は僕にポカリスエットのペットボトルを一本、渡してくれた。
彼女もポカリスエットだった。
「ありがとう」
僕は彼女にお礼を言ってポカリスエットのキャップをはずしゴクゴクと飲んだ。
久しぶりに運動して汗をかいたのでポカリスエットは最高に美味かった。
彼女もポカリスエットのキャップをはずしてポカリスエットを飲んだ。
「上野さん。上手いですね。おっと。スポーツ万能で、高校時代からテニスをしていた上野さんに上手いですね、なんて言うのは失礼ですね」
「いえ。浅野さんも上手いですね」
「上野さんは、高校の時テニス部の部活で、どのくらいまでいきましたか?」
「・・・・一応、一回だけ国体で優勝したことがあります」
「国体で優勝ですか。すごいですね」
「いえ。一回だけです。強い人が試合の数日前に膝の靭帯を損傷して出場できなくなったためラッキーで優勝しただけです」
「ホントかなー?」
「ホントです。信じて下さい」
「ははは。じゃあ信じておきます」
「でも、浅野さんの片手打ちバックハンドは強いショットですね。私、片手打ちのバックハンドは出来ません」
「バックハンドは、片手打ちと両手打ちでは、根本的に原理が違います。片手打ちバックハンドは腰の回転の力で打ちます。だからクローズドスタンスでしか打てないのです。しかし両手打ちバックハンドは腰の回転力ではなくフォアと同じように後ろの手で押し出す力で打ちますからね」
「浅野さん、って難しい理屈を知っているんですね。私、スポーツの理論書なんて読まないので知りませんでした」
「運動神経のいい人はスポーツの理論書なんて読まなくても練習していればドンドン上手くなっていきますよ」
図星だったのだろう。
彼女は恥ずかしそうな顔をして黙っていた。
「それと上野さんが両手打ちバックハンドをするのは、もう一つの理由があると僕は思っています」
「何ですか。そのもう一つの理由って?」
上野さんが聞いた。
「上野さんは試合をするのが好きでしょう。試合で勝つにはバックハンドはオープンスタンスでも打てる両手打ちの方が圧倒的に有利だからです」
「・・・・え、ええ。ところで浅野さんは試合はしないんですか?」
「僕はグラウンドストロークのラリーをしていれば、気持ちよくて、それだけでいいんです。他人と戦って勝ったの負けたのなんてこと僕には全然、興味がないです」
「そうなんですか」
「上野さん。試合をしませんか?」
「えっ。いいんですか。浅野さんは試合があまり好きなんじゃないですか?」
「ははは。確かに僕は試合よりラリーの方が好きですけど試合が完全に嫌いってこともないですよ」
「そうですか」
じゃあ試合をしましょう、と僕は誘って僕と上野さんは、コートに入った。
「浅野さん。サービスからしますか、レシーブからしますか?」
彼女が聞いた。
「一応、試合ですからフィッチをして決めましょう」
「はい」
僕はラケットヘッドをコートにつけた。
「フィッチ?」
僕は聞いた。
「スムース」
上野さんが言った。
「じゃあ、僕はラフです」
僕はラケットのグリップを力強く回した。
ラケットはクルクルと独楽のように回りパタンとコートに倒れた。
ラケットを拾い上げてみるとラフだった。
僕が当たったので僕がサービスをするかレシーブをするか決める権理がある。
「じゃあ僕はレシーブを選びます。上野さんがサービスで試合をお願いします」
「わかりました」
そう言って僕と彼女は、お互いベースラインに立った。
上野さんが青空の中にボールをトスアップして手首のスナップを利かせてサーブを打った。
ボールは僕の方のサービスコートに入った。
ボールは僕のフォア側の打ちやすい所に来た。
スピードもそれなりに速かった。
僕はそれを楽々返した。
予想通りだなと僕は思った。
彼女とラリーをして、彼女は相当な実力があるという手ごたえは感じていた。
彼女は、勝ったの負けただのの試合が好きだろうから、もっとセンターギリギリを狙った速いサーブも打てるだろう。
しかし、そういうことをすると勝気で男勝りな女と見られるのを怖れて手加減したのだろう。
しかし彼女も僕とのラリーで僕のテニスの技術レベルを知っているから僕が打ち返せる速さをちゃんと考えている。
片八百長とは相手にバレないようにやるものだ。
僕がレシーブで打ち返した球を上野さんはフォアハンドで打ち返した。
こうして試合ではあるがラリーが続いた。
彼女としては、もっと僕が打ちにくい所へ打ちたいだろうが、それは我慢しているのだ。
時々、彼女はドロップショットも打った。
しかし、それも意地悪なドロップショットではなく僕が走って行って取れそうな所に彼女は打った。
僕がラリーが好きなのでラリーを途切れさせないようにするためだ。
彼女の技術なら僕に勝つことは容易に出来るはずである。
なにせ彼女は高校の時、国体優勝の実力なのだから。
こうして最初のゲームは僕が勝った。
次に僕のサービスの番になった。
僕はラリーで上野さんの実力を知っているし彼女はどんなに速いサーブを打っても、とれることは確信していたので思い切りサービスを打った。
もちろん彼女は楽々とレシーブで返した。
しかし僕がサーバーになっても、やはり彼女は僕がラリーが好きだということに気を使ってラリーをつなげる試合をした。
彼女は時々、ネット、や、オーバーすることもあった。
しかしそれも僕に花をもたせるための、わざとのミスであることはわかった。
こうして僕は彼女と4ゲームした。
全部、僕が勝った。
「上野さん。そろそろ終わりにしませんか?」
僕は彼女に声をかけた。
「はい」
こうして僕と彼女は、またベンチに隣り合わせに座った。
「いやー。浅野さん。強いですね。やはり男の人には敵いませんわ」
彼女は照れくさそうに言った。
「上野さん。楽しかったです。ありがとう」
僕は自然を装って礼だけ言った。
彼女が本気で戦ったら僕が負けるのは明らかだ。
なんせ彼女は国体優勝なのだから。
しかし彼女は男勝りの勝気な女ではなく、しとやかな、か弱い女を演じたいので僕は「上野さん。手加減したでしょう」などと野暮なことは言わなかった。
「浅野さん。私の家、近いんです。チーズケーキ焼いて、たくさんあるんです。よろしかったら食べていってもらえませんか?」
彼女が言った。
「ええ。じゃあ、お言葉に甘えて、ご馳走になります」
「あ、有難うございます」
彼女の真の目的がチーズケーキでないことくらいわかる。
彼女は僕との付き合いで、どの程度まで許容してくれるのか、ということに探りを入れているのだ。
他の男だったら彼女は元気よく「私、チーズケーキ作ったの。食べてってよ」と言うだろう。
しかし僕がややこしい複雑な性格なので彼女は僕に対しては対応が慎重になっているのである。
僕も彼女に対して計算があった。
「じゃあ貸しラケットをスクールに返してきます」
そう言って僕は貸しラケットを持ってテニススクールのテラスハウスに行った。
そして僕はフロントに、「ラケットを有難うございました」と言ってラケットを返した。
僕は着替えずadidasのジャージのままテラスハウスを出た。
彼女は駐車場にとめてある赤いスポーツカーの助手席のドアを開けて待っていた。
「どうぞお乗り下さい」
彼女は丁寧な口調で言った。
「はい」
僕は助手席に乗り込んだ。
僕が彼女の車の助手席に乗り込むと彼女は助手席のドアを閉めた。
そして彼女は急いで反対側に回って運転席に乗り込んだ
僕はシートベルトをしめた。
彼女もシートベルトをしめた。
彼女はエンジンを駆けた。
ブロロロロ。
エンジン音が勢いよく鳴った。
彼女はハンドルを切ってアクセルペダルを踏み込んだ。
車が動き出した。
僕は黙っていた。
車は閑散とした郊外の中を走った。
20分くらい走った。
もうすぐ彼女のアパートだなと思った。
「浅野さん」
彼女は運転しながら僕に話しかけた。
「はい。何ですか?」
「あ、あの。浅野さん、じゃなくて、浅野君と呼んでもいいでしょうか?」
彼女は大学時代に果たせなかった想いを果たすことが出来て嬉しく、僕とより親密になりたいと思っているのだろう。
「ええ。いいですよ」
僕はあっさり答えた。
「ありがとう。浅野君」
彼女はさっそく僕を君呼びした。
数分、右折したり左折したして車は閑散とした郊外を走った。
やがて車は、ある集合住宅の前で止まった。
「ここです。ここが私のアパートです」
彼女が言った。
集合住宅の前には、その住宅に住んでいる人のための駐車場があった。
彼女は、その駐車場の中の一つの彼女のスペースに車を止めた。
そして彼女はサイドブレーキをかけて車から出た。
僕も車から出た。
「浅野君。どうぞお入り下さい」
彼女は「上野恵津子」と書かれた表札のある戸を開けた。
「お邪魔します」
僕は彼女の部屋に入った。
2LDKで、さすがに女の部屋だけあって部屋の中は、きれいに整頓されていた。
男やもめに蛆がわき女やもめに花が咲く、と言うが、やもめでなくても男一人暮らしに蛆がわき女一人暮らしに花が咲く、ものである。
「浅野君。どうぞ、お座り下さい」
僕は彼女に促されて6畳の部屋の座卓の前に腰を降ろした。
彼女はすぐにキッチンに行った。そしてお盆を持ってすぐに戻ってきた。
それを座卓の上に置いた。
お盆には彼女が作ったチーズケーキとオレンジジュースが載っていた。
彼女は僕と向かい合わせに座った。
そして丸いチーズケーキを2/3と1/3に切って、2/3の方を皿に載せて僕の前に置いた。
彼女は1/3の方を皿にのせて自分の前に置いた。
「あ、あの。浅野君。どうぞ、お召し上がり下さい」
彼女は恥ずかしそうに言った。
「ありがとう。上野さん」
頂きます、と言って僕はチーズケーキを食べ出した。
「うん。すごく美味しいです。さすが女性だけあってお菓子を作るのが上手いですね」
僕は彼女の作ってくれたチーズケーキの味を噛みしめながら出来るだけ時間をかけて、咀嚼してから飲み込んだ。
「そう言って頂けると嬉しいです」
そう言って彼女も自分の作ったチーズケーキを食べ出した。
「上野さんは食事は自炊しているんでしょ?」
「え、ええ」
「僕は自炊なんか全くしませんし出来ません。食事はコンビニ弁当を買うか外食です。料理、自分で作るの面倒くさいですから」
「一人暮らしの男の人では、そういう人、結構多いと思います」
彼女の発言は本心ではなく僕に気を使って僕を擁護するための社交辞令の発言であることは容易に察することが出来た。
僕は彼女の作ったチーズケーキを時間をかけて咀嚼しながら食べた。
「あ、浅野君。嬉しいです」
彼女は顔を赤らめながら言った。
「何がですか?」
「一人で、チーズケーキやお菓子を作っても、それを自分で食べる、というのは、さびしいんです。美味しいと言って食べて下さる人がいると、この上なく嬉しいんです」
僕はさもありなんと思った。
一人暮らし、ということを考えると、男の一人暮らしは、さびしくないが、女の一人暮らしは、さびしいものであることは容易に察することが出来る。
「女医って結婚できない仕事だったんですね。高校の時はそんなことは知りませんでした。高校の時の友達はみんな結婚しているっていうのに。結婚していないのは私一人だけです。医者の仕事はやりがいがありますが仕事が終わって誰もいないアパートに一人さびしく帰って来て一人で食事するのって、こんなにもさびしいものだとは知りませんでした」
彼女はうつむいて独り言のようにボソッとつぶやいた。
学生時代は暗い表情など一度もしたことのない彼女が憔悴しきっていた。
しかし彼女は精神が強く立ち直りが早いので、少しの後、パッと顔を上げた。
「浅野君。何か他に召し上がりますか?昨日、食材を色々と、たくさん買い込んでおいたので何か召し上がりたいものがあれば、お作り致します」
彼女が聞いた。
「いえ。いいです」
僕は立ち上がって彼女の前に立った。
僕は彼女が僕にして欲しいと思っているけれど、それを自分の口からは言えない事をしようと思った。
「上野さん。立って下さい」
「はい」
彼女は立ち上がった。
僕は彼女の背後に回った。
僕は彼女の背中に僕の体をピタリとくっつけた。
彼女の体がピクッと震えた。
僕は彼女の背後から彼女を抱きしめた。
「あっ。浅野君。ありがとう。幸せです」
僕のadidasのジャージの股間の部分がテントを張ってきた。
僕は彼女の体をクルリと回し、僕の方に向けた。
そして、彼女をギュッと抱きしめた。
しばし僕は黙って彼女を抱きしめていたが、
「好きです。上野さん」
と声をかけた。
「ありがとう。浅野君。幸せです」
と彼女は、即、言った。
僕としては彼女とは距離をとった関係でいたかったので、そのセリフは言いたくなかったのだが彼女はそのセリフを求めているので彼女のために言ったのである。
さすがに「愛してるよ」とまでは言えなかった。
愛してもいないのに、愛している、なんてセリフはどうしても使いたくなかった。
彼女をその気にさせてしまうかもしれないからだ。
彼女を過度に期待させてしまうかもしれないからだ。
彼女を一度だけ抱いてやろう、というのが僕に出来る許容範囲だった。
僕は彼女をつかんだままベッドの方へ足を運んだ。
そして、そっと彼女をベッドの上に乗せた。
僕もそのままベッドに乗って、そして彼女の体の上に乗って、彼女を優しく抱きしめた。
僕はadidasのジャージの上着だけ脱いでズボンは脱がなかった。
僕はランニングシャツにジャージのズボンという格好である。
僕は彼女とセックスするつもりはない。
しかし僕に好意を持ってくれている彼女の願望はかなえてやりたいのである。
それが僕に出来る許容範囲の限度だった。
「幸せ。浅野君。浅野君に抱いてもらえるなんて夢のようだわ」
彼女はうわずった恍惚とした口調で言った。
僕は黙って彼女を抱きしめていた。
しばしの時間が経った。
「上野さん。今度は僕が下になります」
そう言って僕は彼女と入れ替わるように僕が下になり彼女を僕の体の上に乗せた。
そして僕の体の上に乗っている彼女を抱きしめた。
男上位だと女が重く感じるのではないかと思ったからだ。
僕は女上位の方が女は疲れないだろうと思ったのだ。
僕は彼女の背中に手を回して彼女をガッシリと抱きしめた。
彼女の全体重が僕の体にかかり僕と彼女は完全に密着した。
「幸せ。浅野君」
彼女はうわずった声で言った。
「僕も上野さんが好きです」
と言って彼女を抱きしめた。
あまり何回も「好きです」というと言う気にはなれなかった。し、言ってはならないと思った。
しばし、こうして黙って彼女を抱いてやることで僕は彼女の願望をかなえてやりたかったのである。
どのくらいの時間だろう。
僕は黙って彼女を抱きしめ続けた。
それが彼女が最高に喜ぶことだろうからと思ったからである。
「幸せだわ。浅野君。嬉しい」
彼女は、うわずった声で何度も、その言葉を繰り返した。
もう、そろそろ、いいだろうと思って僕は彼女から離れた。
そして僕はまた彼女の体を仰向けにした。
昨日、彼女が言ったように彼女は僕と結婚したいとまで思っている。
彼女は、おそらく間違いなく僕と結婚して僕のために食事を作り一緒に食事して、休日は名所見物をして夜は僕に抱かれたいと思っているのだろう。
そして子供を産んで、ささやかな幸福な家庭生活を送りたいと思っているのだろう。
また。
結婚できなくても僕と恋人として付き合いたいと思っているのだろう。
しかし僕にはそれは出来ない。
なので僕は彼女の願望を僕の許容範囲で、かなえてやれることまでしてあげようと思った。
女は好きな男には抱いて欲しいのだ。
なので。
僕は上野さんの着ている白いテニスウェアを脱がせた。
上野さんの豊満な乳房を包んでいる白いブラジャーが露わになった。
次に僕は彼女のスカートも降ろした。
彼女は白いブラジャーと白いパンティーだけの下着姿になった。
上野さんは子供の頃からスポーツをしてきたので贅肉のない引き締まった均整のとれた美しい体だった。
恥肉を収めたパンティーの恥丘の部分がモッコリと盛り上がっていた。
僕はブラジャーとパンティーだけという下着姿の上野さんの体を抱いた。
そして首筋や体のあちこちを撫でたり触ったり揉んだりした。
その度に上野さんは、
「ああっ。感じちゃう。浅野君。気持ちいい」
と切ない喘ぎ声を出した。
僕は上野さんの、口にキスをした。
そっと唇をつけるだけにしてディープキスはしなかった。
付き合う気もないのに、あまり彼女を喜ばせ過ぎて別れた後、彼女にさびしい思いをさせたくなかったからだ。
僕は下着姿の上野さんの体を撫でたり触ったり揉んだりキスしたりした。
その度に上野さんは、
「ああっ。幸せ。憧れの浅野君に、こんなに愛撫してもらえるなんて」
と酩酊した口調で言った。
僕は上野さんのフロントホックのブラジャーのホックをはずした。
ブラジャーはプチンと勢いよく収縮して上野さんの豊満な乳房が露わになった。
僕は上野さんの豊満な乳房を優しく揉んだ。
「ああっ。感じちゃう。気持ちいい。浅野君」
上野さんは、うわずった声で言った。
僕は上野さんの乳首を、つまんだり、コリコリさせたり、口の中に含んだりした。
「ああっ。いいわっ。感じちゃう」
上野さんは眉毛を寄せてハアハア喘ぎながら言った。
上野さんの円柱の乳首が勃起して大きくなってきた。
僕は上野さんのパンティーの上から女の恥部の部分を触ったり恥肉の部分をつまんだりした。
「ああっ。いいわっ。感じちゃう」
パンティーの上から彼女の恥部を触っていると、愛液がにじみ出てきてパンティーに染みが出来てきた。
その染みの面積が、どんどん大きくなっていった。
僕は彼女のパンティーのゴム縁をつかんで下げていって足から抜きとった。
これで彼女は一糸まとわぬ全裸になった。
彼女のアソコの毛は、きれいに剃られていてた。
なのでアソコの割れ目がクッキリ見えた。
アソコの割れ目はピッチリと閉じられていたが白濁した愛液が溢れ出ていた。
僕は上野さんの濡れたアソコを触ったり揉んだりした。
「ああっ。いいわっ。浅野君。感じちゃう」
彼女は、うわずった声でハアハア息を荒くしながら言った。
しかし。
僕は彼女のアソコの穴にまでは指を入れなかった。
あまり彼女を喜ばせ過ぎて別れた後、彼女にさびしい思いをさせたくなかったからだ。
どのくらいの時間かはわからないが、かなりの時間、僕は全裸の彼女を精一杯ペッティングした。
「ああー。イクー」
そう言って彼女は全身を痙攣させた。
しばし上野さんは全身をガクガクさせていたが、だんだん、落ち着いてきた。
そしてグッタリと動かなくなってしまった。
僕はティッシュペーパーで彼女のアソコに溢れ出ている愛液をふいてやった。
僕は床に散らかっている、彼女の下着や服を拾い集めて彼女に渡した。
それが、もうこれでペッティングは終わりという僕の意志表示だった。
彼女もそれを察して、
「ありがとう。浅野君」
と言ってベッドから起き上がってパンティーを履いた。そしてブラジャーを着けた。そしてスカートを履いてブラウスを着た。
彼女は、ありがとう、と言ったが僕は何も言えなかった。
どういたしまして、と言ったら僕が彼女を好きでもないのに嫌々、仕方なく抱いてあげた、ということになって彼女の心を傷つけてしまう。
僕も楽しかったよと言ったらウソになる。
そう言ったら、もしかしたら彼女に僕が彼女に気がある、という誤解や期待をまねきかねない。
僕は彼女が僕に求めている行為をしてあげただけである。
そもそも僕は彼女に限らず女とセックスしても女を喜ばすことしか考えられないので、セックスは一時的な享楽にしか過ぎない。
小説を完成させた時の喜びに比べたら、セックスの快感なんて僕にとっては虚しいものでしかないのである。
しかし一時的で刹那的な快楽であってもセックスは小説を書くことに比べたら各段に落ちるが、それなりに快感ではあった。
彼女は僕の思いを察してか、
「浅野君。ありがとう。私の長年の願望をかなえてくださって」
と申し訳なさそうに言った。
「いや。僕も楽しかったです。ありがとう。上野さん」
僕も言った。
「いいんです。浅野君。無理に言ってくれなくても。浅野君は、小説を書くことが全てで浅野君は優しいから私の願望をかなえてくれた、ということは、わかっています」
彼女は僕の心を全て見抜いている。
「浅野君。今日、神奈川に帰るんでしょ?」
「は、はい」
「私、浅野君にしつこく付き合いを求めないから安心して下さい」
この発言には参った。
彼女を可哀想に思った。
彼女は僕の思いを全て察している。
「浅野君は今回だけで私と別れたいと思っているんでしょ。それは安心して。私、浅野君にしつこく電話やメールをかけたり送ったりしませんし、また会って下さいなんて、無理強いしませんから」
この発言には参った。
彼女は僕の思いを全て察しているからだ。
僕は大阪と神奈川という距離の隔たりが彼女と会わないですむ、ということを計算していたのだ。
彼女だって医者の仕事で毎日、忙しい。
しかし携帯での電話やメールのやり取りは、僕はしたくなかった。
それを、どう、やんわり断るかに僕は迷っていたのだ。
しかし彼女が僕の思いを完全に察してくれていたので、それは有難かったが、しかし彼女がちょっと可哀想に思えてきた。
僕は「女を悲しませてはいけない」というダンディズムの信念を持っていた。
それで僕はこう言った。
「上野さん。1年に二回までなら、これからも、お会いしたいと思います。その時はまた、テニスをしましょう」
僕はそう言った。
「浅野君。ありがとう。そう言って下さると本当に嬉しいです。一年に二回までの約束は必ず守ります。もちろん私の方が浅野君の住んでいる神奈川県に新幹線で行きます。小説執筆に忙しかったり会いたくなかったら遠慮なく断って下さい」
上野さんが言った。
「ありがとう。会った時はまたテニスしませんか?あるいは、お寺や神社などの観光名所めぐりでもいいです。上野さんが好きなことを言って下さい」
「浅野君。ありがとう。でも、もしよろしかったら、また私を抱いて頂けないでしょうか?私を愛してくれなくても構いません。私が性欲処理の役割になるのなら、私はそれで十分、嬉しいです」
「ありがとう。上野さん。あなたにも、いつかきっと、息の合った、いい人が見つかると思います」
僕はそう言って彼女を慰めた。
「上野さん。そろそろこれで僕はおいとまします」
そう言って僕は立ち上がった。
「浅野君。今日これから新幹線で神奈川に帰るんでしょ」
「ええ。そうです」
「じゃあ、新大阪駅まで車で送らせて頂けませんか?」
「ありがとう。お願いします」
こうして僕は新大阪駅まで彼女の車で送ってもらった。
新大阪駅が見えてきた。
彼女は改札口まで見送ります、と言ったが、僕は、わざわざそこまでしてくれなくてもいいです、上野さんはこのまま帰って下さい、と言って彼女を制した。
「今日は本当にどうも有難うございました」
彼女は深々と頭を下げた。
「いえ。僕も楽しかったです」
僕は東海道新幹線に乗って藤沢のアパートに帰った。
アパートに着くとベッドにゴロンと横になった。
今日あったことは、そのまま、書けば、それなりに小説になりそうだと思い僕は机に向かって座りパソコンのワードで同窓会の知らせが来た時から書き始めた。
さて僕と上野さんの関係はこれからどうなることか?


2022年6月29日(水)擱筆

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フリースクール・ごはん学校(小説)(上)

2022-06-08 08:29:30 | 小説
「フリースクール・ごはん学校」

という小説を書きました。

ホームページ「浅野浩二のホームページの目次その2」

http://www5f.biglobe.ne.jp/~asanokouji/mokuji2.html

にアップしましたのでよろしかったらご覧ください。

「フリースクール・ごはん学校」

神奈川県の藤沢市にあるフリースクールである。
そこは、登校拒否やいじめ、発達障害、人格障害、児童虐待、PTSDなどで、普通制の学校に行けなくなった少年たちのために、教育評論家の尾木直樹氏が作った小規模学校である。
校則は無く、出席するのも欠席するのも生徒の自由、入学金5千円出せば、一日だけの体験入学も自由という、極めて自由な学校だった。
唯一、規則といえば生徒は年齢が16歳から20歳まで、という年齢制限があるだけだった。
特に何を教育するという方針もないフリースクールである。
校名は、フリースクール・ごはん学校、と呼ばれている。
ただ、みな、落ちこぼれの少年少女たちなので、普通制の学校では友達が作れず、ごはん学校に来る子供たちは、みな小説を書きたいという思いは持っていた。
友達を作れない子供でも、人間である以上、自分の思いを人に話したい、という気持ちは人並みに、持っていた。
そこで校長は、
「お前たち。小説を書いてみないか。2週間に一作書くというルールにしてみないか?そして、それを発表して、その作品を批評し合うんだ。作品の長短、出来の良し悪しは問わない。それをまとめて、落ちこぼれの書いた小説集、として出版するんだ。オレはある出版社の編集者とつながりがあるから、頼んで読んでもらう。もし出版の見込みがあるようならば、出版するよう頼んでみるぞ。どうだ?」
と言った。
「でも先生。僕たちのような落伍者の書いた、駄作の小説集なんかが売れるんでしょうか?出版社は慈善事業のNPO法人じゃありません。宣伝やら印刷、製本、東販日販の取り次ぎぎの経費だけがかかって、一冊も売れないような本が売れるはずはないと思います。何部、刷るのかは知りませんが全部、返本されて、倉庫代もかかりますから、全部、裁断されて処分されるだけだと思います」
と、ある生徒が言った。
「いや。あながち、そうとは言えないぞ。お前らは落ちこぼれだ。世間の落伍者だ。だから世間は、お前らに同情して買ってくれるかもしれないぞ。世間は、身体障害者とか、お前らのような、出来損ない、のダメ人間に同情してくれる可能性があるぞ」
と先生は言った。
「・・・・・」
先生にそう言われても、生徒たちは黙っていた。
「それと。お前たちの書いた小説集が売れるためには、当然のことだが作品の出来がよくなくてはならない。本が出版されて売れるかどうかは、お前たちの努力にかかっているのだ。お前たちも覇気のカケラでもあるのなら、頑張って良い作品を書いてみろ。そうして世間の人間を見返してみろ。お前たち。このまま、一生、グータラな人生を送って、誰にも知られることなく野垂れ死にして・・・・そんな人生を送って・・・・口惜しくないのかー?」
先生は泣きながら言った。
皆、黙っていたが、一人の生徒(小畑)が、
「く、口惜しいでーす」
と言って、泣きじゃくった。
あたかも、昔のテレビドラマ、スクールウォーズのようだった。
「ぼ、僕も口惜しいです」
「私も口惜しいです」
「僕も口惜しい」
小畑につられて、みな泣き出した。
「じゃあ、みな、必死になって、小説を書いてみろ。異論はあるか?」
「ありません」
皆、異口同音に言った。
こうして、このフリースクール・ごはん学校は、2週間に一度、在籍生徒が、一作、小説を発表する、というルールが、作られた。
・・・・・・・・・・・
「哲也―。夕ご飯よー」
階下から、母親の山野由美子が、二階の自室にいる息子の哲也を呼んだ。
哲也はいつものように、一日中、ネットのエロサイトを検索して、見つけたSМサイト、で見つけた、裸にされて緊縛された女の画像を眺めていた。
哲也はとても優しい性格だったので、裸にされて縛られて辱められている写真の女性に、本当に恋していた。
なので、哲也は写真の女に向かって、
「お姉さん。寒くない?」
「つらくなったらいつでも言ってね。縄を解いてあげるから」
と語りかけていた。
すると、写真の女も、
「ありがとう。哲也君。私は大丈夫よ。だって優しい哲也君が見守ってくれているんだもの」
と言い返してきた。
写真の女が語りかけることなど、現実的には、あり得ないはずだが、哲也には、本当に写真の女の声が聞こえていたのである。
夕ご飯が出来たことを母親が階下から言ってきたので、哲也は写真の女に、
「お姉さん。僕、ちょっと夕ご飯食べてくるね。それまで待っていて」
と写真の女に語りかけて、階下に降りた。
母親が食卓に夕ご飯の用意をしていた。
哲也は食卓に着いた。
「さあ。今日は哲也の好きなハンバーグにしたわよ」
美しい哲也の母親の由美子が言った。
哲也の母親は30を少し過ぎた歳だったが、それはそれは美しく、絶世の美女で、そして性格も優しかった。
哲也の優しさは、母親ゆずりなのである。
哲也に父親はいない。
哲也がまだ物心つかない幼少の頃、自動車事故で死んでしまったのである。
母親は、銀座でブティクを開いていて、儲かるわ、儲かるわ、の商売繁盛で、母子家庭であっても生活費には困らなかった。
母親も食卓に着いた。
「いただきます」
と言って、哲也はハンバーグをナイフで切ってフォークで食べた。
「美味しい?」
母親がニコッと笑顔で哲也に聞いた。
「うん。美味しいよ」
哲也は、ハンバーグを食べながら言った。
「ねえ、哲也君」
母親は息子を君づけで呼んでいた。
「なあに?お母さん」
哲也は母親を「お母さん」と呼んでいた。
「哲也君。今日、近所の奥さんに聞いて知ったんだけど。この近くにフリースクールがあるらしいの。そこでは小説を書くこと生徒にさせているらしいの。よかったら哲也君、その学校に入ってみない?」
母親が遠慮がちに聞いた。
「・・・・・」
哲也はすぐには返答できなかった。
哲也は幼少の頃から小児喘息で過敏性腸症候群で冷え性でアレルギーもちの超病弱で、性格も内向的で、無口で超神経質で、高校に入学したものの、友達が出来ず、学校生活が嫌で1年の一学期に退学してしまったのである。
しかし、哲也は優しく繊細な感性を持っている上に想像力が豊かで、物心ついた時から小説を書いていたのである。
それが哲也の唯一の楽しみだった。
いや、哲也には裸で緊縛された女性の写真を見て妄想にふけることも楽しみだったので、小説を書くことと、SМ女優の写真を見るという、二つのことが哲也の楽しみだった。
哲也にとって、そのどっちの方が上かといえば、小説を書く方だった。
なので、哲也は、ずっと小説を書いてきたので、書いた作品は180作を越していた。
しかし、哲也は内気なので、小説を書き上げても、それを誰かに見せるということはせず、机の中にしまっておくだけだった。
母親は、時々こっそり哲也の書いた小説を読むことがあった。
読みやすく、ちゃんとストーリーがあって、作品として完成している。
なので、母親はもっと自分の小説を人に見せてはどうか、と哲也に勧めていたのである。
「哲也君。将来、何かやりたい仕事はある?」
黙っている息子に母親が聞いた。
「・・・・ない」
哲也はキッパリと言った。
「じゃあ、フリースクール、ごはん学校に入学してみない?哲也君は、小説書くの上手いんだから・・・」
母親は哲也にさりげなく言ったが、本心では、ぜひともごはん学校に入って、友達を作って欲しいと思っていたのである。
「じゃあ、ちょっと考える」
しばし黙っていた哲也は、そう答えた。
「ごちそうさまでした」
そう言って、哲也は、デザートのチーズケーキとオレンジジュースを盆に載せて持って、階段を登って、自室に入った。
哲也はベッドに寝ころんで、パソコンを起動させ、デスクトップにある、さっきまで見ていた緊縛された女の写真を出した。
そして、その女に向かって、
「お姉さん。お腹が空いているでしょう。チーズケーキとオレンジジュースを持ってきたよ。食べて下さい」
と写真の女に語りかけた。
すると写真の女は、
「いいの。私はお腹、空いてないわ。それ哲也君の食後のデザートでしょ。本当は哲也君が食べたいんでしょ。それを私にくれるなんて、なんて哲也君って優しい子なのかしら。私、嬉しいわ。でも、私、本当にお腹、空いてないから大丈夫よ、哲也君が食べて」
と言ってきた。
「そう。じゃあ、無理には勧めないよ。つま先立ちがつらくなったら言ってね。すぐに縄を解いてあげるから」
「ありがとう。哲也君」
そんな会話がなされた後、哲也は、デザートの、チーズケーキとオレンジジュースを、写真の女を見ながら食べた。
・・・・・・・・・・・・
「お母さん。僕、ごはん学校に入るよ」
哲也が母親にそう言い出したのは、それから三日後だった。
母親はニッコリ笑った。
「ありがとう。哲也君。私の提案を聞いてくれて。さっそく入校の手続きをしてくるわ」
そう言って母親は家を出た。
哲也は母親が自分の息子が引きこもって、誰とも付き合わず、友達が出来ないのを心配していること、そして何とか息子に友達が出来るように仲間を作るようにと切に願っている思いを、カンがいいので分かっていた。
本当は哲也は、ごはん学校への入学なんて、あまり乗り気がしなかったのだが、母親思いの哲也は母親を喜ばせたくて、イヤイヤ、ごはん学校へ入ることに決めたのである。
その日も哲也は、一日中、ベッドに寝ころんで、パソコンを開いて裸にされて縛られている美しい女と会話して過ごした。
「お姉さん。僕、ごはん学校というフリースクールに入ることにしたよ」
と哲也は写真の女に話しかけた。
「そう。それはよかったわね。哲也君は一日中、私のことを見ていてくれるでしょ。それは嬉しいんだけど、哲也君も友達を作った方がいいと私も思っていたの」
と写真の女が言った。
「それで、その、ごはん学校って、どういう学校なの?」
写真の女が聞いてきた。
「小説を書いて発表する学校らしい」
「そりゃー良かったじゃない。哲也君。小説、書くの好きで、上手いんだから」
「でも僕はお姉さんと一緒にいるのが一番楽しいんだ。お姉さんを見ていないと心配なんだ。悪いヤツが来てお姉さんを虐めないか心配なんだ」
「ありがとう。哲也君。私を心配してくれて。でも私は大丈夫よ。だって私は写真なんだもの。それより私は哲也君に生きた女の子と付き合って欲しいの。その方が哲也君にいいと思うの」
写真の女と、そんな会話を哲也は一日中していた。
やがて夕方になり、母親が帰ってきた。
ピンポーン。
玄関のチャイムが鳴った。
哲也は急いで、階下へ降りて、玄関を開けた。
買い物をして、食料品がいっぱい入っている買い物カバンを持っている母親が玄関の前に立っていた。
「ただいま」
「お帰りなさい。お母さん」
「哲也君。今日、ごはん学校に哲也君の入学手続きをしてきたわ。入学は1週間後に決まったわ」
と言って母親はニコッと笑った。
「そう。ありがとう」
ありがとうと言ったものの哲也はあまり乗り気ではなかった。
・・・・・・・・・・・・
さて、一週間、経った。
2021年の4月の初めである。
哲也はカバンにノートパソコンを入れて、ごはん学校に行った。
もちろん母親と一緒に。
ごはん学校は、この町の繁華街から少し離れた所にあった。木造平屋建ての建物だった。
木々の梢の中に潜んでいる、ウグイスの鳴き声が聞こえた。
建物の前で哲也は入るのを躊躇した。
それを察したかのように、母親が、
「哲也くん。お母さんも一緒に入ろうか?」
と聞いてきた。
「いいよ。そこまでしてくれなくても。そんなことされたら恥ずかしいよ。僕だって一人で入れるよ」
そう言って哲也は一人で、ごはん学校に入った。
哲也はチャイムを鳴らした。
ピンポーン。
「はい。どなたでしょうか?」
インターホンから声が聞こえた。
「今日、入学することになりました山野哲也です」
哲也はキッパリと言った。
「ああ。山野哲也くんだね。すぐ行きます」
パタパタと足音が聞こえた。
戸が開かれて、ラフな服装の男が出てきた。
「いらっしゃい。待っていたんだよ。よく来てくれたね。さあ、入って。入って」
お邪魔します。
言われて哲也は校舎の中に入った。
「私が校長の××です」
と男は自己紹介した。
学校の中は、生徒たちの教室と、トイレと食堂があるだけだった。
それは、一週間前に母親が持ってきた、ごはん学校のパンフレットで知っていた。
校長が教室の戸を開けた。
さあ、入って、入って、と言われて、哲也は教室に入った。
生徒は20人くらいいた。
フリースクールで、規則らしいものは、何もない学校なので、みな、だれて、好き勝手なことをしていた。
ある生徒はタバコを吸っていたり、ある生徒は、かっぱえびせん、をポリポリ食べていたり、ある生徒はヘッドホンをして音楽を聞いていたりしていた。
それでも、一応、学校なので、黒板もあれば教壇もあった。
哲也は教壇の前に立たされた。
「みんな。ちょっと、こっちを向いてくれ。今日から、この学校に入学することになった山野哲也くんだ」
と校長がみなに言った。
さあ哲也くん、皆に挨拶して、と校長に言われて、哲也は、
「や、山野哲也と言います。よろしく」
と、オドオドとたどたどしい口調で挨拶した。
しかし、ここは、校則らしきものがほとんどないので、必然アナーキズム的な状態なので、生徒たちはチラと一目、哲也を見ただけで、挨拶もしなかった。
「じゃあ、どこでもいいから好きな席に座って」
と校長に言われて、シャイな哲也は、教室の隅っこの席に座った。
となりの席には、可愛い女の子が座っていた。
女の子は哲也を見ると、ニコッと微笑んで、
「山野くん。よろしく。私、李林檎と言います」
と挨拶した。
「よ、よろしく」
と哲也は、たどたどしい挨拶をした。
哲也は生まれてから、今まで、生きた女の子と話したことがないので、極度に緊張してしまい、体と声はガクガク震え、顔は茹蛸のように真っ赤になっていた。
校長が山野哲也の所にやって来た。
「さあ。山野哲也くん。君は小説を書くのが好きで、たくさん小説を書いてきた、ということは、お母さんから聞いているよ。以前、私が君のお母さんに話して、君もお母さんから、聞いて、ここの学校のルールは知っていると思うが。ここでは、2週間に1度、小説を発表することになっているんだ。よかったら君の書いた小説を発表してみないかね。ネットの(作家でごはん)というサイトに投稿するだけでいいんだよ?」
と校長が言った。
「は、はい」
哲也はそれまで、180作も小説を書いてきた。
長いのもあれば短いのもある。
良い出来と思っている作品もあれば、あまり自信の無い作品もある。
180作品の他にも、短い小説を何作か、書いていて、合計すると200作は超えていたが、あまり雑に書いた短いものは、1作品とカウントしていなかった。
しかし、そういうものでも、ちゃんとストーリーのあるお話にはなっていた。
そういう点で哲也は理想が高いと言うべきだろう。
哲也は、どの作品を出そうかと迷ったが、ここの生徒がどういう傾向の作品を書くのか、どの程度のレベルの作品を書くのか、全く知らなかったので、本当は、6万文字くらいの、長い自信作を出してみたかったのだが、臆病な哲也は、無難な掌編の「一人よがりの少女」という掌編を投稿した。すぐに(作家でごはん)のサイトに哲也の小説がアップされた。
短い小説なので、3分あれば読める。
好き勝手なことをしていた、生徒たちも、こいつはどんな小説を書くのだろう、という興味本位からパソコンを起動して、哲也の「一人よがりの少女」を読み出した。
3分あれば読める掌編なので、みな完読した様子だった。
「おー。割といいやんけ」
「結構おもろいじゃん」
と数人の生徒が言った。
哲也は、それまで小説投稿サイトに小説を投稿したことがなかったので、ボロクソにけなされたら、どうしようかと、ハラハラドキドキしていたのである。
もしボロクソにけなされたら、即退学しようと哲也は思っていたのでほっとした。
・・・・・・・・・・・・・
キーン・コーン・カーン・コーン。
午前中の授業の終了のベルがなった。
「さあ。哲也くん。昼食に行きましょう」
李林檎に手を引かれて哲也は食堂に行った。
食堂には、ご飯やスープや肉や野菜やデザートなどが入った大きな皿が、いくつも並んでいた。
「哲也君。ここの昼食はランチバイキングなの。好きな物を好きなだけとっていいのよ」
と李林檎さんが教えてくれた。
李林檎さんは、ご飯とみそ汁と魚とデザートの杏仁豆腐を、適量とった。
哲也も、彼女と同じ物を同じ分量とった。
そして二人は隣り合わせに座った。
「哲也君。遠慮しなくていいのよ。本当はもっと食べたいんじゃないの?」
李林檎さんが聞いた。
「い、いえ。僕、小食なので・・・」
と哲也は顔を茹蛸のように真っ赤にして言った。
「そうなの。私、本当はもっと食べたいんだけれど、太りたくないからダイエットしてるの」
と彼女は言った。
女は肉体が「美」でなくてはならないから、食べたいものも食べられず、可哀想だなとフェミニストの哲也は思った。
頂きますと言って、手を合わせ哲也と李林檎は、昼食を食べ出した。
他の生徒たちも、ゾロゾロと食堂に入って来た。
落ちこぼれの落伍者の集団なので、みな精一杯生きようする覇気がなく、そのため食事もなおざりだった。
一人のキリッと眉目秀麗でスーツを着た礼儀正しそうな青年がいた。
青年は、午前中の授業中も一心にパソコンを打っていたので、きっと、この外人部隊のような、だらしのないフリースクールの中でも例外的な生徒で真面目な性格なのだろうと思っていた。
実際、青年はご飯もおかずも大盛りで、席に着くとガツガツ旺盛に食べ始めた。
午前中に小説を熱心に書いていて、腹が減ったのだろう。
「彼は何という名前なの?」
哲也は李林檎に聞いた。
「彼は青木航というの。坂東の風という歴史大長編小説を書いているのよ」
と彼女は説明してくれた。
やっぱり凄い人もいるんだな、と哲也は感心した。
こんな学校にも真剣に生きている生徒がいるんだなと哲也は感心した。
すると驚いたことが起こった。
何人もの生徒が、彼の後ろから、忍び寄って来て、青木航の頭にみそ汁をぶっかけたからである。
「あちー」
青木航が悲鳴をあげた。
「青木―。お前の歴史小説なんて誰も読まないんだよ。歴史小説なんて全て書き尽くされているんだよ。しかも膨大な分量を連載なんかで投稿されると、読者は途中から読まなくちゃならないだろう。今時の若者は歴史小説なんて読まないし、お前の駄作は連載形式だから途中から読まなくちゃならないだろ。読者にストーリーがわかんないじゃないか」
と言って笑った。
「やったなー。お前ら。僕は史実を正確に読者に学ばせるのと同時に、面白い読み物としての歴史小説という、吉川英治と海音寺潮五郎の形式をミックスした、新しい形式の歴史小説を模索しているんだよ」
と反駁した。
「だからそんな変な小説なんて読むヤツいないんだよ。所詮、お前は自己満足で書いているだけなんだよ。他人の迷惑も少しは考えろ」
と、生徒たちは揶揄った。
「うるせー」
青木航は、オニオンスープの入った鍋をつかむと、自分にみそ汁をぶっかけた生徒たちに、オニオンスープをぶっかけ返した。
そして、掴み合いで殴り合いのケンカになった。
食堂は修羅場と化した。
「哲也君。教室にもどりましょう。最初に言っておくべきだったわね。ごめんなさい。今日は哲也君という優しい新入生が入学して、穏やかな雰囲気だったから、大丈夫だと思ったけれど、甘かったわ。昼食はいつもこんな調子なの」
哲也は李林檎さんに手を引かれて教室にもどった。
やっぱり、このフリースクールは、落ちこぼれ、落伍者の集まりだと残念に思った。
哲也は一人の生徒に目が行った。
彼は食堂で、生牡蠣、ニンニク、鰻、などを一人で、大量に食べていたので、哲也は一体どうしてなんだろうと、疑問に思っていたのである。
「ねえ。あの生徒さんは真面目そうに見えるけれど誰なの?」
哲也は李林檎に聞いた。
「あの生徒さんね。あの人は大丘忍というの。あの人は頭はいいけど女はセックスの道具という妄想があってね。前の学校で、いじめられている女生徒に対して慰めてあげる、と言って、放課後の教室でその子に抱きついたの。そして、その子の着ている服を脱がせて、自分も裸になってセックスしたの。それが先生に見つかってね。退学処分になったの。まだ未成年の少年犯罪ということで保護観察中なの。精神鑑定しても(女を幸せにすることはセックスすることだ)という妄想が固定されてしまっていることが精神鑑定でも成立したの。普通なら少年刑務所行きだけど、裁判では、被告の少年は精神に異常があるから、まっとうな人間に更生するように教育しなさい、という裁判長の判決が下されて、親がこの学校に彼を入学させたの」
と李林檎が哲也に説明した。
哲也は、ふーん、変な妄想を持った生徒もいるんだな、と驚いた。
大丘忍の机の上には受験参考書がうず高く積まれていた。
「でもあの人は熱心に英数国理社の勉強をしているじゃない。ここは小説を書くフリースクールでしょ。何で勉強しているの?」
皆は、パソコンのワードで小説を書いているのに、彼だけは受験参考書を広げて勉強しているので、哲也は疑問に思った。
それに強姦するような不良少年がどうして受験勉強を熱心にしているかも、わからなかった。
「そ、それは・・・・」
と言って、李林檎も言いためらった。
哲也はきっと何か言いにくいことなのだろうと思って、それ以上は、彼女に聞かなかった。
その時、一人の男子生徒が大丘忍に近づいてきた。
そしてこうののしった。
「おい。大丘。お前の頭は脳ミソではなくザーメンで満たされているんだろ。キモいんだよ。小説というものはな、世の中を良くする物を書くべきなんだよ。オレはあんたを一生、軽蔑するぜ」
生徒はこうののしった。
「君。僕の勉強の邪魔をしないでくれ。僕は何が何でも、京都大学医学部に入るんだ。京大医学部卒なら、エリートコースでいい女と結婚できる。いい女と毎日セックスするためには、どうしても京大医学部に入らなくてはならないんだ」
とキッパリ言い切った。
「ちぇっ。始末におえないヤツだな。お前のその狂った頭は一生治らないぜ」
と言って、その生徒は去って行った。
哲也は、はー、そんな目的のために勉強するヤツもいるのかと驚いた。
「わかったでしょ。あの人は、愛=セックス、という妄想から抜けられない可哀想な生徒さんなの」
李林檎が哲也に言った。
哲也はセックス嫌悪症だった。
哲也にとって女とは、手を触れるのも恐れ多い崇拝の対象だった。
女はいわば神さまのような存在だったからだ。
それは宗教にも近かった。
哲也にとって女とは絶対的な神で自分は、ひたすらその神を崇める信者という感覚だったからである。
「ねえ。李林檎さん。大丘さんに注意したあの勇気のある生徒さんは誰なの?」
哲也は李林檎に聞いた。
「あの人はね。上松煌というの」
「ふーん。勇気がある生徒もいるんだね。正義感が強いんだね」
「哲也君。彼もあんまり信じ切っちゃダメよ」
「どうして?」
「彼は正義感は強いけど、ワガママで自己中心なの。自分が絶対正しいと信じ切っているの。あまり近づいちゃダメよ。それに彼は、小説は世の中を良くする物だという、おかしな考えにとりつかれているの」
「・・・・小説が世の中を良くする???」
ぶわっははは、と思わず哲也は笑ってしまった。
「小説って娯楽じゃない。読む人にとっても。書く人にとっても。坪内逍遥も、小説は婦女子の眠気覚ましに過ぎない、って言っているじゃない。その程度のものでしょ。確かに純文学の中には、人を感動させたり、シリアスな深いテーマの小説もあるけれど。小説は娯楽的な芸術でしょ。世の中を良くするのは行動する人だけじゃないの。明治維新の志士とか、イエス・キリストとか仏陀とかの宗教の教祖とか、マザーテレサとか、キング牧師とか、緒方貞子とか」
「そうよ。確かにその通りよ。でもあの人は自分の書いた小説で世の中が良くなると本当に思い込んでいるのよ。そのおかしな信念を否定されると、怒り狂って、咬みついてくるから、あまり近づかない方がいいわよ」
そう李林檎は哲也に忠告した。
「李林檎さん。色々と教えてくれて有難う」
「いえ。いいわよ。私、哲也さんの、一人よがりの少女、を読んで、とても、ほのぼのとした小説を書く人なんだな、と気に入っちゃったの。哲也さん。お友達になってくれない?」
「李林檎さん。嬉しいです。あなたのような美しく優しい人と友達になれるなんて。僕、女の子と話したの、今日が初めてなんです。あなたのような方と友達になれるなんて夢のようです」
「ありがとう」
彼女はニコッと微笑んだ。
それ以外にも彼女は、ここの学校の生徒たちは、グータラの落ちこぼればかりだから、ちゃんと小説を完成させることが出来ない、とか、この学校は小説を書かせようという理念で始められたのだけど、みんな、文学者きどりで、気取って、くどくどと美しいレトリックに凝る文章を書くだけで、ちゃんとストーリーのある小説を書ける人は、ほとんどいない事、など色々なことを教えてくれた。
ジリジリジリー。
午後の終業のベルが鳴った。
「ふあーあ。疲れたな。今日も何もない一日だったな」
「帰ろうぜ」
ごはん学校のグータラな覇気のない生徒たちは、億劫そうに立ち上がって帰り支度を始めた。
・・・・・・・・・・・・
哲也もパソコンをカバンの中にしまった。
「あ、あの。哲也君」
李林檎が哲也に近づいてきた。
「なあに?」
「哲也君の家どこ?」
「湘南台の7丁目です。467号線の亀井野の交差点を少し先に行った所です」
「私の家もそっちの方向なの。一緒に帰らない?」
「う・うん」
こうして哲也は李林檎と一緒に、ごはん学校を出た。
「哲也君。ごはん学校はどう?」
歩きながら彼女が聞いてきた。
「・・・・」
哲也は答えられなかった。
あまりいい感じは持たなかったからだ。
「哲也君。ごはん学校、あまり好きになれなかったでしょ?」
図星だった。哲也はもうこんな学校、一日で辞めようかと思いかけていた。
「・・・・・・・・」
「哲也君には辞めないで欲しいな。確かに、ごはん学校は、落ちこぼれのならず者の集まりだわ。どうしようもない不良生徒がいっぱいいるわ。でも、なかには真面目な生徒もかなりいるの。今日は来ていなかったけれど。私もごはん学校に入学した時は、一日でやめようかと思ったわ。でも、普通制の学校を中退した上に、落ちこぼれのフリースクールのごはん学校まで退学したんじゃ自分があまりにもみじめになっちゃうから、続けることにしたの。私、何をやっても続かなかったから。私、哲也くんのような誠実で優しい努力家の素晴らしい人には居いて欲しいの。哲也くんにごはん学校を良くして欲しいの。ごはん学校の生徒さんたちの書く小説は駄作ばかりでしょ。でも哲也くんの書く小説は素晴らしいでしょ。だから哲也くんの作品が載っていれば、それが目玉作品となって先生も出版してくれる気になってくれる可能性があると思うの」
李林檎は少し顔を紅潮させて言った。
ごはん学校はフリースクールなので、制服などないが、彼女だけはセーラー服を着ていた。
瑞々しく初々しく爽やかだった。
「李林檎さん。どうしてセーラー服を着ているのですか?」
哲也が聞いた。
「・・・・そ、それは。普通制の高校に未練があるからなの」
「そうだったんですか。嫌なことを聞いてしまってゴメンなさい」
「いえ。いいんです」
歩きながら李林檎と哲也は、そんなことを話した。
そのうち亀井野の交差点が近づいてきた。
「哲也君。よかったら私の家に寄っていかない?」
哲也は一瞬、迷った。
哲也は女の子の家に行ったことなど、一度もなかったからだ。
「じ・・・じゃあ、行きます」
哲也はへどもどとした態度で言った。
哲也はシャイで今まで一度も女の子の家に入ったことなどなかったからだ。
「嬉しい」
李林檎は××の交差点を左折した。
そして小さな路地に入っていった。
やがて二階建ての赤い屋根の家が見えてきた。
「あれが私の家なの」
彼女はその家を指さした。
彼女はカバンの中から財布を取り出した。
そして財布の中から鍵を取り出した。
そして鍵を差し込んで、玄関を開けた。
「さあ。どうぞ。入って下さい」
「お邪魔します」
哲也は玄関で靴を脱いで彼女の家に入った。
家には誰もいなかった。
「哲也くん。私の部屋に行かない?」
李林檎さんが聞いた。
「うん」
彼女が二階への階段を登り出したので、哲也も彼女についていった。
そして彼女の部屋に入った。
6畳の部屋で勉強机とベッドがあるだけだった。
「李林檎さん。お母さんは?」
哲也が聞いた。
「お母さんはスーパーのレジ係りのパートで働いてるの。だからいつも帰っても一人きりでさびしかったの」
「ふーん。そうですか」
「哲也君のお母さんは?」
「僕のお母さんは、銀座のブティックの社長なんだ。フランチャイズチェーン店が全国にあって、その社長なんだ。お母さんはお店の経営が上手くてね。月に一度、各支店の店長を集めて経営の話し合いをすることはあるけど、ほとんど、いつも家にいるよ。2020年からコロナになって、各支店の店長とリモートで経営状況や経営方針について話すようになったけどね」
「哲也君のお父さんは?」
「僕のお父さんは、僕が子供の頃、死んじゃったんだ」
「そうだったの。嫌なことを聞いちゃってゴメンね」
「いや。別に全然、気にしてないよ」
「李林檎さんのお父さんは?」
「私のお父さんは、××商事に勤めているの。でも今、関西支店に出向しているから、お母さんと二人の生活なの」
「ふーん。そうなの」
「ところで哲也君は女の子と付き合ったことってある?」
「ない」
「どうして?」
「そりゃー僕だって小学生の時から、クラスの可愛い女の子を好きになったことはあるさ。でも僕に女の子に付き合って下さい、と告白する勇気なんて、とてもじゃないけどないんだ。それに僕は女の子と何を話したらいいか、わからないんだ。僕は生まれた時から病弱で、体力がないから、みなと外で鬼ごっこや、野球やサッカーなどで遊ぶことが出来なかったし。内向的な性格なので話題もないし。女の子と居ても、何を話したらいいのか、わからないんだ。それで一人でマンガを読んだり、テレビを観たり、空想にふけったりしていたんだ」
「哲也君はどうして学校を辞めちゃったの?」
「友達も出来ないし。勉強は月並みにはやっていて、そこそこの成績だったけれど。一番の理由は、僕は集団に属せないんだ。みんな、元気で、ガヤガヤ喋っているけれど、僕には、みなの中に入っていくことが出来なかったんだ。みなが、仲良く遊んでいるのに、僕だけ、一人ぼっち、というのが、つらくてつらくて耐えられなかったんだ。それで学校は辞めちゃったんだ」
「そうなの。それにしては、哲也君。小説、上手いわね。どうして、あんなに上手い小説が書けるの?」
「僕は子供の頃から、マンガやテレビドラマを観ていてね。僕は子供の頃、将来は漫画家になりたいな、と思っていたんだ。それと、僕は、友達がいなくて、空想にふけることが多くてね。僕は何時間でも空想にふけることが好きだったからね。それで、ある時、その空想を文章にしてお話を作ってみたんだ。そしたら、それが楽しくなっちゃってね。僕にはいろんな空想がたくさん、あったからね。それを次々と、文章で書いて、お話を作るようになったんだ。学校には好きな女の子は、たくさんいたけど、僕は生きた女の子とは付き合えないからね。好きな子を想像して、その子と付き合うお話を書くことが楽しくなっちゃったんだ。それで次から次へとお話を書いていくようになったんだ。それで、だんだん文章を書く技術も上手くなっていってね。僕はもっとお話を書く技術を上げようと思って、小説を買って読むようになったんだ。プロの小説家って、文章も上手いし、お話を作るのも上手いな、って感心したんだ。それからは、小説を読むことと、小説を書くことだけが楽しみになってしまったんだ」
「ふーん。そうだったの。どうりで哲也君の小説は上手いなと思ったわけがわかったわ。じゃあ山野くんは将来は小説家になりたいの?」
「そりゃーなれるものならなりたいさ」
「哲也君。女の子と話が出来ない、って言ってたけど、今、私と話が出来ているじゃない。どうしてなの?」
「僕はね。集団の中で女の子と話が出来ないんだ。集団の中だと他人の目があるでしょ。そのため集団の中だと女の子と話が出来ないんだ」
「どういうことなの。よくわからないわ?」
「僕は女の子と話しているのを人に見られるのが、こわいんだ。アイツは女とデレデレするヤツだと見られることが。実際、僕は女の子に飢えているんだ。女の子と親しくなりたいんだ。でもそれを他人に見られるのが嫌なんだ。だから、今は君と二人きりで、誰にも見られていないから、そういう時なら、女の子と話せるんだ。でも、二人きりでも口が軽くて、僕と話したことをペラペラ喋っちゃうような子とは話せないんだ。でも君はおとなしくて、僕とのことを、人に喋るような子じゃないと確信している。だから君とは話せるんだ」
「なるほど。哲也君の性格が少しわかったような気がするわ。シャイで神経質で恥ずかしがり屋。でも女に甘えたい、って性格。そうじゃない?」
「うん。その通りだよ」
「でも哲也君も将来は誰かと結婚するんでしょ」
「いや。しないよ」
「どうして?さびしくはないの?」
「さびしくはないよ。僕は結婚とは女の人を幸せにすることだと思っているんだ。僕にはその自信がないんだ」
「哲也君ほどのフェミニストなら結婚しても結婚しても女の人を幸せにすることは出来ると思うけどなー。哲也君ほど純情な人と結婚した女の人は幸せになれると思うけどなー」
「僕は出来たら小説家になりたいと思っているんだ。別にプロの小説家になれなくてもいい。一生、小説を書き続けるだろう。作家なんて一日中、机に向かって、小説のアイデアを必死に考えている生活だよ。結婚したら、妻は夫とお喋りしたり、一緒に外へ出で色んな所へ行って生活を頼みたいと思っているよ。夫が作家では妻が望むような、そんな、ささやかな幸せな日常生活が送れないからね」
「子供は欲しくないの?」
「欲しくない」
哲也はキッパリと言った。
「どうして?」
「僕は病弱で生きているのがつらいんだ。人間は、どうしても自分の価値観で他人や、人間というものを考えてしまう。だから僕は子供が幸せな人生を送れるという保障がない限り、子供を生むのがこわいんだ」
・・・・・・・・・・・
黙って聞いていた李林檎が、いきなりベッドに横たえた。
「ねえ。哲也くん。私を抱いて」
彼女は泣きながら訴えた。
「えっ?」
「私、哲也君に抱いて欲しくて哲也君を家に招いたの」
「えっ。どうしてですか?」
「女って、素敵な男の人に抱かれたいものなのよ」
・・・・・・・・・・・・
「僕にとって女の人は美術品なんです。美術品は手を触れるものじゃないでしょ」
「すごい境地に達しているのね。そんなこと考えているの哲也君だけよ」
「何か事情がありそうですね。何があったのか教えて下さい?」
・・・・・・・・・・・・・・・
哲也は彼女を起こして彼女を部屋のカーペットの上に座らせた。
「どうしたんですか。何かあったんですか。よろしかったら教えて下さい。言いにくいことだったら、無理に聞き出そうとは思いませんが。何か僕で力になれることがあれば何でもします」
彼女はわっと泣き出した。
そして語り始めた。
「私がこのごはん学校に入学したのは、2年前です。大丘忍さんが、私に色々と小説のアドバイスをしてくれました。私は、こんなフリースクールにも優しい人がいるんだな、と感動しました。大丘忍さんは、(君の家に行ってもいいかい?)と聞いてきました。私は嬉しくて(はい)と二つ返事で答えました。家でも小説のアドバイスをしてくれるのかと、何て親切な人かと思いました。しかし彼は、私の部屋に入るなり、いきなり私を抱きしめて、キスしてきたんです。私は吃驚しました。そして彼は私の服を全部、脱がせ、そして自分も全裸になりました。そして勃起したマラを私のアソコに入れてきたんです。それで腰を揺すりながら、(愛しているよ。李林檎さん)と言いました。腰の前後運動は、どんどん速くなっていきました。そしてついに彼は(ああー。出るー)と叫んで、私の体内に射精したんです。私は吃驚しました。しかし彼は嬉しそうな顔つきで、ニコニコ笑っています。私は不思議に思いました。あとでごはん学校の生徒さん達に聞いてわかったことなんですが、大丘忍さんは、人を好きになることはセックスをすることだ、という妄想を持った精神病患者さんだったんです。精神病患者さんなら、悪意も責任能力もないですし、精神病患者さんは、皆でいたわってやるべきです。その後も何度も、大丘忍さんは私の家に来ては、69とか、網代本手とか、燕返しとか、ありとあらゆる四十八手の体勢で、私にセックスし続けたんです。私が泣くと、(まだ愛が足りなんですね。もっと激しくして欲しいんですね)と言ってセックスの度合いを激しくしたんです。私は心も体もボロボロになりました。男の人は女を性愛の対象と見る傾向は、一般の人でもありますが、女が男の人に求めるものは恋愛なんです。そこで、山野さんのような、純粋で女をまるで神のように大事に扱う素敵な人に出会えて、私の傷ついた心を癒して欲しかったんです。女にとってセックスなんて一時の刹那的な肉体の快感に過ぎないのに・・・・。私は3回妊娠してしまい3回とも人工中絶しました。3回目の中絶は時期が遅かったため子宮を全部を摘出しなければ命が危ないと産婦人科の医師に言われました。そのため私は仕方なく子宮の全摘の処置を受けました。そのため私はもう子供を産めない体になってしまったんです」
そう言って彼女はわっと泣き出した。
哲也は黙って聞いていた。
「そうだったんですか。そんなことがあったんですか。それはさぞつらかったでしょう。僕は何と言っていいのかわかりません」
そう言って哲也は李林檎の手をギュッと握った。
そして、咽び泣く彼女の背中を黙って優しくさすってやった。
1時間くらい。
すると、初めは、ただ茫然自失していた彼女の顔に穏やかな微笑みの微光が浮かんできた。
「哲也君。有難う。すべてを告げてスッキリしました。黙って精一杯、私を慰めてくれた哲也君のおかげで、私は救われました」
「そうですか。それは良かった。李林檎さんが僕に何を求めているのかはわかりませんが、僕はセックスが出来ないんです。セックス嫌悪症なんです。ごめんなさい。僕に出来ることは、話を聞くことと、黙って手を握ることくらいなんです」
「いえ。それでいいんです。私、本当に癒されました。救われました」
もう彼女の目に涙はなかった。
「ごはん学校の生徒さんは、自己中心で、自分がまるで神のように正しいと思っていて、自分はロクな小説を書けないのに、上から目線で、威張っている人が多いんです。哲也君。ごはん学校をやめないで下さい。お願いです。あの学校は、ソドムとゴモラの町以上に廃退した学校なんです」
「わかりました。李林檎さんのために僕はごはん学校に通います」
「私のために・・・。嬉しい。哲也さん。有難う。その一言で私は救われました」
腕時計を見ると、もう午後7時を過ぎていた。
「哲也さん。私のために長い時間をさいてくれて有難うございました」
哲也は彼女が自分のために、気を使っていることはわかった。
「今日はこれで帰ります。困ったことがあったら、いつでも電話なりメールを送るなりして下さい。すぐに駆けつけますから」
そう言って哲也は立ち上がった。
「有難う。哲也さん」
「いえ。気にしないで下さい。僕はいつも暇ですから」
哲也が李林檎の部屋を出て階下に降りようとすると、彼女もついてきた。
「では、さようなら。明日またごはん学校でお会いしましょう」
玄関で靴を履きながら哲也は言った。
「あっ。哲也さん。ちょっと待ってて」
そう言って、彼女はパタパタとキッチンの方へ走っていき、そして、すぐにもどってきた。
そして、彼女は恥ずかしそうに、そっと、小さな袋を渡した。
「これ私が作ったクッキーです。よかったら食べて下さい。私、小説は下手だけどクッキーは作れるんです」
「ありがとう」
哲也はニコッと笑って、彼女の作ったクッキーの入った袋を受け取った。
そして彼女の家を出た。
哲也は夜道を通って家に着いた。
李林檎さんの家から20分ほどかかった。
彼女の家は同じ藤沢市内だが、近くても行ったことのない場所だった。
家に入って、ただいま、と言うと母親が玄関にパタパタとやって来た。
「哲也君。遅かったわね。何かあったの?」
母親が聞いた。
「ううん。別に」
哲也は素っ気なく返事した。
「お腹へっているでしょ。お食事にしましょう」
「うん」
哲也は食卓に着いた。
食卓にはビーフシチューが乗っていた。
「今日は哲也君の好きなビーフシチューにしたの」
そう言って母親はニコッと微笑んだ。
「お母さん。僕が用があって出かけている時は、一人で先に食べてよ。お腹すいちゃうでしょ」
それは前から哲也が言っていたことだった。
しかし、いくら母親に言っても母親は哲也と一緒に食べたいらしくて、聞かなかった。
母親は哲也にビーフシチューの入った皿を渡した。
いただきます、と言って哲也と母親は遅い夕ご飯を食べ始めた。
「ねえ。哲也君。ごはん学校はどうだった?」
母親が聞いた。
「悪くなかったよ」
「そう。それはよかったわね」
母親は、それを聞いてほっと一安心した様子だった。
「友達も出来たし、小説も褒められたし。僕、ごはん学校に通おうと思う」
「そう。それはよかったわね。それを聞いて安心したわ」
母親の顔に喜色があらわれた。
母親がそれを一番、気にしていることは、哲也にはわかっていた。
それを母親の口から先に言わせるのではなく、自分から先に言って母親を安心させたかったのである。
「お母さん。友達からクッキーを貰ったよ」
そう言って哲也は、李林檎から貰ったクッキー数個をカバンから取り出して母親に渡した。
「まあ。さっそく友達が出来たのね。よかったわね」
嬉しそうな顔で母親はクッキーを受け取った。
食事が済むと、哲也は、ごちそうさま、と言って、階段を登り、自室に入った。
・・・・・・・・・・
哲也はベッドにゴロンと横になった。
そして、朝、見ていた緊縛された写真の女を見た。
哲也は裸で緊縛された写真の女をたくさん、愛していたが、その時々に応じて、一人の女にはまることが多かった。
ネットの「しばられた女性有名人たち」や「女縄」のサイト、その他のSМサイトで、気に入った女が見つかると、それをコピペしていた。
「お姉さん。ただいま」
哲也は写真の女に帰宅の挨拶をした。
「おかえりなさい。哲也くん」
写真の女が答えた。
「今日、ごはん学校、というフリースクールに行ったよ」
「どうだった。ごはん学校は?」
「そうね。変な学校だったよ。変なヤツが多かったよ」
「そうなの。それで哲也君はごはん学校を辞めるの。それとも通うの?」
「通おうと思う。李林檎さんという、可愛い女の子の友達も出来たし・・・」
「そうなの。初日から友達が出来たの。それはよかったわね」
写真の女は心から、友達が出来た哲也を祝福してくれた。
「でもお姉さん。彼女は現実に生きている人間だからね。一定の距離をとった友達としては、ちょっぴり、付き合うかもしれないけれど、僕が本当に愛しているのは、あなただけだよ」
「ありがとう。哲也くん。でも私はさびしくないわ。哲也くんは、もっと現実の女の子と付き合った方がいいと思うわ。その方が哲也くんのためだと思うの」
「いや。僕が愛しているのは、あなただけだよ」
「その気持ちは嬉しいわ。でも、私は、哲也くんに、もっと現実世界で活き活きと生きて欲しいの」
「ありがとう。お姉さん」
哲也はカバンの中から、李林檎に貰った、クッキーの入った袋を取り出した。
そして、写真の女を見ながら、クッキーを食べた。
美味しかった。
李林檎さんが手をかけて焼いてくれたと思うと一層、嬉しかった。
「お姉さん。お腹へっているでしょ。クッキーを貰ったから食べて」
そう言って哲也は、写真の女の口にクッキーを入れた。
「ありがとう」
写真の女はモグモグ、クッキーを咀嚼してゴクンと飲み込んだ。
「美味しいわ。本当言うと、ちょっとお腹が減っていたの」
「これ、今日、友達になった女の子が僕にくれたクッキーなんだ」
「そうなの。クッキーを哲也くんにあげるなんて、優しい子なのね」
「お姉さん。誤解しないで。僕が本当に愛しているのは、お姉さんだけだよ」
「その気持ちは嬉しいわ。でも私は大丈夫よ。嫉妬なんかしていないわ。だって私は哲也君に守られているんだから。私は、哲也君に、その子と親しくなって哲也君に幸せになって欲しいの」
「ありがとう。お姉さん」
哲也は李林檎に貰ったクッキーの半分を自分で食べ、半分は写真の女に食べさせた。
もう11時だった。
哲也は部屋を出て、風呂に入った。
湯船に浸かっていると、李林檎さんの顔が浮かんできた。
哲也は自分が本当に愛しているのは、やはり李林檎さんではなく、写真の女だと思った。
なぜなら、現実の女は、哲也の予想しないことを言ったり、やがては歳をとる。
しかし写真の女は永遠に若く美しく、哲也のことを本気で心配してくれるからだ。
風呂から出ると、哲也はパシャマを着て、ベッドに入った。
・・・・・・・・・
翌日から哲也のごはん学校通いが始まった。
朝、母親は哲也に、
「いってらっしゃい。つらくなったらいつでも帰ってきていいのよ」
と優しく言ってくれた。
李林檎さんはいなかった。
しかし哲也はさびしくなかった。
やはり自分が本当に愛しているのは、写真の女なのだ、と哲也は確信した。
ごはん学校は、フリースクールなので、校則というものがない。
出席しようと欠席しようと、それは生徒の自由なのである。
哲也は「先天性友達作れない症候群」という難病だったので友達は作れなかった。
それでも、哲也がフリースクール・ごはん学校に通い続けるのは、写真の女の励ましのため、そして母親の期待をかなえてやりたいという思いやり、そして李林檎さんとの約束のため、であった。
哲也は思いやりのある優しい生徒なのである。
おそらく世界一思いやりがあって優しい人間だろう。
哲也は毎日、ごはん学校に通い続けた。
しかし2週間もすると、ごはん学校の様子がわかってきた。
ごはん学校は、何の規則もないフリースクールなので、いわば、アナーキズムの社会であった。
人間をアナーキズムの状態にすると、どうなるか、という実験が、ごはん学校ではまさに行われていた。
哲也は結構、物事に対する探求心が強く、(おそらく立花隆より強いだろう)、人間という未知なる動物に興味を持っていた。
あいかわらず、大丘忍は京大医学部入学のため、受験参考書を山積みにして、一心に勉強していた。
ランチバイキングの昼ご飯では、あいかわらず、青木航とその敵対者たちが、みそ汁のぶっかけ合いをしていた。
大丘忍は、時々、詰め込みの受験勉強で頭がパンクしそうになったのか、時々、立ち上がっては、「うおー。セックスーしてー」と叫んだ。
おそらく将来、京大医学部を卒業して、いい女と結婚して、セックスする夢が嵩じてしまって我慢できなくなってしまったのだろう。
大丘は受験勉強ばかりしているわけではなく、時々、息抜きに、小説も書いていた。
大丘の書く小説は、セックス小説ばかりで、小説を書いているうちにだんだん興奮してハアハアと息が荒くなっていって、股間がテントを張ってきた。
大丘はズボンの中に手を入れて、ハアハアと息を荒くしながら、小説を書いていた。
セックス小説を書くことで、性欲を高めているのだろう。
哲也は友達は作れなかったが、ごはん学校に通っているうちに、ごはん学校の生徒たちの、交わす会話から、大体、の生徒の傾向がわかってきた。
それと、ごはん学校では、ネットの(作家でごはん)というウェブサイトに生徒の作品を投稿し、200作までは、保存しておく、というシステムだったので、哲也は過去の作品を読んでみた。
常連は8人くらい居て、常連の書く小説は、一応、ちゃんと一話完結のストーリーのある小説になっていた。
青木航は常連の一人なのだが、「坂東の風」という大長編歴史小説を、一回に、10万文字くらい書く猛者だったが、一話完結ではなく、連載小説なので、読みにくい、と、ごはん学校の雑魚どもに嫌われていた。
哲也は友達が出来なかったが、A君という哲也と同じ内気な生徒が、哲也の隣の席に座って色々と生徒の特長を教えてくれた。
A君の言うところによると。
ドリーム君は、真面目な職人的小説書きで、毎回、欠かさず小説を完成させて発表していた。
世の中をよく観察していて、絶えず、小説のネタを考えていて、自分の知らない業界でも、臆することなく関心を持ち、きちんと取材して、面白い小説に仕立てていた。
面白い小説というのは、印象に残るもので、ドリーム君の書いた、「町のパン屋さん」「貴方に愛の歌を グッマイラブ」「免許を取ろう」その他、上手いなあ、小説を面白くする方法を知っているなー、と哲也は関心した。
時にはスランプでいまいちな作品もあったが、2週に一度、必ず小説を完成させてくる根性に哲也は感心した。
A君の言うところによると、ドリーム君のお母さんは車椅子で、父親は酒飲みの、飲んだくれで、そのため、大家の代筆をして収入を得ている覆面作家らしい。つまりプロ作家らしい。
・・・・・・・・・・
上松煌は子供の頃から、自分の呼称を、どうしても「僕」と言うことが出来ず、「オレ」と言ってしまう発達障害だった。熱血教師が必死になって、上松煌に自分のことを「オレではなく僕と言いなさい」と鉄拳制裁までして、治そうとしたが、どう努力してもダメだった。母親もそれを心配して、日本全国の精神科の名医に診療させて、悪いクセを治そうとしたが、ダメだった。そのため、普通制の高校は退学させられて、このフリースクール・ごはん学校に入学することになったらしい。
彼は小説は世の中を良くする物という、おかしな妄想をもっていて、まあ、言わば、白樺派、と言えるかもしれない。そして、いかにも白樺派らしく「我」が強く、キリスト教を邪教と否定し、仏教こそ真の正しい教え、と思っていた。そして日蓮が他の仏教諸派を折伏したように、植松煌も小説は、白樺派が正統、文学は人道主義であるべき、という絶対の信念を持っていた。そのため、その主張を、他の生徒にも押しつけた。
本人は良い事をしているつもりなのだろうが、忠告される新入生にとっては、いい迷惑だった。
・・・・・・・・・・・・・・・
茅場義彦は会話だけのライトノベルで一応、小説は完成させているが、それほど面白いとは思わなかった。やはり小説はボリュームがあった方が面白い。だからといって哲也は掌編小説を否定してはいなく、むしろキリッとしたラストのあるショートショートは、思わず、上手い、と感心させられる。その点、ラノベは、楽して小説を書こうとしている貧弱な、あらすじ小説にしか思えなかった。
茅場義彦は「ぐgyふゅfyっふゅぎゅぐyぐ」とか、大体の意味はわかるが、ふざけた英語まじりの文を書くのが好きだった。哲也にはそれを面白いとは思えなかった。
・・・・・・・・・・・・
森嶋は「んでもって・・・・」という書き出しで、書くが、自殺とか、犯罪とか、常識人から見たら危ない小説という人もいるかもしれないが、ちゃんとストーリーがあって、真面目に小説を書いている生徒だった。
短い小説が多かったが、レトリックも上手く、文章もストーリーも滑らかで、好感が持てた。
・・・・・・・・・・・・・・
そうげんや、アリアリドネの糸、は、特別に派手なぶっとんだストーリーではなかった。
日常で自分が体験している対人関係で感じる心の機微を小説の中で述べている、といった感じで、ぶっとんだストーリーが面白いと思っている哲也はあまり読む気がしなかった。
だが、読んでみると、結構、いい小説だと思った。
哲也にはこういう、繊細な心の機微を書いた心境小説は書けないので、そして、哲也は劣等感が強いので、自分が書けない小説はみな、上手く見えてしまうのである。
・・・・・・・・・・・
飼い猫ちゃりりん、というのも常連の一人だった。
いい年して自分の呼称を「私」ではなく、「飼い猫は・・・」と書くのが、変なヤツだなーと哲也は思っていた。
こいつは、ごはん学校の常連に共通した特徴である「我」が強く、天上天下唯我独尊といった感じで、生意気なヤツだった。
人生や芸術に意味はない、とか、芸術は生まれるもの、とか、ぶっ壊れたレコードのように同じことを繰り返し主張していた。
哲也は西洋哲学には精通していたので、飼い猫とやらの、言いたいことは容易に理解できたが、要するに、東進の塾講師でテレビによく出ている林修が言っているように「大学入学で出題される現代国語の現代文は簡単なことをわざと、わかりにくく書いている文章」というヤツで、飼い猫とやらも、「簡単なことをわかりにくく書いて気取っている」ヤツだった。
個性やexpressしたいものが特にないので、飼い猫の書く小説は、3000文字ていどで、物事の本質的なこと、テーマがありありとわかる作品ばかりだったが、そういうものを、短い文字数で、ちゃんとまとめて書けるのは、やはり才能と言える。と哲也は感じた。
哲也は非情に知性的な人間なので、嫌いなヤツの書いた小説でも、「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」ということをせず、作品だけを正当に評価していた。
芥川龍之介も、物事の本質的なこと、1つのテーマがあって、そのテーマがありありとわかる短編小説が多いが、飼い猫の書く小説もそれに似た所があった。
ただ自信過剰は構わないが、他の人の作品に対するコメントは上から目線で威張っているところが鼻持ちならなかった。
ある時、いかめんたい、という真面目な生徒の作品に対するコメントで、もめごとになったが、飼い猫は、「読めばわかる」とか、「You-Tubeを見て」とか、質問者の質問にちゃんと答えないいい加減な返答をするだけで、そういう所に人格の下等さが現れていた。
聞くところによると、飼い猫ちゃりりんは、他の生徒たちに、陰で、アバズレちゃりりん、と呼ばれているらしい。
・・・・・・・・・・・・・・
ここは、落ちこぼれ、不良少年少女のフリースクールなので新しい入学者が入って来ては出て行った。
新入生が、「新しく入りました。××です」と自己紹介しても、グータラなごはん学校の生徒たちは、スマホをいじったり、LINEをやったりと、好き勝手なことをしているだけで、見向きもしなかった。
しかし新入生が、「小説を書いてきました。感想もらえると嬉しいです」と言って、皆に書いてきた小説を見せると、みなは、一斉に、その小説を読み出した。
しかし、ごはん学校の生徒たちは、才能がない上に、人格も狂っていて人間のクズばかりなので、自分はロクな小説を書けないクセに、他人の小説に対してはクソミソにけなした。
なので、新入生のほとんどは、その日のうちに、うえーん、うえーんと泣きながら、一日で退学していった。
哲也は優しい性格の上、小説を見る目も優れていたため、やめていく、新入生の小説の美点を指摘してあげた。
すると新入生は、
「哲也さん。ありがとう。哲也さんにそう言って貰えると嬉しいです」
と言って、ごはん学校のクズどもに、けなされて、心身ともにボロボロになって、憔悴している顔に希望の光が差し出した。
哲也は親身になって、新入生の悩みを聞いてあげた。
「哲也さん。ありがとうございました。今日、発表した小説は僕の自信作だったんです。僕は昨日、明日ごはん学校に入学して、僕の小説をみんなが褒めてくれるのを想像してワクワクして眠れなかったんです。しかし、予想と違って自信作がボロボロにけなされて、僕は今日、家に帰ったら、首を吊って自殺しようと思っていたんです。優しい哲也さんの温かい励ましによって、僕は自殺を思いとどまることが出来ました。哲也さんは、命の恩人です」
と、今度は嬉し泣きしながら言った。
「いやあ。命の恩人なんて、そんなの大袈裟だよ。君に小説を書く能力が無いのではなく、あいつらが狂っているだけだよ。あんなキチガイどもの言うことを真に受けちゃダメだよ」
「はい。ところで、哲也さんから見て僕に小説を書く才能があるでしょうか?」
「才能の議論は難しいね。一言で簡単に言えることじゃないよ」
「哲也さんはたくさん、小説を書かれていて、しかも面白い作品ばかりです。哲也さんには、才能があるんですね。才能って生まれつきのものなんでしょうか?」
「そうだね。僕は生まれつき、特異な感性を持っていたからね。それが小説を書く上で有利だったという点はあると思っているんだ。しかしね。本当の才能、というものは、小説を書きたい、という情熱を持ち続けられるか、そして、どんなにスランプになっても、一生、小説を書き続けられるか、どうか、ということが本当の才能なんだ。これは、(天才の心理)を研究したエルンスト・クレッチマー、という学者も言っているよ。天才とは情熱家であると。君には、一生、小説を書きたいという情熱があるかね?」
「わかりません。僕には。友達で小説を書いている人がいて、読んでみたら、すごく上手くて、僕も小説を書いてみたいと思って、幼い頃、体験したことを、小説ふうに書いてみたんです。書いているうちに、面白くなってきて、僕は小説を書ける人間なんだ、と思い込んでしまっただけなんです。それで、小説を書くことが楽しく面白くなって続けて何作か書いていたんです。でも一生、小説を書き続けよう、などというような強い思いは持っていません」
「小説を書くのが楽しいと思えるのなら、小説を書ける可能性があると思うな。君はまだ若いから、無理に小説を書くことを自分の義務に課すことはないと思うよ」
「ではどうすればいいんですか?」
「君にも友達がいるだろう。お父さんもいれば、お母さんもいる。つらいことや、嬉しいこと、困った事など、生きていると日常生活で色々なことがあるだろう。小説とは人間関係のドラマだからね。そういうことを、いい加減にしてしまわないで、自分の思っていることを、真剣に話してみるといいよ。子供がムキになって真面目な話をすると、大人は、子供のクセに、とせせら笑うかもしれないけれど、そんなのは無視した方がいい。つまり自分が今、置かれている環境で精一杯、生きる、ということさ。そうすると、それが大人になった時、小説を書きたい、という強い情熱になってくれる可能性は大いにあるさ。そういう時が来たら、小説を書き出せばいい。もちろん遊ぶこともいい。真面目だけである必要はないよ。いつもいつも真面目に生きていると、疲れちゃうからね。しかし、遊ぶことのみ考えて生きていると、何もない人間になってしまう。僕が見る所、君は真面目な人間に見えるよ。だから、毎日の生活を真剣に生きることを勧めるよ。それと勉強や読書もした方がいいよ。知識があった方が小説を書くのにいいに決まっている。それと読書もだ。多くの作家が色んな小説を書いている。本を読むことは小説を書く勉強になるよ。色んな小説を読んでいると、ストーリーの作り方というものがわかってくるからね。そして、自分はどんな小説を書きたいのか、ということもわかってくるからね」
と哲也は古事記の因幡の白兎の話のように、意地悪な八十神にいじめられて泣いているウサギに優しい正しい教えを教えてあげた大穴牟遲神(大国主神)のように、優しく正しいアドバイスをしてあげた。
生徒は、因幡の白兎のように泣きながら、
「ありがとうございます。山野さん。おかげで自殺を思いとどまることが出来ました。山野さんのアドバイスのように、毎日の生活を精一杯、真剣に生きてみようと思います」
と言った。
「もちろん、日常の生活をしていて、小説を書きたい、と思ったら、小説を書いたらいいよ。菊池寛は25歳までは小説を書くな、生活を真剣にしろ、と言っているけれど、あれは、ちょっと暴論だよ。25歳という数字が何の根拠で、どこから出ているのかは、わからないけど、小説を書きたい、どうしても書きたい、と思えるようになった時が、小説を書き出せばいい時だと思うよ」
「ありがとうございます。山野さんは神様です」
大体、山野哲也のアドバイスはこんなふうだった。
・・・・・・・・・・・・・
しかし哲也ひとりが新入生に親身になってアドバイスしても、ごはん学校の(特に常連)は人格障害が多いので、そして人格障害は治らないので、新入生が、自信の小説を持って、入学してきて、その小説を披露すると、ごはん学校のクズどもは、あいかわらず、総攻撃で新入生の小説をけなしまくり、そして、それによって、新入生は泣きながら、辞めていった。

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フリースクール・ごはん学校(小説)(下)

2022-06-08 08:24:54 | 小説
・・・・・・・・・・・・・
そんな日が続いていたが、ある時、大丘忍が学校に来なくなった。
最初のうちは、風邪でもひいたんだろう、とごはん学校のクズどもは、言っていたが、1週間たっても来ない。
大丘忍は、「愛=セックス」という妄想を持った精神障害で普通制の高校を退学させられて、フリースクール・ごはん学校に入学してきた生徒だが、毎日、かかさず登校していた。
そして、山積みの参考書を持ってきて、京大医学部受験のために、猛勉強していたので、どうして学校に来なくなったのか、みな、不思議に思い出した。
「おい。大丘忍がごはん学校に来なくなった理由がわかったぞ」
Bという生徒が言った。
「どうしてだ?」
「大丘忍は重症の病気になって、病院に入院しているんだ」
「どんな病気だ?」
「よくわからないが、なんでも、抗老化遺伝子のサーチュイン遺伝子が欠損する本態性急速老化症候群という厚生省指定の難病で、一気に老化してしまったらしい」
「本当か?」
「ああ。本当だ。大丘忍の実年齢は、17歳だが、身体年齢は90歳になってしまったらしい」
「ええー。90歳?17歳の青年が一気に90歳になってしまったのか?」
「ああ。そうだ」
「信じられないな。そんなことがあり得るのか?」
「オレも最初は信じられなかったよ。でも、病院に行って、大丘忍を見たら、本当に90歳くらいの、じいさんになっていたんだ」
「信じられない」
「そんなのウソだ」
みな、Bの言う事を信じなかった。
「じゃあ、行ってみようぜ。そんなことが本当にあるとは信じられないからな」
そうだ、そうだ、ということで、その日は、皆で大丘忍が入院している病院に行くことになった。
青木航、ドリーム、植松煌、茅場義彦、森嶋、そうげん、李林檎、飼い猫、哲也、その他の数人が、タクシーに分乗して病院に向かった。
もちろん、ごはん学校の生徒は人間のクズばかりなので、思いやり、や、同情、などというものは、カケラも存在しないので、興味本位が動機である。
・・・・・・・・・・・
20分ほどして病院に着いた。
生徒の一人(C)が受け付けの女子事務員の所に行った。
「あ、あの。大丘忍くんに面会に来たんですけど・・・」
と、Cが病院の受け付けの女子事務員に聞いた。
「あなた達は、大丘忍さんと、どういう関係の人達なのでしょうか?」
女子事務員が聞き返した。
「フリースクール・ごはん学校の友達です」
Cが言った。
女子事務員は、しばし迷っていたが。
「でも大丘忍さんは重症で面会謝絶の患者さんです」
と言った。
「でも一目会いたいんです」
Cが訴えた。
女子事務員は、しばし迷っていたが。
「では、ちょっと先生に相談してみます」
と言って、女子事務員は携帯電話をとった。
「もしもし。日野原重明先生。今、病院に、大丘忍さんの通っているフリースクール・ごはん学校の友達という方達が来ていて、面会したいと言っているのですが・・・・」
と女子事務員は携帯電話の送話口に向かって話した。
女子事務員は大丘忍の主治医らしい人と、はい、はい、と言いながら、しばし話していたが、やがて電話を切った。
そしてごはん学校の生徒たちに視線を向けた。
「皆さん。先生の許可がおりました。急いで来て下さいとのことです。行ってあげて下さい。大丘忍さんの病室は3階の個室です」
と女子事務員は言った。
「面会謝絶なのに急いで来て、とはどういうことですか?」
さっきと態度が180度変わったことに、皆は疑問を持った。
「大丘忍さんは、今、危篤状態で、あと数時間もつかどうか、という状態らしいのです。すぐに行ってあげて下さい」
女子事務員は、急かすように言った。
「わかりました」
ごはん学校の生徒たちは、急いでエレベーターに乗って、3階で降りた。
「大丘忍さんの個室はこっちだ」
以前、大丘忍に会っているBが大きく左の方を指した。
ごはん学校の生徒たちは、駆け足で廊下を左に走った。
やがて、「大丘忍」と書かれたプレートのある個室の前に辿り着いた。
トントン。
そうげんが部屋をノックした。
「大丘忍さんの学校の友達です」
大きな声で言った。
「どうぞお入り下さい」
部屋の中から声がした。
なので、ごはん学校の生徒たちは、ドドドッとなだれ込むように部屋に入った。
部屋の中には、恰幅のいい医師が難しそうな顔をしていた。
「あっ」
「ああー」
みな驚愕の声を張り上げた。
なぜなら、ベッドにの上には白髪で皺くちゃの老人が乗っていたからである。
それは、どう見ても、フリースクール・ごはん学校に通っていた17歳の大丘忍ではなく、90歳くらいの老衰前の老人にしか見えなかった。
大丘忍の左手には点滴の針が差されており、さらにECMO(体外式膜型人工肺)がつながれていた。
モニター心電図も取り付けられていた。
皆は大丘忍の周りを取り囲んだ。
「こ、これが大丘忍さん?」
「ウソだろー」
「この人、大丘さんじゃなくて別の老人でしょ」
生徒たちは、口々に言った。
「いや。信じられないだろうが、この患者は間違いなく、大丘忍さんだよ」
白衣を着た大丘忍の主治医の医師がキッパリと言った。
「彼がここに入院した時は、まだ17歳の青年だった。だが、1週間で、あっという間に、全身が老化していってね。昇圧薬を投与しても血圧は上がらず、心臓は拡大して、うっ血性心不全だ。尿の排出もない。あともって1時間だ。ICUで延命処置をしても、2、3日、延命させるだけで、本人の希望もあり、積極的な延命治療はしていないんだ」
医師はそう説明した。
「大丘さん」
ごはん学校で大丘忍を慕っていた、飼い猫ちゃりりんが、大丘忍の手をギュッと握りしめた。
瞼を閉じていた大丘忍の瞼がゆっくり開いた。
「・・・・あ、あなたは誰ですか?」
大丘忍は意識が朦朧としていたので、飼い猫を見ても誰かわからなかった。
「飼い猫ちゃりりんです。ごはん学校では、色々とアドバイスしてもらいました、飼い猫です」
飼い猫ちゃりりんは、必死に大丘忍の意識を呼び戻そうとして大丘忍を激しく揺すった。
その甲斐あってか、大丘忍は、
「ああ。思い出しました。ごはん学校の飼い猫ちゃりりんさんですね。焦っているようですが、どうしたのですか?」
大丘忍は、ここは、ごはん学校だと思っているようだった。
主治医が大丘忍の胸骨を拳でグリッと押した。
しかし、反応がない。
意識レベルはJCSで一番危険なⅢ―300だった。
「君たち。もう大丘忍くんは危ない。言ってやりたいことがあったら、何でも言ってやりたまえ」
そして医師は大丘忍に向かって、
「大丘忍くん。君も言いたいことがあったら、何でも言いたまえ」
と大きな声で言った。
「・・・・セ、セックス。セックス。セックスをしたい・・・」
大丘忍は朦朧とした意識の中で、か弱い声で言った。
人の将に死なんとする其の言や善し、である。
大丘がセックスのことしか頭になくセックス小説しか書かない大丘を嫌っていた植松煌が、大丘に駆け寄って、大丘の手を握った。
「大丘さん。セックスは素晴らしい。これから、あなたは、いくらでもセックスが出来ますよ」
と慰めの言葉をかけた。
もちろん本心とは正反対だが植松煌も死んでいく者を鞭打つようなことはしたくなかったのである。
死んでいく者には、ウソでもいいから全てを肯定してやりたかったのである。
大丘にさんざん凌辱されて子供を産めない体になってしまった李林檎も、駆け寄って大丘の手を握った。
そして泣きながら、
「大丘さん。李林檎です。私を精一杯、愛して下さって本当に有難うございました」
と言った。
しかし、遠のいていく大丘の意識には、それは、届かなかった。
大丘はただただ、セックス、セックス、と繰り返すばかりだった。
「大丘さん。待ってて」
飼い猫ちゃりりんが、何か思い立ったように、握っていた大丘の手を離した。
「大丘さん。死なないで」
飼い猫は、何とか、大丘の死を幸福なものにしてやりたい、という思いから、大丘の布団をどかした。
そして、大丘の着ているパシャマのを脱がし、下着のシャツとパンツも抜き取った。
大丘忍は全裸になった。
大丘のチンポは、当然のことながら、ふにゃふにゃだった。
ごはん学校にいた時の大丘のズボンはいつも勃起したチンポに突き上げられて、激しくテントを張っていたというのに、今は、見る影もないものになっていた。
飼い猫は、大丘のふにゃふにゃチンポを口の中に含み、必死で口を前後に動かした。
フェラチオである。
大丘のチンポを何としてでも、立たせてやりたい、そして射精させてやりたいという、けなげな思いで必死だった。
しかし、飼い猫の思いも虚しく、大丘のチンポは、立たなかった。
飼い猫は、ブラウスを脱ぎスカートを降ろしてブラジャーとパンティーだけの下着姿になった。
そしてブラジャーも外し、パンティーも脱いで一糸まとわぬ全裸になった。
「大丘さん。死なないで」
そう言って、飼い猫は、大丘のベッドに乗った。
そして、大丘の顔の上にまたがって、尻を大丘忍の顔の上に乗せた。
そして上半身を倒し、大丘のチンポを口に咥え、フェラチオを始めた。
69の体勢である。
非常識なことだが、主治医もそれをとめようとはしなかった。
飼い猫は必死にフェラチオを続けた。
普通なら、心臓マッサージや電気ショックをするところだが、大丘にとっては、飼い猫のフェラチオの方が、延命の可能性がある医療行為になっている、と主治医は判断したのだろう。
その甲斐あってか、大丘のチンポが勃起し始めた。
モニター心電図でも、血圧が上がりはじめ、平坦だった心電図にもかすかな波があらわれ始めた。
「き、奇跡だ」
主治医が驚いて言った。
意識レベルはJCSⅢ―300だというのに。
大丘の口がかすかに開き、大丘の舌は大丘の口にくっついている飼い猫のどす黒いマンコに伸びた。
そして、大丘の舌は飼い猫のマンコに触れた。
飼い猫は、大丘に自分のマンコをなめさせようと、腰を器用に動かしながら、69の体勢で、大丘のチンポをくわえて、フェラチオを続けた。
クチャクチャと射精前に起こるカウパー腺液の音がし始めた。
飼い猫は、必死でフェラチオの度合いを一層、激しくした。
「あ、ああー。出るー」
もう意識もないはずの大丘が言葉を発した。
ドピュ。ドピュ。
大丘のチンポからザーメンが勢いよく放出された。
飼い猫は、一滴のこらず、それを全部、飲み込んだ。
その時、一気に心電図の波形がツーと平坦になり、血圧も一気に下がった。
首を支える頸筋の力がなくなったのだろう。
上を向いていた大丘の顔が、ガクッと横向きになった。
主治医が、急いで、大丘の傍らに来た。
そして、ペンライトで対光反射を調べ、手首で脈を計った。
ペンライトをあてられた大丘の開きっぱなしで、縮瞳することはなかった。
そして医師は、大丘忍の心臓の所に聴診器を当て、心音が無いのを確認し、口に耳を当て、呼吸音が無いのを確認した。
モニター心電図でも、心電図は、ツーと平坦のままで、血圧も0のままだった。
「ご臨終です」
医師は皆に向かって厳かな口調で言った。
こうして大丘忍は大往生をとげた。
ごはん学校の生徒たちには、もちろん友情などというものは、カケラもないので、大丘の死を悼んで泣く者は一人もいなかった。
ただ飼い猫だけが、大丘さーんと69の体勢のまま、大声で泣きじゃくっていた。
飼い猫は、ごはん学校の時から、大丘や大丘の書く小説に対して好意的だった。
その理由はわからない。
大丘の書く小説は、セックス小説ばかりだっだが、そして女はセックス小説など読まないものだが、小説の内容はどうあれ、大丘の小説は、文章もストーリーも、手を抜かず、完成度が高く、また京大医学部を目指して、一日中、必死に勉強している、大丘の誠実さが好きだったのかもしれない。
あるいは、飼い猫には、ジェロントフィリア(老人性愛)の性癖があったのかもしれない。
飼い猫は、ちゃりりんというペットのネコを猫かわいがりするだけの毎日で、その片手間に気の向いた時だけ、小説でも書いてみよう、という根性の女だったので、当然、作品は愚にもつかない三文小説だった。
そして、やたら難しい言い回しの主張をして、気取って、威張る鼻持ちならない女だった。
しかし。
飼い猫は、若い時の広末涼子のような、町を歩いている時は、すべての男たちが思わず立ち止まって振り向いて、目を見張るような、絶世の美しい容貌だった。
「飼い猫のヤツも、こんなフリースクールにへばりついていないで、芸能プロダクションに売り込めば、芸能プロダクションは大喜びして、あいつは、国民的アイドルになれるのになー、変なヤツだなー」
と、ごはん学校の生徒たちは、陰で、飼い猫のことを、そう言って不思議がっていた。
しかし容貌が美しいからといって、即、国民的アイドルになれるとは限らない。
美しい容貌の女などいくらでもいる。
飼い猫は若い時の広末涼子と瓜二つの美しい容貌だが、性格はその美しい容貌からは、ほど遠いアバズレで、この性格の悪さは治るものではなかった。
飼い猫の母親も、
「お前は性格さえ良くなってくれれば国民的アイドルになれるのよ」
と言って、何とか、娘の歪んだ性格を治そうと、全国の精神科医の治療を受けさせたが、人格障害は治らなかった。
なので仕方なく母親もあきらめたのである。
ごはん学校の生徒たちも、
「やはり天は二物を与えないものなんだな」
と、天の摂理をしみじみと納得しているかのような口調で、つぶやいていた。
・・・・・・・・・・・・・・・・
死んだ大丘に飼い猫ちゃりりんは、69の体勢で、へばりついて泣いていた。
医師は黙っていたが、しばしして、
「大丘君は抗老化遺伝子である、サーチュイン遺伝子が欠損する本態性急速進行性老化症候群という100万人に1人の疾患なので、これから病理解剖して研究することになっています。どうか、ベッドから降りて下さい」
と言った。
言われて飼い猫ちゃりりんは、ベッドから降りた。
そして泣きながら服を着た。
ごはん学校の生徒たちも病室を出た。
「あーあ。あれほど勉強熱心な大丘のことだから、死ななければ、京大医学部に合格して、いい女と結婚して、毎晩セックスをしたいという、彼の夢がかなったろうにな」
「そうだな」
「可哀想な人生だったな」
と言いながら帰途についた。
哲也も黙って家に帰った。
ピンポーン。
チャイムを押した。
「はーい」
家の中でパタパタと駆けてくる足音が聞こえた。
ガチャリ。
玄関の戸が開いた。
母親が顔を出した。
「哲也。お帰り」
「ただいま」
と言って哲也は靴を脱いで家の中に入った。
そしてリビングルームのソファーに座った。
「哲也。お帰り。今日は早いのね。何かあったの?」
母親が聞いた。
「今日ね。ごはん学校の生徒の一人が危篤状態になってね。みんなで病院に行ったんだ。彼は死んだよ」
哲也は淡々と話した。
「まあ。そうだったの。それで、なくなった方って誰なの?」
「大丘忍という生徒さ」
「ああ。前に話してくれた、ナントカ症候群という難病の方ね」
「本態性急速進行性老化症候群という厚生省指定の難病さ」
「それはどういう病気なの?」
「抗老化遺伝子の、サーチュイン遺伝子が欠損した先天性の病気さ。17歳の若い人が、まるで90歳の老人のようになっていたよ。それで老衰で死んだのさ」
「不思議な病気も世の中にはあるものなのね。でも17歳で亡くなるなんて可哀想ね」
「ああ。そうだね。彼は京大医学部に入りたいという夢を持っていて必死に受験勉強していたからね」
「まあ。そうなの」
「お母さん」
「なあに?」
「僕が死んでも葬式はいらないからね」
「どうして?」
「僕は人間の死に対してドライなんだ。僕は人が死んでも可哀想と思ったことがないし、自分が死んでも誰にも可哀想なんて思って欲しいとも思っていないんだ」
「でも私は哲也が死んだら泣くわよ。だって私のお腹を痛めて産んだ子だもの」
「・・・・」
哲也は黙っていた。
哲也は人間の心を理解する能力が高かったが、母親の子に対する思いは、まだ本当には理解できていなかった。
「哲也くんは、人が死んで悲しいと思ったことはないの?」
「そりゃーあるよ。僕は太平洋戦争で夢も希望もありながら、20歳で死んでいった神風特攻隊の人たちは可哀想だと思っているよ」
それを聞いて母親は微笑した。
自分の息子にも、人の死を悲しむ心があることがあるのを知って安心したのだろう。
「僕の心の中では、神風特攻隊の人たちが生きているんだ。僕が生きているのも、日本を命がけて守ってくれた神風特攻隊の人たちの死を無駄にしたくない、という思いからなんだ」
母親もソファーに座った。
「今時、そんなことを思っている若者なんていないんじゃないかしら?」
「いや。いると思うよ。テレビで太平洋戦争や特攻隊のドキュメンタリー番組を見たら、きっと、そういう心境になると思うよ。でも彼らは、その番組を見ている時だけさ。一時の感傷に浸っているだけさ。翌日になったら、ケロッと、忘れてしまうよ」
「でも。哲也くんにも、小説を書きたいという、生きがいがあるじゃない。哲也くんは将来、小説家になりたいんじゃないの?」
「ああ。なりたいよ。でも僕の気質から言ってプロ作家になるのは難しいと思っているんだ。まあ、僕も何が何でもプロ作家になりたいとは思っていないよ。僕は小説を書いていれば、それで満足なんだ。それに僕は病弱で体力がないからね。プロ作家になるためには、健康な体が絶対、必要だからね」
「・・・・・・」
母親は涙ぐんだ。
「ごめんね。哲也くん。病弱な体に産んじゃって。私、何て言って謝ったらいいか・・・」
「オーバーだなあ。世の中には、もっと可哀想な人達がいるじゃない。車椅子の人とか、身体障害者の人達とか。ああいう人達の方が、僕の1000倍、可哀想だと思うよ。お母さんも、親バカにならないで、そういう人たちのことを、可哀想に思いなよ」
「はい」
「それと僕は、病気もちであることを、そんなに悲観していないよ」
「・・・・どうしてなの?」
「生まれつきの病気は個性さ。僕の世界観、人間観、は、それによって形成されている。人と変わった独特の個性があるから小説が書けるんだ。それに、僕は何歳まで生きられるかわからないから、一年一年が勝負だと思って生きている。僕は将来を考えていない。いつ死んでもいいように、精一杯、生きているつもりさ」
「そう言ってくれると、母さんも救われるわ。有難う」
こんな会話がなされた後、哲也は二階の自室に入った。
そして哲也は、ベッドにゴロンと身を投げ出した。
大丘さんも可哀想な人だっな。あんな努力家の人なら、きっと間違いなく、京大医学部に入って、いい女と結婚して、毎晩、夜10時から明け方の午前6時まで、セックスを楽しめる人生が送れただろうに。
それに、あの人は、何事にも熱心だから、きっと卓球でも全国優勝しただろうし、詩吟でも総範師になれただろうし。
しかしゴルフだけは挫折きっとするだろうが。
そんなことを思っているうちに、哲也はウトウトと眠りに就いた。
・・・・・・・・・・・
2021年の夏が過ぎ、10月になると哲也の体調が悪化し出した。
そもそも哲也は冷え症で、自律神経の調節機能が悪く、一年を通して体調が悪かった。
日本は季節の変化が激しいので、精神的ストレスではなく、外的ストレスに病弱な体がついていけなかった。
新陳代謝が悪く、冷え症だった。
春夏秋冬、哲也にとって、いい季節はない。
それでも、極寒の冬よりは暖かい夏の方が、はるかに良かった。
日本の冬は極寒でブルブル震え何も出来ず、年が明け、春になって、日中の気温差が10度を超えると、自律神経がついていけず、また、スギ花粉が飛び始めるので、花粉症に悩まされた。真夏は湿度が高い猛暑に体がついていけず、秋には、また日中の気温差が10度を超えてくるので、自律神経がついていけなかった。
それを何とかしようと、哲也は週に2回は、温水プールに行って、泳ぐことで健康を保っていた。
温水プールに行くと、最低でも4時間は泳いだ。
週2回の水泳は、哲也が生きていく上でのライフラインだった。
水泳は有酸素運動で、新陳代謝が上がり、全身の筋肉や呼吸筋など内臓の筋肉も鍛えられ、水の刺激が自律神経に良い刺激を与え、冷え症の原因である末梢の血行不良が改善されるため、水泳は目に見えて、健康改善に効果があった。
水泳をすると、副交感神経が緊張しっぱなしで、動かなかった腸が動き出し、便秘が改善された。
腸は第二の脳と言われているくらいで、溜まっていた便が排出されると、腸内環境が良くなった。腸内環境が良くなると、腸脳相関で脳も活性化された。
さらには、有酸素運動を長時間、続けていると、脳下垂体から、βエンドルフィン、というモルヒネの7倍の効果のある脳内麻薬が出てくる。
なので、水泳をしていると、小説のアイデアが次々と沸いてくるのである。
それで哲也は週2回、温水プールに行って水泳をしていた。
しかし有酸素運動もあまり、長時間やり過ぎると筋肉を落としてしまう。
それはフルマラソンの選手が、骨と皮の鶏がらのよう、とまでは言わないが、痩せているのを見ればわかることである。
有酸素運動は20分くらいから脂肪燃焼効果が出てくる。
しかし、4時間もやっていると、筋肉が分解されて、それが運動を続けるエネルギー源として使われてしまうのである。
哲也もその理屈はわかっていた。
なので、健康のために長時間の有酸素運動をするのなら、筋トレもして、筋肉を落とさないようにしなければならない。
なので哲也は筋トレもしていた。
しかし、10月から体調が悪くなって小説が書けなくなって、気分が落ち込んでいたので、筋トレをする気力が出なかった。
そのため、週2回の水泳をするだけで、筋トレはしなかった。
そのため、便秘は改善されるが、筋肉量が落ちて、筋肉量が落ちると、新陳代謝が悪くなって、冷え症になった。
そのため、2021年は、10月から何も出来なくなった。
もちろん小説も書けなくなった。
しかし哲也にとって、それは毎年のことなので、以前は焦っていたが、最近は、仕方ないや、と自分の宿命を受け入れて何も出来ない毎日に耐えた。
・・・・・・・・・・・・・
年が明け、2022年(令和4年)になった。
ある寒い日、可愛らしい女の子が、ごはん学校に入学してきた。
髪をツインテールに編んでリボンで結び、フリルのついた赤いフレアースカートを履いていた。
「ああ、かわいい子が入ってきたな」
と哲也は思った。
少女は校長に促されて、教壇の前に立った。
「さあ。自己紹介しなさい」
と言われて、少女はニコリと微笑み、皆にペコリと頭を下げた。
「出所狂子といいます。よろしくね」
と少女は挨拶した。
ああ、かわいい、礼儀正しい女の子が入ってきたな、と哲也は思ったが、皆は、なぜだか、そう思っていないらしく、皆、プイと顔をそむけて、彼女を見ようともしなかった。
哲也には、それが不思議でならなかった。
しかしその疑問は、その日の昼食の時にわかった。
ごはん学校の昼食はセルフサービスのバイキングである。
ごはん学校の生徒は、怠け者ばかりなので、午前中の授業では、スマホのラインや、ゲームをやったりするだけで、誰も真面目に小説を書こうとはしない。
ジリジリジリーと昼休みのベルが鳴ると、
「あーあ。毎日毎日つまんねえな。メシでも食いに行くか」
と、生徒の一人が言った。
彼に着いて行くように、ごはん学校の生徒たちは、ゾロゾロと食堂に行った。
出所狂子も食堂に向かった。
「出所狂子さん。ここの昼食は、ランチバイキングです。好きな物を好きなだけ食べていいんですよ」
と哲也は教えてあげた。
「そうなんですか。教えてくださって有難うございます」
と彼女はニコッと微笑んだ。
実に礼儀正しい、明るい子だな、と哲也は思った。
彼女は、かわいい、礼儀正しい子がそうであるように、少な目のご飯とコロッケとみそ汁を取って席に着いた。
哲也は、シャイなので、彼女と席を一緒にすることなく、彼女と離れたテーブルに着いて、食事を食べ出した。
しかし、なんで、あんな可愛い礼儀正しい子が、こんなフリースクールに入学してきたのか、それが哲也には不思議だった。
しばしして。
「ぎゃー」
というけたたましい悲鳴が食堂中に鳴り響いた。
何事かと、哲也は振り向いた。
なんと、出所狂子が、一人で、食事していた青木航の背後から忍び寄って、熱いみそ汁の入った寸胴鍋を頭から、ぶっかけていたからである。
哲也は目を疑った。
あんな可愛い礼儀正しい子が、なんであんなことをするんだろう?
気が狂ったのだろうか?
哲也には、どうしても理解できなかった。
青木君は、やったなー出所、と言って、額に青筋を立てて、青木君もオニオンスープの入った寸胴鍋を持ってきて、出所狂子に、ぶっかけ返した。
食堂は青木君と出所狂子の修羅場と化した。
皆は修羅場から去るように、あわてて食堂を出て教室にもどった。
・・・・・・・・・
李林檎さんが哲也の所にやって来た。
そして哲也の隣に座った。
「哲也くん。驚いたでしょ。あの出所狂子という子は、見た目は可愛らしく見えるけど、性格は狂っているのよ。彼女は、以前にも、このフリースクールにいたんだけれど、ある日、ルイヴィトンの大きなカバンを持ってきたの。その中にはマシンガンが入っていて、彼女は、皆に向かって、マシンガンを乱射して、生徒を皆殺しにしちゃったの。それで網走女子教護院に1年、入れられたの。1年間の刑期が終えて出所して、またこのフリースクール・ごはん学校にもどってきたのよ」
と説明してくれた。
哲也は、ふーん、信じられないな、人は見かけによらなんだな、とつくづく思った。
出所狂子は、特に青木君を嫌っているようで、青木君にケンカを吹っかけていた。
「青木―。お前の書いているのは紙芝居なんだよ。誰も読まないんだよ。やめろ。やめろ」
と真面目に長編歴史小説「坂東の風」を書いている青木君をからかった。
「うるせー。出所。これは、歴史教育と共に、面白い読み物でもある小説なんだぞ」
と言って対抗した。
二人の口論はだんだん激高していって、掴み合い、殴り合いのケンカになっていった。
青木君も女の子相手に殴り合いのケンカをするなど、大人げないな、と哲也は思ったが、出所狂子は、ケンカ慣れしているのか、青木君と対等に戦えた。
二人の勝負はなかなかつかなかった。
フリースクール・ごはん学校は毎日が、青木君と出所狂子のケンカの場となった。
みっともないから、やめなよ、と哲也は言いたかったが、哲也は、臆病で勇気がなく、言い出せなかった。
一日が終わると、青木君は「今日は3―1でオレの勝ちだな」と自慢げに笑いながら独り言をつぶやいた。
一方、出所狂子は「今日は10―0で私の完勝ね。あんなヤツ、ちょろい。ちょろい」と勝ち誇った。
出所狂子は、ともかく元気旺盛な子だった。
彼女は、小説は書かないが、言いたいことは、無限ともいえるほどあって、他人に対するコメントやら、自己主張はやたらと書いていた。
病弱でエネルギーのない哲也には、そのエネルギーが羨ましかった。
哲也は小説のネタには困らなかったが、病弱で馬力がなく、気力があれば、いくらでも小説を書く自信があったからだ。
出所狂子は最初は青木君に咬みついていたが、彼女の自己主張のエネルギーは、とどまることがなく、それでいつの間にか、青木君との100年戦争は沈静化していった。
それから一週間後、またある生徒が、ごはん学校に入学してきた。
名前を京王jと言った。
挨拶もしないで、髪はボサボサで、だらしない服装で、一目でチンピラとわかった。
京王jは、他人の作品をやたら、おだてておいて、そして相手がそれに反応すると、とたんに、バカにする、という、おちょくりばかりしていた。
ごはん学校は、落ちこぼれの、グータラな生徒ばかりなので、正義感のある生徒など、一人もいない。
なので、京王jに対して、注意する生徒は一人もいなかった。
ただ青木君だけは、正義感が強かった。
世界の警察がアメリカ合衆国であるように、青木君はごはん学校の警察だった。
青木君は勇気があるので、京王jに対して、人をおちょくるのはやめろ、と正々堂々と注意した。
しかし、京王jは、人から注意されて、それを素直に聞くような性格では、さらさらなく、ダニのようなヤツで、注意してきた青木君にダニのように噛みついてきた。
青木君が人の作品にコメントすると、京王jは、青木君の書いたコメントの文章をそのままコピーしたような文章で青木君をからかった。
この京王jの嫌がらせは、しつくこ、さすがの青木君もさすがに参ってしまった。
・・・・・・・・・・・
ある夜のことである。
青木君は、やけ酒を飲んで、ベッドに乗った。
そして、布団をかぶった。
そしてサイドテーブルのベッドサイドランプを消した。
しかし、なかなか寝つけなかった。
・・・・・・・・・・・・・・
夜中の12時を過ぎた頃である。
室内がにわかに明るくなった。
ランプをつけてもいないというのに。
何事だろうと青木君は驚いて身を起こした。
すると、驚いたことに、部屋の隅に人が立っていた。
よく見ると、それはマザーテレサだった。
彼女は白地に三本の青い線の入った修道女の服を着ていた。
「あっ。あなたはマザーテレサ様ではないですか。どうしてこんな時間に僕の部屋に居るのですか?」
青木航は聞いた。
「青木さん。私はあなたに言いたいことがあって来たのです」
マザーテレサは、穏やかな口調で話した。
「それは何ですか?」
青木航は聞き返した。
「あなたは京王jという人を嫌っていますね」
「ええ。あいつはダニのような不良のチンピラですから」
「彼を許してあげなさい。それを言うために私はここに来たのです」
「どうしてですか。僕はあいつのねじ曲がった性格を治してやろうと思って注意しているのです」
マザーテレサはそれには答えず、柔和な笑みを青木航に向けた。
そして一言いった。
「誰からも愛されず必要とされない心の痛み。これこそが最もつらいこと、本当の飢えなのです。パンへの飢えがあるように、豊かな国にも思いやりや愛情を求める激しい飢えがあります。与えて下さい。あなたの心が痛むほどに」
そう言うや、マザーテレサの姿はだんだん薄くなって消えかかっていった。
「待って下さい。マザーテレサ様。それはどういう意味なのですか?」
青木航はベッドから立ち上がって、消えかかっていくマザーテレサに近づこうとした。
しかし、青木航が手を伸ばして、マザーテレサをつかもうとすると、彼女は、スーと姿を消してしまった。
仕方なく青木航はベッドに戻ってゴロンと寝ころんだ。
今のは、夢だったのだろうか。
夜中に、死んだはずのマザーテレサがやって来るなんて、そんな事あり得るはずがない。
やはり夢だったのだろうと唯物論者で無神論者の青木航は思った。
そう思うと、青木航は納得した。
急に睡魔が襲ってきて青木航は眠りに就いた。
・・・・・・・・・・・・・
翌日、チュンチュンと鳴く鳥の鳴き声で青木航は目覚めた。
まだはっきりと目覚めきっていない意識の中で、青木航は、昨夜のマザーテレサのお告げのような夢の意味を考えていた。
青木航は、もちろん唯物論者だったので、「神のお告げ」などというものは信じていなかったが、昨日の夢はなにか妙に、心にひっかかるものがあった。
インスピレーションは睡眠中のノンレム睡眠からレム睡眠に移行する時に起こりやすい。
有機化学のベンゼン環(ケクレ構造式)を思いついた化学者のアウグスト・ケクレも、寝ている時に見た夢から、ケクレ構造式を思いついたのである。
アインシュタインの相対性理論。
エジソンの発明の数々。
その他、科学者のインスピレーションは、寝ている時に見た夢によっていることが、かなりある。
宗教者や哲学者のインスピレーションでもそうである。
なので、青木航は、あながち、昨日見た夢を、荒唐無稽な夢とは、思えなかった。
マザーテレサは、京王jを許してあげなさい、と言った。
そして、マザーテレサは、
「誰からも愛されず必要とされない心の痛み。これこそが最もつらいこと、本当の飢えなのです。パンへの飢えがあるように、豊かな国にも思いやりや愛情を求める激しい飢えがあります。与えて下さい。あなたの心が痛むほどに」
と言った。
これはどういう意味だろう?
青木航は、腕組みして、しばし考えてみた。
京王jは小説家になりたいと切に願っている。そして小説を書いている。
しかし、京王jの書く小説は、誰がどう贔屓目にみても、読めた代物じゃない。
ストーリーも何もない、意味不明のクズ文だ。あいつの書く自称・小説など誰も読まないだろう。
「そうか」
青木航は閃いた。
「あいつは孤独なんだ。自分の小説が皆に読まれ、喝采されたい、という夢を持っているのに、誰にも相手にされないので、アイツはさびしいんだ。そのさびしさで、毎晩、わんわん泣いているんだ。そのさびしさを、他人にからむことで、晴らしているんだ。考えてみれば、アイツも可哀想なヤツなんだな」
青木君はしみじみと悟った。
よし、もう京王jが、からんできても、ムキになって反論するのはやめてやろう。
アイツのイヤミ、嫌がらせ、はアイツの悲しさなんだから。
そう思って、青木航は、それから、京王jが嫌がらせを言ってきても、言い返すことをやめた。
すると、京王jもケンカする張り合いがなくなったのだろう。
青木航に嫌がらせをすることがなくなっていった。
哲也は入学して最初の頃は他の生徒の作品にもアドバイスしていたが、それはバカバカしくなってやめてしまった。
しかし哲也はごはん学校を辞めないで通っている。
哲也はプロ作家にまでなれるとも、なりたいとも思っていないが、小説を一生書こうという哲也の思いは揺るがないからだ。



2022年6月6日(月)擱筆

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小説投稿サイト

2022-04-10 15:09:04 | 小説
去年の今くらいから、小説投稿サイトに、小説を投稿するようになった。

それまで、小説投稿サイトが、いくつもあるのは、知っていた。

しかし膨大な作品数の中に埋もれてしまって、読まれないだろう、という先入観、偏見があって投稿しなかった。

しかし、小説投稿サイトに、小説を投稿すると、結構、読まれるということがわかった。


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エブリスタ

2022-01-10 17:15:30 | 小説
エブリスタ

ここも評価や感想をもらいやすい。

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カクヨム

2022-01-10 17:05:43 | 小説
カクヨム

このサイトは感想がもらいやすい。

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小説家になろう

2022-01-10 16:47:39 | 小説
小説家になろう

この小説投稿サイトは、かなり制限が厳しい。

「虫歯物語」「ボクシング小説」「イエス・キリスト物語・第2話」「イエス・キリスト物語・第4話」程度でも、クレームが来る。

ここに載せられない小説は、小説家になろうグループの、ノクターンノベルズに載せている。

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アルファポリス

2022-01-10 13:07:32 | 小説
去年の4月から小説投稿サイトに、小説を投稿するようになった。

アルファポリス

Webコンテンツご登録の皆様へ

平素はアルファポリスのご愛顧、誠に有難うございます。

さて、アルファポリスではこの度「第15回恋愛小説大賞」
を開催することになりましたので、ご案内申し上げます。

「第15回恋愛小説大賞」はWebコンテンツにご登録いただいて
いる作品を対象に、2022年02月の一ヶ月間開催いたします。
大賞および読者賞には賞金10万円に加え、エタニティ賞、ノーチェ賞などを発表。
その他にも優秀な作品にはテーマごとに賞を授与する可能性があります。
また受賞作は出版化を検討いたします。

また、大人気企画「ミリオンボーナスキャンペーン」を今年も開催!
条件を満たした方には、順位に応じて「総額100万円分」の投稿インセンティブスコアをプレゼントします。
詳しくは下記ページにてご確認ください。
https://www.alphapolis.co.jp/prize/requirements

※トラフィックエクスチェンジの使用サイトは参加を認められ
 ません。
※同じくWebコンテンツ大賞で既に賞を受賞した作品
 はご参加いただけません。
※カテゴリが対象外であると編集部が判断した場合は開催途中で
 参加をキャンセルとさせていただくことがあります。
※同じく賞終了後、カテゴリが対象外であると判断した場合には
 読者賞の選考対象外といたします。
※上記カテゴリが適切かどうかはアルファポリス編集部が全て判断し、
 特に明確な基準はありません。あらかじめご了承ください。

エントリー受付は01月末までとなっております。
エントリーはログイン画面にアクセス後
「マイページ」→「Webコンテンツ管理」→「Webコンテンツ大賞にエントリー」
にて簡単に行えます。

皆様方のご参加お待ち申し上げております。
よろしくお願いいたします。

アルファポリス編集部拝

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※本メールは、開催予定のWebコンテンツ大賞へ参加可能なコンテンツを登録されている方全員へお送りしております。
※本メールと行き違いで、既にエントリーいただいている方におかれましてはご容赦お願い申し上げます。
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〒150-6008 東京都渋谷区恵比寿4-20-3
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URL https://www.alphapolis.co.jp



僕は文学賞の受賞を目指して投稿して賞をとるために小説を書いてきたのではない。

文学賞の受賞はあまくない。

そもそも、僕の書く小説は、人から、「面白い」「読みやすい」と言われることはあっても、その程度で、文学賞の受賞は無理だと思っている。

僕は、考えていることは、結構、深いことを考えていて、それはブログ記事で書いているが、小説はそんなに深いことは考えていない。

自分の書きたいことを書いてきた。

なので、文学賞はまずとれないだろうけど、僕は結構、恋愛小説も書いている。

僕の書く恋愛小説は、一人の男と一人の女との単純なストーリーが多い。

なので文学賞はまず、とれないだろうけど、落ちて元々なので、応募してみようと思う。

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