小説家、精神科医、空手家、浅野浩二のブログ

小説家、精神科医、空手家の浅野浩二が小説、医療、病気、文学論、日常の雑感について書きます。

杜子春(小説)(上)

2015-06-30 03:12:36 | 小説
杜子春

ある春の日暮です。
唐の都の洛陽の門の下に、ぼんやり空を仰いでいる、一人の若者がありました。
若者は杜子春といって、元は金持の息子でしたが、今は財産を費つかい尽して、今日、泊まる所もなくて、どうしようかと困って立っていました。
すると、突然、彼の前へ一人の老人が現れました。
「お前は何を考えているのだ」
と、老人は杜子春に声をかけました。
「私は今夜寝る所もないので、どうしようかと考えているのです」
杜子春は正直に答えました。
「そうか。それは可哀そうだな」
老人は往来にさしている夕日の光を指さしました。
「ではおれが好いいことを教えてやろう。今この夕日の中に立って、お前の影が地に映ったら、その頭に当る所を夜中に掘って見るが好い。そこに車にいっぱいの黄金が埋っているぞ」
そう言って老人は去って行きました。

     △

 杜子春は翌日から、洛陽の都で一番の大金持ちになりました。あの老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位の黄金が一山出て来たのです。
大金持になった杜子春は、すぐに立派な家を買いました。そして途方もない贅沢な暮らしを始めました。
すると、その噂を聞いて、多くの人達が杜子春の家にやって来ました。杜子春は客たちを相手に、毎日酒盛りを開きました。
しかしいくら大金持でも、金には際限がありますから、さすがに贅沢家の杜子春も、だんだん貧乏になり出しました。
そして、ついに杜子春は、一文無しになってしまいました。杜子春の家に遊びに来ていた人達の家に行っても、みな、冷たくて、泊めてくれる人は一人もいません。
そこで、仕方なく、杜子春は、また、あの洛陽の門の下へ行って、ぼんやり空を眺めながら、途方に暮れて立っていました。すると、前回の謎の老人が、どこからか姿を現して、
「お前は何を考えているのだ」
と、声をかけました。
「私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」
と、杜子春は答えました。
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いいことを一つ教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その胸に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車にいっぱいの黄金が埋まっている筈だから」
老人はこう言って去って行きました。
杜子春はその翌日から、また洛陽の都で一番の大金持ちに返りました。老人の言葉通り、夕日に影を映して見て、その頭に当る所を、夜中にそっと掘って見たら、大きな車にも余る位の黄金が一山出て来たからです。
大金持になった杜子春は、また、すぐに立派な家を買い、そして、また、贅沢な暮らしを始めました。しかし金には際限がありますから、杜子春は、また、だんだん貧乏になり、また、ついに一文無しになってしまいました。

     △

杜子春は、また洛陽の門の下に行きました。すると、また、以前と同じ謎の老人が、現れました。
「お前は何を考えているのだ」
老人は、杜子春に聞きました。
「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしようかと思っているのです」
杜子春は、そう答えました。
「そうか。それは可哀そうだな。ではおれが好いことを教えてやろう。今この夕日の中へ立って、お前の影が地に映ったら、その腹に当る所を、夜中に掘って見るが好い。きっと車に一ぱいの・・・」
老人がここまで言いかけると、杜子春は急に手を挙げて、その言葉を遮りました。
「いや、お金はもういらないのです」
「金はもういらない? ははあ、では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったと見えるな」
老人は審しそうな眼つきで、じっと杜子春の顔を見つめました。
「いえ、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想がつきたのです」
杜子春は不平そうな顔をしながら、突慳貪にこう言いました。
「どうして又人間に愛想が尽きたのだ?」
「人間は皆薄情です。私が大金持になった時には、世辞も追従もしますけれど、一旦貧乏になると、無視して相手にしてくれません。そんなことを考えると、たとえもう一度大金持になったところが、何にもならないような気がするのです」
老人は杜子春の言葉を聞くと、急ににやにや笑い出しました。
「そうか。お前は若い者に似合わず、感心に物のわかる男だ。ではこれからは貧乏をしても、安らかに暮して行くつもりか?」
杜子春はちょっとためらいました。が、すぐに思い切った眼を挙げると、訴えるように老人の顔を見ながら、
「そういう気にもなれません。あなたは仙人でしょう。仙人でなければ、一夜の内に私を天下第一の大金持にすることなど出来ない筈です。私は仙人になりたいと思います。先生。どうか私に仙術を教えて下さい」
老人は眉をひそめたまま、暫くは黙って、何事か考えているようでしたが、やがて又にっこり笑いながら、
「いかにもおれは峨眉山に棲すんでいる、鉄冠子という仙人だ。始めお前の顔を見た時、どこか物わかりが好さそうだったから、二度まで大金持にしてやったのだが、それ程仙人になりたければ、おれの弟子にしてやろう」
と、快く杜子春の願いを受け入れてくれました。
「ありがとうございます」
杜子春は大喜びして、大地に額をつけて、何度も鉄冠子に御時宜をしました。
「よし。では、これから仙人になる修行として、峨眉山へ行くぞ。そこでお前は仙人になるための修行をするのだ」
鉄冠子はそこにあった青竹を一本拾い上げると、口の中うちに咒文を唱えながら、杜子春といっしょにその竹へ、馬にでも乗るように跨がりました。すると不思議なことに、二人の乗った竹杖は、勢いよく大空へ舞い上って、春の夕空を峨眉山の方角へ飛んで行きました。

     △

二人を乗せた青竹は、間もなく峨眉山へ舞い下がりました。
そこは深い谷に臨んだ、幅の広い一枚岩の上でした。
二人がこの岩の上に着陸すると、鉄冠子は杜子春を絶壁の下に坐らせました。
「おれはこれから天上へ行って、西王母という女仙人に会って来るから、お前はその間ここに坐って、おれの帰るのを待っていろ。おれがいなくなると、いろいろな魔物が現れるだろうが、決して声を出すな。もし一言でも口を利いたら、お前は仙人にはなれないぞ」
と言いました。
「わかりました。決して声を出しません。命がなくなっても、黙っています」
「そうか。それを聞いて、おれも安心した。ではおれは行って来るから」
老人は杜子春に別れを告げると、又あの竹杖に跨って、天空へ飛んでいきました。
杜子春は黙って岩の上に坐っていました。するとかれこれ半時ばかり経った頃、凛々と眼を光らせた虎と、四斗樽程の大蛇が現れました。
しかし杜子春は平然と、眉毛も動かさずに坐っていました。
虎と蛇とは、一つ餌食を狙ねらって、互に隙でも窺うのか、暫くは睨合いの体でしたが、やがて、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛かまれるか、蛇の舌に呑のまれるか、と思った時、虎と蛇とは、パッと霧の如く、消え失うせてしまいました。
「なるほど、今のは幻覚だったのだな」
と杜子春はほっと一息しながら、今度はどんなことが起るかと、待っていました。
すると今度は。一陣の風が吹き起って、黒雲が一面にあたりをとざすや否や、金の鎧を着た、身の丈三丈もあろうという、厳かな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸もとへ向けました。
「こら、お前は一体、何者だ。この峨眉山は、おれが住居をしている所だぞ。それも憚らず、なぜ、ここにいるんだ。理由を言え。言わぬと殺すぞ」
と怒鳴りつけました。
しかし杜子春は鉄冠子の言葉通り、黙っていました。
神将は彼が答えないのを見ると、怒り狂いました。
「この剛情者め。では約束通り殺してやる」
神将はこう喚わめくが早いか、三叉の戟で一突きに杜子春を突き殺しました。

     △

 杜子春の体は岩の上へ、仰向けに倒れていましたが、杜子春の魂は、静かに体から抜け出して、地獄の底へ下りて行きました。
「こら、お前は何の為ために、峨眉山の上へ坐っていた?」
地獄の閻魔王様が杜子春に聞きました。
杜子春は早速その問に答えようとしましたが、「決して口を利くな」という鉄冠子の戒めの言葉を思い出して、唖のように黙っていました。すると閻魔大王は、顔中の鬚を逆立てながら、
「お前はここをどこだと思う? 速やかに返答をすれば好し、さもなければ、地獄の呵責に遇わせるぞ」
と、威丈高に罵りました。
が、杜子春は相変らず唇一つ動かしません。それを見た閻魔大王は、すぐに鬼どもの方を向いて、
「こやつを徹底的に責めろ。責めて責めて責め抜け」
と怒り狂って叫びました。
 鬼どもは、杜子春を剣の山や血の池に放り込んだり、焦熱地獄や極寒地獄に入れたりなどと、ありとあらゆる方法で責め抜きました。しかし杜子春は我慢強く、じっと歯を食いしばったまま、一言も口を利きませんでした。
これにはさすがの鬼どもも、呆れ返ってしまいました。
鬼ともは、杜子春を閻魔大王のもとに連れて行きました。そして、
「この者はどうしても、ものを言う気色がございません」
と、口を揃えて言上しました。
閻魔大王は眉をひそめて、暫く思案に暮れていましたが、やがて何か思いついたと見えて、
「この男の父母は、畜生道に落ちている筈だから、早速ここへ連れて来い」
と、一匹の鬼に言いつけました。
鬼はすぐに、二匹の痩せた馬を連れて来ました。その馬を見た杜子春は、驚いたの驚かないのではありません。なぜなら、それは二匹とも、形は見すぼらしい痩せ馬でしたが、顔は夢にも忘れない、死んだ父母だったからです。
「こら、お前は何のために、峨眉山の上に坐っていたのだ。白状しなければ、今度は、お前の父母に痛い思いをさせてやるぞ」
杜子春はこう嚇されても、やはり返答をせずにいました。
「この不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いいと思っているのだな」
閻魔大王は凄まじい声で喚きました。
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
閻魔大王は、そう鬼どもに命じました。
鬼どもは一斉に「はっ」と答えながら、鉄の鞭をとって立ち上ると、四方八方から二匹の馬を、未練未釈なく打ちのめしました。馬は、――畜生になった父母は、苦しそうに身を悶えて、眼には血の涙を浮べたまま、見てもいられない程嘶き立てました。
「どうだ。まだお前は白状しないか」
閻魔大王は、もう一度杜子春の答を促しました。もうその時には二匹の馬も、肉は裂け骨は砕けて、息も絶え絶えに倒れ伏していたのです。
杜子春は必死になって、鉄冠子の言葉を思い出しながら、緊く眼をつぶっていました。するとその時彼の耳には、殆ど声とはいえない位、かすかな声が伝わって来ました。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰ても、言いたくないことは黙っておいで」
それは確かに懐しい、母親の声に違いありませんでした。杜子春は思わず、眼をあけました。そうして馬の一匹が、力なく地上に倒れたまま、悲しそうに彼の顔へ、じっと眼をやっているのを見ました。母親はこんな苦しみの中にも、息子の心を思いやって、鬼どもの鞭に打たれたことを、怨む気色さえも見せないのです。

     二(ここより創作)

杜子春は、一瞬、仙人の戒めを忘れて、「おっ母さん」と叫んで、飛び出して母親である半死の馬を抱きしめたくなりました。しかし、やはり考え直して、ぐっと堪えて、目をつぶって手で着物をギュッと握り締めながら、仙人の戒め通り、黙っていました。
「この親不孝者めが。その方は父母が苦しんでも、その方さえ都合が好ければ、好いいと思っているのだな」
「打て。鬼ども。その二匹の畜生を、肉も骨も打ち砕いてしまえ」
という怒り狂った閻魔大王の声。
「心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰ても、言いたくないことは黙っておいで」
という母親の声。
そして、ビシーン。ビシーンという鬼どもの振るう、鉄の鞭の音。
それらが目をつぶっていても、杜子春の耳に聞こえてきます。しかし、杜子春が黙っていると、その鞭の音や、叫び声は、だんだん小さくなっていきました。そして、ついには何も物音が聞こえなくなりました。
「もう、お前を試す試練は終わりだ。もう、喋ってもいいぞ」
仙人の声が聞こえました。杜子春は、恐る恐る、ゆっくり目を開けました。目の前には仙人、鉄冠子がいます。あたりを見ると。気づくと、杜子春は、峨眉山の岩の上に座っていました。
杜子春は、ほっとして、
「はあ。疲れた」
と、溜め息をつきました。
仙人は、訝しそうな目で杜子春をじっと見ています。
杜子春は、すぐに、キッと仙人に鋭い目を向けました。
「さあ。約束です。私は黙り通しました。私を仙人にして下さい」
杜子春は強気の口調で仙人に迫りました。
仙人は不思議なものを見るような顔で杜子春を見つめました。
「お前は、自分の父母が、責め苛まれても何とも、思わないのか?お前は、それでも人間の心というものが、あるのか?」
仙人は、威嚇的な口調で杜子春に聞きました。
杜子春は、ニヤッと笑いました。
「な、なんだ。その不敵な笑いは?」
仙人は、少したじろいで、一歩、後ずさりしました。
「あれは、峨眉山での、私への責めと同様、幻覚だと確信していましたから」
杜子春は、勝ち誇ったように言いました。
「どうして、そう思ったのだ?」
仙人は首を傾げて杜子春に聞きました。
「私の父母が地獄に落ちるはずがありません」
杜子春はキッパリと言いました。
「どうしてそう思ったのだ?」
仙人は聞きました。
杜子春は、自信に満ちた口調で仙人に諭すように言いました。
「いいですか。鬼どもに鉄の鞭で打たれながら『心配をおしでない。私たちはどうなっても、お前さえ仕合せになれるのなら、それより結構なことはないのだからね。大王が何と仰おっしゃっても、言いたくないことは黙って御出おいで』などと言うような神にも近い心の優しい人間が地獄に落ちるはずが、ないではありませんか」
杜子春は自信に満ちた口調で言いました。
仙人は、苦し紛れの表情で黙っていました。
杜子春は、さらに続けて言いました。
「私は仏教の輪廻転生のことは、よくわかりません。しかしですよ。かりに、生きている時に、悪い事をして、地獄に落ちたとしてでもですよ。ああまで反省して、心を入れ替えた人間を永遠に責めつづけるというのは・・・物の道理から考えて・・・いくらなんでも酷すぎるのではありませんか」
杜子春は、自信に満ちた口調で言いました。
仙人は、眉間に皺を寄せて、困惑した顔つきになりましたが、すぐに何かを思い立ったらしく、刺すような鋭い眼光で、杜子春をにらみつけ、懐から短剣を取り出して、杜子春の頭上に振り上げました。その時。
「待って下さい」
そう杜子春は、落ち着きはらった顔で仙人を制しました。
「あなたは、私を殺すつもりでしょう」
杜子春は、仙人をじっと見つめて言いました。
「そうだ。自分の父母が苦しんでいても、自分さえ都合が好ければ、好いと思っているような、そんな薄情で冷血でエゴイストな人間は、生きている資格などないわ」
そう言って、仙人は、再び、短剣を杜子春の頭上に振り上げました。
「待って下さい」
と、再び杜子春は、また仙人を制しました。
「確かに、父母が苦しんでいても、自分さえ都合が好ければ、好いと思っているような、そんな薄情で冷血でエゴイストな人間は、あなたが言うように生きている資格などないかもしれません。しかしですよ。私は、そんな薄情な人間では、ありませんよ」
杜子春は、キッパリと言い切りました。
「ふん。口先でなら、どんなウソでも言えるわ」
仙人は、不快そうに顔を歪めて、言いました。
そして、また短剣を杜子春の頭上に振り上げました。
「待って下さい」
杜子春は、またしても仙人を制しました。
「あなたは頭が悪い。私はそんな薄情な人間ではありません。確かに、本当に、私の母が、鬼どもに責められているのを見たら、私は、涙を流して、おっ母さん、と叫んだでしょう。しかしですよ。私は、あれは、絶対、幻覚だと、確信していたから、黙っていたのです。私がそう確信した理由は、今、言ったばかりではありませんか」
仙人は黙ってしまいました。
杜子春は、仙人に詰め寄りました。
「それにですよ。あなたは仙人であって、神ではない。仙人というのは、修行によって妖術を使えるようになった超能力者です。しかし超能力者である仙人は、人間の善行悪行から、人間を裁く権限まで持っている者なのですか。人間の善悪から、人間を裁く権限まで持っているのは、神、つまり、お釈迦様、だけにしか、ないのではないですか。あなたのしようとしている行為は、まさに越権行為です」
仙人は、言い返せず、黙ってしまいました。
「さあ。約束です。私を、仙人にして下さい」
杜子春は、強気に仙人に詰め寄りました。
「わかった。私の負けだ。この杖をやろう。この杖は仙人の杖だ。これがあれば、何でも出来る」
そう言って仙人は、杜子春に、杖を差し出しました。
「では、お言葉にあまえて、頂戴させていただきます」
そう言って杜子春は嬉しそうに、仙人から杖を受けとりました。
「それで、お前は、これからどう生きていくつもりだ」
仙人は目を細めて訝しそうに聞きました。
「そうですね。さてと、どう生きて行こうかな」
杜子春は目を虚空に向けて、独り言のように呟きました。
「おお、幸い、今思い出したが、おれは泰山の南の麓に一軒の家を持っている。その家を畑ごとお前にやるから、早速行って住んでみてはどうか。今頃は丁度家のまわりに、桃の花が一面に咲いているだろう」
仙人は、パンと手を打って嬉しそうに、そんな提案をしました。
「では、その泰山の南の麓の一軒の家を、頂きましょう」
杜子春は、嬉しそうに言いました。
「おお。お前は、そこで、貧しくても、人間らしい、正直な暮らしをするつもりなのだな」
仙人は嬉しそうに言いました。
「いえ。家ももらいますが、仙術も使わせてもらいますよ」
杜子春は、当然の権利と言わんばかりに、堂々と言いました。
「おまえは一体、仙術を使って、何をするつもりなのだ?」
仙人は拍子抜けした顔になって、訝しそうな目つきで杜子春を見つめました。
「それは、もちろん。そうですね。まず、透明人間になって、女の裸を見ます。それと、もちろん、また贅沢な生活もさせていただきますよ」
杜子春は、何憚ることなく堂々と言いました。
「あまり悪い事はやらないでくれよ」
仙人は寂しそうに言いました。
そうして青竹に跨って、空へと浮上し、峨眉山から去っていきました。

   △

仙人になった杜子春は、さあて、まずは何をしようかな、と、しばし考えを巡らしました。これから杜子春は、妖術を使って何でも出来るのです。
「よし。まず手始めに、京子と愛子の家に行ってみよう」
そう杜子春は決めました。京子と愛子は、杜子春が大金持ちだった時、毎日、杜子春の家に遊びに来ていた双子の姉妹です。京子と愛子は、親が事業に失敗して、多額の借金を残し、家も土地も失って、もはや売春婦になるしかなくなって辛い日々を過ごしている、という身の上を杜子春に泣きながら、縷々と語りました。杜子春は、二人に同情し、二人に多額の金をあげました。それが、杜子春が、大金を早く使い果たしてしまった理由の一つでもあるのです。京子と愛子は、今、どうしているだろう、と杜子春は思って、魔法の杖を跨ぐと、勢いよく大空へ舞い上って、一途、京子と愛子の家に飛んでいきました。

   △

ようやく京子と愛子の家を見つけた杜子春は、ゆっくりと高度を下げていき、二人の家の前に着地しました。杜子春は、驚きました。京子と愛子の家は、乞食の住むような藁葺きのオンボロ家だったのですが、なんと、身分の高い貴族が住むかと思うほど立派な家に改修されていたからです。窓から家の中を覗くと、京子と愛子が、ソファーにもたれて、極上のワインを飲んでいました。二人が愉快そうに、話し合っているので、杜子春は、二人の会話に聞き耳を立てました。

「お姉さま。よかったわね。大金持ちになれて」
妹の愛子が真珠のネックレスを触りながら言いました。
「これも全て杜子春のバカのおかげだわ」
姉の京子が、指にはめている18カラットのダイヤの指輪をしげしげと見つめながら言いました。
「ふふ。これで、もう私達、一生、遊んで暮らせるわね」
妹の愛子がワイングラスにブランデーを注ぎながら言いました。
「私達、本当は、多額の借金なんてないし、売春婦でもなく、貧しい花屋で、貧乏だけど、何とか生活は出来ていたのにね。ホロリと涙を流して杜子春に、ウソの悲惨な身の上話を、語ったら、私たちの話を本当に信じて、大金をくれちゃったんだからね」
妹の愛子がブランデーを飲みながら言いました。
「男なんて、みんなバカなのよ」
姉の京子もブランデーを飲みながら言いました。
「杜子春のバカ。今頃、どうしてるかしら?」
「さあね。もう、とっくに野垂れ死にしてるんじゃないかしら」
二人は、顔を見合わせて、ふふふ、と笑い合いました。
これを聞いた杜子春が怒ったの怒らないのではありません。
(そういうことだったのか。よくも。よくも。これは絶対、許さんぞ)
そう心に中で呟いて、杜子春は、力強く拳をギュッと握り締めました。杜子春は、
「地震よ。起これ」
と呪文を唱えて仙人の杖を一振りしました。
すると、どうでしょう。姉妹の家が、急にガタガタと、揺れ始めました。揺れは、どんどん激しくなって、壁に掛かっていた絵画や、家具が倒れていきました。
「きゃー。お姉さま。地震だわ。怖いわ」
「愛子。落ち着いて。テーブルの下に隠れましょう」
二人は、大理石のテーブルの下に身を潜めました。
「こ、怖いわ」
「早く、おさまって」
二人は、手をギュッと握りあって、地震がおさまるのを待ちました。すると、揺れは、だんだん、小さくなっていきました。そして、ついに、揺れは、なくなりました。二人は、そっとテーブルの下から出て来ました。
「はー。よかったわね」
「久々の地震だったわね」
「でも、まだ安心しちゃダメよ。余震が来るかもしれないから」
「そうね」
そう言いながら、二人は、身を寄せ合って、ソファーに座りました。
しかし二人が安心したのも束の間でした。突然、
「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ、ふっ」
と不気味な笑い声が、家の中に、轟きました。
「お、お姉さま。怖いわ。一体、何なの。この薄気味悪い声は?」
「わ、わからないわ。家の外に誰かいるのかしら?」
「でも、何だか、家の外から、というより、声は家の中から、起こっているみたいに感じるわ」
その時です。二人は同時に、あっ、と驚愕の声を出しました。なぜなら、二人の目の前に杜子春が立っていたからです。
「あっ。あなたは杜子春じゃない」
「まだ生きていたの?」
「一文無しになって、私たちに、たかりに来たの?お金のない、あなたなんかを泊める気なんて毛頭ないわよ」
「さあ。出てって」
二人は杜子春に向かって突慳貪に言いました。
「お前たち、よくも、ウソをついてオレをだましてくれたな。お前たちが、そういう性悪なヤツラだとは、知らなかったぜ」
そう言って杜子春は悠然と椅子に座って膝組みしました。
「ゴチャゴチャうるさいわよ」
姉が言いました。
「だまされる方がバカなのよ」
妹が言いました。
「住居不法侵入で警察に通報するわよ」
二人は矢継ぎ早に杜子春に罵倒の言葉を浴びせました。
「ふふふ。オレはな。厳しい修行をして、仙人になったのさ。仙人だから、妖術を身につけているから、何でも出来るのさ。今の地震もオレが起こしたのさ」
杜子春は、ふてぶてしい口調で言いました。
「ま、まさか、そんなバカげた非科学的なことが出来るはずはないわ」
姉の京子が言いました。
「何、寝ぼけたこと言っているのよ。とっとと、早く出て行きなさい」
妹の愛子が言いました。
しかし杜子春は、ニヤニヤ笑ったままです。
「ともかく、早く出て行きなさい」
そう言って、姉の京子は、テーブルに乗っていたフォークを、つかむと、杜子春に向かって投げつけました。しかし、杜子春が、えいっ、と魔法の杖を一振りすると、フォークは、パッと消えて無くなってしまいました。
「ま、まさか・・・」
二人は、恐怖に駆られたように手当たり次第に、杜子春に向かって皿や茶碗やコップなどテーブルの上の物を投げつけました。しかし、物は、杜子春の体に当たる前に、パッと消えて無くなってしまいます。
「どうだ。これでオレの言ってることが本当だとわかっただろ」
杜子春は横柄な口調で二人に言いました。
「ウソよ。これは、何かのまやかしよ」
二人は、まだ信じることが出来ない、という様子でした。
「よし。じゃあ、いい物を出してやる」
そう言って杜子春は、
「虎よ。出でよ」
と叫んで魔法の杖を一振りしました。すると、どうでしょう。突然、大きな虎が二匹、部屋の中に現れました。
「きゃー」
「ひいー」
二人は、咄嗟に悲鳴を上げました。二匹の虎は凛々と眼を光らせて、京子と愛子の様子を窺うかのように、部屋の中を、のそりのそりと徘徊していましたが、突然、ガーと大きな猛り声をあげて、大きな口を開けて、一匹は姉の京子に向かって、もう一匹は妹の愛子に向かって飛びかかりました。
「きゃー」
「ひいー」
京子と愛子が大きな悲鳴をあげました。虎の牙に噛かまれるか、と思うほど姉妹の顔の直前に、来た時に、パッと二匹の虎は、霧の如く消え失せてしまいました。
「どうだ。これでオレの仙術が本物であることが、わかっただろう」
杜子春は、勝ち誇ったように言いました。
しかし、まだ二人は信じられない、のか、恐怖のあまり、腰を抜かして口が利けないのか、黙っています。
「仕方がないな。それでは、もう一度」
と言って、杜子春は、魔法の杖を、えいっ、と一振りしました。すると、突然、四斗樽程の大きな蛇が二匹、部屋の中にパッと現れました。
「きゃー」
「ひいー」
二人の姉妹は、またも、大きな悲鳴をあげました。
二匹の蛇は、とぐろを巻いて、気味の悪い赤い舌をシューシュー出しています。
二人は、恐怖に凍った顔を見合わせるや否や、脱兎のごとく咄嗟に部屋から逃げ出そうとしました。
「おっと。そうはいかないぜ」
杜子春は、魔法の杖を姉の姉妹に向けて、
「不動。金縛りの術」
と叫んで、えいっ、と一振りしました。すると、どうでしょう。二人の体は石膏のごとく、ピタリと動かなくなってしまいました。指先から、足先まで、まるで彫刻のように微動だにしません。
「お、お姉さま。か、体が動かないわ」
「私もよ。愛子」
とぐろを巻いていた二匹の蛇は、気味の悪い赤い舌をシューシュー出しながら、二手に分かれて、一匹は姉の京子の方に、もう一匹は妹の愛子の方に向かって、ゆっくりと動き出しました。
「きゃー。いやー。来ないでー」
二人は、絹を裂くような悲鳴をあげました。
杜子春は、ニヤニヤ笑いながら、
「ふふふ。服がちょっと邪魔だな」
とふてぶてしい口調で言って、仙人の杖を、えいっ、と一喝して、一振りしました。すると、どうでしょう。箪笥の上に乗っていた、鋏が、スーと宙に浮きました。そして、空中を飛行して、京子のチャイナ・ドレスをジョキジョキと切り出しました。
「いやー」
京子が叫びましたが、鋏は聞く耳をもたない生き物の如く、京子の薔薇の模様の入った美しいチャイナ・ドレスを切っていきました。
とうとう、京子のチャイナ・ドレスがパサリと床に落ちました。京子は、パンティーとブラジャーだけ、という姿になりました。京子の豊満な胸と尻が、下着には覆われていますが、その輪郭がはっきりと露わになりました。
「ふふふ。素晴らしいプロポーションだな。さすが、オレがやった金で、贅沢三昧に美味い物を食ってきたからな」
杜子春は、そんなことを嘯きました。
鋏は、次に、妹の愛子の方へ飛行していって愛子のチャイナ・ドレスをジョキジョキと切り出しました。
「いやー」
愛子も、悲鳴をあげましたが、鋏は容赦なく、愛子のチャイナ・ドレスをも切り落としてしまいました。愛子のプロポーションも姉の京子に勝るとも劣りませんでした。
こうして、二人の姉妹は、パンティーとブラジャーだけ、という姿で、彫刻のように並びました。
二匹の蛇は、薄気味の悪い赤い舌をシューシュー出しながら、姉妹の方に方へ、どんどん近づいていきます。一匹の蛇は姉の京子の方へ向かって、そして、もう一匹の蛇は妹の愛子の方へと。
「いやー。来ないで―」
京子と愛子は、全身に鳥肌を立てながら叫びましたが、二匹の蛇は、頓着する様子もなく、とうとう、それぞれ二人の足に触れんばかりの間近までやって来ました。
「いやー」
京子と愛子は、天地が裂けんばかりの悲鳴をあげました。しかし蛇は、京子と愛子の恐怖などは余所に、京子と愛子の足に向かって、赤い舌をシューシュー出して、二人の形のいい足を舐め出しました。
「きゃー」
「ひいー」
二人は一際、激しい叫び声をあげました。
杜子春は、椅子に膝組みしながら、面白い見物を見るように、二人の姉妹を見ながら冷笑しました。
「ふふふ。どうだ。これで、オレが仙人で、仙術を使えるということが、わかったかな?」
自分たちの体を動けなくしたり、恐ろしい虎を出してみたり、鋏を動かしてみたり、恐ろしい蛇を出してみたり、と、ここまで、摩訶不思議な現象の連続に、姉妹はとうとう、杜子春が仙人になったことを確信したのでしょう。
「はい。とくとわかりました」
二人は顔を見合わせて、恭しい口調で言いました。
蛇は、相変わらず、京子と愛子の足にシューシューと薄気味の悪い赤い舌を出して京子と愛子の足を舐めています。
「杜子春さまー。お許し下さいー」
「私たちが悪うございましたー。ごめんなさいー」
姉妹は悲鳴を張りあげました。
しかし杜子春は相手にしません。煙草をとりだして、ふー、と一服して、煙の輪をホッと吹き出しました。
蛇は、女の柔肌の温もりが気にいったのか、木に登るように、京子と愛子のスラリとした脚に巻きつきながら、よじ登り出しました。
蛇は、スラリとした形のいい姉妹の足から、尻へ、そして腹へと、どんどん這い上って行きました。そして、ついに気味の悪い赤い舌をチョロチョロ出しながら、二人の姉妹の体を這い回りました。しかし、爬虫類、特に蛇嫌いの京子と愛子にとっては、たまったものではありません。
「ひー。杜子春さまー。お許し下さいー」
「へ、蛇を・・・離して・・・ください」
と京子と愛子はプルプルと体を震わせながら叫び続けました。
「ふふふ。ごめんで済んだら、世の中、警察いらないぜ」
杜子春は、煙草を燻らせながら、突き放すように言いました。
赤い舌を出して、京子と愛子の体に巻きついていた二匹の蛇は、今度は、とうとう京子と愛子の顔にまで巻きつき出しました。
「ひいー。杜子春さまー。お許し下さいー」
二人の姉妹は叫び続けました。二人の姉妹は恐怖のあまり、失禁していました。
「ふふふ。蛇を体から離してやってもいいぜ」
杜子春は思わせぶりな口調で、そう言いました。
「お願いです。離して下さい」
「ただし条件があるぞ」
「何でしょうか。何でも、お聞きします」
「お前ら。二人でレズショーをするんだ。そうするんなら、蛇を体から離してやるぜ」
「は、はい。します。します」
狂せんばかりの、この蛇の、ぬめり這い回りには、他に選択を考える余地など、あろうはずがありません。実際、二人は、発狂寸前でした。
「よし。その言葉を忘れるなよ」
そう念を押すや、杜子春は、魔法の杖を、姉妹に向けて、
「蛇よ。降りろ」
と一喝しました。すると、どうでしょう。京子と愛子の体に巻きついていた二匹の蛇は、飼い主の命令に従う忠実な犬のように、スルスルと、それぞれ京子と愛子の体から、床に降りて行きました。そして、椅子に座っている杜子春の所へ這って行って、一匹は杜子春の右に、そして、もう一匹は杜子春の左に行き、とぐろを巻いておとなしそうな様子になりました。まるで蛇は杜子春の忠実な家来のようです。杜子春は、二匹の蛇の頭を優しそうに撫でました。
おとなしく杜子春の横でとぐろを巻いている二匹の蛇を見て、京子と愛子は、ほっと一息つきました。
「杜子春さま。お慈悲を有難うございました」
姉妹は、恭しい口調で言いました。
しかし、まだ二人の体は、凍りついたように、固まっています。
「よし。体も自由にしてやろう」
杜子春はそう言って、魔法の杖を姉妹に向け、
「金縛り、解けよ」
と一喝しました。
すると、どうでしょう。石膏のように固まっていた二人の体は、急に柔らかくなりました。
二人は、立ち続けていた疲労と、蛇の恐怖から、解放されて、クナクナと床に座り込んでしまいました。しかし二人の姉妹は、すぐに杜子春の方に向いて正座し、頭を床に擦りつけました。
「杜子春さま。お慈悲を有難うございます」
と、頭を床に擦りつけて、恭しい口調で言いました。杜子春は、さも満足げな顔で、大王のように、悠然と足組みして椅子に座っています。実際、二人にとって、杜子春は絶対服従すべき大王の立場です。なぜかといって、二人の生殺与奪の権利は杜子春の胸先三寸にあるのですから。
「さあ。約束は守れよ。二人でレズショーをしろ」
杜子春は、両側にいる二匹の蛇の頭を優しそうに撫でながら、大王のように居丈高に命じました。
京子と愛子の二人は、恥ずかしそうに顔を見合わせました。が二人とも言葉がありませんでした。
「さあ。二人とも。早く、ブラジャーとパンティーを脱いで、一糸まとわぬ丸裸になれ」
杜子春が厳しい口調で二人に命じました。
「ぬ、脱ぎましょう。愛子」
「え、ええ」
二人は、命じられるまま、恐る恐る、震える手で、ブラジャーを外し、パンティーを脱ぎました。姉妹は一糸まとわぬ丸裸になりました。二人は、恥ずかしそうに、胸と股間を手で覆いました。
「ほう。二人とも、抜群のプロポーションじゃないか」
杜子春は、感心したように言いました。
「さあ。二人でレズショーをするんだ」
杜子春は、豹変したように厳しい口調で二人に命じました。
「あ、あの。杜子春さま」
京子が声を震わせて言いました。
「何だ?」
杜子春は、両横に控えている二匹の蛇の頭を撫でながら、突慳貪な口調で聞き返しました。
「あ、あの。その二匹の蛇を、杜子春さまの魔術で消して頂けないでしょうか?」
京子が、おどおどした口調で哀願しました。
「どうしてだ?」
杜子春が乱暴な口調で聞き返しました。
「蛇がいると、襲ってきそうで怖いんです」
京子が言いました。
「駄目だ。お前たちのレズショーが少しでも手を抜いているとわかったら、すぐさま、この蛇を、お前たちに襲いかからせるんだ。そのために、こいつらは消さない」
杜子春は、京子の哀願を無下に断りました。
京子は、ガックリと項垂れました。
「あ、あの。杜子春さま」
京子が、また、か細い声で杜子春に聞きました。
「何だ?」
杜子春が聞き返した。
「あ、あの。何をすれば、いいのでしょうか?」
京子は、声を震わせて聞きました。
「お前はレズショーも知らないのか。そんなこと聞かなくてもわかるだろう。まず、二人とも立ち上がって、向き合って抱きしめ合うんだ」
杜子春は、怒鳴りつけるように荒々しく言いました。
京子と愛子の二人は、そっと立ち上がった。そして向き合いました。
二人の目と目が合うと、弾かれるように、二人は目をそらしましたが、二人とも顔は激しく紅潮していました。
「あ、愛子。こ、これは悪い夢だと思って我慢しましょう」
京子が声を震わせて言いました。
「は、はい。お姉さま」
愛子も声を震わせて言いました。

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杜子春(小説)(下)

2015-06-30 02:05:08 | 小説
二人は、お互い、相手に向かって歩み寄っていきました。柔らかい女の肉と肉が触れ合いました。二人は、お互いに両手を相手の背中に、そっと回しました。二つの柔らかい肉と肉がピッタリとくっつきました。二人は、お互いを、黙って、じっと抱きしめ合いました。そうすることによって、近親相姦レズなどという、おぞましい行為から逃げるように。
しばしの時間が経ちました。
「おい。抱き合っているだけではレズショーじゃないだろう。キスするんだ」
杜子春が、苛立たしげな口調で言いました。
「さ、さあ。愛子。キスしましょう」
「で、でも。お姉さま」
「愛子。わがまま、言わないで。杜子春さまの命令には逆らえないわ」
姉の京子がたしなめました。
姉の京子は、ためらっている妹の愛子の唇に自分の唇を近づけていきました。愛子は、咄嗟に目をつぶりました。
姉は妹の唇に自分の唇を触れ合わせました。その瞬間、妹の体がビクッと震えました。姉は妹が逃げないように両手で妹の頭をしっかり掴みましだ。そして姉も目をつぶりました。二人の姉妹は唇を触れ合わせました。
しばしの時間、キスしていた二人は、唇を離しました。
愛子は、サッと頭を後ろに引きました。二人の顔と顔が向き合いました。二人は目と目が合うと、恥じらいから、すぐに視線を相手からサッとそらしました。しかし、二人の顔は激しく紅潮していました。
「ああっ。お姉さま。わ、私。頭がおかしくなってしまいそうです」
「愛子。わがまま言わないで。私を他人だと思って」
「で、でも・・・」
「愛子。どのみち避けられないのよ。もう、とことん、おかしくなりましょう」
「・・・わ、わかったわ」
そう言って二人は、また唇を重ね合わせました。しばしの時間、二人は唇を触れ合わせたままでじっとしていました。
「おい。そんな形だけ口をつけているだけじゃ駄目だ。ディープキスしろ。舌を絡め合って、唾液を吸いあうんだ」
杜子春が、怒鳴るように言いました。
「は、はい」
姉が言いました。
「あ、愛子。中途半端な気持ちでいると、かえって辛いわ。いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
姉はそう言って、再び、妹の唇に自分の唇を触れ合わせました。姉の喉仏がヒクヒク動き始めました。京子が妹の唾液を貪るように吸っているのです。
しばしして、愛子が、京子から顔を離して、プハーと大きく呼吸しました。
「ああっ。お姉さま。わ、私。頭がおかしくなってしまいそうです」
愛子はハアハア喘ぎながら言いました。
「愛子。どのみち避けられないのよ。もう、とことん、おかしくなりましょう」
姉がたしなめました。
「よし。今度は乳首の擦りっこをしろ」
杜子春がニヤリと笑いながら命令的な口調で言いました。
「愛子。乳首の擦りっこをしましょう」
京子は声を震わせながら言いました。
京子は、そっと胸を近づけた。京子と愛子の二人の乳首が触れ合いました。
「ああっ」
愛子が苦しげに眉根を寄せて叫びましだ。
「どうしたの」
京子が聞きました。
「か、感じちゃうの」
愛子が顔を紅潮させて、小さな声で言いました。
「我慢して」
そう言って京子は愛子の肩をつかみながら、二人の乳首を擦り合わせました。二人の乳首は、まるで、じゃれあう動物のように、弾き合ったり、押し合ったりしました。だんだん二人の乳首が大きく尖り出しました。二人はハアハアと呼吸が荒くなってきました。
「お、お姉さま。わ、私、何だか変な気持ちになってきちゃった。な、何だか凄く気持ちが良くなってきちゃったわ」
愛子が虚ろな目つきでハアハアと息を荒くしながら言いました。
「わ、私もよ。愛子」
京子が言いました。二人は、体を揺らしながら、しばらく、もどかしげに乳首を擦り合わせていました。
「ふふ。二人とも心境が変わってきたようだな」
杜子春が、得意げな顔で、したり気な口調で言いました。
「愛子。今度は乳房を擦り合わせましょう」
京子が言いました。
「ええ」
愛子は逆らわずに肯きました。二人は乳房を擦り合わせました。二人は乳房を押しつけたり、擦り合ったりさせました。まるで、お互いの乳房が相手の乳房を揉み合っているようでした。時々、乳首が触れ合うと、二人は、
「ああっ」
と苦しげに喘ぎました。
愛子と京子の二人の顔は目と鼻の先です。 二人の目と目が合いました。暗黙の了解を二人は感じとりました。二人は、そっと顔を近づけていきました。二人の乳房はピッタリと密着して、平べったく押し潰されました。二人は、お互いに唇を近づけていきました。二人の唇が触れ合うと、二人は無我夢中でお互いの口を貪り合いました。京子は、両手を愛子の背中に回して、ガッチリと愛子を抱きしめています。しばしして、二人は唇を離して、ハアハアと大きく深呼吸しました。二人は恥じらいがちにお互いの顔を見つめ合いました。
「ああっ。お姉さま。感じるー」
愛子が言いました。
「愛子。私もよ」
京子が言いました。二人は再び、尖って大きくなった乳首を擦り合わせ出しました。二人は、これでもか、これでもかと、さかんに乳房を押しつけ合いました。そして、唇をピッタリと合わせてお互いの口を貪り合いました。
「ああー。感じちゃう」
愛子が大声で叫びました。
「私もよ。愛子」
京子も大声で叫びました。超えてはならない禁断の一線を越えた二人はもう一心同体でした。
「ふふふ。おい。京子。愛子。胸だけじゃなく、アソコもお互い愛撫しあいな。女同士なら、どこが感じやすいか、男よりよく知っているだろう」
杜子春が、したり気な口調で言いました。
「わ、わかりました。杜子春さま」
京子は杜子春の方を向いてそう言いました。そして、すぐに愛子に目をもどしました。
「愛子。もっと気持ちよくしてあげてるわ」
京子が言いました。
京子は、愛子のアソコを、触り出しました。
「ああっ」
愛子は、反射的に、腰を引きました。
「愛子。ダメ。腰を引いちゃ」
京子は、叱るように言って愛子の腰をグイと自分の方に引き寄せました。
しかし愛子は足をピッタリと閉じ合せています。
「愛子。もっと足を開いて」
京子が言いました。
「はい。お姉さま」
言われて愛子は、素直に閉じていた足を開きました。
京子は愛子の女の穴に中指を入れました。愛子のアソコは、もう、じっとりと濡れていたので、指はスルっと入りました。京子は、ゆっくりと、愛子の女の穴に入れた中指を動かし出しました。
「ああー」
愛子が眉根を寄せて大きく喘いだ。愛子のアソコがクチャクチャ音を立て出しました。白い粘っこい液体が出始めました。
「ああー」
愛子は体をプルプル震わせて叫びました。
「あ、愛子。私のアソコも触って」
京子が言いました。
「わ、わかったわ」
愛子がハアハアと喘ぎながら答えました。
愛子はハアハアと苦しそうに喘ぎながら、自分も右手を下に降ろし、正面の京子のアソコに手を当てて、しばしアソコの肉を揉んだり撫でたりしました。そして中指を京子の女の穴に入れて、ゆっくり動かし出しました。
「ああー」
京子もプルプル体を震わせて、喘ぎ声を出しました。
京子のアソコもクチャクチャと音を立て出しました。京子のアソコからも白濁液が出てきました。
京子は、一心に愛子のアソコに入れた指を動かしています。
「あ、愛子。もっと激しくやって」
京子が言いました。
「ええ。わかったわ」
愛子は、指の蠕動を速めていきました。
「ああー」
二人は、指責めの辛さのやりきれなさを相手にぶつけるように、お互いの女の穴に入れた指の蠕動を、一層、速めていきました。愛子と京子は、抱き合って、乳房を押しつけながら、お互いの口を激しく吸い合いました。
「ああー。いくー」
ついに愛子が叫びました。
「ああー。いくー」
京子も叫びました。二人は、
「ああー」
とことさら大きな声を出して全身をガクガクさせました。まるで痙攣したかのようでした。二人は同時にいきました。二人は、ペタンと床に座り込んで、しばしハアハアと荒い呼吸をしました。
「ふふふ。お前たち。姉妹の絆が強まって嬉しいだろう」
杜子春は、煙草を吹かしながら、そんな嫌味な皮肉を言いました。
「ふふ。今度は69をするんだ」
杜子春がしたり顔で言いました。
「ええー」
二人は顔を見合わせて真っ赤になりました。だが、妖術を使える杜子春に、目の前に、居据わられているので逃げることは出来ません。しかもレズショーをやると杜子春と約束したのです。それにもう二人は他人ではありません。血のつながった姉妹でありながら、禁断の一線を越えてしまったのです。
「あ、愛子。あ、諦めてやりましょう」
京子が言いました。
「そ、そうね。京子おねえさま」
愛子が相槌を打ちました。
「じゃ、じゃあ、私が下になるわ」
京子はそう言って、床の上に仰向けに寝ました。
「さ、さあ。愛子。四つん這いになって私の上を跨いで」
京子が言いました。
「わ、わかったわ」
そう言って愛子は京子と反対向きに四つん這いになって京子の上に跨りました。
愛子の顔のすぐ下には、京子のアソコが触れんばかりにあります。一方、京子の顔の真上には、京子の、アソコが触れんばかりにあります。
「ああー」
二人は、耐えられない恥ずかしさに思わず、声をあげました。

杜子春は満悦至極といった様子で二人を見つめています。四つん這いの愛子は、尻の穴までポッカリ杜子春に晒しています。
「ふふふ。愛子。尻の穴が丸見えだぜ」
杜子春が揶揄すると、愛子は顔を真っ赤にして、
「ああー」
と叫びました。愛子が、必死で尻の穴を窄めようとしたので尻の穴がヒクヒクと動きました。
「さあ。69でレズショーを始めな」
杜子春が命令しました。
「あ、愛子。仕方がないわ。やり合いましょう」
京子が言いました。
「そ、そうね」
愛子が相槌を打ちました。
「あ、愛子。もう、こうなったら、中途半端じゃなく、何もかも忘れて、徹底的にやりあいましょう。中途半端な気持ちでいると、かえって辛いわ。いっそのこと、開き直って、行き着くとこまで行きましょう」
京子が言いました。
「そ、そうね。私達、もう禁断の一線を越えてしまったんだから」
愛子が言いました。
京子は膝を立てて足を開いています。
「京子。すごく形のいい太腿ね。私、いつも、うらやましく思ってたの」
そう言って愛子は、京子の太腿のあちこちに接吻しました。
「ああっ」
愛子にアソコをキスされて、恥ずかしいやら、気持ちいいやらで、京子は喘ぎ声を出しました。京子も手を伸ばして愛子の尻を優しく撫でました。京子の方が下なので、寝たままで両手を自由に使えます。京子は車体の下から上を見上げながら車の底を修理する自動車修理工のような体勢で、愛子の股間を色々と、弄くりました。アソコの肉をつまんだり、大きな柔らかい愛子の尻に指先を軽やかに這わせたり、ただでさえ開いている尻の割れ目をことさらグイと開いたり、尻の割れ目をすーと指でなぞったりしました。尻の割れ目をなぞられた時、愛子は、
「あっ」
と叫んで、反射的に尻の穴をキュッと窄めようとしました。
「どうしたの。愛子」
京子が聞きました。
「そ、そうやられると、感じちゃうの」
愛子が言いました。
「愛子の一番の性感帯は、肛門なのね」
京子が言いました。
「違うわよ。そんな所、触られたの生まれて初めてだもの。誰だって感じちゃうわ」
京子は、ふふふ、と笑いました。まるで相手の弱点を知って得意になっているようでした。京子は、愛子の大きな尻を軽やかな手つきで、指を這わせました。そして、時々、すーと尻の割れ目を指でなぞりました。
「ああー」
愛子は尻の割れ目をなぞられる度に悲鳴を上げました。京子は、ふふふ、と悪戯っぽく笑いました。
「京子おねえさま。わ、私も遠慮しないわよ」
愛子はそう言って、京子の女の割れ目に舌を入れて舐め出しました。
「ああっ。愛子。やめて。そんなこと」
京子は、激しく首を振って言いました。だが、愛子は京子の言うことなど聞かず、唇で小陰唇やクリトリスをペロペロ舐めました。京子は、
「ああー」
と羞恥の声を上げました。愛子は四つん這いで膝を立てていて、京子は寝ているため、口が愛子のアソコにとどきません。だが手は自由に動かせます。京子は愛子の小陰唇を開いて、右手の中指を入れました。
「ああっ」
と愛子が声を出しました。京子はゆっくり指を動かし出しました。
「ああっ」
愛子が苦しげな声を出しました。愛子のアソコはすでに濡れていて、指はヌルリと容易に入りました。京子は、穴に入れた指をゆっくり動かしながら、左手で、愛子の尻の割れ目をすーとなぞりました。
「ああー」
敏感な所を二箇所、同時に京子に責められて、愛子は、眉を寄せて苦しげな喘ぎ声を出しました。愛子も負けてなるものかと、中指を京子の女の穴に入れ、ゆっくりと動かし出しました。
「ああー」
京子も眉を寄せ、苦しげな喘ぎ声を出しました。女同士なので、どこをどう刺激すれば感じるかは知っています。だんだんクチャクチャという音がし出して、ネバネバした白っぽい液体が出始めました。二人は愛撫をいっそう強めていきました。
「ああー。い、いくー」
愛子が叫んびました。
「ああー。い、いくー」
京子が叫びました。二人は、
「ああー」
とことさら大きな声を出して全身をガクガクさせました。まるで痙攣したかのようでした。
二人は同時にいきました。京子はガックリと倒れ伏して、ハアハアと荒い呼吸をしました。
「ふふ。早くも二回もいったな」
杜子春がしたり顔で言いました。杜子春は、呆気に取られた顔していました。
「女は男と違って、射精がないから、何度でもいくことが出来るんだ」
杜子春が得意顔で説明しました。
愛子は京子の体の上に倒れ伏し、虚脱したような状態になりました。二人はしばし、ハアハアと荒い呼吸をしていました。
だんだん二人は呼吸が元に戻って落ち着いてきました。
二人は床の上で、グッタリしています。

   △

「よし。もうレズショーは勘弁して、終わりにしてやる。服を着ていいぞ」
杜子春が言いました。
「ありがとうございます。杜子春さま」
そう言って京子と愛子の二人は、起き上がりました。そしてパンティーを履き、ブラジャーをつけました。そしてチャイナ・ドレスを着ました。二人は、ほっとした様子です。
杜子春も、椅子から立ち上がって、テーブルの上のブランデーをとろうと身を乗り出しました。
その時です。
姉の京子が、サッと飛び出して、杜子春の魔法の杖を奪ってしまいました。
「ふふふ。これでもう、あなたは、怪しい仙術は使えないわね。これからは、私たちが、この便利な杖を使わせて貰うわよ」
姉の京子は、得意げな口調で言いました。
「お姉さま。よかったわね」
妹の愛子が嬉しそうに言いました。
「よくも、よくも、私達にレズショーなんか、やらせたわね。覚悟は出来ているでしょうね」
姉の京子は、天下をとったかのように凄んで杜子春に言いました。
「お姉さま。杜子春をどうしましょう?」
妹の愛子が姉の京子に目を向けました。
「呂后のやった人豚にしちゃいましょう」
「人豚って何なの?」
「人豚っていうのはね・・・昔ね、劉邦という王がいたの。劉邦には呂后という正妻がいたのだけれど、劉邦は戚夫人という愛人を寵愛して、呂后を愛さなかったの。そのため劉邦が死んで呂后が権力を握ると、呂后は戚夫人に、恐ろしい復讐をしたの」
「どうしたの?」
「呂后は戚夫人の両手両足を切り落とし、目玉をえぐり抜き、鼓膜を破って耳を潰し、声帯をつぶして声も出ないようにしたの。そして便所の中で人豚と呼んで飼ったのよ」
「ふうん。残酷ね。でも杜子春には、ふさわしい罰だわね」
そう言って妹の愛子は、杜子春の方に目を向けました。
杜子春の両横には、巨大な蛇が赤い舌をチョロチョロ出して、薄気味悪く、蜷局を巻いています。
「お姉さま。まず、仙術で、二匹の蛇を消して下さい」
妹の愛子が姉に訴えました。
「わかったわ」
姉の京子は、そう言って、仙人の杖を、蛇に向け、杜子春がやったように、
「蛇よ。消えよ」
と大きな声で一喝しました。しかし、蛇は消えません。
あれっ、と姉の京子は、うろたえて、もう一度、仙人の杖を、蛇に向け、
「蛇よ。消えよ」
と大声で叫びました。しかし、やはり、蛇は消えません。
「ふっふっふっふっ」
杜子春が、不敵な笑みを浮かべて二人を見ました。
杜子春は、右手を突き出して、やっ、と一喝しましまた。するとどうでしょう。京子が持っていた仙人の杖は、京子の手を離れ、宙に浮いて、杜子春の右手に収まりました。
「ふふふ。バカどもめ。この杖は単なる棒きれに過ぎないのだ。いわば仙人のシンボルのように、もっともらしく使っていたのだ。オレは峨眉山で厳しい仙人の修行をしたから、仙術を使えるようになったのだ。仙人になる修行をしていない、お前たちが、この杖を使ったからといって、仙術など使えないのさ。この杖など無くても仙術は使えるし、また、この杖に仙術を使える力など宿っていないのさ」
杜子春は勝ち誇ったように言いました。
「そ、そうだったんですか」
「杜子春さま。ごめんなさい」
二人は、掌を返したように、杜子春にペコペコ謝りました。
「お前たちは、根っからの悪人だな。オレを人豚にしようとは。よし。じゃあ、罰として、お前たちこそ、人豚にしてやる」
杜子春は勝ち誇ったように言いました。
「ええー。そんなー」
二人は真っ青になりました。
「杜子春さま。ごめんなさい」
「杜子春さま。申し訳ありませんでした」
京子と愛子は、すぐにしゃがみ込んで土下座して、頭を床に擦りつけて、何度もペコペコと頭を下げて、泣きじゃくりながら謝りました。
「まったく。仕方ねーヤツラだな。まあ、オレは、お前らみたいに、残酷なことは出来ない性分だからな。人豚は、勘弁してやるよ」
杜子春は、やれやれ、といった様子で言いました。
「あ、有難うございます。杜子春さま」
「御恩は一生、忘れません」
京子と愛子は、ペコペコ頭を下げて謝りました。
さてと、と言って杜子春は、両脇の二匹の蛇を見ました。
「お前たちが、怖がるからな。蛇は消してやるよ」
そう言って、杜子春は、仙人の杖を、二匹の蛇に向け、
「蛇よ。消えよ」
と一喝しました。すると二匹の蛇は、霧の如く、パッと消えてなくなりました。
「あ、有難うございます。杜子春さま」
「御恩は一生、忘れません」
姉妹は杜子春にペコペコ頭を下げました。

   △

「さてと、オレも眠くなってきたな。今日はここで寝させてもらうぞ。元々、この家は、オレがお前たちにやった金で建ったものだからな」
杜子春か姉妹を見て言いました。
「はい。ごゆるりとお休み下さい。杜子春さま」
姉妹は、ひれ伏して答えました。
「さて。お前たちの、今後の処分についてだが・・・。オレは仙人に、泰山の南の麓に一軒の家を貰ったんだ。桃の農園だ。お前たちは、そこへ行って貧しくても正直に暮らせ。今日はもう遅いから明日、出発しろ」
「はい。わかりました。杜子春さま」
京子が恭しく言いました。
「殺そうとまでしようとしたのに、家まで頂けるなんて、そんな寛大な処分で、有難うございます」
愛子も恭しく言いました。

「愛子。これからは、その泰山の麓の家で正直に過ごしましょう」
姉の京子が、諭すように妹の愛子に言いました。
「はい。お姉さま」
愛子も素直に応じました。

   △

「お前たちも疲れただろう。寝ろ」
杜子春が言いました。
「はい。杜子春さま」
姉妹は立ち上がって寝室に向かいました。杜子春は、その後に着いて行きました。寝室には、京子と愛子の二つのベッドがありました。
二人は、それぞれのベッドに向かいました。蛇にからまれたり、レズショーをさせられたりと、心身共に疲れ切っているのでしょう。二人とも、どっと、ベッドに身を投げたしました。
杜子春は、手錠を取り出して、京子の両手首をそれぞれ、ベッドの鉄柵につなぎとめました。
「あっ。杜子春さま。何をなさるんですか?」
「すまないな。出来ることなら、こんなことはしたくないんだが。オレは、お前らを信じ切ることは出来ないんだ。オレが寝ている間に、寝首をかかれては困るからな。ちょっと、不自由だろうが、我慢してくれ」
杜子春は、そう京子に説明しました。
「わかりました。杜子春さま」
京子をベッドにつなぎとめると、杜子春は次に、愛子もベッドにつなぎとめました。
「おしっこがしたくなったら、大声でオレを呼べ。手錠をはずしてやるから」
「有難うございます。杜子春さま」
「今日は、蛇で虐めたり、レズショーをさせたりして、すまなかったな。ゆっくり休め」
そう言って杜子春は、京子と愛子に布団をかけてやりました。
「おやすみ」
「お休みなさい。杜子春さま」
杜子春は、客室用の部屋にもどると、どっとベッドに身を投げ出しました。厳しい仙術の修行をしたり、姉妹と戦ったりと、杜子春も、クタクタに疲れていました。なので、杜子春も、すぐにグーガーと大鼾をかいて、深い眠りに落ちました。

    △

翌日になりました。
杜子春は目を覚ますと、急いで、姉妹の寝室に行きました。二人は、クーカーと小さな寝息をたてて眠っています。杜子春は、台所に行って、朝食を三人分、用意しました。そしてまた、姉妹の寝室に行きました。
「あっ。杜子春さま。おはようございます」
目を覚ました京子と愛子が杜子春に挨拶しました。
「おはよう」
杜子春も挨拶して、京子と愛子の手錠をはずしました。
「おい。朝食を作ったぞ。三人で食べよう」
「有難うございます。杜子春さま」
三人は、大理石の食卓に着きました。
「杜子春さま。食事を用意して下さって有難うございます」
「いや。たいした物じゃないよ」
食卓には、厚切りトーストとスクランブルエッグとツナサラダと紅茶が乗っています。
「いただきます」
と言って京子と愛子、そして杜子春は朝食を食べ始めました。
「美味しいわ。杜子春さまは料理が上手なんですね」
二人はムシャムシャと杜子春の作った朝食を食べました。
食事が終わりました。
「よし。じゃあ、お前たちは、泰山の麓の家に行け。お前たちの荷物は、オレがまとめてクロネコヤマトで送ってやる」
「あ、あの。杜子春さま」
「何だ?」
「杜子春さま。昨日、妹と二人で話し合ったんですが。私達を杜子春さまの召し使いとして、ここに住まわせて貰えないでしょうか。いいえ。召し使いでなく、奴隷でも構いません」
京子は切実な口調で訴えました。
「どうして、そういう心境になったのだ?」
杜子春は、京子をじっと見ながら聞きました。
「杜子春さまは、人の心、人の道を教えて下さいました。私たちは杜子春さまを尊敬しています。どうか、お側において頂けないでしょうか」
杜子春は、うーん、と腕組みをして考え込みました。
「杜子春さま。杜子春さまは、私達が信じられないのですね。無理もありません。私たちは、杜子春さまを、何度も卑劣に騙しましたから・・・」
杜子春は眉間に皺を寄せて、黙っています。
京子はテーブルに乗っていた、ナイフをサッとつかみました。
「何をするんだ?」
杜子春が驚いて京子に聞きました。
「杜子春さま。私達の忠誠のしるしとして、私は小指を切ります」
そう言うや否や、京子は、日本のヤクザのオトシマエのように、小指を一本、伸ばしたまま、えいっ、と掛け声をかけて、ナイフを力一杯、小指めがけて振り下ろしました。
「ばか。やめろっ」
杜子春は、咄嗟に大声で注意しました。しかし、もう間に合いませんでした。
京子の小指は、千切れて、床に落ちました。京子の小指の根元からは、赤い血が噴き出しました。
「い、痛い。痛い」
京子は、苦痛に顔を歪めながら、叫びました。
「お姉さま」
妹の愛子が、すぐに駆け寄って、ハンカチを千切って、血の出ている京子の小指の根元を、結紮しました。
「杜子春さま。これで信じて頂けないでしょうか?」
京子が、目に涙を浮かべ憐みを乞う瞳を杜子春に向けました。
杜子春は、おもむろに、立ち上がると、杖を京子の方へ向け、やっ、と一喝しました。すると、どうでしょう。床に転がっていた、京子の千切れた小指が、すーと浮かんで、京子の小指の根元にピタリと、くっつきました。
「お姉さま。大丈夫?」
「ええ。痛くないわ。元通りにくっついたわ」
「杜子春さま。有難うございました」
「京子。お前は、自分の指を切ってもオレが仙術で治すだろうと思っていたのだろう」
「は、はい。優しい杜子春さまのことですから、きっと、仙術で治して下さるのではないだろうか、と思っていました」
「わかった。お前の忠誠の気持ちが本当であることを。小指を切るのは、物凄く痛かっただろう、し、物凄く、勇気が要っただろう。オレが仙術で治す、という保証は無いのにな。オレはお前たちを信じた。これからは三人で仲良く、ここで暮らそう」
「有難うございます。杜子春さま」
こうして三人は、杜子春を主人として、この家で過ごすことになりました。
姉の京子が杜子春の第一夫人となり、妹の愛子か第二夫人となりました。
杜子春が仙術を使えるようになった、という噂は、瞬く間に洛陽中に知れ渡りました。

   △

その頃、中国では、東の北京で、習近平という悪党が独裁政治をしてのさばっていました。
習近平は、徹底した武力によって、個人の思想、言論、集会、結社の自由を認めず、政府を批判する者は、捕まえて、天安門広場の前で公開処刑していました。政府批判の本は検閲されて出版できず、新聞やテレビなどは、体制維持のためのウソの報道しかしません。そして政界と財界の癒着、公務員の汚職が、至る所ではびこっていました。民衆は、政府の、この横暴な独裁政治に内心、怒り狂っていました。そこで、したたかな習近平は、怒りの矛先が政府にではなく、日本に向かうよう、徹底した反日教育を教師にするよう命じていました。確かに、日本は、日清戦争、日露戦争、第一次世界大戦における、21ヶ条の要求による中国権益の獲得、満州国の設立、張作霖爆殺、満州事変、日中戦争における南京大虐殺など、中国を侵略してきました。しかし、南京大虐殺の死者の数を20万人から、40万人に水増ししたり、日本政府の閣僚の靖国神社参拝は、日本が、行った戦争を正当化するためである、などとか、尖閣諸島は、中国の領土なのに、日本が、自国の領土などと言い張っている、などと、ウソも交え、初等教育から、憎しみを込めて、反日洗脳教育を行っているのです。そのくせ、日本政府の出している多額のODAについては、一切述べません。ですから、中国人は、子供の頃から、日本は悪い国だと教えられて、洗脳されてしまっています。しかし、その本当の目的は、共産党の一党独裁政治に民衆が気づいて、体制を批判することを、恐れているからです。そこで、真に憎むべきは、日本であると、怒りの矛先を日本に向けさせて体制を維持させているのです。しかし市場経済の導入や、パソコンやツイッターや携帯電話などによって、だんだん中国国民も、目が開けてきました。国営の新幹線で事故が起こって多数の死者が出ても、政府は、説明責任も果たしませんし、遺族への補償もなく、また企業の排出する有毒物質による水質汚染で、魚が大量に死んで、漁師たちが困って国に訴えても、企業と癒着している中央政府は、お茶を濁すいい加減な答弁しかしません。
国民は独裁政治をしている政府、習近平に対して、憎しみを持つようになりました。
このままでは、国民による打倒政府の流血革命の勃発が起こるのは時間の問題だと、杜子春は危惧しました。

   △

その日は国慶節でした。政府に不満を持った改革派の者達が、密かにツイッターで連絡を取り合っていたのでしょう。中国各地で、とうとう一斉に革命が起こり、反体制派は警察署を襲い出しました。
杜子春は、急いで、ツイッターで、こう流しました。
「愛する全国の国民よ。私は杜子春という仙人だ。武力革命は、いけない。今から、私が習近平と政府首脳を捕まえる。それまで待て」
すると、
「わかりました。杜子春さま」
という返事が、全国からやってきました。
杜子春は、ほっとしました。
杜子春は青竹に乗って、ひとっ跳びに、習近平の豪邸に向かいました。
習近平の屋敷には、武装した警察官や兵士たちが、わんさと杜子春を待ち構えていました。
「撃て。撃ち落とせ」
習近平は、狂ったように叫びました。
ズガガガガー。
警官や軍の兵士達は、一斉に杜子春めがけて発砲しました。しかし、弾は、全部、途中で落っこちてしまいます。杜子春は、仙人の杖で、
「不動、金縛りの術」
と一喝しました。すると、護衛の警官や兵士達は、ピタッと止まって動けなくなりました。
杜子春は、習近平の屋敷に入りました。
奥の部屋に、習近平が、オドオドしています。
「さあ。オレは仙術を使えるから、何でも出来るぞ。降伏すれば命の保証はする。嫌なら殺すぞ。お前は、どっちを選択する?」
杜子春はそう言って習近平に詰め寄りました。
「わ、わかった。私の負けだ。降参する。命だけは助けてくれ」
そう習近平は言いました。

杜子春は、習近平および政府首脳の人間を集め、中国の宇宙ステーション天宮三号に乗り込ませました。
「そんなに、独裁政治がしたいなら、てめえらだけで勝手に、火星人か金星人、相手に宇宙でやってろ」
そう言って杜子春は、天宮三号の打ち上げの用意をしました。
「あれー。杜子春さま。そんなことは、ゆるして下さい」
習近平たちは、叫びましたが、杜子春は、無視して、天宮三号の発射ボタンを押しました。天宮三号は、みるみる内に、物凄い勢いで、天空へ飛んで行きました。操縦士もいませんし、彼らは、宇宙飛行士としての訓練もしていませんので、おそらく地球には戻ってこれないでしょう。
杜子春は、青竹に乗って、急いで、中国の国営テレビ局に、行きました。
「愛する中国の全国民よ。今、習近平と、共産党首脳陣たちは、天宮三号に乗せて、宇宙に飛ばした。もう戻って来れないだろう。これからは、この国を独裁国家ではなく、民主主義国家にしようではないか。それと、軍と警察に告げる。オレは仙術を使えるから、お前たちには勝ち目はないぞ。オレが仙術を使えば、戦艦も戦車も戦闘機も、一瞬でぶっ壊すことが出来るぞ。命が惜しければ無駄な抵抗はするな」
と全国に放送しました。
軍も警察も、仙人が相手では、勝ち目がないと、判断して諦めたのでしょう。抵抗する者はいませんでした。
杜子春のもとには、全国から、「杜子春さま。万歳」というツイッターがネットで届きました。
天安門広場や全国各地で、「杜子春さま。万歳」と全中国国民が叫びました。

   △

杜子春は、国民の総意によって、大統領に選ばれました。
ここに至って、64年間、続いた共産主義国家、中華人民共和国はついに倒れ、民主主義国家、中華人民杜子春共和国として、あらたに生まれ変わりました。
杜子春は、主権在民。議会制民主主義。地方分権。三権分立。平和主義。思想、信教の自由、基本的人権の尊重、などを柱とした憲法を制定しました。そして、刑務所で服役していた政治犯を釈放し、歪んだ歴史教科書を廃棄し、事実に基づいた、誇張や偽りのない歴史教科書を有識者に作らせませた。
日本も、ギクシャクした日中関係が、終焉したことを喜びました。
日本から、総理大臣が、新たになった中華人民杜子春共和国に訪中しました。
杜子春は、日本の総理大臣を快く迎え、尖閣諸島は日本の領土であること、北朝鮮に対し今後、いっさいの経済支援を行わないこと、などを約束しました。
こうして杜子春のおかげで、中国は、平和な民主主義的国家へと生まれ変わり、末永く繁栄しました。


平成25年6月26日(水)


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ジョコビッチvs錦織圭

2015-06-30 01:38:00 | 武道・スポーツ
二日前の、NHKで、ジョコビッチvs錦織圭の試合の、双方の、作戦を解説していた。いつの試合かは、わからない。

ジョコビッチは、錦織圭が、ストローク戦に強いのを、破るために、わざと、錦織圭の打ちやすい正面に深く打った。錦織圭は、左右に揺さぶるだけで、ジョコビッチは、左右に、動いて、全てリターンで返した。そして、ドロップショットで、決めた。そして、その戦法で、ジョコビッチは、見事、錦織圭に勝った。

一見、とんでもない戦法のようだが、、見事、ジョコビッチは、錦織圭に、その戦法で勝ったのである。

私は、スポーツの上達の論理には、関心をもっているが、スポーツの勝ち負け、の論理には、関心がない。

これは、ジョコビッチが、スタミナにも、技術にも、自信を持っていて、走らされても、取れる自信があったからだろう。

ジョコビッチは、非常に頭脳的なファイターである。

「格闘とは、策略をもって行うゲームである」

(ブルース・リー)

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忍とボッコ(小説)

2015-06-29 09:14:56 | 小説
忍とボッコ

 私は小学校5年のとき静岡県伊東市のある小学校の分校に転入した。初夏の頃だった。東には海、西には山があった。温和な気候の土地だった。学校の近くに寮があり生徒は全員寮で共同生活をしていた。私はすぐにそこの生活に慣れ、友達も多くできた。
 しばらくして一人のものすごくかわいい女の子がわたしより一つ下の学年に転入してきた。名前はおぼえていないがあだ名はボッコということはおぼえている。
 ボッコは病弱なおとなしい子だった。だが内気な性格というのではなく、すぐに多くの女の子と親しくなった。笑うとエクボがくっきり浮き出た。岡田有希子にちょっと似ていた。友達とおしゃべりするのが好きで、友達と笑っている時のボッコが一番輝いていた。頭もよくクラスで一番の成績だった。
 私と同級に中田忍という男の子がいた。彼は活発な子だった。そして意地っ張りでどんな権力にも頭を下げないような子だった。ケンカしても絶対負けない子だった。
 だが根はいい奴だった。
 そんな彼がいつからかボッコをいじめだしたのである。
 ある時、病み上がりでパジャマ姿のボッコを忍が蹴っているところを見た。
 忍は「ライダーキック」と言って、笑いながら何度も何度もボッコを蹴っていた。
 ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 それは十字架を担いで刑場へ向かうイエスを刑吏がムチ打つ場面にも似ていた。
 そんなことが連日のように続いた。
 ボッコは忍のいじめがとてもつらそうだった。ボッコはだんだん元気のない子になっていった。誰かがそれを忍に注意した。だが忍は聞かなかった。「何でいじめるの」と人がきいても、「だっておもしろいじゃん。」と言うだけだった。
 私には中田の心がわかった。
 彼はボッコが好きだったのだ。
 男は女に恋するとどうしようもない照れがおこり、自分の気持ちとは正反対の行動をとってしまうものだ。
 忍にとってボッコは忍の要求のすべてを満たしていた女性だったのだ。
 ボッコを見るたびに忍の心には何とも言えない複雑な感情が起こってしまうのだ。
 ボッコを自分だけのものにしたいような・・・。
 だがいじめに出るとは余りにも屈折している。だがそれには必然性があった。
 それは彼が強い男だったということだ。
 強い男には自分の方から女性を愛することなど許されない。唯一恋愛が成立するための条件は女性の方から男を愛する場合しかない。
 だが忍の心はボッコにひかれてしまったのだが、ボッコは忍に対して特別な感情は持っていなかった。そんなことが忍の心に劣等感をもたらした。
 彼はボッコを愛している自分を認めることが出来なかった。ボッコへの自分の気持ちを認めれば彼らしさは壊れてしまう。
 彼はボッコへ素直な気持ちになった時、人の目が自分を軽蔑するのが恐かった。
 実際は誰も軽蔑なんかしないのに。
 それは彼の一人よがりの思い込みに過ぎなかったのだが。
 いや、明らかに一人彼を軽蔑するものがあった。それは彼自身だった。
 彼は少しでも自分がボッコを好きであるということを人に悟られたくなかった。
 そんな様々な気持ちが忍のボッコに対する感情を歪んだものにしてしまっていた。
 忍の心はボッコに対する愛と自分の人格の保守という相反する要求に悩まされた。どちらかを取れば他の一つは捨てなければならなかった。だが忍にとってはそのどちらも捨てることの出来ないものであった。
 中田のコンプレックスが爆発した。彼はボッコをいじめだした。連日、彼はボッコをみる度にいじめた。私には中田の気持ちがわかった。
 彼の心はボッコも自分もどちらも捨てられなかったのだ。ボッコをいじめることはボッコへの愛の表現だった。普通、こういう場合、女性への愛と自尊心の維持とは両立可能なものである。つまり、ボッコへの気持ちを認めることは決して彼の自尊心までも壊してしまうものではないのだ。しかし、小5の男の子にそんなコンプレックスをうまく解決することは出来なかった。ボッコには中田のそんな複雑な気持ちは分からなかった。ボッコはつらそうな顔をして黙って忍のいじめに耐えていた。
 ボッコの心と体は段々弱っていった。
 だがそんなボッコの苦しみもやがて時間が解決してくれた。
 月日は流れ、やがて忍は卒業した。ボッコは再び明るい子になった。そして一年後にボッコもそこを卒業した。
 だが忍は卒業後もボッコのことが忘れられなかった。そしてボッコと別れてはじめて自分がボッコを愛していることに気がついた。忍は卒業後多くの女性と知り合った。だが彼の頭の中にはボッコしかいなかった。ボッコは忍にとってこの世における唯一の生きた女神だったのだ。
 忍の心に変化が起こった。それは、ボッコにあやまりたい、そして自分の気持ちを打ち明けたいという気持ちだった。
 忍が卒業してから五年の歳月が流れていた。忍は高校二年、ボッコは高校一年だった。
 彼の心はボッコに愛を告白しても壊れないほどに成長していた。乱暴でつむじ曲がりな少年は逞しい包容力ある青年になっていた。
 彼はボッコに会いにいった。そしてボッコに昔のことを謝り彼女を愛していることを告白した。ボッコは嬉しかった。ボッコは弱くおとなしい子だった。もし他の女の子がボッコの立場だったとしたら中田を憎んだであろう。だがボッコは人を憎むことができない子だった。ボッコは中田を憎んでいなかった。
 中田はもともと悪い男ではなかった。いやむしろ根は本当にいい男であった。
 ボッコは人のたのみをことわることができない子だった。たとえそれが自分の人生を決定してしまうようなことでも。
 ボッコは中田の求愛を受け入れた。
 こうして二人は結ばれた。

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最近の安部首相

2015-06-28 03:34:24 | 政治
安倍首相は、権力の味をしめてしまったように思える。
最近の安倍首相の態度を見ていると、権力の味をしめてしまったように思える。
野党が何と反論しようが、「お前らが、何と吠えようと、ゴマの蠅。自公の数で法案は通せる」
と、開き直ってしまっているように見える。野党の批判を、野次まで飛ばして、楽しんでしまっているようにも見える。「ここまで(内閣)おいでー」と。ちょっとした、ハイ状態でもある。
一国の軍隊を自分一人の、意志で動かせる、愉快さに、比べたら、野党の批判など、ゴマの蠅、と自信をもってしまっている。
首相が、変な自信を持ってしまうと、こわい。
野党が、内閣不信任決議案を出して、解散、総選挙しても、結局は、自民党が勝つ。
安倍首相は、アベノミクスという、経済政策と、民主党のダメさから、前回の選挙に勝った。
なぜ、谷垣氏が、自民党の総裁の座を、安部首相に渡したか。
それは、安部首相は、性格は、穏やかだが、保守派、タカ派であり、容貌も良く(良いらしい)、国民に人気があるからである。
谷垣氏や、石破氏が、首相となって、前回の選挙を戦っても、民主党のダメさから、自民党は、政権奪回、できただろう。
しかし、自民党の、議席の数は、安部首相にした方が、より多く、取れる、との自民党の判断からである。
石破氏は、別だが、谷垣氏は、内心では、集団的自衛権の容認、戦争法案に対して、間違っていると、思っているだろうが、それを、首相に進言しないのが、自民党の、結束力、というか、自民党の、したたかさ、である。

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威張った権力者は裸の王様である

2015-06-28 02:09:57 | 政治
(威張った)権力者の人格が崩壊していく理由。

2015年4月19に書いた、<聖マリアンナ医大病院>精神保健指定医20人資格取り消し。その2、の記事が、このブログの人気記事のトップになってしまったようだ。

清川遠寿病院の院長の、増田直樹は、私に、みえすいた、子供だましのウソ、おだて、偽善的発言、しかしなかった。人をバカにするのはいいが、どうして、人をバカと見るようになるのか、その原理を書いておこう。

威張った権力者が、みえすいた、子供だましのウソ、おだて、偽善的発言、を、言っても、下の人間は、それに対して、「そんな、みえすいたウソ、言って騙そうとしても、わかりますよ」とは、権力者には、言えないのだ。だから、(独裁的)権力者は、子供だましのウソ、で、人間をだませると自信を持ってしまうのだ。そして、自分の狡猾さに、酔い痴れてしまって、「オレは何てクレバーな人間なんだ」とうぬぼれてしまうのだ。皆は、気づいていない、のではなく、上下関係の立場上、「言えない」のに、過ぎないのだ。しかし権力者は、下の人間が、上下関係の立場上、「言えない」のを、ヤツラは、鈍感だから、「知らない。気づいていない」と、とらえてしまうのだ。こうして、バカ殿は、ますます、バカになっていく。そして人格が崩壊していくのである。

これは、アンデルセン童話の、「裸の王様」の話に似ている。(完全に一致する喩えではないが)王様が裸であることは、国民は、わかっている。ただ、それを王様に、指摘する人間がいないから、王様は、自分が裸てあることを、国民が、知らない、と思ってしまうのだ。


「阿呆は他人を阿呆と思っている」

(芥川龍之介)

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蜘蛛の糸(小説)

2015-06-28 01:28:43 | 小説
蜘蛛の糸

ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好よい匂が、絶間なくあたりへ溢れて居ります。
やがて御釈迦様はその池のふちに御佇みになって、水の面を蔽っている蓮の葉の間から、ふと下の容子ようすを御覧になりました。この極楽の蓮池の下は、丁度地獄の底に当って居りますから、水晶のような水を透き徹して、三途の河や針の山の景色が、はっきりと見えるのでございます。
するとその地獄の底に、カンダタと云う男が一人、ほかの罪人といっしょに蠢いている姿が、御眼に止まりました。このカンダタと云う男は、人を殺したり家に火をつけたり、いろいろ悪事を働いた大泥坊でございますが、それでもたった一つ、善い事を致した覚えがございます。と申しますのは、ある時この男が深い林の中を通りますと、小さな蜘蛛が一匹、路ばたを這って行くのが見えました。そこでカンダタは早速足を挙げて、踏み殺そうと致しましたが、「いや、いや、これも小さいながら、命のあるものに違いない。その命を無暗にとると云う事は、いくら何でも可哀そうだ」と、こう急に思い返して、とうとうその蜘蛛を殺さずに助けてやったからでございます。
御釈迦様は地獄の容子を御覧になりながら、このカンダタには蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。そうしてそれだけの善い事をした報いには、出来るなら、この男を地獄から救い出してやろうと御考えになりました。幸い、側を見ますと、翡翠のような色をした蓮の葉の上に、極楽の蜘蛛が一匹、美しい銀色の糸をかけて居ります。御釈迦様はその蜘蛛の糸をそっと御手に御取りになって、玉のような白蓮の間から、遥か下にある地獄の底へ、まっすぐにそれを御下おろしなさいました。

        二

 こちらは地獄の底の血の池で、ほかの罪人と一しょに、浮いたり沈んだりしていたカンダタでございます。何しろどちらを見ても、まっ暗で、たまにそのくら暗からぼんやり浮き上っているものがあると思いますと、それは恐しい針の山の針が光るのでございますから、その心細さと云ったらございません。その上あたりは墓の中のようにしんと静まり返って、たまに聞えるものと云っては、ただ罪人がつく微かな嘆息ばかりでございます。これはここへ落ちて来るほどの人間は、もうさまざまな地獄の責苦に疲れはてて、泣声を出す力さえなくなっているのでございましょう。ですからさすが大泥坊のカンダタも、やはり血の池の血に咽びながら、まるで死にかかった蛙のように、ただもがいてばかり居りました。
ところがでございます。何気なにげなくカンダタが頭を挙げて、血の池の空を眺めますと、そのひっそりとした暗の中を、遠い天上から、銀色の蜘蛛くもの糸が、一すじ細く光りながら、するすると自分の上へ垂れて参るのではございませんか。カンダタはこれを見ると、思わず手を拍うって喜びました。この糸に縋りついて、どこまでものぼって行けば、きっと地獄からぬけ出せるのに相違ございません。いや、うまく行くと、極楽へはいる事さえも出来ましょう。そうすれば、もう針の山へ追い上げられる事もなくなれば、血の池に沈められる事もある筈はございません。
こう思いましたからカンダタは、早速その蜘蛛の糸を両手でしっかりとつかみながら、一生懸命に上へ上へとたぐりのぼり始めました。元より大泥坊の事でございますから、こう云う事には昔から、慣れ切っているのでございます。
しかし地獄と極楽との間は、何万里となくございますから、いくら焦あせって見た所で、容易に上へは出られません。ややしばらくのぼる中うちに、とうとうカンダタもくたびれて、まず一休み休むつもりで、糸の中途にぶら下りながら、遥かに目の下を見下しました。

すると、一生懸命にのぼった甲斐があって、さっきまで自分がいた血の池は、今ではもう暗の底にいつの間にかかくれて居ります。それからあのぼんやり光っている恐しい針の山も、足の下になってしまいました。この分でのぼって行けば、地獄からぬけ出すのも、存外わけがないかも知れません。カンダタは両手を蜘蛛の糸にからみながら、「しめた。しめた」と笑いました。ところがふと気がつきますと、蜘蛛の糸の下の方には、多数の罪人たちが、自分ののぼった後をつけて、まるで蟻の行列のように、やはり上へ上へ一心によじのぼって来るではございませんか。カンダタはこれを見ると、驚いたのと恐しいのとで、しばらくはただ、大きな口を開あいたまま、眼ばかり動かして居りました。自分一人でさえ断きれそうな、この細い蜘蛛の糸が、どうしてあれだけの人数の重みに堪える事が出来ましょう。もし万一途中で断きれたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。が、そう云う中にも、罪人たちは、まっ暗な血の池の底から、うようよと這い上って、細く光っている蜘蛛の糸を、一列になりながら、せっせとのぼって参ります。今の中にどうかしなければ、糸はまん中から二つに断れて、落ちてしまうのに違いありません。

       三(ここから創作)

そこで、カンダタは、よじ登ってくる亡者たちに向かって、大声で言いました。
「おーい。お前らの気持ちは、よくわかる。お前たちも、この糸にすがって、地獄から脱出したいというのだな」
カンダタは、よじ登ってくる亡者たちに大声で言いました。
「おお。そうじゃ」
よじ登ってくる亡者たちは、大声でカンダタに言いました。
「お前たち。登るのをやめて下に降りろ」
カンダタは大声で、亡者たちに叫びました。
「ずるいぞ。カンダタ。お前は、自分だけが、助かりたいというのだな」
亡者たちは、一斉にブーイングしました。
「違う。違う」
カンダタは冷静な表情で、大きく手を振りました。
「どう違うんじゃ。説明しろ」
亡者たちは、怒鳴るようにカンダタに言いました。
「いいか。緊急事態の時ほど冷静になるんだ。オレの言うことをよく聞け。いいか。この蜘蛛の糸は、見た目は極めて細く脆弱に見える。しかしだ。オレは体重60kgだが、この糸は切れない。今、見たところ、20人ほど、登っているな。それでも、この糸は切れない。この糸が何kgまでの重さにまで耐えられるのかは、わからない。しかし一人の体重を60kgと、おおまかに計算して、60×20=1200kgには、優に耐えられるのだ。だからだな。まず、オレが登る。お前らは、一度、全員、地獄へ戻れ。そうして、オレが登り終わったら、一人づつ、いいか、一人づつだそ。この糸に登れ。そうして、一人、登り終えたら、次の者が登れ。そうすれば、全員、地獄から出られるのだ」
カンダタは、そう説明しました。
「おーう。わかった。お前が言うことが道理じゃ」
蜘蛛の糸にしがみついていた亡者たちは、カンダタの忠告に従って、スルスルと地獄の血の池に戻って行きました。地獄の亡者たちというものは、案外、物分りがいいものなのです。大体、地獄に落ちた罪人たちは、終わりのない未来永劫つづく地獄の責め苦を受けているのですから、「ああ。世にいた時に、悪い事をしなければよかった」と後悔し、反省していますから、みな、心を入れ替えて善人になっているからです。
カンダタは、蜘蛛の糸にしがみついていた亡者たち全員が、血の池に戻るのを確かめると、蜘蛛の糸が切れないように、ゆっくりと、地獄の暗闇の中を登り始めました。かなりの時間が経ちましたが、長い地獄での責め苦で、時間の感覚というものが、わからなくなっていました。しかし、とうとうカンダタは頭上に僅かな光明を見出しました。
「ああ。あれがきっと極楽の光だろう。助かった」
疲れが限界にきていたカンダタですが、助かるという、強い希望がカンダタに、大きな力をもたらしました。カンダタは、
「お釈迦様。本当にありがとうございます」
と、心の内に感謝しながら、一心に登って行きました。光はだんだん大きくなっていきます。あたかも、それは、長時間、深海に潜っていたダイバーが、だんだん水中を浮上していって、水面に差し込んでくる陽光を見た時の喜びに似ていました。実際、登るにつれて、光が差し込んでくる所はポッカリと円形となっていて、そこには水が張っており、光は、その水を通して、地獄の暗闇の中に差し込んでいるのです。あれは、きっと極楽の池に違いないとカンダタは思いました。カンダタは、ゆっくりと、しかし、しっかりと蜘蛛の糸を掴んで、登って行きました。
「やった」
とうとうカンダタは、最後の力をふりしぼり、水上に顔を出しました。カンダタは、急いで近くに浮いている大きな蓮の葉に乗りました。その時のカンダタの喜びといったら、喩えようがありません。カンダタは、辺りを見回しました。そこは、美しい大きな池で、池の中には大きな蓮の葉が、漂っており、岸辺には、美しい花々が咲き乱れています。ここは極楽の蓮の池に相違ありません。
「やった。オレはとうとう極楽に辿り着いたぞ。もう、地獄の責めに苛まれることない。やった。やったぞ」
カンダタは、大きな声で、「万歳―」と叫んでガッツポーズをしました。しかし、すぐに喜ぶより、他にしなければならないことに、カンダタの意識が移りました。
カンダタは、急いで蓮の上から、池の中を覗き込みました。池の底には、カンダタの忠告を聞いた、地獄の亡者たちが、血の池の中で物欲しそうに、上を見上げています。
「おーい。ここは極楽じゃ。とうとうオレは極楽に着いたぞ。今度は、お前たちの番だ。いいか。一人づつ、ゆっくりと、焦らずに登ってこい」
カンダタは、地獄の亡者たちに向かって、大声で、そう言いました。
「おお。そうか。わかった」
亡者たちは、大声て、カンダタに向かって、そう言いました。
地獄の亡者たちは顔を見合わせました。亡者たちは、何千人、何万人といます。
「おい。みんな。この蜘蛛の糸は、20人までは、登れる強度がある。しかしだ。カンダタが言ったように、慎重を期して、一人づつ登ろう。その方が安全だ。そうは思わんか?」
亡者の一人(石川五右衛門ですが)が言いました。
「おう。そうだ。そうだ」
地獄の亡者たちは、みな、賛同しました。
「よし。異論はないな。では、一人ずつ登ろう。あわてる乞食と亡者は貰いが少ない、という諺もあることだしな。ところで、誰から登っていくか、その順番は、どうやって決めたらいいだろうか?」
石川五右衛門がみなに聞きました。
「そうだな。地獄に入りたてで、まだ地獄の責め苦が少なく、体力のある者から登ったらどうだ」
サダム・フセインが、そう言って金正日に目を向けました。
しかし、金正日は手を振りました。
「いや。私は後でいい。私は、今、つくづく自分のしてきた事を反省しているんだ」
地獄に入りたての罪人は、他の亡者よりも特に罪悪感に深く苛まれて、精神的に打ち萎れているのです。
「地獄の責め苦が、特に酷い者から登ったらどうだ」
金正日は、そう言ってアドルフ・ヒトラーに目を向けました。
しかし、ヒトラーも、やはり手を振りました。
「どうしてだ?」
金正日がヒトラーに聞くと、ヒトラーは、弱々しい顔を上げました。
「私は、ユダヤ人を500万人も殺した。何の罪も無いユダヤ人たちを。ユダヤ人であるということだけで。しかも、死体の処理がしやすいように、裸にして毒ガスで殺したのだ。彼らの恐怖と苦しみは、想像を絶する、まさにこの世の生き地獄だったろう。間違いなく私が歴史上で一番の悪人、悪魔だろう。私のような者が、極楽へ行けるとは、とても考えられない。もしかすると、私が登っている途中に、私の罪科の大きさゆえに、糸が切れてしまうかもしれない。そうなっては、みなに申し訳ない。私は一番最後に登らせていただきたい」
ヒトラーは、弱々しい口調で言いました。そしてヒトラーは、近くにいたマリーアントワネットに目を向けました。
「やはり、レディーファーストということで、女の方から登られるのがいいのでは、ないでしょうか?」
ヒトラーは、マリーアントワネットに向かって言いました。
しかし、マリーアントワネットも、やはり拒否の手を振りました。
「ヒトラーさん。あなただって、ユダヤ人を殺したのは、ユダヤ人が、あなたの目的とする第三帝国設立の邪魔になるからという政治的な理由からでしょう。実際、ユダヤ人は、金儲けが上手く、高利の金貸しをしていた悪いユダヤ人たちもいます。シェークスピアの「ベニスの商人」にもあるように、ユダヤ人には、悪い人が、かなり多いと私は思います。そう気落ちなさらないで」
マリーアントワネットは、そう言ってヒトラーの頭を優しく撫でて慰めました。
「罪悪感はみな同じです。罪の大きさを、比べあっても埒があかないと思います。ここは、やはり、古参の方から登られるのがいいと私は思います。二千年も地獄の責め苦にあって、心身ともに参っているのですから」
マリーアントワネットは、そう言って、則天武后や呂太后や、古代ローマの暴帝カリギュラやネロに目を向けました。
しかし、彼ら彼女らも、やはり拒否の手を振りました。
「いえ。私たちは、二千年も地獄の責めにあっていて、とても蜘蛛の糸に、よじ登れる体力があるとは思えません。仮に、登れたとしても、大変、時間をとってしまうでしょう。それでは、みなさんに申し訳ありません」
ネロが、そのように拒否の理由を言いました。
しばしの沈黙の後、スターリンが口を開きました。
「このようにしていては、いつまで経っても埒があきません。ここは、公平にジャンケンで順序を決めてはどうでしょうか?」
煮え切らない亡者たちを鼓舞するように、スターリンが強い語調で、言いました。
「そうですね」
「賛成!!」
地獄の亡者たちは、こぞって、賛同の意をあらわしました。
「では、みなさん。大雑把に、10組のグループを作って下さい。そのグループの代表者が、ジャンケンをして、大きな順番を決めて下さい。そして各グループで、ジャンケンをして、グループの中での順番を決めて下さい」
スターリンが言いました。
亡者たちは、身近にいる者たちが集まって、大雑把に10のグループが出来ました。
「では、各グループの代表者を一人決めて、出て来て下さい」
スターリンに言われて各グループの代表者が、出てきました。
そのメンバーは。則天武后。西太后。スターリン。サダム・フセイン。金正日。カリギュラ。ネロ。マリーアントワネット。ムッソリーニ。ヒトラー。の10人です。
10人は、グーパージャンをしていきました。その結果、各グループの順番が決まりました。その順番は。ヒトラー。マリーアントワネット。ムッソリーニ。金正日。則天武后。ネロ。西太后。サダム・フセイン。スターリン。カリギュラ。の順になりました。
「では、ヒトラーさんのグループの方達が最初です。一人づつ、蜘蛛の糸を登って下さい」
まとめ役のスターリンが言いました。
「では。みなさま。私たちのグループが、お先に行かせて頂きます」
ヒトラーは、低い物腰で、申し訳なさそうに言いました。
ヒトラーのグループは、宣伝大臣ゲッペルス、ゲシュタポ長官ヒムラー。生体実験をした悪魔の医者ヨーゼフ・メンゲレ。など、ニュールンベルグ裁判で、裁かれたナチスの指揮官、兵士たちが主でした。
「では、お先に登らせて頂きます」
ヒトラーのグループで、最初の順番になった宣伝大臣ゲッペルスが、みなに一礼すると、蜘蛛の糸を登り始めました。ゲッペルスは存外、スルスルと蜘蛛の糸を登り出しました。亡者たちは固唾を呑んで、ゲッペルスを見守りました。
「頑張れー」
地獄の亡者たちは、みな、心が一つに通じ合っているかのように、声を大に声援しました。
ゲッペルスの姿は、地獄の闇の中で、登るのにつれて、だんだん小さくなっていきました。ついに、その姿は、小さな点となり、さらに、登るのにつれて、見えなくなってしまいました。それから、ややあって。
「おーい。オレだ。ゲッペルスだ。やった。やったぞ。ついに極楽についたぞ。さあ。次の者。落ち着いて登ってこい」
天上から、ゲッペルスの喜びの声が聞こえてきました。
亡者たちから、わー、と祝福と喜びの歓声と拍手が起こりました。
「では、次は私が行かせて頂きます」
そう言って、二番目になったゲシュタポ長官ヒムラーが、蜘蛛の糸に、登り始めました。ヒムラーも、ゲッペルス同様、地獄の暗闇の中をスルスルと登っていきました。
「頑張れー」
亡者たちは、みな、大きな声でヒムラーを声援しました。
「おーい。ヒムラー。オレだ。ゲッペルスだ。焦るなよー。ゆっくり登れ」
極楽から、地獄を覗いているのでしょう。ゲッペルスの声援が聞こえてきました。
ヒムラーの姿も、だんだん、小さな点になっていきました。しはしして。
「おーい。みんなー。オレだー。ヒムラーだ。やったぞ。極楽に着いたぞ」
と、ヒムラーの声が、天上から聞こえてきました。
みなは、わー、と手をたたいて、地獄から脱出したヒムラーを、我が事のように祝福しました。そうして、ナチスの指揮官、兵士たちが、一人ずつ、登っていきました。そして、亡者は、自分が無事に極楽に着くと、地獄にいる亡者たちに、その喜びの報告をしました。
最後にヒトラーの番になりした。ヒトラーは、第一グループ内で、ジャンケンをして最後の順番になったのではなく、自分から申し出て、最後になったのです。
「みなさん。私の犯した罪は、あまりにも、大き過ぎます。もしかすると、私が蜘蛛の糸を登っている時に、糸が切れてしまうかもしれません。そうしたら、助かるはずのみなさま、まで、助からなくなってしまいます。私はそれが怖くて仕方ありません。ですから、私は一番、最後にして下さい」
ヒトラーは、そう強く訴えました。
「いいえ。ヒトラーさん。どうか登って下さい。私たちは、みな、自分の権力欲のため、血の粛清を行ってきた、大悪人ばかりです。罪の重さを比較して、罪の重さの度合いに順序があると考えるのは、意味のないことだと思います。あなた一人では、ホロコーストというユダヤ人の大量虐殺は出来なかったはずです。それに、あなたは、第一次世界大戦の敗戦で、連合国から、一方的に、ベルサイユ条約などという、酷すぎる条約を押しつけられたのを、軍事産業によって、多くのドイツ人の失業者を救ったではありませんか。あなたも、産業革命から始まった、帝国主義、植民地の奪い合い、共産主義国家の出現、という歴史の流れの中で、生まれるべくして生まれた人間とも十分に見れますわ。ですから、どうか、登って下さい」
そうマリーアントワネットが、ヒトラーを慰めました。
みなも、
「おう。そうだ。そうだ」
と賛同の雄叫びをあげた。
ヒトラーは、マリーアントワネットの慰めの言葉に号泣しました。
「ありがとう。みなさま。本当にありがとう。では、登らせて頂きます」
ヒトラーは、みなに深く一礼すると、蜘蛛の糸を掴んで、登り始めました。ヒトラーの姿が、地獄の闇の虚空の中で、上へ上へと上がっていきます。
地獄の亡者たちは、みな、目をつぶって手を組んだり、何度も、繰り返し、体を前に倒して、頭を地につけたりしています。みな、蜘蛛の糸が切れないことを一心に祈っているのです。かなりの時間が経ちましたが、幸い、いつまで経っても、ヒトラーが落ちてくる気配はありません。目をつぶって祈っていた者たちも、目を開けて、糸の先を見ました。もう、ヒトラーの姿は見えないほどになっていました。張りつめていた心が和らいだのでしょう。亡者たちは、祈りの手を解きました。それから、また、しばしの時間が経ちました。
「おーい。みなさん。私だ。ヒトラーだ。無事に極楽に着きましたぞ」
天空からヒトラーの声が聞こえてきました。
みなは、わー、と歓声をあげました。
「よかった。本当によかった」
みなは、涙を流して、拍手してヒトラーの無事、極楽到達の成功を喜び合いました。

次にはマリーアントワネットのグループが、蜘蛛の糸に登り始めました。
マリーアントワネットのグループは、ルイ16世をはじめ、フランス絶対王政のもと、武力で革命派を押さえつけていた体制派の王侯貴族の者たちが、その多くを占めていました。
第二グループのマリーアントワネットのグループも、みな、無事に蜘蛛の糸を登り切りました。ひとグループの全員が、登りきるのには、かなりの時間がかかりますが、亡者たちは、長い地獄の責め苦から、時間の感覚というものが無くなっています。そして蜘蛛の糸を登る者の、安全と無事を見守る緊張感と、一人の亡者が極楽に登りついた時の喜びとで、時間がかかるのは、全く、苦ではありませんでした。とうとう、最後であるカリギュラのグループの亡者達が、一人づつ蜘蛛の糸を伝って登っていっていきました。そして、一人づつ極楽に辿り着きました。一番、最後は、カリギュラでした。
なにしろ、カリギュラは、二千年も、地獄の責め苦を受けていますから、体力が著しく低下していて、なかなか辿り着けません。ハアハアと何度も息を切らして休み休み、登っていきましたが、ようやく極楽近くまで辿り着きました。カリギュラは必死に蜘蛛の糸に、つかまっています。
「カリギュラ。あと少しだ。頑張れ」
極楽に辿り着いた、地獄の亡者たち全員が、声を大に声援しました。カリギュラは、体に残っている最後の力を振り絞って、蜘蛛の糸をよじ登りました。あと、少しという所でムッソリーニとスターリンが、手を差し伸べました。カリギュラも、精一杯、手を伸ばしました。その手をムッソリーニとスターリンが、ガッシリとつかみ、カリギュラを引き上げました。とうとうカリギュラも、極楽に辿り着きました。これで、地獄の亡者たちは、全員、地獄から極楽へと、辿り着きました。みなは、一斉に、
「万歳!!」
と、叫びました。
「カンダタ君。君の冷静な判断と忠告のおかげで、我々は全員、地獄から極楽に辿り着くことが出来た。君には感謝しても、し足りない。本当にありがとう」
ヒトラーが、カンダタに深く頭を下げました。
「いやいや。私こそ、最初に登ってしまって、申し訳ない」
カンダタは手を振って、そう言いました。
「いや。君が先頭で、相当、高く登っていたのだから、君が最初に登るのは、当然じゃないか」
ヒトラーが、そう言いましたが、カンダタは、また手を振りました。
「いやいや。なにしろ、謎の糸だ。どんな理由で切れてしまうか、わからない。本当なら、私も、いったん地獄に降りてから、誰から登るべきか、公平に決めるのが道理じゃないのか、と思っていたんだ。私にもエゴがあったんだ。そう、無下に感謝されては、心苦しい」
カンダタは、謙虚そうに言いました。
「しかし、蜘蛛の糸は、君の頭上に降りて来たんだ。お釈迦様は、もしかすると君だけを助けようと思ったのかもしれない。君は、我々と違って、大量殺戮などしていない。君は生前に何か、良いことをしたのではないか?」
ヒトラーが聞きました。
カンダタは、しばし思案気な顔をしていましたが、首を振りました。
「いや。どう考えても、そんなこと、思い当たらないな」
カンダタは、そう言いました。
そうしてカンダタはすぐに語を継ぎました。
「そんなことより、みんな、全員、無事に地獄から脱出して、極楽へ辿り着けたんだ。我々の生還を祝福して、みなで、大いに祝おうじゃないか」
カンダタは、みなに向かって、大きな声で、そう提案しました。
「おう。そうだ。そうだ」
「賛成!!」
元、地獄の亡者たちは、みな、賛同しました。
「でも、酒とか料理とか、は、どうするんだ」
元、亡者の一人が聞きました。カンダタは、
「ちょっと、これを飲んでみろ」
と、言って、椀で、極楽の池の水を掬いました。そして、それを、その亡者に渡しました。
元、亡者は、首を傾げながらも椀の中の液体をひと飲みしました。
「美味い。これは、ボルドーニュワインでは、ないか」
元、亡者は、ゴクゴクと、一気にワインを飲み干しました。
「カンダタ。これは、一体、どういうことだ?」
元、亡者がカンダタに聞きました。
「君たちが、登ってくる間に、喉が乾いてしまってな。池の水を掬って飲もうとしたんだ。そう思った途端、手の中に、パッと手頃な椀が現れたんだ。そして。池の水を掬ったんだ。そして。これが、オレの好きな紹興酒だったら、どんなに、いいだろうと思ったら、ブーンと紹興酒の匂いがしてきたんだ。飲んでみると、極上の紹興酒だ。極楽では、池の水をすくって心に念じれば、それは、すぐに自分の望む極上の酒になり、石ころを手にとって、念じれば、それは、すぐに、自分が食べたいと望む、極上の料理に変わるのだ」
そうカンダタは説明しました。
「なるほど。さすが、極楽とは素晴らしい所なんだな」
元、亡者が感心したように言いました。
「それでは、みんな。自分の飲みたい酒を念じて、池の水を掬ってくれ」
カンダタが、大きな声で、みなに言いました。
「おーう」
みなは、各自、池の水を、掬いました。それらは、みな、各自が望んでいる、酒に変わりました。
「それでは、地獄からの脱出と、全員の極楽への無事到着を祝って・・・カンパーイ」
みなは、一斉に、カンダタの音頭に合わせて、乾杯しました。
元、亡者たちは、各自のグラスや茶碗を、周りの元亡者たちのグラスや茶碗にカチンと触れ合わせました。

みなは、一斉にゴクゴクと一気に飲み干しました。
「ああー。美味い」
元亡者たちは、続けて、池の水を掬って、もう一杯、飲みました。なにしろ、亡者たちは、何百年、何千年と、毎日、血の池地獄、針の山地獄、焦熱地獄、極寒地獄など、人間が、とても耐えられない責めを受け続けてきていますので、心身ともに参りきっています。もちろん地獄では、食事などありません。この一杯の酒が無上に美味いのは言うまでもありません。二千年以上、地獄の責めを受けてきた、カリギュラやネロ、則天武后、などは、瀕死の状態でしたが、久しぶりの酒を飲み、極楽の心地よい空気にさらされている内に、だんだん活力を取り戻していきました。
次に、みなが、それぞれ、念ずることによって、各自が望む、最高の御馳走がパッと目の前に現れました。西洋人の元亡者の目の前には、最高の西洋料理、中国人の元亡者の目の前には、最高の中華料理が現れました。
地獄からの生還を祝って、元亡者たちの、飲めや歌えやの祝宴が始まりました。周囲には、極楽の美しい花々が咲き乱れ、名も知れぬ美しい鳥が空を舞っています。
「ヒトラーさん。この中国料理は美味しいですよ」
西太后がヒトラーに、四川料理を勧めました。
「どれどれ」
と、ヒトラーは、中国料理を、一口、食べました。
「美味い」
思わず、ヒトラーは、歓喜の声を上げました。
「西太后さん。このザワークラウトというドイツ料理も、美味いですよ」
そう言ってヒトラーは、西太后に、ドイツ料理のザワークラウトを勧めました。
「美味しいわ」
西太后もドイツ料理を一口食べて、満面の笑顔で言いました。
こうして地獄から極楽へ生還した亡者たちの祝宴が賑やかに行われました。

賑やかな声に何事かと驚いたのでしょう。極楽の人々がゾロゾロと集まって来ました。その中に、ホロコーストで殺されたユダヤ人の一群れがいました。ヒトラーの顔が急に青ざめました。ヒトラーは、大急ぎで、ユダヤ人たちのもとに行きました。そして、彼らの前で土下座して、頭を地に擦りつけました。
「ユダヤ人のみなさま。申し訳ありませんでした。私は、私の我儘から、皆様を酷い方法で殺してしまいました。これは、どんなに謝っても許されることではありません。私を八つ裂きにするなり、火あぶりにするなり、なんなりとして下さい」
ヒトラーは大声でそう叫んで、地面を叩いて号泣しました。顔を上げるのが怖かったのでしょう。ヒトラーは、いつまでも土下座して顔を地面に擦りつけて、号泣しつづけました。そんなヒトラーの肩がポンと何者かによって、叩かれました。ヒトラーは、恐る恐る顔を上げてみました。可愛い少女が、微笑んでいます。
「君は誰ですか?」
ヒトラーは恐る恐る、少女に聞きました。
「私は、アンネ・フランクと言います。ユダヤ人です」
少女は悪意のない笑顔で淡々と答えました。
「ああ。君も強制収容所で、ガス室で殺されたんだね。こんな幼い、可愛い子を、殺すなんて、私は、まともな人間じゃない。狂気の悪魔だ」
ヒトラーは狂ったように、自分の頭を地に叩きつけながら叫びました。
「いえ。ヒトラーさん。聞いて下さい。私は、確かに強制収容所で死にました。しかし、ガス室で殺されたのではありません」
少女は穏やかな口調で言いました。
「では、どうして死んだのかね?」
ヒトラーは疑問に満ちた目で少女に聞きました。
「私も強制収容所で死にました。1945年の三月上旬です。でもガス室で死んだのではなく、チフスに罹って死んだのです」
少女は、そう淡々と話しました。
「ああ。そうだったんですか。強制収容所は不衛生の上、僅かな食事で、重労働のため、体力が衰弱して死んでいったユダヤ人も、非常に多い。それは意図的な殺人と変わりありません。何と謝っていいか」
ヒトラーは、また青ざめた顔で弱々しく言いました。
「いいえ。ヒトラーさん。そう自分を責めずに聞いて下さい」
そう言ってアンネ・フランクは話し始めました。
「私の父は銀行員で、私は、1929年に、ドイツのフランクフルト・アム・マンで生まれました。しかし、1933年から、ナチスのユダヤ人迫害がひどくなり、ユダヤ人は、国外に亡命するようになりました。私の一家も、その年にオランダのアムステルダムに亡命しました。1940年にドイツ軍がオランダを占領して、オランダでもユダヤ人に対する迫害は、一層、激しくなりました。1942年に、私たち一家と、友人の家族を合わせた8人は、アパートの中の、隠れ家で、ひっそりと過ごすようになりました。私は、将来は、小説家になりたいと思っていましたので、毎日、日記を書き続けることにしました。それだけが私の唯一の楽しみでした。しかし残念なことに、1944年の8月4日に、隠れ家がゲシュタポに見つかってしまいました。私たち家族は、全員、強制収容所に連れていかれました。そして、その翌年の1945年の3月に、私は収容所でチフスで15歳で死にました」
少女は淡々とした口調で話しました。
「そうだったんですか。こんな幼い少女を。夢も希望もあったでしょうに。私は、とんでもない事をしてしまいました。なんと謝ったらいいか。いいや、これは謝って、済むことではありません。私は人間のクズです。いや、人間ではなく悪魔そのものです」
ヒトラーは、そう言って、ポロポロと涙を流しながら、憔悴した顔を少女に向けました。
「いえ。ヒトラーさん。そう自分を責めずに、落ち着いて聞いて下さい。確かに隠れ家での生活は、不自由で、辛くはありました。しかし私の父の会社の社員さんたちは、純血のドイツ人でしたが、私たちを、最後までかくまってくれました。私も出来ることなら、もっと長生きして、恋愛して、うんと遊び、そして、小説家になって、うんと小説を書きたいという夢があまりした。それが出来なかったというのは、確かに残念です。でも、幸いなことに、隠れ家で私が書いた、私の日記は、ナチスに押収されませんでした。1945年の5月に、ドイツが連合軍に降伏して収容所からユダヤ人たちが解放されました。私たちの家族では、私の父親のオットーだけが、幸いにも生きていました。父は、私の日記をタイピングしてくれて、「アンネの日記」というタイトルで、私のために出版してくれました。これが驚くほどの売れ行きで、60ヵ国語に翻訳され、2500万部を超す、世界的ベストセラーになったんです。さらに、1955年には、「アンネの日記」がニューヨークのブロードウェイで戯曲となり、今までに千回以上、上演されています。翌、1956年には、ヨーロッパでも上演され、ドイツでは、100万人以上のドイツ人が観てくれました。さらに、翌、1957年には、アメリカで「アンネの日記」が映画化されました。オランダのアムステルダムには、私の像が建てられ、アンネ・フランク財団、というものが設立され、私の隠れ家のアパートは、歴史の名所として保存され、オランダを訪れる多くの観光客が、見に来てくれています。私は世界的に、平和を願う象徴の人物の一人になることができました。ですから私はこの上なく幸福です」
そう言ってアンネは、子供っぽくニコッと笑いました。
「そうでしたか。そんなことを聞くと、いささか私も救われます。しかし、死なずに生きていれば、もっともっと、たくさんの素晴らしい文学作品が書けたでしょう。それを思うと、やはり、申し訳ない。私はユダヤ人の優秀さに嫉妬していたのです」
ヒトラーはガックリと肩を落として、そう告白しました。
「いいえ。私が、運よく生き延びられたら、これほどの名誉が得られたか、どうかは、わかりません。敗戦の前年の1944年に、隠れ家が見つかり、強制収容所に入れられて、ドイツが降伏する直前に、私が15歳で死んだ、という事実が、あったからこそ、私は悲劇の主人公になり、全世界の人々が、私を、可哀想に思って、同情してくれてた、という面は、間違いなくあると思います。ですから、結果的に見れば、ヒトラーさんが、ユダヤ人を迫害してくれたために、私は、世界的な名声を得ることが出来た、とも言えると思います。ですから、そう気に病まないで下さい」
心の優しいアンネには、ヒトラーを恨む様子は、全く無く、むしろ、罪悪感で打ち拉がているヒトラーを、何とか慰めようとしました。
「そうですか。あなたは優しく聡明な人だ。しかし、それは、結果論です。私の行ったホロコーストが、それによって、正当化される、などということは、間違ってもありません、し、あるべきでも、ありません」
ヒトラーは、自分に言い聞かすように、きっぱりと言いました。
その時、一人のユダヤ人が、出て来て、ヒトラーの前に立ちました。ヒトラーは、恐る恐る顔を上げました。
「ヒトラーさん。実を言うと、私は、ある銀行の頭取でした。我々ユダヤ人は、昔から迫害されていましたから、ユダヤ教の選民意識もあって、金の取り立は、容赦なく厳しくし、さらに故意に意地悪くしてきました。金の取り立てのために、自殺した人も多くいます。私は、他民族に対し、ざまあみろ、と、いつも心の中で笑っていました。私は悪い人間です。本来ならば私は地獄へ落ちるべき人間だったでしょう。しかし、神は、私がホロコーストで殺された、ということで、私を天国に入れてくれました。私だけでなくホロコーストで殺されたユダヤ人は、神様が、憐れんでくれて、全員、天国に入れて下さいました。ですから、そう自分を責めないで下さい」
そう、ユダヤ人は言いました。
「さあ。ヒトラーさん。土下座は、もう、やめて立ち上がって下さい」
ユダヤ人は穏やかな口調で言いました。ヒトラーは、ゆっくりと立ち上がりました。
ユダヤ人は、ヒトラーの手をしっかりと握り締めました。そして、温和な顔をヒトラーに向けました。
「私たちユダヤ人は、あなたを許します」
その言葉がヒトラーの心に、重くズシンと響いたのでしょう。
「あ、ありがとうございます」
そう言うや、ヒトラーは号泣しました。周りで見ていたユダヤ人たちや、極楽の住人たちは、一斉にパチパチと拍手しました。
「地獄から来られた方々。私たちも、あなたがたの祝宴に入れて下さい。天国では、新しく入って来た人を、みなで祝うのが、慣わしです。私たちは、あなた方の地獄からの生還を祝いたい。そして、これから、ずっと一緒に暮らしていくのですから、これからの末永い付き合いを、共に祝い合いましょう」
天国の住人の一人が、そう言いました。
「ありがとう」
地獄からの亡者たちは、みな、感涙にむせびながら言いました。
こうして、地獄から極楽に生還した亡者たちと、天国の住人たちとの、大規模な祝宴が賑やかに行われました。
お釈迦様は、木陰から、この様子を羨ましく見つめていました。
お釈迦様は、もう人間を地獄に落として、試すような悪趣味なことは、やめようと反省しました。





平成25年5月9日(木)擱筆



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少年(小説)

2015-06-27 00:19:58 | 小説
少年

 子供のころの思い出は、誰にとっても懐かしく、あまずっぱい、光と汗の実感でつくられた、ここちよい、肌が汗ばみだす初夏の日の思い出のようなものでしょうが、子供は、まだ未知なことでいっぱいで、あそびにせよ、けんかにせよ、大人のように制限がなく、やりたいことを、おもいっきり、発散できるからで、夢のような自由な世界がなつかしくなるからでしょう。
 私が小学校六年の時、光子という一人の少女が、ひときわ、なつかしく、思い出されます。
 彼女は、高校一年のひときわ、あかるく、かわいらしい子で、でもちょっとかわった性格があり、それは今思うと、性にめざめはじめた思春期のせいか、それとも彼女がもつ特別な性格のせいだったのか、それは、今でもわかりませんが、彼女は今でも私の思い出のひきだしの中に、みずみずしく、なつかしく、生きていて、できることなら、もう一度、あのころにもどりたいくらいです。
 しかし、それは現実にはできないことですが、何とか彼女が生きた、みずみずしい美しさを書いておきたくて、書くことは好きなので、書くことで彼女を再現してみようと思いました。 
 私は小学校を東京から少し離れた公団住宅で過ごし、団地の中の小学校へ通っていたのですが、そこに、はなわ信一という、色白のおとなしい子がいました。彼は別の学校から転校してきた子で、友達をつくろうともせず、いつもポケットに手をつっこんで、壁にもたれて観察するような目でクラスの様子をみている子でした。
 私も、元々、友達づきあいがにが手で、彼に同類の親近感のようなものを感じて、どちらからということもなく、彼と親しく、つきあうようになりました。
 クラスには叶という、ふとってて、何事につけてもノロくて、友達にからかわれていた子がいました。信一は、ちょっとへそまがりの、なまいきで、私には、それが、彼の魅力でもあったのですが、ある時、叶をからかっている連中をうしろからいきなり、けっとばしたことがありました。彼らはギョっと、おどろいて、体も小さく、たいして力もなさそうな、いつもは、おとなしい信一の暴挙をきみわるがってか、すごすごと、その場を去って行きました。
 以前、信一は、オレのオヤジはXX組のヤクザの幹部だぞ、などと言ったこともあります。助けられた叶は、すがるように信一にお礼を言って、ペコペコ頭をさげ、それ以来、信一を、おやぶん、おやぶん、と言って、したうようになりましたが、信一は、フン。お前なんかを助けるためじゃないよ、何となく、気にくわないヤツをけりたくなったから、けっただけさ、などといいました。
 ある時、学校のかえりに、私は信一にさそわれて、叶といっしょに信一の家に行きました。信一の実母は三年前に交通事故で死んでしまい、一周忌がすむと、彼の父は、ある未亡人と再婚していました。義母には、光子という高校一年になる元気な子がいました。
 信一と私と叶が光子のPHSのゲームで遊んでいると、光子が、入ってきて、
「信ちゃん。私のものにさわらないでよ。」
とおこった口調で言います。信一は、キッとなり、
「ふんだ。ねえさんのけちんぼ。」
といって、近くにあった、ぬいぐるみを光子になげつけましたが、光子はそれをスッとかわすと、フンと言って、部屋を出て行きました。信一は、あいつ、なまいきだから毎日、うんといじめてやるんだ、と、本当か、まけおしみか、わからないことをいいます。それからだんだん、私と叶は信一の家にあそびに行くようになりました。
光子はいつも窓ぎわでCDをききながら少女マンガを読んでいました。ある時、信一はきつねごっこをやろうよ、といいだしました。きつねごっことは、人間に化けて、人をからかうキツネをさむらいが、その正体をみやぶって、こらしめる、というものでした。光子がキツネで、私と叶が、だまされ役、信一が、さむらい、といいます。
 よこできいていた光子は、面白いと思ったのか、よし、やろう、やろう、と言って腰をあげました。光子は台所からクッキーと紅茶をもってくると、おかしを足でグチャグチャにして、紅茶に、つばをいれます。それを私と叶は、だまされたふりをして、おいしい、おいしい、といって、のむと、光子も、おもしろくなってきたのか、だんだん図にのってきます。
光子の魔法の笛にあわせて私と叶がおどって、よっぱらって頭をぶつけて、ころんだり、ねたふりをすると、光子がかまわず、ふんでいきます。もう光子は、おもしろくなって、遠慮なく、体重を全部のせて、笑いながら、ギューギューと踏み歩いて、ああ、つかれた一休みしよう、と言って、ドンと重たいおしりをおろしたりします。そこへ、さむらい役の信一がおもむろに登場します。やい。このワルギツネめ。人に化けて、人間をからかう、とは、何てやつ。ふんじばってくれるからかくごしろ。信一は私と叶をうながして、光子をとりおさえようとしますが、光子はオテンバの本性をあらわし、
「ふん。ばれたら、仕方がないね。あばよ。お前らみたいなトウヘンボクにつかまってたまるもんかい。」
といって、にげようとします。が、光子は高校一年、私たちは小学校六年で、四つの年の差は、さすがに、光子を容易につかまえさせません。
それでも、こちらは三人なので、又、光子にもキツネごっこのストーリーに従わなくては、という意識があってか、ようやくのこと、とりおさえて、ねじふせます。信一が用意していたらしい縄で、光子の手をうしろでしばりあげようとすると、
「あら信ちゃん。むちゃしちゃいやだよ。」
といいますが、さすがに三対一には、かなわず、光子を柱にくくりつけ、ハンカチで、さるぐつわをすると、はじめは、もがいていた光子も、グッタリして目をとじ、カンネンしたらしく。私たちは、やあ、やあ、よくもだましてくれたな、ふとどきなキツネめ。といって、体や顔のあちこちをつねったり、くすぐったり、化粧といって顔にツバをぬったり、さっき光子がしたように、体をふんだりします。オテンバで、年も上の光子なので、もっと抵抗しようとするかと、思っていたのですが、不思議なほどに、光子は、おとなしく、だまって横ずわりしています。
しばしたって、もう興がさめて、光子の縄とさるぐつわをとくと、光子はソッと顔を洗いに出ていきましたが、顔を洗って、もどってくると、
「ああ、ひどい目にあわされた。キツネごっこなんて、もう二度とやらないから。」
といいながらも、なぜかニコニコうれしそうな様子です。
私たちは自由になった光子が、おこって、仕返しをするのでは、と思いましたが、何事もまるでなかったかのような様子です。光子は窓際に行くと、CDをヘッドホンでききながらコミックを読み、私たちは、テレビゲームにと、元のように別々にあそびはじめました。そんなことがきっかけで私と叶は信一の家へ、足しげくあそびに行くようになりました。 
 ある時、私たちが、テレビゲームで遊んでいると、光子の方から、
「ねえキツネごっこをやらない。」
と、モジモジといい出したので、私はおどろきました。私は、光子が、この前やられた、しかえし、のため、だと思い、光子がキツネになって、ふざける度合い、が、だんだん強くなっていくのでは、と思いました。
しかし前半の光子のふざけの部分は、前より何か、かるくなったようで、何か形だけしているような感じで光子が、おもしろがっている様子は、ぜんぜん感じられません。今度は私たちが光子に、しかえしする番になりました。が、それでは、こちらも、しかえし、してやろう、という気持ち、も、おこってこず、何か、しらけぎみになっていると、光子は、
「さ、さあ、私は、人をダマしたワルギツネだよ。」
と、あそびのつづきを催促するようなことをいいます。しかし、その声はふるえていました。私たちは、光子をしばりあげ、この前と同じように柱につなぎとめ、めかくししました。しかし、たいして、からかわれていないので、光子に悪フザケをする気があまりおこらず、もてあましていました。すると光子は、
「さ、さあ、悪ギツネはおきゅうをすえられるんだろう、この前と同じように、やっておくれ。」
と声をふるわせながら言いました。
私たちは、しかたなく、鼻をつまんだり、ツバを顔にぬったり、顔をふんだり、スカートをあちこちから、めくって光子を困らせたりしました。すると、光子はだんだん呼吸をあらくして、切ない喘ぎ声をあげだしました。
私と叶は何か、きみわるくなって横でみていましたが、信一はあらゆるいじわるを躊躇なく楽しむことができる性格だったので、さかんにめかくしされた光子をいじめます。信一に手伝うよういわれて、私たちも光子の責めに加わりました。
はじめは、おそるおそるでしたが、しだいになれてくるにしたがって、おもしろくなり、光子の頬をピチャピチャたたいたり、足指で、鼻や耳をつまんでみたりしました。そのうち、キツネごっこは、後半の光子がせめられるだけのものになりました。光子は、さ、さあ、もう、どうとでもしておくれ、といって、ドンと私達の前に座りこんでしまいます。すると、信一はいろいろな方法で光子を困らせ、光子が悲鳴をあげて、本当に泣くまでせめるようになりました。
信一はいじわるするのが好きで、光子はその逆のようで、変な具合に相性が合うのです。でも、はじめのうちは、あそびがおわると、光子も、やりきれなそうな、不安げな顔つきでしたが、だんだん、なれるにつれて、この変なあそびがおわると、光子にすぐにいつもの明るい笑顔がもどって、信一を、
「こいつ。」
といって、コツンとたたいたりするようになりました。不思議なことに光子は、いじめられてばかり、いるのに、私たちがくる日には、手をかけて、たのしそうにチーズケーキなんかをつくって、まっててくれるのです。その後、信一と光子がどうなったか、それは知りません。

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春琴抄(小説)

2015-06-26 07:39:36 | 小説
春琴抄

 春琴は美しいアゲハ蝶である。その美しさには春琴が通る時、心の内からたとえようもない、美しさ、心の純真さ・・に魔法にかかったかのように魅せられないものはいないほどである。春琴自身それを逆に感じとり、恥ずかしく顔を赤らめるのだった。
 春琴には彼女にふさわしい逞しく美しい雄のアゲハ蝶の彼Nがいた。二人はともに愛し合っていた。しかしどちらかというと、少し心にたよりなさのある春琴を守りたい・・・という彼の思い、が二人の関係だった。
 二人はこのおとぎの国の美と愛の象徴だった。
 あるポカポカはれた春の日、春琴は、彼女の仲間の蝶とともに少し遠出した。春琴一人では、まよいそうになるほどのキョリのある場所だった。春琴は少しポカンとしたところがあって道に迷いやすい。だが仲間はしっかりした方向感覚をもっていて道に迷うことはない。心地よい陽光のもと、流れるさわやかな微風に身をのせて、いくつか野をこえ原をこえた。
 そこはジメジメしたうす暗い所だった。仲間がキャッ キャッとさわいでいる。よくみると、そこにはクモの巣の糸がはってある。木陰にじっとかくれているクモを仲間がみつけたらしく、からかいのコトバをかけている。
 クモは陰湿な方法でエモノをとる。しかしアミにかかりさえしなければ安心であり、手も足もだせなくてくやしがってるクモをからかうのは何とも、スリルと優越感があっておもしろい。
「みなよ。あんなみにくいヤツがエモノがかかりはしないかとものほしそうにまってるよ。」
と一人が言うと、みなが笑った。
みながクモにツバをはきかけるとクモはくやしそうにキッとニラミ返した。
「お前ら。おぼえてろよ。」
というと、みなはますますおもしろがって笑った。
「春琴。あなたもからかってやりなよ。」
と仲間にいわれて春琴はクモに近づいてクモをじっとみた。
春琴の心にはまだいたずらっぽさ、オテンバさ、も十分あった。春琴は、それがいやがらせだと知って、クモをじっとみながら自分の美しさをみせつけながら、そうしている自分に酔い、「ふふふ。」と笑った。クモは恥ずかしそうにコソコソとかくれてしまった。
 そのあと、蝶たちは、もと来た野をもどり帰ってきた。こわいもの、みにくいもの、みたさは春琴にもある。こわいもの、おそろしいものをみると自分が自由であることを実感できる。その夜、春琴は自由を実感して心地よく寝た。
 翌日、仲間達は春琴に、昨日、あそこへ行ったのはクモをからかいに行くためもあったけれど、それに加えて、キケンな場所を春琴に教えるため・・もあったのだと言った。春琴は時々、みなから離れて一人行動するところがあるから気をつけるように、と注意した。
 その年の夏の暮れ、ちょうど以前、あの暗いクモの巣のある所にいったような日のことだった。春琴のこわいものみたさ、は一人でいる時つのって、どうにもおさえきれなくなり、何回かクモを見に行っては、じっとだまってクモをみていた。そして優越感まじりのキョリをとった思わせ振りをして無言のうちにみくだし自分に酔う酩酊をおぼえていた。
 その日、いつものようにクモはいないかと春琴が近づいた。少し近づきすぎた。
「あっ。」
と春琴が悲鳴をあげた時には、春琴の片方のハネ先が糸にくっついてしまっていた。生と死をわける、死の方への粘着である。春琴があせればあせるほど片はねが両はねへ、そして全身へと糸がどんどんからまっていく。もがけばもがくほど糸はどんどんからまっていく。春琴はこの時、神にいのった。「ああ神様。助けて。」
あるいはクモが奇跡にも死んでくれないかと。あるいは仲間の誰でもいい、誰かここへきて、こうなってしまっているのでは、と感づいて来てくれはしないかと。だがざんねんなことにそのどれもきかれないのぞみ、だった。
「ふふふ。」
とクモが、してやったりと、とくい顔であらわれた。
「いや。こないで。」
と春琴がいうと、クモは、止まって、笑いながら春琴の無駄な苦闘をみている。さもたのしそうである。クモはこうして巣にかかったエモノが一人であがき、つかれはてるのをまってから、毒エキを入れ、たべてしまうのである。春琴もそれと同じ運命になるしかない。むなしくあがき、つかれはててグッタリと力なく、うなだれてしまった。ころあいをみはからってクモは春琴の真近にまで来て、春琴の顔をじっとながめた。いつもと逆の立場にたたされた春琴は顔を赤らめ、そむけた。これほどブザマなことはなかった。そして死の恐怖のため、目を閉じて観念した。クモは春琴に
「ふふふ。」
と笑いかけ、
「どうした、いつものいきおいは。よくも今までからかってくれたな。」
と言った。春琴はもう死の覚悟ができていた。むしろこんなブザマな死にざまを誰にもみられないようにといのりたいくらいだった。クモが春琴の体に触れた時は、さすがに春琴も
「あっ。」
と言って身震いした。こんな気持ちの悪いものに触れられてる、と思うと、死を覚悟していても背筋がゾッとする。だがクモは殺す前に思う様、彼女をなぶりあそんでから、と思っているらしく、気色の悪い、執拗な愛撫がはじまった。クモは時々、からかいの言葉をかけながら、春琴の体をくまなく這うように愛撫した。するとどうしたことだろう。はじめはただただ死ぬ以上に気味悪く体を硬くふるわせていた春琴に、不思議な別の感情がおこってきた。それは自分ほど美しいものがかくも醜いものになぶられ、もてあそばれ、そして殺される、という実感。それはいつしか徐々に、そしてついにそれは最高のエクスタシーになっていた。春琴は自分の体から力がぬけていくのを感じた。春琴はもてあそばれることに、おそるおそる身をまかせた。今みじめにも復讐され、もてあそばれ、そして数時間後に自分は殺されて死んでしまっている、という実感を春琴は反芻した。するとそれは、そのたびいいようのないエクスタシーを春琴に返した。クモはあたかも春琴の心をさっしているかのように時々笑う。しかし愛撫の手はやめない。心をさっされると思った時、春琴は、それをさとられることを死ぬ以上におそれた。そして、何とかあざむこうと声をふるわせて言った。
「こ、殺すならはやく殺して。」
だがクモは笑って愛撫をつづける。かなりの時間がたった。春琴の頭からは、すべての想念がなくなり、クモは、春琴の体からはなれた。毒エキの針をさされることを春琴は待った。自分が、今から殺されると思うと、最高の快感で身震いした。だが、春琴はずっと目を閉じていたので、わからないのだが、再び、クモが触れてきた動きは今までとは何か様子がちがう。春琴は自分の体が軽くなっているのに気づいた。目をあけるとクモはいつのまにか、糸をとる油で春琴の体を糸からはなしてしまっていた。はばたくと春琴はプツンと糸から離れて自由の身で宙に舞うことができた。よろこびよりも虚無感が春琴の心をしめていた。辺りの野は一面、けだるい晩夏の午後の陽光に照らされて、静かに燃えるような熱気を放っている。だが相対して目の当りにクモをみた時、春琴は言いようのない恥ずかしさをおぼえた。クモは口元に笑みをうかべ、
「君はまたきっとくるよ。」
と言った。春琴は恥ずかしくなってその場を去った。数日が過ぎた。春琴はうつろな思いで数日を過ごした。仲間が、春琴が近ごろ姿がみえないのでどうしたのか、と思って春琴のところにきた。だが春琴はうなだれて、うつろな表情で一人でいる。春琴にも何か考えごとがあるのだろうと仲間は帰って行った。日がたつにつれ、春琴はいてもたってもいられなくなった。いいようのない感情が起こり、それが春琴を悩ませていた。春琴は相愛の相手であるNと結ばれた。みなが祝福した。幸せな日々がしばらくつづいた。しかし日がたつにつれ、春琴は再び持病のように、あのいいようのない不思議な感情におそわれだした。夜、春琴は夫に自分を何からも守り、愛してくれるよう求めた。夫はそれにこたえ、春琴を力強くだきしめた。二人は幸せになった。夫は逞しく、美しく、春琴を愛し守ってくれる。春琴にも、もとのあかるく、無垢で、純真な笑顔がもどった。だが時々、フッと一人で考えてしまうような時、何かのひょうしに気のまよいがでてしまうのだった。それはあの暗い、こわい、そしてつらく恥ずかしい、死を求める感情だった。小さな幸せの国。美しいアゲハ春琴と逞しいアゲハNがエンペラーのような象徴として調和をたもっている平和な国。しかし、春琴には時々、暗い感情がおこる。それに悩まされ、時々春琴はあの暗い場所を求めにいってしまう。その後、春琴は、クモは、Nはどうなったか。それは作者も知らない。

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歯科医のサディスト(小説)

2015-06-25 03:17:11 | 小説
歯科医のサディスト

木枯らしが吹く寒い師走のある日の事である。
(正確に言うと2004年12月3日の事である)
東京都庁のすぐ近くにあるビルの一室で、広告主に頼まれてホームページ製作の仕事を終えた男が足を机の上に乗せ、読みかけの週刊モーニングをパラパラッとめくっている。男の名はザッパー浅野。ここの広告代理店の社長である。広告主から依頼を受け、ホームページ製作をする事を仕事としている。社員も数人いる。活字離れが蔓延している現在の日本で、今時珍しい大変な読書家で、あらゆるジャンルの本を読みこなす。また、自ら小説も書き、自分のホームページに発表している。特に好きなジャンルがあるわけではなく、何でも書くが、幻想、異端的な感覚が作品の基調に流れている。また氏は故、渋沢龍彦に次ぐサド文学研究の第一人者であり、サドファンのために「サドマニア」という、サド文学研究サイトを立ち上げている。また、インドをこよなく愛し、インド映画鑑賞と、インド料理は、氏にとって欠かせないものとなっている。
(今日はちょっと寒いな。鼻水が出てしょうがない)
男はそんな事を考えながら、ティッシュペーパーで鼻をはさんで、チーンと勢いよく鼻をかんだ。すると、口の中に堅い小さな異物がカチリと触れるのを感じた。どの歯の詰め物がとれたのかと、あわてて舌で歯を点検してみると、それは一ヶ月前に治療を受けて治したばかりの歯だった。とたんに怒りがきた。
「何てことだ。一ヶ月前に治したばかりの詰め物がとれるとは!」
男は財布から歯科医院の診察券を取り出すと、その歯科医院にいそいで電話をかけた。出たのは治療を受けた院長だった。ザッパー氏は荒っぽい口調でどなるように言った。
「一ヶ月前に治療を受けた歯のつめものが、もう取れてしまいました。しかも鼻をかんだ程度の軽い衝動で、ですよ。すぐ治してほしいと思いますが、今日、お伺いしてもよろしいでしょうか」
すると院長はオロオロした口調で答えた。ペコペコ頭を下げている姿が電話超しにイメージされた。
「いや、誠に申し訳ない。どうぞ今日いらして下さい」
ザッパー氏は返事もせず、電話をガチャリと切った。
「まったくなんて歯医者だ。あのブタ院長。会ったらうんと文句を言ってやろう」
そう思いながら、ザッパー氏は立ち上がってダウンジャケットを着た。
「おう。悠理。俺は今から歯医者に行ってくる。取れた詰め物を入れ直すだけだから時間はたいしてかからないだろう。今日の晩は久しぶりにインド料理を食いに行こうぜ。俺が車で連れてってやる」
パソコンで黙々とタイピングしていた女社員の悠理は、俯いたまま小声でボソッと呟いた。
「インド料理はカレーからもうイヤ。私はタイ料理を食べタイわ。それにあなたの運転は下手だからイヤ」
瞬時にザッパー氏の額に青筋が立ち、むっとこの女社員を怒りに満ちた目でにらみつけた。が、女社員は俯いたまま顔を上げようとしない。ザッパー氏は戸を開けて、怒りを込めてバンと戸を閉め、木枯らしの吹く師走の街へと出て行った。
「まったくあのアマ。インドを侮辱しやがって・・・。帰ったら仕置きとして百タタキの刑だ」
そんな事を小声で呟きながら、ザッパー氏は歯科医院へと向かった。歯科医院は事務所からすぐ近くの都心の高層ビルの十五階だった。


この歯科医院は、院長の腕がよくないという評判があるが、なぜか治療を受ける人は絶えず、つぶれずに経営が成り立っているのである。という噂を交友関係の広いザッパー氏は聞いていた。
戸を開けると来院者は一人もいなかった。ザッパー氏が大声で人を呼ぶと、いつものボンクラそうな男の院長がペコペコ頭を下げながら出てきた。ザッパー氏はいい加減腹を立てていたので、治療椅子に座ると院長に怒鳴りつけた。
「ちゃんとした治療をして下さい。一ヶ月前、入れてもらったばかりなのにもう取れちゃったんですよ。しかも、食事をしている時ではなく、鼻をかんで、その時の衝動でポロリと、とれたんです。こんないい加減な治療をして、本当にあなたは歯科医師なんですか。歯科医師免許証を見せてください」
言われて、小太りの院長はオロオロした様子で免許証を見せた。
「フン。免許だけはちゃんと持っているんですね。でもどうせ、大学でも、ろくに勉強も実習もやらないで、遊んでばっかりいたんでしょうね。よくこんな歯科医院に来る人がいますね」
と、あてつけがましく言った。院長は気が小さい人間らしく、オロオロしながらペコペコ頭を下げた。
「すまん。許してくれ。君の言う通りだ」
「そうだろうと思いましたよ。ともかく、今度はちゃんとした治療をして下さい。鼻をかんだ程度の衝動でとれないような、ちゃんとした治療を・・・」
ザッパー氏は吐き捨てるように言った。院長はどうしたものかと、手を揉んでいたが、申し訳なさそうな口調で切り出した。
「あ、あの。今、私の友達なのですが女医が一人、来ているのですが、今日の治療はこの先生に代わってもらうという事にしてはいかがでしょうか」
「腕は確かなんですか」
「ええ。その点は保証します」
「じゃあ、その先生でかまいません。早く治療をして下さい」
ザッパー氏がイラついた口調で言うと、院長はスゴスゴと奥の部屋に入って行った。目の前には上下全部の歯が一列に並んだレントゲン写真がある。虫歯を治療して銀をかぶせた歯がたくさん見える。人間の病気にも色々ある。糖尿病や、高コレステロール血症、動脈硬化、など一度かかっても、病気の治療を自覚して、食事や運動を心がけ、服薬治療を受けることによって改善したり、治癒したりする病気は多い。というより、病気の多くは患者が自覚して治療に取り組めば、治る病気のほうが多いのである。しかし、歯だけは例外であり、一度虫歯になった歯はどんなに患者が自覚して手入れをしても改善するという事はない。加齢とともに人間の歯は傷んでいくのを逃れられない。歯というものは、人間の加齢を象徴的にあらわしている臓器である。レントゲンで、銀歯の多いのを見ると、
(ああ。オレも歳をとったな)
と、ザッパー氏は一人、人生の悲哀を感じながら、ため息混じりに呟いた。
(今回の治療は何回の治療で終わってくれるだろう。もしかすると、このまま永遠に通い続けなければならないのではないか)
そんな不安が頭を擦過した。
その時である。院長が入っていった部屋から女医が治療室に入って来た。そしてザッパー氏の傍らに来て、治療用のトレーや器具を手馴れた手つきで整えだした。ザッパー氏は女医を見るや、思わず、「うっ」と声を漏らし、下腹部がみるみる熱く、硬直していくのを感じた。女医はこの世のものとは思われない、歯科医師にしておくには勿体ないほどの美しい容貌であり、白衣の下にはセクシーなピンクのブラがチラついて見える。広告代理店の仕事もトラブルが続きがちであり、このところ、気分も落ち込みがちであり、何ヶ月も女と御無沙汰であった事が、官能をよけい刺激した。
(こ、こんな隠し玉があったとは・・・)
ザッパー氏は瞬時に腕の悪い院長という評判の歯科医院が、つぶれもせず、繁盛している理由を理解した。女医は美人ではあるが、茶色に染めた髪を掻き揚げ、冷たい怜悧な目で、見下すように、ザッパー氏を一瞥し、「ふふふ」と不気味な笑いを漏らした。厳粛な医療の仕事中にもかかわらず、腰までとどくロングヘアーは整えず、長く伸びた爪には真っ赤なマニキュアが派手に施されている。それはまるで白衣が無ければ、SMクラブの女王様のような感じだった。
「はじめまして。私、玲子というの。腕に自身はあるから安心してね。いつもは奥の部屋で本を読んでいるけど、あなたのような、聞き分けのない強情な患者が来た時だけ、院長とバトンタッチするのが私の仕事なの」
女医はザッパー氏に対する挨拶としてこんな事を言った。
「じゃあ、治療を始めるわよ」
そう言って、彼女は治療台に、いくつもついているスイッチの一つを押した。すると、ウィーンという音とともに治療椅子の肘掛の手首の辺りから、円筒状の丈夫な鉄製器具が出て来て、それはあっという間にザッパー氏の両手首を手枷として固定した。
「な、何をするんだ」
ザッパー氏は身動きのとれなくなった体を捩って、怒鳴るように激しく訴えた。
「ふふ。こうした方が治療しやすいのよ。特に、子供とか、あなたのようなダダッ子にはね」
それは正論である。治療者にしてみれば、治療中にイヤがったり、動いたりする患者は、やりにくいことこの上ない。しかし、それは患者、および常識的視点から見た場合、非常識極まりない。医療はサービス業であり、患者にとって、安全、快適な配慮を精一杯するのが常識である。特に歯科治療のように、患者に不安感を与えやすい場合はなおさらである。多くの歯科医院では、治療のはじめに、「痛かったら左手を上げてくださいね」と、優しく語りかけてくれるのが普通である。間違っても患者の手を拘束する歯科医院は、この世に存在しないだろう。
「じゃあ、治療を始めるわ。痛かったら、うんと泣き叫びなさい」
こんな事を言って、女医はザッパー氏の治療を始めた。口を開けさせると、
「ああ。ここね。つめものがとれた所って。ちょっと奥が虫歯になっているから削るわよ」
女医は削歯器(エアータービン)の先端をザッパー氏の虫歯のところにもって行き、削歯器のスイッチを入れた。ウィーンという、あの悪魔の音が鳴り始めた。
「ま、待て。ま、麻酔は?」
さすがに気の強いザッパー氏も、起こり始めた恐怖感から激しく問い質した。
「麻酔?ダイジョーブよ。この程度。それに私って歯を削る時、麻酔を使うのって嫌いなの」
女医はニヒルな笑いを浮かべてこう答えた。ザッパー氏は恐怖におののいた。
(サ、サドだ。昔、映画で見たことがある。この女はサドの歯医者だ)
「きょ、今日は治療はいい。思い出したが、今から、取引先との大切な打ち合わせがあるんだ。また今度、来る。だ、だから、ともかく手枷をはずしてくれ」
ザッパー氏は冷や汗を流しながら、だんだんつのっていく恐怖心から声を震わせて言った。が、女医は訴えを一笑に付し、
「ダイジョーブよ。せっかく今日来たんだから・・・そんなに時間はかからないわ」
そう言って削歯器で歯を削りだした。筆舌では表せぬ、狂せんほどの痛みが下顎神経から発され、脳髄はその痛みによって、破壊されんほどだった。それは人間に耐えられる痛みではなかった。悪魔も地獄の鬼もこんな責めは躊躇するだろう。
「うぎゃー。うがー。うががががー。うおおおおー。ぐあー」
ザッパー氏の悲鳴が治療室中に鳴り響いた。だが女医は治療を中断しようとはしない。痛みに悲鳴を上げている患者と、その治療を笑いながら続けている女医。それはまさに地獄図だった。しばしして、女医は治療の手を一時休めた。
「どう。ボクちゃん。痛かった?」
女医はニコニコ笑いながら聞いた。
「あ、当たり前だ。直ちに止めるんだ。こんな事。これは治療じゃなく拷問だ」
「あっ。ボクちゃんって、かなりガマン強い子なのね。まあ、でもいいわ。私としては、泣いちゃう子の方が好きなんだけどな」
そう言った後、女医は再び歯を削りだした。
「うがー。うががががー。うおおおおおー」
一時休止の後、拷問が再び開始された。しばし、ザッパー氏の悲鳴を楽しみながら聞きつつ削歯していた女医は、再び二度目の小休止をした。
「どう。ボクちゃん。痛かったでしょう」
「あ、当たり前だ。き、貴様。いい加減にしろよ」
女医は考え深げに首をひねりながら、
「うーん。君。かわいくないなあ。普通の男の人だったら、泣き叫んで、ペコペコ頭を下げて許しを乞うんだけどなー」
と、独り言のように呟いた。
「じゃあ、もう一回いくわよ。止めてほしかったら、泣きながら、恭しく頭を下げ、『お許し下さい。玲子様』と言って、跪いて、私のヒールを舌できれいに舐めるの。そして、今後、私の奴隷になることを誓うの。そうしたら今日の治療はおしまいにしてあげるわ」
「お、お前、筋金入りのサド女だな」
「そうよ。男の人は私の治療を受けるとみんな泣いて、私に許しを乞うわ。でもだからといって、来なくなる人はいないわ。みんな私の治療を泣きながら喜んで受けるわ。男なんてみんなマゾなのね。というより、私が魅力的過ぎるのかしら」
オホホホホと彼女は高らかに笑った。ザッパー氏が黙って聞いていると彼女は調子に乗ってさらに話し続けた。
「ここは私の魅力で経営が成り立っている、マゾ男用の歯科医院よ。私がいる限り、お客がいなくなるってことは無いの。院長がここにクリニックを開業したけど、あの通り、腕は悪いし、ダメ男ちゃんだからサービスも悪く、患者は全然来ないでしょ。そこで歯科医師募集の広告を出して、私がここへ来たってわけ。私が来たおかげで大繁盛になったわ。でも患者の治療は基本的に院長がするの。私は一度、男を徹底的に治療してあげればいいの。一日のほとんどは奥の部屋で本を読んで過ごしているわ。男の人は、私に治療してもらえるんじゃないか、という期待で必ず来るし、私への付け届けといって、患者は多額のお金を院長に渡すの。だからあなたも無理な意地張ってないで、私の奴隷になっちゃいなさいよ。もちろん、院長もあの通り、ダメ男君だから私の治療を泣きながら喜んで受けてる、私の忠実な奴隷よ」
オホホホホと彼女は真珠婦人のような高貴な高笑いをした。彼女は再び、ザッパー氏に麻酔なしの地獄の歯科治療を開始した。虫歯になっていない所まで削り、むき出しになった歯神経にもろに刺激を加える。驚天動地の激痛からザッパー氏の野獣の咆哮が部屋中に響き渡ったのは以前と同じである。が、ザッパー氏は泣きもしないし、許しを乞う事もしない。玲子は、いじめがいを感じなくなったのか、削歯をやめ、エアータービンのスイッチを切った。
「ガマン強い子ね。私、治療で泣いちゃう男の子が好きなの。もう、今日の治療はこれで終わりにするわ。でも、あなたもいつかきっと私の治療を希望して来るようになるわ」
ふふふ、と笑って、器具台のスイッチをピッと押すと、ウィーンという音とともに、円筒状の手枷は治療椅子の肘掛けの中に収納されていった。ザッパー氏は何をする気力も出ないといった様子で、ガックリしている。女医はそんなザッパー氏を笑いながら見て、
「よくガマンしたわね。ボウヤ。それじゃあ今日の治療はこれでおしまいよ」
はい、これで口をゆすいで、と言って、女医は死人のように項垂れているザッパー氏にコップを渡した。
「ボク、この次の治療はいつがいい。来週の水曜日の夜七時があいているけど、それでいいかしら」
女医はほとんど一方的に予約を取ろうとした。
「え、ええ。それでいいです」
口をゆすいだ水を吐き捨てたザッパー氏は穏やかな口調で答えた。女医の表情が急に明るくなった。
「やっぱり、どんなに強がっていても、男の人は私の魅力からは逃げられないわ」
こんな事を嬉しそうに小声で呟いた。女医は受け付けに行って、診察券を取り出すと、嬉しそうな口調で予約ノートに、一人で呟きながら書き込んだ。
「えーと。ザッパー浅野。来週の水曜、夜七時予約・・・と」
そう言って予約ノートをパタリと閉じた。女医は診察券を、グッタリ項垂れているザッパー氏にウキウキした様子で手渡した。
「はい。ザッパー浅野さん。診察券。来週の水曜、夜七時よ」
ザッパー氏は項垂れたまま、診察券を受け取ったが、そのとき女医の顔がハッとにわかに真剣な表情に変わった。女医は項垂れているザッパー氏に恐る恐る声をかけた。
「あ、あなたの名前、ザッパー浅野というの」
「そうだ」
ザッパー氏は感情の入らない事務的な口調で答えた。女医は恐る恐るの口調で質問した。
「あ、あの。もしかしてウェブサイトで「サドマニア」を立ち上げている、あのザッパーさん?」
「そうだ。だからどうした」
ザッパー氏が淡々とした口調で答えると女医の表情はにわかに変わりだした。
「あ、あの。噂に聞いているけど、渋沢龍彦に次ぐ、日本でサド研究の第一人者なんですか?」
「そうだ」
「あ、あの。噂に聞いているんですけど、本家のマルキ・ド・サド侯爵以上のサディストの冷血漢で、実際に何度もサディスティックな犯罪を犯して、起訴されて、刑務所に何度も入れられたという噂を聞いた事がありますが、ほ、本当なんですか?」
「ああ。本当だ」
女医の顔が引き攣った。態度は一変し、畏れ敬うような口調になった。
「あ、あの。私、ウェブサイトの<サドマニア>の大ファンなんです。サドの作品はほとんど全部読んでいます」
「だろうな」
「あ、あの。私、ザッパーさんのファンで、ファンレターのメールも送ったことがあります」
「あ、そう。そいつは光栄だな」
女医はザッパー氏におもねる発言を一生懸命するが、ザッパー氏は面倒くさそうな事務的な口調であしらう返事をするだけである。女医の声は震えだした。
「あ、あの。きょ、今日は何か、失礼な事をしてしまったような気がして、申し訳ありませんでした。今日の治療費はお支払いいただかなくてもかまいません。あ、あの。来週からの治療も、お代は結構です。もちろん麻酔もうちますし、無痛治療というものもありますので、痛みが全く無い治療をさせていただきます」
「ああ。そう願いたいな。俺は痛い治療は大嫌いなんだ」
お、おつかれさまでした、と女医は卑屈そうに腰を折って頭を下げた。ザッパー氏はうつむいたまま、ゆらりと立ち上がると、サッと女医の背後に廻って両手を背中にねじ上げた。
「ああっ。な、何をするんですか?」
怯える女医の抵抗を無視して、ザッパー氏は白衣のボタンを上からはずしていくと、荒々しく女医の体から白衣をむしり取った。白衣の中は露出度の激しいセクシーなピンクのブラジャーとパンティーが均整のとれたプロポーションを美しく覆っている。恐怖のため体が小刻みにピクピク震えている。
「フン。素晴らしいプロポーションじゃないか。服も着ないで、ピンクのブラジャーとパンティーだけか。これで、男に悲鳴を上げさせながら、女王様のサド気分に浸っていたってわけか」
ザッパー氏は吐き捨てるように言って、ドンと女医を蹴とばした。女医はよろめいて、治療椅子に尻もちをつくように、乗っかる状態となった。女医は精神的に竦んでしまって、抵抗する気力を持てないといった様子である。ザッパー氏は女医の右手をムズと掴むと、デンタルユニットにある、スイッチを押した。ウィーンという音とともに、肘掛けから、例の鉄製の手枷が出てきて、それは女医の手首にカッチリと巻きついた。同様にして、ザッパー氏は女医の左手も肘掛けの中の手枷によって固定した。
「あっ。な、何をするんですか」
「今度はお前の番だよ。歯を削ってやるよ。お前の言うとおり、オレは本家のマルキ・ド・サド以上のサドだからな」
「や、やめて下さい。ザッパーさんは歯科医師免許証を持っていらっしゃるんですか?」
「そんなもん、あるわけないだろ」
「し、歯科医師法違反になりますよ」
「お前の治療も歯科医師法違反にならないのか」
女医は苦しげな表情で口を歪めた。ザッパー氏はエアータービンのスイッチを押した。キュイーンという、例の恐ろしい音が治療室に響き渡った。女医はピンクのブラジャーとパンティーだけという姿で、両手首を手枷によって固定されていて、身動きがとれない。
「それじゃあ、はじめるとするか。ほら。アーンと口を大きく開けるんだ」
そう言って、タービンを女医の口へ持って行った。
「や、やめて下さい。も、もし患者が来て、こんなところを見られたらどうするんですか」
「おっと。そうだったな」
と言って、ザッパー氏はエアータービンのスイッチを切って、「本日休診」の看板を表に出し、内鍵をロックした。治療椅子に固定されている女医の所に戻ってきたザッパー氏は床に投げ捨てられてある女医の白衣を取り上げて着た。
「ふふ。こうすれば、仮に誰かがやって来て見つかったとしても大丈夫だろう。どうだ。なかなか決まってるだろう。さしずめ、オレもお前と同様、あのヘボ院長に助っ人を頼まれてやって来た臨時の非常勤医というところだな」
ザッパー氏はそんなことを言いながら女医の口にイジェクター(唾液吸引器)をひっかけて、
「はい。アーンとお口を開けて」
と、子供に言い聞かせるように命じた。
「や、やめて下さい。私に虫歯はありません」
女医はあせって言った。
「それはどうか分からないぜ。年に一度は歯科医も自分の歯の健康診断をしておいた方がいいぜ。それに最近は歯科医師の虫歯が増えているって聞いたからな」
ザッパー氏は女医の口を開けさせると、歯科医らしくライトをつけ、ミラーと探針で歯をチェックしていった。
「さすが歯医者だな。きれいな歯をしている。だが、左下の奥から二番目にちょっとした黒点が見える。これは治療しておいた方がいいな」
そう言って、ザッパー氏はエアータービンのスイッチを押して、先端(タービンヘッド)をそこへもって行こうとした。
「ま、待って。お願い。麻酔をうって!!」
「オレが麻酔のうち方なんて知るわけないだろ」
「お、教えます。麻酔注射は素人でも簡単に出来ます。そ、そこにキシロカイン2%と書いてあるアンプルがありますね。それを手で折って、注射器で中の液を吸います。後は注射器を歯と歯の間の歯肉部に上方からゆっくり刺し、注射液を1.8mlほど入れます。それを二ヶ所やってくれれば大丈夫です」
「ゴチャゴチャうるさいなー。オレは素人で、麻酔の打ち方なんて知らねーよ。それにオレはお前と同様、歯を削るのに麻酔を使うのは嫌いなんだ」
ザッパー氏は女医のあせった早口の説明を無視して、黒ずみのある歯にエアータービンを持っていき、フットペダルを踏んだ。タービンヘッドの先端に取り付けられているバーが高速回転し、キュイーンという音が出た。
「こ、怖いわ。や、やめて。お願い」
女医は痙攣したようにピクピク口を震わせながら叫ぶように訴えたが、ザッパー氏はかまわずタービンの先端を歯に当てると女医の歯を削りだした。キュイーンという音とともに歯が削られだした。当然のことながら歯科医師でないザッパー氏は治療の痛みを可能な限り軽減させるエアータービンの使い方の要領を知らない。ガリガリガリという荒っぽい削歯の音が部屋に響き渡った。
「い、痛―い。や、やめてー。お願い。許してー」
女医は泣き叫びながら涙をポロポロ流しながら許しを求めた。、女医の口からは極度の交感神経の緊張によって、洪水のように唾液があふれ出ている。ザッパー氏はバキューム(唾液吸引器)を使って口の中の唾液を吸い取った。
「ふふ。他人の痛みには人一倍鈍感なくせに自分の痛みには人一倍弱いんだな。だがそうやって泣き叫んでくれるとオレも削り甲斐があるぜ。ふふふ。ひさしぶりにサディズムの血が煮えたぎってきたぜ」
そう言ってザッパー氏は女医の哀願など全く無視して歯を削り続けた。
「お、お願い。痛いわ。耐えられない。許して。ザッパーさん」
女医は洪水のように涙をあふれさせ続けながら訴え続けた。

しばししてザッパー氏はエアータービンの先端を女医の口から出して、エアータービンのスイッチを切った。
「ザ、ザッパー様。お慈悲をありがとうございます」
女医は涙に潤んだ目をザッパー氏に向けて涙を洪水のように流しながら何度もペコペコ頭を下げた。が、ザッパー氏は冷たい視線で黙ったまま再びエアータービンのスイッチを入れた。悪魔の旋律が再び部屋に響き渡った。
「ま、まだ、やるんですか」
「当然だろ」
「お、お許し下さい。私、もう耐えられません」
女医は発狂せんほどのあせった表情で、拷問者の憐れみを乞うた。
「ふふ。ダメだな。そうやって相手が泣き叫べば泣き叫ぶほどサディストの血は騒ぐんだ。そんな事、お前だってサディストなんだから十分わかっているだろう」
「お、お金を差し上げます。十分に。ですからもうお許し下さい」
女医は大粒の涙をポロポロ流して哀願した。
「ああ。金は当然もらうぜ。オレの会社、エース・コーポレーションもちょっと資金がなくて困っているんだ。だがその前にもう少し拷問を楽しませてもらうぜ。さすがにこの拷問はゲシュタポが反ナチ・レジスタンスのアジトを吐かせるために考案した方法だけあって効果は満点だな。オレもお前に吐かせたい事があるからな」
「な、何をお知りになりたいのでしょうか。何でも包み隠さず、お話いたします。ですから、どうか、もう歯を削るのはお許し下さい」
何でも話す、と言ってもまだ話しにくい事があるのをこの女は気づいていないな、間の抜けたヤツだ、と腹の中でせせら笑いながら、ザッパー氏は淡々と語った。
「お前もサドファンで、偉大な作家マルキ・ド・サドの作品は読んでいるだろう。ソドム百二十日も読んでいるだろう」
「・・・え、ええ」
女医は顔を赤らめて恥ずかしそうに肯いた。ザッパー氏はニヤリと笑って話を続けた。
「あの話の中では、囚われた奴隷達が山盛りの糞を食わされたり、ホモ乱交を命じられたり、目をえぐられる拷問をされたりと、常識では考えられない事を権力者である大統領、最高判事、大司教、公爵の四人のサディズムの快楽のために行われたな」
「・・・え、ええ」
女医はまた顔を赤らめて小声で答えた。ザッパー氏はここぞ、とばかり、薄ら笑いして語気を強めて言った。
「お前も相当なサドだ。しかも自分の欲求を本当に実行に移す。俺が聞きたいのは、お前が歯科治療で奴隷にしたマゾ男達に、その後どんな事をしていたか、という事だ。お前の性格からして歯科治療の責めだけではすむまい。さあ、言え」
「・・・そ、それは」
女医は口唇を噛んで答えるのを躊躇した。ザッパー氏はニヤリと笑った。
「そうか。答えたくないか。それなら答えさせるまでよ」
そう言ってエアータービンのスイッチを入れて、先端を女医の口の方にもっていった。
「や、やめて。お願い」
女医は総毛を逆立てて叫んだ。
「それならしゃべりな。お前が奴隷にした男達にどんな事をしたかを。正直に白状したらやめてやるぜ」
やめて、お願い、と叫ぶ女医の哀願を無視してザッパー氏は再び女医の歯を削り出した。キュイーンという音とともに女医の歯が削られていく。女医は、「許して。許して」と叫びながら涙をポロポロ流している。
「ああー。痛―い」
女医は泣きながら何度も叫んだ。
「ふふ。麻酔をうっても歯科治療は、痛くてイヤなものなんだ。歯医者は無神経にいつも削っているが、こうして逆に自分が削られる事によって、まあ、せいぜい患者の辛さをうんと味わうことだな」
「ザ、ザッパー様」
女医は憐れみを乞う瞳を拷問者に向けた。
「なんだ」
「お、お金を差し上げます。五十万円。ザッパー様の好きなタイ料理が百回召し上がれます。それに格闘技観戦も百回できます。で、ですから…どうか…もう…歯を削るのは…お許し下さい」
精魂尽きたといった様子で女医は、言い終わるとわっと泣き出した。
「フン。オレもなめられたもんだな。たかが五十万円か。まあ、拷問での商談は長ければ長いほど値が上がるからな。ゆっくり気長にいくとするぜ」
ザッパー氏が拷問を再開しようとエアータービンを女医の口に近づけていこうとした。
「ま、待って。言います。言いますから、どうか、もうおやめください」
女医が冷や汗を流しながら大声で叫ぶとザッパー氏はエアータービンのスイッチを切った。
「よし。言え。だが正直に言うんだぞ。もしもウソを言ったら、また今度治療に来た時に今日よりもっと地獄の拷問にかけるからな」
女医はペコペコ頭を下げて泣きながら告白をはじめた。
「はい。正直に言います。ザッパー様の言う通り、私は奴隷にしたマゾ男達に、ソドム百二十日のように、ありとあらゆる事をしました。山盛りのウンチを食べさせたり、集団乱交ホモパーティーを命じたり、一人の男を他の男達に拷問させたりしました。私は手を下さず、安楽椅子に腰掛けて彼らの狂態を楽しんで見ていました。彼らは私を女王様と崇拝していますから、私がどんな事を命じても喜んで従うのです。たまに私の命令に従えない男がいると、その男は焼け火箸で烙印をされる罰を与えました。彼らはマゾで私に惚れきっているので、彼らを酷くいじめる事は、彼らもそれを喜ぶ以上、良い事だと思っていました。でも…ザッパー様に酷くいじめられて、始めて、逆の立場にされて、あんな事はすべきではなかったと今では後悔の念でいっぱいです。ですから、もう、お許し下さい。私は心の底から反省しています」
女医は言ってわっと泣き出した。
「よし。よく言ったな。では、お前は自分の犯してきた罪の罰を受けるんだ」
「あ、あの。どのような罰なんでしょうか」
「お前が今まで奴隷達にしてきた事を今度はお前が受けるんだ。山盛りの糞を食わされたり、お前だけ丸裸になって、男達のオモチャになるんだ。拒否したら焼け火箸で烙印だ。それと、これからお前はオレの奴隷となって、収入のうち、生活費に必要な最低限の分以外は全てオレに貢ぐんだ。そしてお前はオレの奴隷として、オレの命令にはどんなことでも従うんだ」
「そ、そんな…」
女医は困惑した表情をした。
「そうか。自分の犯してきた罪の罰は受けたくないか。じゃあ、素直に受けると言うまで気長に拷問を続けるだけだ」
ザッパー氏は再びエアータビンのスイッチを入れて、その先端を女医の口の方へもっていった。「ああっ」と叫んで女医の顔は真っ青になった。が、ザッパー氏はかまわず、無理矢理、口を開けさせて開口器を入れると再び歯を削り出した。
「ああー。痛―い」
女医は眉をしかめ、大粒の涙をポロポロ流しながら何度も叫びつづけた。
外は師走の木枯らしが瓢々と吹いているが、室内は暖房と換気が行き届いていて冬である事を感じさせない。もう日の入りが近づいてきたのだろう。カーテンの隙間から見える外は薄暗くなってきている。
(もう5時を過ぎたかな。今日は広告主に会いに行けなくなってしまったが、仕方がない。ともかく今日中にこの女に奴隷宣言をさせなくては…)
ザッパー氏はそんな事を歯を削りながらぽつねんと思った。
同じ所に何時間も痛み刺激を加えつづけると、慣れによって刺激の強さが徐々に軽減してくる。それは麻酔なしの削歯という、この上もない痛みにおいても僅かではあるが起こりうる。また、ザッパー氏も女医が強情で、なかなか根を上げないため、いささか根負けしてきて、ムキになって歯を削ろうという気が失せてきたためかもしれない。女医は悲鳴を上げなくなってきた。それに変わって女医の様子に変化が起こり始めた。
しかめられていた眉は開き、体の振るえは止まり、瞑目したまま体を治療椅子にまかせ、口を大きく開けている。あたかも素直な患者のように治療をまかせているといった感じである。さらに驚いたことに、頬はうっすらと紅潮し、睫毛がピクピク震えている。その震えは、恐怖のため、というより、快感の恍惚に浸っている震えのように見えた。
外はもうとっくに日が暮れて真っ暗である。ザッパー氏はあせった。
(早くこの女に奴隷になることを誓わせなければ…)
そう思って、ザッパー氏は気を入れなおして荒っぽく歯を削り出した。キュイーンというタービンの音とともに、カリカリカリ、という歯が削られていく音が室内に響き渡った。
その時である。女医は目尻から涙を流しながら恍惚に打ち震えているような口調で、ねだるように言った。
「ああっ。いいわっ。ザッパーさん。もっと激しく削って」
ザッパー氏は瞬時に女医の心境を察した。
(マゾだ。この女はマゾになってしまったのだ)
ザッパー氏はエアータービンのスイッチを切った。
見ると恍惚に打ち震えている女医のヘソの下のピンクのパンティーには淫水がしみだしている。女医は顔を火照らせながら、甘い口調で言った。
「ザッパーさん。私負けました。ザッパーさんの仰った通り、私、ザッパーさんの奴隷になって、ザッパーさんの言う事には全て従います。ですから…」
女医は恥ずかしそうに言葉を切ったが勇気を奮い起こしたかのように強い口調で、
「…ですから、どうか、歯を削りつづけて下さい。出来るだけ、うんと痛く」
多くの読者はこの時、ザッパー氏が有頂天になって喜んだと思うだろう。だがザッパー氏がとった行動はそれとは正反対だった。ザッパー氏はエアータービンを無造作に床に放り投げ、白衣を脱いで床に叩きつけた。
「ど、どうしたんですか。ザッパー様。お願いです。歯を削って下さい」
女医は激しく訴えたが、ザッパー氏は無言のまま相手にしようとしない。
「ど、どうして歯を削ってくれないんですか。私、ザッパー様に痛めつけられているうちにマゾの喜びを覚えてしまったんです。お願いです。どうか拷問をつづけて下さい」
女医は激しい口調で何度も訴えたが、ザッパー氏は床に放り投げたエアータービンを拾おうとはしなかった。女医がしつこく訴えつづけるのでザッパー氏は重い口を開いた。
「どうしてオレが拷問をやめたか分かるか」
女医はキョトンとした表情でしばし思考をめぐらしたが、答は見出せなかった。
「ど、どうしてですか。ぜひ教えて下さい」
「それはお前がマゾになってしまったからだ。いいか。わかるか。本当のサディストは最後の最後でマゾヒストを必要としていないんだ。サディストにとっては相手の本当の悲鳴だけが真の快感なんだ。お前がマゾヒストになってしまった以上、オレはもはや、お前から快楽を得る事は出来ない。もうお前は用なしだ。もうお前と会うこともないだろう」
そう言ってザッパー氏は受付にあずけたダウンジャケットを着ると、寂しげな顔をしている女医には一瞥も与えることなく、木枯らしの吹く師走の寒い街へと、歯科医院を出て行った。


「今日は最悪な日だな。胸クソ悪い」
ザッパー氏はニガ虫を噛み潰したような顔で、師走の街を事務所へと向かった。
事務所へ着くと女社員の悠理が、スナック菓子を食べながら民放の下品なお笑い番組を観て、クスクス笑っていた。このところ、クライアント(広告主)とのトラブルが多く、また、最近家主から「頭の硬い男」と言われ、いい加減、ストレスがたまっていた所に今日の「サディスト歯科医」である。この怒りの刷け口が、この女社員に向けられた。
「おい。テレビを消せ。オレは下品なお笑い番組が大嫌いだから、事務所では観るなと何度も言っただろうが」
怒鳴るような大声で言われて、女社員はあわててテレビを消した。ザッパー氏は自分のデスクにつくと、机の上の印度タバコをおもむろにくゆらせた後、じろりと女社員に冷たい視線を向けた。
「おい。悠理。ちょっとここへ来い」
社長のただならぬ様子を感じ取った女社員の悠理は立ち上がって、おずおずとザッパー氏の前に立った。ザッパー氏は女社員に一瞥も与えることなく、タバコをふかしながら虚空に目を向けている。それは丁度、教員室に呼びつけられた生徒が怯えながら、教師の言葉を待っている姿に似ていた。しばしの間、考え深げに煙草をくゆらせていた社長は思い立ったように、ついと手を伸ばしてタバコの火を灰皿で揉み消すと、重たい口を開いた。
「お前は今日、インドを侮辱したな」
女社員はうつむいたまま、黙って口を開こうとしない。
「わが社の定款の最初の三つを言え」
社長は怒りを込めてデスクをバンとたたいた。女社員は瞬時に恐怖に怯えた表情になり、定款のはじめの三つを棒読みのように唱えた。
「一つ。わが社、エース・コーポレーションはインドの文化、伝統、思想を最大限に尊重することを基本精神とする。一つ。わが社の社員は社長を神としてあがめ、絶対服従すること。一つ。神たる社長に異論を唱えた社員は、いかなる罰をも甘んじて受けなくてはならない」
「よーし。よく言えたな。お前は今日、オレが歯医者に行く時に何と言った。言ってみろ」
「は、はい。『インド料理はカレーからイヤだ』と申し上げました」
もう一つあるだろう、と促されて女社員は小声で答えた。
「は、はい。『社長の運転はヘタだからイヤだ』と申し上げました」
「そうだ。お前の言った事は我が社の基本精神にことごとく反している」
女社員はうつむいたまま黙っている。
「不況でクライアントからの依頼も減ってきている。経営規模を縮小しなくてはならない。お前はリストラだな」
女社員の顔が瞬時に真っ青になった。あわてて土下座して、床にこすりつけんほどペコペコ何度も頭を下げた。
「しゃ、社長。それだけは許してください。不況の今、再就職できる所はありません」
「じゃあ、オレが覚えろと言ったインドの歌を踊りながら歌え。うまかったら許してやる」
「は、はい」
悠理は踊りながら一生懸命歌った。
「ちゅなり ちゅなり らあがんじゅけ らあばぁぐせ あじゃな ちゅれめり じゅんぬでぃさなぁな ちゅれめり じゅんぬでぃさあなぁ てれぺ きゃっかるじゃぱにぺれへむ てれぺ きゃっかるじゃぱにぺれへむ・・・」
歌詞が続かなくなった。しかしこれは悠理にとって死活問題である。悠理は覚えている所を繰り返して歌った。アッサムティーをすすりながら聞いていた社長は、小声でポソリと呟いた。
「ダメだな。歌詞も覚えていないどころか間違ってるし、イントネーションもぜんぜんなっとらん。やっぱりリストラだな」
悠理は歌うのをやめて、バッと社長の足元に跪いた。
「ゆ、許してください。社長。リ、リストラだけは・・・」
顔を上げた悠理の目からは大粒の涙がハラハラとこぼれていた。
「これはオレの気に入ってるインドの歌で、しっかり覚えておけ、と言っただろう。しかたのないヤツだ。それじゃあ、インド最高の修行法であるハタヨーガのポーズをとれ。罰の中にも情けありだ。じゃあ、基本的なポーズであるチャトゥシュ・コーナ・アーサナ(四角のポーズ)をとってみろ」
言われて悠理は、「ええー」と言って顔を赤くした。四角のポーズとは、座ったまま、片足を上げ、片手を頭の後ろから前に回し、もう片方の手と組んで、上げた足を支えるポーズである。今のままの服でやったらスカートがめくれて、パンティーが見えてしまう。
「あ、あの。練習用のレオタードに着替えてきます」
そう言って踵を返そうとした悠理をザッパー氏は間髪を入れず引きとめた。
「ダメだ。そのままの格好でやるんだ」
「な、なぜですか」
「それは、お前の心が解脱できていないからだ。恥をかきたくない、というのも人間の煩悩であり、我執だ。アートマンとブラフマンが一致していれば、そんな心は起こらなくなるはずだ」
言われて悠理は、座り込んで、しかたなく四角のポーズをとろうとした。悠理はインド至上主義の社長からウパニシャッド哲学を極めるよう、ヨーガの道場に通うよう、命令されて通っていた。だかまだ初心者である。悠理が足を上げようとすると徐々にスカートがめくられていった。社長の視線がどうしても気になって、チラリと顔を上げると、予想通り、社長の視線は好奇に満ち満ちた様子で、めくられたスカートの中の女のそこの部分に固定されていた。
「ああっ。社長。お願いです。見ないで下さい」
悠理は顔を真っ赤にして叫ぶように訴えたが、社長の視線は人形のように固まったまま動かない。しばしの間、都心の夜の事務所の中で苦しげなヨガのポーズをとっている女社員と、それを感情のまじらぬ目でじっと見ている社長という異様な状態が続いていたが、ヨガのまだ初心者である悠理はついに手の痛さに耐えられなくなり、「ああー」と叫んで、握り合っていた手を離し、ポーズを崩してペタリと床に手をついた。
「チッ。体の硬いヤツだ。修行がなってないから手が痛くなるんだ。一休みしたら、もう一度四角のポーズをとるんだ」
しびれた腕を揉んで、しばし休みをとった悠理が再び四角のポーズをとろうとすると、社長は急いでそれを止めた。
「待て。服がジャマだな。服を脱いで下着だけになるんだ」
「ど、どうしてですか」
悠理は顔を真っ赤にして聞いた。
「元々、ヨガは裸でやるものだ。それは運動のためだからではない。服というものは、本当の自分自身のものではない。本当の自分のもの、つまりアートマンとは裸の自分の体だけなのだ」
悠理の顔は一瞬にして真っ赤になったが、社長の言うことには逆らえない。悠理はゆっくり立ち上がると、ためらいがちな手つきでジャケットのボタンをはずし、ブラウスも脱いだ。豊満な胸を覆うブラジャーが顕になった。続いてスカートも脱いだ。ブラジャーとパンティーだけ、という姿になった悠理は下着を手で押さえながら、困惑した表情でピッタリ閉じた脚をモジモジさせて立っている。
「ほら。早く四角のポーズをとるんだ」
言われても彼女は恥ずかしさからなかなか動けない。痺れを切らせた社長は、「あっ」と叫ぶ彼女を無理矢理力づくで座らせ、四角のポーズをとらせて、手を握り合わさせた。
「ふふふ。いい事を思いついたぜ。ヨガのポーズがとれない者を強制的に訓練するいい方法があるぜ」
そう言って、社長は彼女にチャトゥシュコーナ・アーサナのポーズをとらせたまま、ロッカーから麻縄を持ってくると、悠理の握り合っている手首を、はずれないよう、しっかりと縄で結びつけた。そして縄尻を天井に取り付けられている滑車に通して固定した。
悠理はブラジャーパンティーだけ、という姿で苦しいヨガのポーズをとらされた上、手首を縛られ、その縄尻を天井に固定されているため、座ったまま、辛いヨガのポーズをとり続けなくてはならない。社長は椅子と長さ2メートルくらいの棒を悠理の前に持ってきて置くと、ドッカと椅子に腰掛け、惨めな姿の悠理を見下すように眺めた。ねっとりと白い光沢を浮かべた悠理の肌は目に沁みるように美しい。艶やかな首筋から肩にかけての透き通るような色の白さ。ブラジャーで覆われている二つの乳房は悩ましいばかりにふっくらと盛り上がって男の心をときめかす。スベスベした鳩尾、柔らかそうな腹部、それからパンティーに覆われた女の部分はねっとりと官能味を盛り上げ、それからつづく乳色に霞んだような太腿は男心をやるせないばかりにうずかせる。悠理は恥ずかしさから頬を赤くして、顔をそらしている。社長は持ってきた2メートルくらいの棒で悠理の臍や胸をツンツンと突きだした。
「な、何をするんです」
悠理はあわてて聞いた。
「これもタントラの修行のうちなのだ。我執がなければ、いかなる痛みも感じなくなるはずだ。お前は我執があるから痛みを感じるのだ」
そう言って社長は悠理の豊満な胸をブラジャーの上から棒の先でグリグリ捏ねまわしたり、腿や顎を突いたりした。突く強さはだんだん強くなっていく。さらに未熟な禅僧を警策で戒めるようにピシピシと全身を叩くようになった。
「い、痛―い。社長。も、もう許してください」
悠理はハラハラと涙を流しながら訴えた。ヨーガの苦しいポーズと、棒で叩かれる痛みから悠理の忍耐力は限界に来ていた。だが、叩く棒の強さは強くなっていく一方である。社長は、とっくに熱く硬直している男のそれをズボンの上からしごきながらサディズムの至上の快感を貪っていた。社長は心の中で呟いた。
(ふふふ。これが本当のサディズムなのだ。相手の本当の苦しみの涙こそがサディズムには必要なのだ)
社長は棒で叩くのをやめ、しばしの間、涙をハラハラ流しながら許しを乞うている女社員を王者のゆとりで眺めていたが、ふと思いついたように時計を見ると、もう十時を過ぎていた。社長はついと立ち上がると涙を流しながら憐れみを乞う瞳を向けている悠理に冷たい一瞥を与えた。
「今から歌舞伎町の映画館でインド映画のオールナイトがあるからオレは出かける。お前はあしたオレが帰るまでその格好のままそうしていろ」
悠理の顔は真っ青になった。
「お願いです。社長。私もう限界なんです。一晩中こんな格好でいたら体がおかしくなってしまいます。どうか縄を解いてください」
社長は女社員の必死の哀願などどこ吹く風と聞き流して、むりやり口を開けさせて、とびきり辛いカレー粉を口の中に放り込むとガムテープを口にしっかりと貼った。
社長はダウンジャケットを羽織ると再び木枯らしの吹く師走の街へと出かけていった。

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太陽の季節(小説)

2015-06-24 02:52:01 | 小説
太陽の季節

 太陽が、じりじりてりつける季節となった。女は自分達の体の露出部分をふやす。それは、もちろん悪徳的なものであるが、生へのエネルギーの限界への追求、発散、生きた証、への刻印でもある。ためらっていては、青春も人生も、ひからびた後悔を残したたものになってしまう。後悔しないために女はすべてを脱ぎすてに海へ行く。
 秀美とあけみ、が、房総の海で声をかけられた二人の男は、まさに彼女達にぴったりだったかもしれない。四人は、それがきっかけでつきあうようになった。男の一人にアダルトビデオ関係の友達がいて、撮影に使うマンションの一室を貸してくれた。ので、四人は週末になるとそこへ行き、心も体も裸になり、本能に忠実な、粉飾なき遊戯をするのだった。秀美は肉づきのいい、いじめられタイプの女なのに対し、あけみ、はちょっといたずらっぽい悪女っぽいタイプの女で二人は職場では、あけみが一年先輩だが、どっちが上とか下とか、ではなく、対等な仲の関係なのだが、エロスに関しては、おとなしい秀美も、あけみに負けないほどはげしい。そんなある日の四人の遊戯の様子。
 男二人が、ドッカと秀美とあけみの前に座ると、二人のオナニックなヌードショーが始まる。あけみはパンティー一枚になり、脚を広げて腰を突き出し、腰をくねらせながら自ら胸を揉んでみせるのに対し、秀美は後ろ向きになり、パンティーを膝まで下げ、スカートを自分でまくりあげてヒップをことさらつきだして、くねらせてみせる。いつも会社では、おとなしく、まじめ、といわれている秀美とは信じられない光景だ。男が要求もしないのに、秀美はヒップをつきだし、執拗にくねらせる。うれた桃が、左右にゆれているようにみえる。いつもの真面目をかなぐりすてて、私は、いつもつつましくしているけれど本当はこんなみだらなことをしたいのよ、と言わんばかりである。となりでは、あけみが、パンティーの中に手を入れて、そこを自ら、まさぐりながら、揉んでいる。男に自分はこんなに痴情な性格であることをみせることが、感情を興奮させ、ああ、と何度もうめく。二人はだんだん興奮してきて、最後の一枚まで脱いでいく。
秀美は、後ろ向きのままスカートとパンティーを脱いでから、前を向いてブラジャーをはずす。すると形のいいおっぱいがプルンとはじけでる。あけみは時間をかけてもどかしそうにパンティーをゆっくり下げていく。女は二人とも、自分達が一糸まとわぬ裸で、男の前に立たされていることに、被虐的な快感を感じている。男が男の形をしたものを二つ、机上に立てて、女にそれを、みだらにしゃぶるように命じると、女達は、命じられずとも、四つん這いになって、尻をあげ、犬や猫がエサをあさるように、それらをしゃぶりだした。男達は時おり立ちあがると、背後から手を伸ばし、動物を弄ぶように体のあちこちを、撫でたり揉んでみたりする。
 ややたってそれに飽きると次への遊戯となった。それは、女の型をとる、というものである。仰向けにさせ、膝を曲げてM字状に脚をひらかせ、女の部分にペタペタと型取り用の粘土をくっつけていく。おしりの穴までペタペタつけていくと、秀美は、ああ、とあえぎ声を出した。自分はこんな痴戯をして、さからえず、快感を感じるような女だと思うと情けなくなってくる。ペタペタ型取り用の粘土をはられながら感じ、時間がたって、かたまって、自分のそれの鋳型をみた時、もう自分は、つつましい上品な女ではなく、自分の友達を頭に思い出してみても、さすがこんなことをされてよろこぶ子は思い当たらず、自分は人とは違う変態なんだと、思い知らされ、死にたいほどみじめな気持ちになった。しかし同時に自分のその部分が男にそんなことまでさせるほど引きつけさせる熱力をもっていることには、少し、うれしさを否定できなかった。男は、
「ほら、お前の女の鋳型だぞ。よくみてみろ」
と言い、
「名前を彫り込み、お前の写真といっしょに、お前の上司や同僚に送ってやるよ」
 などと言って揶揄する。冗談だろうが、もしかすると本当にやるかもしれない。しかし秀美は、そうされることを想像して、快感のうずきを感じ、もう自分は正真正銘の変態女なのだから、おちきるところまでおちきってやろう、という居直りの決断をもった。
 男達が提案した次のあそび、は、一人を三人でいたぶるSMプレイである。エジキは、弱くてM性が強く、それでいて淫乱度が強い、肉づきのいい秀美になった。秀美を対等ではなく、おとしめた状態にするため、後ろ手に縛り、弾力のある胸と腰を縄でしめあげて、弱い、柔らかい女の肌にキビしい縄のしめあげをする。あたかも縄のブラジャーとパンティーのようであり、縄のひきしめで、肉がゆとりをなくされ、縄の間から、はじけるような、張り、ができる。男は二人とも黒いビキニパンツをはいている。あけみは元のようにパンティーとブラジャーを身につけ返した。男たちは秀美を、もはや人間ではなく、愛玩動物のように扱い、容赦なく髪をわしづかみにして、男の足の指をきれいにしゃぶらせたり、脚をひろげさせ、穴をおしひろげて、奥までのぞき、野卑な言葉をかけ、秀美を人間から、犬におとしめる。秀美は、そうされることによって感じ、口を開けて、鈍く悶えのあえぎをして、茂みの下から、ねばつく液をあふれさせている。あけみ、も男達とともに、さも楽しそうに、このいたぶりに、男のように加わっているのである。あけみは悪女でも、ハードサドでもなく、ごく普通の、多少洒落っ気のある女だが、弱く、いたぶられて酩酊している秀美をみていると、いつもは、おとなしく、理性でかいならされているS、悪女の心がムクムクと強くなってきた。秀美をみていると、もっといたぶれ、もっといたぶれ、秀美を豚以下にしてしまえ、という声がおこってきて、あけみは、我ながら自分はSだったんだなと気づかされた思いになる。が、単なるいたぶりたい感情だけではなく、いじめられることによってしか感じられない秀美が、かわいそうで、いとおしく、時おり、弱い妹をなぐさめる姉のように、秀美の髪や頬をそっと撫でた。だが憐憫の情は、あくまで秀美が、いたぶられていることを絶対の条件として、時おりおこる二次的なものであり、心の芯は、あくまで秀美をいたぶりぬきたい加虐心である。三人は、共謀して悪事をくわだてる悪仲間のように、あるいは、さらに、あけみ、がリーダー格になって、男達に、
「責め、が、まだたりないよ。もっときつく腕をねじあげてやんな」
 と言ったりする。男達は、あけみの、こういう態度をおもしろがって、
「はい。ボス。すみません。もっと気を入れて責めます」
 と言って、秀美の腕を力いっぱいねじりあげる。秀美は、
「ああー。」
 と悲鳴をあげて涙を流す。男は、
「へっへっ。ボス。次はどんな方法で責めましょうか」
 と、あけみをあねご格にした言い方できく。あけみはこれをうけて、
「よし。ウインナー責めだ。穴という穴に、ウインナーをつめれるだけつめてやんな」
 表面的には、あけみの命令をあおいでいるが、ウインナー責めは、はじめから予定されていて、用意もされていて、男達はただ、あけみをあねご格にして、自分達はそれに従う子分の役になることをおもしろがっているだけである。男達は、秀美を、右の脚を、踵がしりにつくまでまげさせて、右の足首と右の腿の付け根を連結させ、右脚だけまがったままの苦しい格好にする。もう一方の脚は自由にしておくのは、多少のブザマな抵抗は、できる余地をわざとのこしておいて、もどかしさをあじあわせて困らせるためである。
「そら。はじめな」
 と、あけみに言われて、男達はウインナーをまず、秀美のしりの穴につめこんでいった。ウインナーはどんどん入っていく。
「こいつはすげえや。まるでイソギンチャクのようにしりの穴がムシャムシャうまそうにウインナーを食っていくよ。オナニーする時はいつもウインナーをしりに入れてたんじゃねえのか。最低の変態女だぜ」
 男が言うとみながどっと笑った。
「食事にウインナーがある時はいっつも肛門に入れて感じてたんじゃねえか」
 別の男が言った。
「この女。本当に、しりの穴からウインナーを食えるんじゃねえのか。どうだ。うまいか。味かげんはどうだ」
 と言ってピシャリと顔を平手打ちし、足で顔を踏みつけた。
「おいしいわ。もっともっと言って。もっと入れて。味はちょうどいいわ」
 秀美は自分を守ろうとする最後の羞恥心も人間的な粉飾もすべてかなぐりすてて、Mの本性をさらけだした。
「しりから入れたものが吸収されるはずがないだろ。それより、もっとどんどん入れるんだ。そして腹の中に充分つけといて、きたないものをしみこませ、あとでひきぬいて、それをぜんぶたべさせるんだ」
 あけみがたしなめるように言った。
「へい。あねご。すいません」
 と言って、男達はウインナーづめを再びはじめた。あとで排泄させたウインナーを食べさせることまでは考えていなかったので、男達はいささか、あけみのサディズムのはげしさにおどろいた。7本くらい入ったところで、
「よし。今度は前の穴をつめるんだ」
 と、あけみに言われて、男達は、秀美を仰向けにし、前の穴に入れはじめた。
「しりの穴ほどにはムシャムシャうまそうには食わないな。こっちの穴は本来、物を入れる穴なのに、あまりその気にならないとは、この女は本格的な変態にちがいないぜ」
 男がそう言った。実際、前の穴はキュッとしまって、なかなか入れにくい。男が、躊躇していると、あけみは、
「もっと、どんどん入れるんだ。子宮の中まで全部入れるんだ。入れられなかったら、しりの穴にいれたウインナーはお前達に食べさせるからね」
 と男達にしかりつけるように言ってから、ドンと仰向けの秀美の胸の上に腰掛けて、遠慮なく秀美の顔を足で踏んづけた。秀美は、
「ああー。あけみおねえ様。秀美は幸せです。つらいけれど、もっともっと入れていじめて下さい」
 と涙まじりの声で言った。男達はあけみのS性のはげしさにおどろくと同時に、秀美のM性のはげしさにもおどろき、たじろいだ。秀美はナイフで本当に刺されたり、さらには殺されてもMの歓喜の声をもらしかねないのではないか、と思った。
「あとでとれなくなったら困るからもうこのへんにしておこう。あけみ」
 男達はウインナー入れをやめた。8本は最低入れる予定だったが、5本が限度だった。
「じゃあ、次はここだよ」
 と言って、あけみは秀美の口を指した。そこは元々、ウインナーに限らず、食べ物を入れる本来の場所である。あけみ、のS性のはげしさにいささかたじろいでいた男達だったが、淫靡の元気が再び男達にもどってきて、男達は顔を見合わせて笑った。ただ入れるのは芸がない。体中の穴、全部に…、と言ったんだから、と言って、男達は野卑な笑いをして、秀美の耳の穴や鼻の穴にウインナーを無理におしこもうとする。だが、それらの小さな穴にウインナーが入るはずはない。秀美が、いや、いや、といって、泣きながら本気の抵抗をしている苦痛の表情をみれるのが男達の加虐性快癒心を無上にあおり、それをみたさゆえ、である。さいごの穴である口となったが、二人の男は顔をみあって笑った。単なるウインナーを入れてもつまらない。男達はウインナーをとると、ちょうど寿司のネタを醤油につけて味つけするように、おたがい数本のウインナーをとると、それを自分達がはいている黒いビキニの中に入れ、睾丸や肛門からでるきたない分泌物や体臭をなすりつけ、沁み込ませるようにブリーフの上から強くウインナーを、きたない部分にはげしくおしつけるのだった。男の一人は、ブリーフをさげてウインナーをしりの穴に入るとこまで入れてから引きだした。秀美には、その間、男達の行為から目をそらさないように命じていた。いわれた秀美は涙にうるんだ瞳でその行為をみていた。秀美はそれが何を意味するか、を予感したが、秀美には、もう何もこわがるものはなかった。が、口を閉じて少し抵抗しろ、と言われて、いわれるまま、口を閉じている秀美の口を力づくでこじあけ、男達は興奮の息をあらくしながら、ウインナーを秀美の口に入れては、頭と頤をつかんで無理やり咀嚼させ、あらかじめ用意しておいた彼らの小水の入ったコップを秀美の口にもってゆき、一つのウインナーの咀嚼がおわる度に、
「固形物だけでは飲み込みにくいだろう」
 とか、
「これで流しこめ、絶対はきだすなよ」
 と言って、コップの中の液体を秀美の口に流しこんで秀美が溜飲を下げるのをたのしげに見守るのだった。
あけみと男二人の秀美に対するウインナー穴づめ責めが、佳境を終えた頃、ふと二人の男が次なる標的の矛をあけみに向ける心が起こって、二人は顔を見合わせてほくそえんだ。
「ふふ。次はお前の番だ」
 みじめに口からしりの穴まで体にある穴を全部ウインナーでつめられ、泣きそうになっている秀美をたのしげにみていたあけみは、
「えっ。」
と言って急におそれを感じて身をすくめた。
「今度は、お前がおもちゃにされる番なんだよ」
 男の一人がヤクザのようにドスをきかせた口調で言った。
 あけみは、おそれを感じて、
「いやよ。この子をいじめる方がおもしろいでしょ。私はいやよ」
あけみは秀美を味方にするように秀美の頬をやさしくなでたが、秀美ははげしい、いたぶりの奮闘の余韻でグッタリしていて賛同の意志は得られない。あけみは、あせって顔を上げ、二人をみたが、彼らは涎をたらさんばかりに男のそれを屹立させ、全身はひ弱な獲物をおそいかかる野獣のエネルギーで満たされ、まさにとびかかろうとするところだった。
おそれを感じてサッと逃げ出したあけみの手を掴んで、羽交い締めにして、それでもまだ観念できず、抵抗しているあけみを、もう一人が協力してとりおさえ、あっという間に、あけみの両方の手首を縛り合わせると、梁につけてある滑車に、縄尻を通すと、ギイギイという音とともに、あけみは立ちさらしにされてしまい、さらに、彼らは、限界まで引き上げ、縄尻を固定した。
あけみは、つま先で立たされ、しりをプルプルふるわせながら、おびえた表情でいる。
二人はてこずったひと仕事がおわった安心感から、これから、ゆっくり、じっくり、あけみを責めなぶろうと、思いつつ、まずはくまなくあけみの体を鑑賞してやろうとドッカと腰をおろした。あらためてみるあけみの体は標準よりは、少し細身だが、つくべきところの肉づきはよく、まさに生けどられた人魚の呈である。わんをかぶせたような形のいい胸のふくらみは、腕を上にひっぱられている影響で、少し上向きに、引き上げられている。腰のくびれは申し分ない上に、その引き締まったウエストの下では、蒟蒻のようなしりにつづく下肢が、つま先立ちのつらさのため、ピーンと緊張したまま、小刻みにピクピクふるえている。一人が、
「すばらしいプロポーションじゃねえか。しかし、いじめてたヤツが素っ裸のさらし者になる気分てえのはどんなもんだい」
 と揶揄する。男達は秀美の体からウインナーを取り出し、縄を解いた。そして体をふいて、気力がまだもどっていない秀美に人形のようにパンティーとブラジャーを身につけさせた。そうすることによって、あけみ一人を素っ裸のさらし者にして、あけみをみじめにするためである。秀美はあけみに助けを求めることに唯一の救いを求めている。男は二人、あけみの後ろにまわって交互にあけみのしりを鞭打ちだした。弾力のある尻に、鞭がぴしゃり、ぴしゃり、といきのいい音をたて、尻はどんどん赤くなっていき、男達は尻といわず、下肢から背中まで、またいきなり前から胸をびしゃんとたたいたりする。
「秀美。助けて」
 あけみは、ようやく気をとりもどして呆然と、みるともなく、みている秀美に助けを求めた。
「ほら。今までいじめられたんだ。今までのうらみを、うんとはらしてやんな。鼻をつまむなり、ほっぺたを平手うちするなり、なんなりしてやんな」
 と男に言われるが、秀美は淫らではあっても、Sの傾向はない。たたかれて、苦痛に顔をゆがめているあけみを見ているうちに秀美は、助けを求めても、恥ずかしさから視線のやり場に困って、顔をそらしているあけみに、たたかれ、さいなまされているあけみの体に、さらには、責めを楽しんでいる二人の男の顔に、いってみればこの光景に、せつなく、そして、今までみたことのない、形容しがたい、美しさを感じはじめていた。秀美の目に、責めむち打たれているあけみの前に無造作にちらかっているあけみの服がとまった。秀美は、おそるおそるそれを拾いあつめると、あけみの目を気にして、おびえるように、また、いままでいた位置にもどった。それを、たすけ、と解釈したあけみは涙がでかかった顔を秀美に向け、
「秀美!!」
 と、一言強く、哀訴の言葉をさけんだ。が、秀美がとった行為は、あけみの予想に反するものだった。秀美はあけみのブラジャーとパンティーを、しみ込んだ体臭を、すべてかぎとるように鼻先を、特に女の部分におしあてて、あけみを愛するように、あけみの、もちものを大切そうに恍惚とした表情で我を忘れて、もちもの、と一体になっている。命があるものにささやきかねそうなほどである。おどろきより、絶望があけみをおそい、嫌悪と反感の感情を込めて、
「秀美!!」
 と強く叱咤の言葉をなげつけた。
「ふふ。秀美はお前にぞっこんだとよ」
 と男はあけみに言ってから、また秀美に向かって、
「おい。秀美。そんなにこいつを愛してるんなら、ものじゃなくて、本物を好きなようにかわいがってやりな」
 と言って男は笑った。
 秀美はスッと立ちあがると、静かにあけみの方に歩み寄った。それは男にうながされたからというより、彼女自身の意志であるようにみえた。男達は、秀美の放つ幽鬱な威圧感に圧倒され、むち打ちの手をやすめて、一歩あとずさりした。これから秀美が何をするかと固唾をのんでいると、秀美はあけみの前に鼻先がふれるほど近づくと、秀美からそらそうとしている、あけみの目をじっとみつめてから、両手をあけみの背に回して、少し髪をやさしくなでてから、これからする行為からにげられないように、頭をしっかりと固定するようにつかむと、目を閉じて、自分の口唇をあけみの口唇にかさねた。大都会の一室に落日の光が二人を包み込むように照りつける。男達はしばし、あきれて、呆然としていたが、はじめは、やや抵抗を示していたあけみもついに落城し、拒否の力を抜いた。秀美は両方の胸をあけみの胸におしつけて、チョウがミツを吸うように一心にあけみの口腔をまさぐりながら、粘液がでるよう刺激しながら吸いつづける。あけみの精神はついに最もおぞましいものが最も一体化したいものになる心境の変化を通過した。長い口吻を終えて、一休みするため、秀美が口吻の口を離して、少し顔を引くとクモの糸のような愛の粘液が、落城、受容の証明のように、切れ落ちることなく、たわみをもって、二人をつなげている。秀美はそれを自分の口の中に吸い込んだ。秀美が微笑むと、あけみは恥じらいから目をそむけてはいたが、頬は受容の朱変を示していた。秀美は、項から胸へ、そして下の茂みへ、そして後ろに回って、背中へ、そしてムチうたれて、赤くなっている尻へ、ちょうど動物が傷口をなめて消毒するように、子供が人形をかわいがるように、あちこちに、そっと、やさしい口づけをした。あるいはそれは口吻によって赤くなった肌をいやそうとするような心理も秀美の心に作用した。あけみは興奮のあえぎを何度ももらした。しかし秀美は、あけみのいましめを解くようには願い出なかった。むしろ、いましめられて、つま先立ちで身をふるわせているが故にあけみがいとおしく、美しかった。
「へへ。秀美のヤツもそうとうなもんじゃねえか」
 男が揶揄した。秀美は言った男の目を掠めみると、そろそろとブラジャーとパンティーを自ら脱いで今度は何かを求めるような、ものほしげな目で再び、男達を弱々しく見た。男はその意図するものを察することができなかった。秀美はそろそろと受刑されているあけみに近づくと、寄りかかるように、あけみの肩にもたれかかり、そして男達をおどろかしたことに、しずかに、ゆっくりと両手を自ら後ろへもっていき背中で手首をかさね合わせた。男達は、がてんがいった。
「そうかい。二人して仲良くならんで縛られたいってわけかい」
 男達はさっそく秀美を後ろ手にしばりあげ、あまった縄を、あけみをつるしてある縄とからめるようにして、つるした。一方、あけみの方は滑車をゆるめて、つま先立ちの苦痛をゆるし、さらに手首の縄も解いた。あけみは自由を得たが意志のやりどころに迷って、どうしたらいいかわからない、といった様子である。男達は、あけみの両手をウムをいわさずムズと掴んで、背中にまわして、高手小手に縛り上げた。縄尻は再び滑車に通して固定した。だが、あけみはさからおうとしなかった。むしろ素直に従い、また、そうされることを求める感情もあけみの心に生まれていた。二人が離れないように男は秀美の右の足首と、あけみの左の足首とを二人三脚に縛った。二人は目を閉じ口唇をあわせ、吸い合った。二人とも口からも下の茂みからも愛のミツがあふれている。
「涙が枯れ果てるまで鞭打ってやるぜ」
交互に打とうぜ、と言って男はそれぞれ二人の後ろにまわった。
呵責の鞭が振り下ろされた。

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シケンカントク(小説)

2015-06-23 06:20:50 | 小説
シケンカントク

 ここはあるシケンのシケン会場。拓殖大学の六階。年に一度のシケンなので、受験生は、おちたら、もう一年同じことをやらなくてはならないし、やったからといって、学力が上がる、というわけでもないようなので、一年をこの日のためについやしてきた、のだから、もっとキンチョーしたフンイキでもいいと思うのだが、さほど、はりつめたフンイキではなく、またそうぞうしくもない。シケンカントクは四人で、ジャベール的な人はいなかったので、こちらもリラックスしてシケンという自分とのコドクな戦いに集中できた。若い、京本的なスポークスマンと、うるわしき、いとなやましげなる人がいた。私は、その時のシケンはおちて、同じ勉強をするはめになった。
 ある初夏の日、気がつくと私はその二人をイメージして、掌編小説をかいていた。
 彼らは試験がおわったら、いっしょに車で帰って行った。試験監督おわりの飲み会・・・ということで、これからカラオケスナックに行くらしい。
 スポークスマンの若い男が、
 「二日間、ごくろうさま。」
 と、ねぎらって、カンパーイ。ゴクゴクゴクッ。ウィー。ヒック。
「飲もおー。今日はーとこーとんもーりーあがろーよー(森高千里)」・・・てな具合でもりあがった。
 名前は、スポークスマンが「牧」で、
 女の人は「佐藤」・・である。
 彼は一曲うたったあと、カウンターでマスターと話している。彼は少しの酒ですぐ赤くなる。つかれて少しうつむきかげん。彼女はさりげなくとなりに座ってマスターに、オン・ザ・ロックを注文する。その声に彼はハッと気づいて目がさえる。彼はグラスを手でまわしながら、
 「グラスの底に顔があったっていいじゃないか・・・」
 と、わけのわからんことをつぶやきながら照れくさそうにしている。彼女のあたたかさが伝わってくる。
 「牧さん、おつかれさまでした。」
 「い、いえ。佐藤さんこそおつかれさまです。」
 彼女はおもしろがって、
 「私、忘れっぽいから、お酒がはいった時、言ったことや聞いたことって翌日になると、すっかり忘れてしまって、おもいだそうとしてもおもい出せないの。牧さんは知性的だから、そんなことはないでしょう。」
 彼「い、いえ。僕もまったく忘れっぽいです。」
 彼女、前をみてる彼を微笑みながら、じっとみすえて、
 「私、牧さん好きです。」
 と、きっぱり言った。他の人は離れた所にいて、カラオケをたのしんでいる。室内にひびくマイクの大きさは、彼女のコトバを消すのに十分だった。マスターは気をきかせて、さりげなく厨房に入っていった。スポークスマン、声をふるわせて、
 「ぼ、僕も佐藤さん。好きです。とってもすきです。」
 そのあと、マスターがもどってきて、二人はだまってのみつづけた。
 翌朝、社へ向かう途中の交差点で二人は出会った。彼は少し恥ずかしそうに、
 「おはようございます。」
 と言った。彼女も同じコトバを返した。彼女は空をみて、
 「私、きのう何かいったかしら。ぜんぜんおぼえてないわ。牧さんはおぼえていますか。」
彼は胸をなでおろし、ほがらかな口調ではっきりと言った。
 「僕もまったくおぼえていません。」
 彼はさらにつけ加えた。
 「さ。今週も一週間ガンばりましょう。」
 彼女も快活に「ええ。」と答えた。
 信号が青にかわった。
 人々はそれぞれの目的地へ向かって歩きだす。
 大都会の一日がはじまる。

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今日は夏至

2015-06-22 08:35:56 | Weblog
今日は夏至

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少年とOL(小説)

2015-06-22 02:29:41 | 小説
   少年とOL


一人の少年が自転車を止めてうらやましそうに海水浴場を眺めている。少年の名前は山野哲也。内気で引っ込み思案で、友達も一人もいないので、勉強しかする事がないのである。夏だというのに毎日机に向かって勉強している。目前の砂浜で満面の笑顔で夏を楽しんでいる男女が、山野の目には絶対手のとどかない別世界の人間のように見えるのである。山野は泳ぐのが好きだったので、自分も夏を楽しもうと一夏に何回か、海沿いの公営プールに自転車で行って思うさま泳いだ。が、一人きりというのはこの上なく虚しかった。山野はうらやましげにビーチを眺めた。
「あーあ。僕には入れない世界なんだな」
山野はブレーキレバーをギュッと握って、溜め息交じりに心の中でつぶやいた。
「さあ。プールへ行こう」
山野が呟いた時、山野はポンと後ろから肩を叩かれた。振り返ると週間雑誌の表紙から抜け出したような、綺麗なビキニ姿の美しい女性が笑顔を向けている。
「ボク、彼女を待っているの」
「い、いえ」
「彼女いないの」
山野は恥ずかしそうに無言で肯いた。
「私、東京から来たの。夏の出会いを求めて」
「よかったら、今日、一緒に遊ばない?」
「ぼ、僕なんかでいいんですか」
「願ってもないわ」
「でも、もっとお姉さんと同じ年くらいのハンサムな人がいいんじゃないですか。僕にはもったいなくて申し訳ないです」
「いいから行こうよ」
彼女は山野の手を曳いて、ビーチの方へ歩き出した。
「本当言うと、ボクに目をつけていたの。男の人って、しつこくつきあいを要求してきたり、Hな事に強引に誘う人が多いのよ。その点、ボクくらいの子なら安全なのよ。」
「それに私、ボクのようなおとなしい子が好きなの」

海の家に荷物を預けて、海水パンツ一枚になって出てくると、彼女は待ってましたとばかり山野の手をつかんで、満面の笑顔で海へ向かって駆け出した。
海水にそっと足を浸すと彼女は、
「冷たいー」
と、叫んで、体を硬直させた。
はてしのない無限の青空。
ギラギラ照りつける真夏の太陽。
ビーチに流れるサザンの爽やかな曲。
セクシーなビキニ姿の美しい年上の女性。
(ああ。これが青春というものなんだな)
山野は嬉しさのあまり、大声で笑い出した。
「どうしたの。山野君」
「うれしいんです。最高に」
彼女はクスッと笑って、山野の手をギュッと握った。
二人は手をつないで、寄せ手は引く波と戯れたり、水をかけ合ったりした。
昼食は荷物を預けた海の家で食べた。
山野はヤキソバとオレンジジュースを注文した。彼女はたこ焼きとコーラを注文した。
「山野君。アーンして」
と彼女が言うので、山野が口を開けると、彼女はたこ焼きを爪楊枝で刺して、山野の口の中に放り込んだ。山野が咽るのを彼女はイタズラッっぽく笑った。
「今度は私にもして」
と言われて山野は申し訳なさそうに、ヤキソバを少量箸でつまんで彼女の口にそっと入れた。


その後はもっぱら日光浴の休息となった。
海の家で借りたビニールシートを砂浜の上に敷くと彼女はその上にうつぶせに寝て、日焼け用オイルを山野に渡した。
「山野君。ぬってくれない」
「ど、どこにですか」
「もちろん体全部よ」
山野はおぼつかない手つきで足首から膝小僧のあたりまでプルプル手を震わせながら塗った。それ以上はどうしても触れられなかった。変なところに触れて彼女の気分を損ねてしまうのが恐かった。
「あん。そんなんじゃなくって、水着以外のところは全部ちゃんと塗って」
今度はしっかりオイルを塗ることが山野の義務感になった。山野は彼女に嫌われたくない一心からビキニの線ギリギリまで無我夢中で塗った。
スラリと伸びたしなやかな脚。細い華奢なつくりの腕と肩。細くくびれたウェスト。それとは対照的に太腿から尻には余剰と思われるほどたっぷりついている弾力のある柔らかい肉。それらが全体として美しい女の肉体の稜線を形づくっている。
「気持ちいいわ。山野君のマッサージ。ありがとう」
彼女は目をつぶったまま、うっすらと微笑した。
山野は、はたしてこれが本当に現実なのかと思って頬っぺたをつねってみた。痛かったので、これは現実だと確信することにした。


急にゴロゴロッと雷鳴が鳴って、ポツリポツリと雨が降り出した。彼女はむくっと起き上がって手をかざした。
「ああ。残念。雨が降り出しちゃったわね。帰ろうか」
「はい」
二人は海の家に戻った。彼女は白のタイトスカートに薄桃色のカーデガンを着て出てきた。
「あそこで少し休もう」
彼女は海岸沿いの道を隔てたファミリーレストランを指差した。
二人は店に入ると海の見える窓際の席に向かい合って座った。
「山野君。携帯持ってる」
「はい」
山野は急いで携帯をカバンから出した。彼女はそれをとるとピピピッと操作してから山野に返した。
「へへへ。私の携帯の番号とメールアドレス、登録しちゃった」
「あ、ありがとうございます」
「よかったら山野君のアドレス、教えてくれない」
「はい」
山野は急いでメモ帳をちぎって自分の携帯の番号とメールアドレスを書いて彼女に渡した。
彼女はすぐにそれを自分の携帯に登録した。
「山野君。よかったら、また会ってくれる」
「し、幸せです。お姉さん」

夏休みが終わった。皆、北海道へ行ったの、海外へ行ったの、と自慢している。山野は眼中にない。一人が山野をからかった。
「おい。山野。お前、どうせ家で勉強ばかりしてたんだろう。だがな太陽の元で青春を謳歌するってのは、素晴らしい事なんだぜ。まあ、ガリ勉はせいぜい頑張って東大へでも、どこへでも行ってくれや」
「でも官僚になっても賄賂はするなよな」
ははは、と笑って彼らは去っていった。山野は彼らの揶揄を俯いて聞きながら、彼らが去ると同時にフンとせせら笑いながら、携帯のメールの着信ボタンをおして昨日きた美奈子からのメールを嬉しそうに開けた。
「山野君。この前はありがとう。今度の日曜、大磯ロングビーチへ行かない。勉強のジャマでなかったら。大磯駅で正午に待ってます。美奈子」
(おくれているのはお前達の方さ)
「はい。全然勉強のじゃまじゃないです。喜んで行きます。山野」
こう書いて、得意気に送信ボタンを押した。

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ロリータ(小説)(上)

2015-06-21 02:32:46 | 小説
ロリータ

 純は、ある病院に勤める精神科の勤務医だった。精神病院は人里から少し離れた所にあるのが多い。患者も静かな自然の中で静養した方が気分が落ち着くだろう。しかし病院に通う職員にとっては、交通の便がわるい。そのため車で通う職員が多い。純も車で通っている。病院は9時からなので朝、8時に家を出る。ちょうど生徒が登校する時間である。高校生は、自転車で通う生徒が多いが、中学生は、トボトボと徒歩である。三々五々、仲のいい友達と話しながら。その姿が何ともかわいい。純は彼女らを見ると何とも言えない狂おしい感情におそわれるのだった。純は、女子高生には興味がなかった。彼女らはミニスカートにルーズソックスを履き、彼氏と平気で手をつないで歩く。世間を斜めに見て、もはや性格がスレッカラされてしまっている。それに較べると中学生は、まだ小学生のあどけなさが残っている。靴も子供っぽい運動靴である。
純は通勤の途中、女子中学生を見るのが楽しみだった。
かわいい。ともかく、かわいいのである。
病院の仕事は午後5時で終わりである。
純は仕事が終わると、すぐに帰った。
帰りにも、学校から帰宅する生徒を見かける。

ある日の帰り、純は前方に一人でトボトボ歩いている生徒を見つけた。
その子は、朝の登校の時でも見かけて知っていた。
おとなしそうで、純は、その子が特に好きだった。
「犯罪」という言葉がサッと純の頭を掠めた。
だが、純は、今まで、生徒をさらいたい、とは本気で思った事がなかった。
一度、そんな「犯罪」を犯してしまったら、もはやアウトローとなり世間から抹殺される。
人生、おしまいである。
そんな勇気など純には無かった。
しかし、純が、生徒をさらえない理由はそれだけではなかった。無理矢理、連れさったら当然、その子は、いやがって抵抗する。その顔は美しくない。純は、そういう顔を見たくないのである。だから、さらえないのである。
だが、その子の後ろ姿が何ともかわいい。
腕力も無さそうで、利発そうである。
純は車を止めて、その子の歩く後ろ姿を食い入るように眺めた。
「この子に声をかけたら、この子はどんな反応をするだろう」
「気味悪がって、逃げてしまうだろうか」
純はそんな事を考えた。
しかし、どうも、そのおとなしい弱々しい姿からは、そういう反応は想像できない。
純の欲望はどんどん高まっていった。純は、とうとう決意した。
純は徐行ていどの早さで、その子に近づいた。
そして、その子の横に車を止めた。
少女も足を止めて、車の中を見た。
何事かと、キョトンとした顔つきだった。
純は窓を開けた。
「お嬢ちゃん。この辺りに郵便局ないか知らない」
純は、平静を装って、少女に声をかけた。
「郵便局は、ここを真っ直ぐに行って左手にあります」
少女は礼儀正しく答えた。
警戒心が感じられない。
よし、と純は思い決めた。
純は、ドアを開けると路上に降り、少女の手を掴んで無理矢理、車に押し入れた。
「ああっ。嫌っ。やめてっ。何をすのる」
純は黙って、少女から、熊のぬいぐるみのついたスポーツバッグを取り上げた。
そして、ドアをロックして、フルスピードで車を走らせた。
しばらく車を走らせてから、わき道に入り、雑木林の中で車を止めた。
周りに民家はない。
少女は、両手を膝の上に乗せてブルブル体を震わせている。
純はエンジンを止めた。
少女はとっくに現状認識できているといった顔つきで黙っている。
抵抗しても無駄だということがわかっているのだろう。
「お嬢ちゃん。いきなり乱暴なことしちゃってゴメンね」
純は少女の警戒心を解こうと、やさしい口調で言った。
少女は黙っている。
「お嬢ちゃん。ほんのちょっとだけ、僕の家に来てくれない。殺したり、いたずらしたりなんかしないから。おとなしく言う事を聞いてくれれば、一日で無事に家に帰してあげるからね。こんな事は、公にしない方が、君のためだよ。君は頭がよさそうだから、解ると思うよ」
純は少女の警戒心を解くように、やさしい口調で言った。
少女は顔を青くしながらもコクリと肯いた。
「そのかわり、暴れたり、逆らったりしたら命の保障はしないよ」
そう言って純は胸ポケットからシャープペンを取り出して、少女の首筋に当てた。
「さ、逆らいません。暴れません。そのかわり、殺さないで家に帰して下さいね」
少女は切実な口調で訴えた。
「よーし。いい子だ。でも一応、念のために縛らせてもらうよ」
そう言って、純は少女の華奢な腕を背中に廻し、手首を重ねて縛った。
そして、ドアをあけ少女を後部座席に移し変えた。
少女は抵抗せず、素直に後部座席に移った。
これでもう、少女は逃げられない。
「さあ。横になって」
そう言って純は少女の体を後部座席に横たえさせた。
これでもう安心である。
純は、ほっと胸を撫で下ろした。
純はドアを閉め、運転席にもどり、エンジンをかけて発車した。
気をつけなくてはならないのは、スピードオーバーによる警察の検問である。
純は逸る気持ちを抑えながら、車を走らせた。
まさに手に汗握る運転だった。
やっと家についた。
純の家は寂しい貸家の一軒屋で、周りに民家はない。
以前、住んでいた家族が一家心中したため、それが評判になって、借り手がいなく、家賃は安かった。だが純は、そんな事を気にする性格ではない。

夜になると一家心中した家族の幽霊が出る、という噂が出回って、人も気味悪がってよりつかなかった。
純はエンジンを切った。
純は、家の中に入り、就眠用のアイマスクを持ってきて、少女にかけた。
ここが、何処だかわからなくするためである。
純は少女の肩をそっとつかんで、車から出して、家の中に入れた。
純は少女を六畳の畳の部屋に連れて行き、柱の前に立たせた。
「さあ。座って」
純が言うと、少女は素直に座った。

純は後ろ手に縛った少女の手首の縄の縄尻を柱に結びつけた。
これでもう少女は逃げられない。
『やった。とうとうやった』
純は飛び上がらんばかりに喜んだ。
長年の夢が叶ったのである。
しかも、少女をまた縛って、車でさらった場所に帰せば、まず犯行は、ばれない。
犯罪者にならなくてすむ。
純は内気で女と対等な付き合いが出来ない。
そのため、今まで、一度も女と話した事がない。
しかし、純の女を求める気持ちは人一倍、強かった。
欲求が満たされず心と下半身の中で、悶々としていた欲求が、まさに満たされたのである。
純は、アイマスクで目隠しされて黙って横座りしている少女を時のたつのも忘れ、じっと眺めつづけた。
チェック柄のスカートから出ている華奢な足、諦念した様子でじっとしている姿が何とも愛らしい。
「あ、あの・・・」
少女が可愛い口を開いた。
「なに」
純は嬉しそうに聞き返した。
初めて少女が声を出した事が、嬉しかったのである。
ミンコフスキーによれば、統合失調症の患者の病理は、現実の世界との生きたつながりの喪失である。
「あ、あの。お願いがあるんです」
少女は遠慮がちに言った。
「なに。何でも聞いてあげるよ」
純はやさしい口調で言った。
「目隠しをとっていただけないでしょうか」
「どうして」
「こ、こわいんです」
少女は少し声を震わせながら言った。
純はすぐに納得した。
縛られて、自由を奪われた上、闇の中で、周りが全く見えなくては、怖くなるのは当然である。
純は目隠しを取ろうと手を伸ばしたが、ふと、思いとどまった。
目隠しをとってしまえば、純の顔をはっきり見られてしまう。
さらった時も、確かに顔を見られてはいるが、薄暗がりで、はっきりとは見られていない。
一瞬のことであり、時間もたっている。
しかし、目隠しをとったら、はっきりと顔を見られてしまう。
純はしばし迷った。
「警察に言ったりしません。私を信じて下さい」
少女は訴えるように言った。
純の躊躇いを察しているかのように、少女は機先を制した。
黙っている純に少女はつづけて言った。
「おにいさんもさっき、言いましたよね。こういう事が公になると、私の人生に不利な経歴が出来てしまうって。その事は、私も十分、わかっています。ですから、この事は一生、誰にも言いません」
利発な子だと純は思った。
確かに純は、この子に何もせず無事に返すつもりである。
しかし、家族や警察に言わないという保障はない。
「おにいさんは悪い人じゃないです」
考えあぐねている純を促すよう少女は言った。
「どうして、そう思うの」
純は、すぐに聞き返した。
「だって、悪い人だったら、身動きのとれない私を触ったり、いたずらしたりするでしょう。おにいさんは、何もしませんもの」
その言葉に純は強く心を動かされた。
なるほど、確かに少女から見れば、そう見えるのだな、と気づかれた思いがした。
「本当に警察に言わないでくれる」
純は確かめるように聞いた。
「言いません」
少女は、きっぱりと言った。
よし、と、純は決断し、少女の耳からアイマスクをそっと取り外した。
少女は、そっと目を開いてパッチリしたつぶらな瞳で純を見た。
「ありがとうございます。目隠しを解いて下さって」
少女は丁寧に礼言った。
ほっとしたような様子だった。
純は少女に見られ、急に羞恥におそわれて真っ赤になった顔をそらした。
自分が何の罪もない純粋で素直な子を無理矢理、さらって、監禁したという罪悪感がおそってきたのだ。
しかも、大の大人が中学生を、である。
「ごめんね。無理矢理、さらっちゃて」
純は少女の前に土下座して、頭を床に擦りつけて謝った。
「いいです。そのかわり、殺さないで、家に返して下さいね」
少女は卑屈に謝っている純をなぐさめるような口調で言った。
「うん。もちろん、何もしないで、無事にちゃんと家に返すよ」
「その代わり、警察には言わないでね」
「言いません。約束します」
少女はきっぱり言った。
その口調に純は誠実さを確信してほっとした。
純の横には少女の熊のぬいぐるみのついたスポーツバッグがある。

純は、少女が目隠しされている間に、スポーツバッグを開けて、財布から少女の名前や身元は知っていた。
少女の名前は、佐藤京子で、××中学の一年生だった。
「京子ちゃん。ごめんね。君を目隠している間に君の素性を調べちゃった」
純は、そう言ってまた顔を赤くして謝った。
「いえ。いいです」
「しつこくつきまとったりしないからね。安心してね」
「はい。ありがとうございます」
少女は、淡々と答えた。
純は自分のした事にきまりの悪さを感じて顔を赤くした。
何をしていいか、わからず、少女の前で身をもてあました。
少女は、目隠しがなくなって、少し安心した様子だった。
「おにいさん。一人暮らし?」
少女が聞いてきた。
「うん」
純はすぐに答えた。
「彼女はいるの」
「いない」
「どうして」
「大人の女と、うまく付き合えないから」
「どうして私をさらったの」
「可愛いから」
「私より可愛い子、いっぱいいるよ。どうして私をさらったの」
「京子ちゃんの可愛さは、単に外見だけじゃないんだ。真面目そうで、おとなしそうだから。僕はそういう子が好きなんだ」
「おにいさんも真面目で、おとなしそう」
そう言って少女はニコッと微笑した。
はじめて少女が笑顔を見せたので、純は嬉しくなった。
純は濡れタオルを持ってきた。
そして、そっと横になっている少女の足の靴下を脱がせた。
「なにをするの」
少女が聞いた。
「京子ちゃんの足を拭きたいの。拭いてもいい」
純は恥ずかしそうに言った。
「うん。いいよ」
少女は屈託なく答えた。
純は脱がせた少女の足を濡れタオルで拭きだした。
名目は、足を拭くことだが、性的倒錯癖のある純には女の足に激しく興奮するのである。

純は少女の足の裏を丁寧に拭いていった。
足指の股を一本一本、開いて拭いた。
「あはっ。気持ちいい」
少女は、くすぐったそうに笑った。
純は、ゆっくりと時間をかけて少女の足を隈なく拭いた。
「かわいいね。京子ちゃんの足」
「そんなことないよ」
少女は恥ずかしそうに言った。
濡れタオルで拭きおわると、純は少女の土踏まずを親指で強く圧した。
足裏マッサージである。
「あはっ。気持ちいい」
少女はくすぐったそうに笑った。
純は土踏まず、といわず、指の付け根や足裏の壺をじっくりと指圧した。
純は少女の体の感触を足の裏を通じてじっくり感じていた。
純には、それだけで十分だった。
少女は嫌がる様子も見せず、素足を純に任せている。
十分、足裏を指圧してから純はそっと少女に靴下を履かせて元にもどした。
少女の腹がグーと鳴った。
純はキッチンからお菓子とオレンジジュースを盆に載せてもってきた。
そして、それを少女の前に置いた。
純はビスケットを少女の口に持っていった。
「はい。アーンして」
純が言うと、少女はそっと小さな口を開けた。
純は、開いた少女の口にビスケットを入れた。
少女はモグモクと口を動かしてゴクリと飲み込んだ。
純は、じっとその様子を楽しげに見ていた。
食べ物が胃に入って胃が動き出したのだろう。
少女は黙っているが、菓子をそっと見る少女の目が、もっと食べたい事を語っているのが見てとれた。
純はビスケットをもう一つ後ろ手に縛られて柱につなぎとめられている少女に食べさせた。
「おいしい」
純が聞くと、少女はコクリとうなずいた。
そうやって純はクッキーを次々と少女に食べさせた。
咽喉も渇いただろうと思って純はオレンジジュースにストローを入れて少女の口に持っていった。
少女は小さな口でストローをパクリとつかまえると、一心に吸った。
咽喉がゴクゴク動き、それにともなって、コップの中のジュースの水位が減っていく。
それが純には面白かった。

ふと純に意地悪したい気持ちが起こって純はストローで一心にジュースを吸っている少女からサッとコップを離した。
あっ、と言って少女は離されたジュースを恨めしそうに見た。
そのもの欲しげな目つきが何とも愛らしかった。
その少女の可愛らしさを見たいためだけに純は、ちょっと意地悪したのである。
純がストローの先を少女の口に近づけると、少女はそれをつかまえて、またゴクゴクと飲みだした。
何て、可愛いんだろうと純は思った。
あたかも腹をすかせた雛鳥が一心に餌を食べているようだった。
純は、そうやってクッキーとジュースを交互に少女に食べさせた。

純は、はじめ、今日中に少女を元の場所にもどすつもりだった。
だが、純は、ちょっと、それが勿体ないような気がしてきた。
こんな事はもう人生で二度とないだろう。
その上、さらった女の子は、純の憧れの子で、しかも彼女は抵抗しようとしない。
もう少し、少女を置いておきたいという欲求が起こってきた。

「京子ちゃん。お願いがあるんだけど・・・」
と言いかけて、純は言いためらった。
「なあに」
少女はあどけない口調で聞き返した。
「京子ちゃん。今日一日、泊まってってくれない。明日、必ず無事に返すから」
純は訴えるように言った。
少女は、突然の純の申し出に驚いて、しばし思案げな様子で考えていたが、
「いいよ」
と、屈託のない口調で答えた。
純は飛び上がらんばかりに喜んだ。
同時に、どうして、少女が純の申し出を受け入れてくれたのか、その理由が知りたくなった。
「京子ちゃん。どうして、僕の無茶な頼みを聞いてくれたの」
純は疑問に眉を寄せて聞いた。
「おにいさんは悪い人じゃないから」
さらに少女は言った。
「十分、満足した方が、おにいさんも欲求不満が解消されるでしょ」
そう言って少女はニコッと笑った。
純は感激した。
少女が、自分を信頼してくれた事と、人をも思いやる、さやしい性格に。

さて、少女の諒解がとれたのは、よかったが、すぐに純は、一つの難問にどう対処すべきか、頭をひねって考えた。
それは、当然、今日、帰るはずの少女が帰らない事で親が一大事として心配する事だ。
連絡がなければ、警察にも知らせるだろう。
ともかく親が心配しないように連絡させなければ。
純は頭を捻った。
「京子ちゃん。友達の家に泊まることある」
純は聞いた。
「ううん。全然ない」
少女は首を振った。
少女のおとなしそうな性格からして、さもありなん、と純は思った。
それに、その方法には、問題がある。
友達の家、と言えば、親は、どの子で、どうして、と理由を聞くだろう。
親が、友達の家に電話すればウソがすぐにばれてしまう。
親戚の家ではもっと悪い。
「おにいさん。こうしてはどう」
考えあぐねている純に少女が声をかけた。
「私が、以前からメールをやりとりしていた仲のいいメル達がいたって言うの」
うん、と純は聞き耳を立てた。
「それでね、その子は難病の病気で、以前から私が励ましていたんだけど、数日前から危篤になったっていうの。それで、どうしても、その子に会いたいから、今日は帰れないって言うの。どう」
なあるほど、と純は感心した。
それが一番で、それなら、親も納得するだろう。
純は少女に家に電話させるため少女の後ろ手の縄を解いた。
少女はスポーツバッグを開けて、携帯電話をとりだした。
一瞬、少女が、家に拉致監禁されていることを、急いで告げるかもしれない、という不安が純の頭を過ぎった。
だが、今までの少女との会話から、まずそんなことはないだろうと思った。
それに、仮に、少女が豹変して、そう言っても、まだ純の素性は知られてはいない。
何もせず、一日、連れ去って無事に返した程度なら、警察もわざわざモンタージュ写真をつくって、捜査する事もあるまい。

少女は家に電話した。
母親が出た。
「京子ちゃん。どうしたの。帰りが遅いわね。何かあったの」
「お母さん。私、今日、帰らない」
「ええっ。どうして」
母親は驚倒して食いつくように聞いた。
「あのね。理由を説明するね」
そう言って少女はさっき話した理由を話し出した。
「あのね。私、以前からメールを遣り取りしていた友達がいるの。その子は難病で、以前から一度、会いたいと思っていたの。それで、数日前から、危篤になってしまったの。もしかすると今日が山かもしれないの。だから、会いに行きます。明日、帰ります。だから心配しないでね」
少女は淡々と話した。
「そう。そういう事なら仕方がないわね。気をつけてね。その子の家の住所か電話番号がわかるなら教えて」
「ごめんね。それは秘密。その子とは、私だけで関わりたいの」
「そう。わかったわ。くれぐれも気をつけてね。何か困った事があったら、すぐに連絡してね」
そう言って少女は携帯を切った。
「どう。これで安心でしょう」
少女はニコッと笑った。
「ありがとう」
純は、ほっと胸を撫で下ろした。
少女は携帯をスポーツバッグの中にもどした。
同時に純は無上の喜びで満たされた。
これから、明日一日、少女と過ごせるのである。
しかも、何の不安も心配も無く。
そう思うと純は飛び上がって、喜びを叫びたくなるほどの思いだった。


少女の腹がグーと鳴った。
「京子ちゃん。お腹、減ったでしょう。お弁当、買ってくるよ。何がいい」
「何でもいいです」
一瞬、純の京子を見る目が静止した。
それは、どうしてもしなくてはならない事だった。
純は、自由になった京子の華奢な腕を背中に廻し、手首を重ね合わせて縛り、さらに胸を二巻きし、その縄尻を柱に結びつけた。
両足首も縛った。
「ごめんね。京子ちゃん」
純が謝ると、少女は、
「いえ。いいです」
と、慎ましく答えた。
さらに純は豆絞りの手拭いを持ってきた。
「ごめんね。京子ちゃん。口を開けて」
純が言うと少女は素直に小さな口を開けた。
純は豆絞りの手拭いを京子の口にかけて頭の後ろで縛って、京子に猿轡をした。
これで京子は声を出せなくなった。
純は、しげしげと縛られた京子の姿を眺めた。
純は、その姿に激しく興奮した。
もちろん、少女を縛ったのは、純がいない間に少女に逃げられたり、声を出されたりさせないためであるが、性倒錯癖のある純には、縛られて猿轡されている女性の姿に激しく興奮するのである。
純は浴槽の栓を開いて湯を出した。

純は家を出て、車を飛ばしてスーパーに行った。
純の家の近くに24時間営業のスーパーがあった。
純はいつも、ここを利用していた。
純は駐車場に車を止めて、スーパーに入った。
純は、何を買おうかと迷ったが、半額になったハンバーグ弁当があったので、それを二つとってカゴに入れた。
そして、ストロベリーショートケーキを二つカゴに入れた。
帰ってあの子と一緒に食べると思うとウキウキした。
一階の食品売り場を出た純は、二階に上がった。
そしてパジャマと歯ブラシも買った。
純はスーパーを出て、車に乗った。
自分の家で縛られて猿轡されている少女の姿を想像すると純はウキウキした。
純は少女を人間ではなく、可愛いペットのように思っていた。
長年、夢見ていた事が現実になったのである。
しかも、少女は嫌がっていない。
純はスーパーを出ると車に乗ってエンジンをかけ、家に向かって車を走らせた。

家に着いた。
六畳の部屋に入ると、家を出た時と同じように、後ろ手に縛られて柱につなぎとめられた京子が、じっと座っていた。
ガックリと項垂れている。
純がもどってきたのを知ると、少女はつぶらな瞳を純に向けた。
純は嬉しくなった。
純は少女の猿轡をはずした。
猿轡は、少女が耐えていた唾液で濡れていた。
「京子ちゃん。ごめんね」
純が笑顔で謝ると、少女は、
「いえ」
と、小さな声で慎ましく答えた。
純は浴槽に行った。
風呂は湯で一杯になっていた。
ちょうどいい湯加減である。
純は京子の所にもどった。
そして、京子の後ろ手の縛めを解いた。
これでやっと京子は自由になった。
「京子ちゃん。ご飯の前にお風呂に入らない」
純がそう勧めると、京子は、
「はい」
と素直に返事した。
「風呂場の前にパジャマを置いといたから、それに着替えなよ。制服が汚れるとよくないし」
純が言うと、京子は、
「はい」
と素直に返事した。
京子は風呂場に向かった。
一瞬、京子は風呂場の前でためらって純の方を見た。
「京子ちゃん。着替えるところを見たりしないから安心して」
そう言って純は、京子に目隠ししていたアイマスクをかけて部屋にもどった。
普通の男なら、こっそり少女の着替えを覗くだろう。
だが、純は、そんなことはしない。
これは約束を守る純の誠実な性格もあるが、純はストイックな性格なのである。
ストア派の哲学によれば禁欲的であることは、欲望を満たしてしまうより、より次元の高い快楽なのである。
しかし、少女には、そんな純の性格はわからない。
京子は、ちょっと部屋の方を見たが、純の姿が見えないので、ためらいがちに制服を脱ぎだした。
セーラー服を脱ぎ、スカートを脱いだ。
そして、ブラキャミとパンツも脱いで、風呂場に入った。
シャワーの音が聞こえてくる。
裸の京子が体を洗っている姿が、ありありと想像されて、純は興奮した。
純は、そっと風呂場の前に行った。
すりガラスから裸の京子の体の輪郭がおぼろげに見える。
「京子ちゃん。湯加減はどう」
「は、はい。いいです」
京子はあせった様子で答えた。
純は嬉しくなって、それだけ言って、部屋にもどった。
ほどなく湯がタイルを叩く音が止まった。

しばし風呂場の所でゴソゴソ音がしていたが、京子はパジャマを着て、服を持ってもどってきた。
制服姿も可愛いが、パジャマ姿も何とも可愛い。
京子は腰を降ろして座った。
発育ざかりの体は、赤ん坊のように瑞々しい。
少女の髪は、バスタオルで拭いただけでクシャクシャである。
少女も、それを気にして手で髪をとかしている。
「はい。ドライアー」
純はドライアーのプラグをコンセントにつないで少女に渡した。
「ありがとうございます」
少女は礼を言って、ドライアーを髪に噴きつけた。
濡れてクシャクシャだった髪が乾いて整った。
制服を着ていないパジャマ姿だと、まだ小学生のように見える。
純は、買ってきた二つのハンバーグ弁当をレンジで温めて、持ってきて座り、その一つを京子の前に置いた。
「さあ。食べなよ」
そう言って純は弁当を開けて食べだした。
少女もお腹が減っている様子は見てとれた。
「いただきます」
少女は小さな声で言って、弁当をとって、モシャモシャ食べだした。
純は少女の小さな口がモグモク動くのを楽しげに眺めた。
少女は、お腹が減っていたとみえて、一心に食べた。
「おいしい?」
純が聞くと、少女は、
「うん」
と、ハンバーグをほおばりながら答えた。
「本当はね。京子ちゃんの手作りの料理を食べたかったんだ。京子ちゃん。何か料理つくれる」
「はい。少しなら」
「どんなもの」
「オムライスとか、ビーフシチューとか、サンドイッチなんかです」
「じゃあ、明日、何かつくってくれる」
「はい。でも、あんまり自信ないです」
少女は弁当を全部、食べた。
デザートのストロベリーショートケーキを渡すと、少女はモシャモシャと食べた。
純は京子の口についたクリームをティッシュで拭いた。

食事が終わって、純はやっと一安心した気持ちがした。
手足が自由になっても少女に逃げようという感じは無い。
逃げようとしてみても、少女の力ではすぐに捕まえられてしまうだろう。
少女も、その事をわかっているから、逃げようとしないのだろう。
それに少女は、体も華奢で性格もおとなしい。

少女のパジャマから見える瑞々しい足を見ているうちに、純は少女の体を触りたくなってきた。
だが、あやしい事は出来ない。
あくまで日常的な行為の中で、少女に気づかれないようしなくてはならない。
純は耳かきを持ってきて、少女に渡した。
「京子ちゃん。これで僕の耳をかいて」
そう言って純は横にねて、正座している少女の膝の上に頭をのせた。
顔は外側に向けた。
少女は、おそるおそる純の耳をかきだした。
だが、深く入れて傷つける事をおそれて、耳の穴の浅い所を用心深くそっと触れるだけにとどめている。
だが、それでは気持ちが良くない。
「京子ちゃん。もっと深く入れて大丈夫だよ」
そう言って、純は少女から耳かき棒をとって、自分で安全な深さまで入れて、その位置で耳の穴の入り口の所で指先でつまんで、引き抜いた。
安全な深さは2cmくらいあった。
純は、そこの所に、ポケットからボールペンで印をつけた。
そして、それを少女に渡した。
「さあ。やって」
純は耳かき棒を少女に渡した。
今度は印がついているので安全である。
少女は印のついている所まで耳かき棒を入れて一心に耳をかいた。
奥まで耳の穴を擦られて気持ちがいい。
「ああ。京子ちゃん。気持ちがいい」
純は目をつぶって言った。
だが、それより純にとって、もっと気持ちが良かったのは、少女の膝に頭をのせて、少女に耳を触られるスキンシップだった。
少女も慣れてきたと見え、耳の中が程よい加減に擦られて気持ちがいい。
純は出来ることなら時間が止まって、ずっとこのままでいたいと思った。
京子は、かなりの時間、純の耳をかいた後、少女に身を任せている純に声をかけた。
「はい。これだけ取れました」
そう言って京子は、とれた耳垢を掌の上にのせて純の顔の前に出した。
少女は耳垢をとるのが面白くなったのか、ニッコリ笑った。
「ありがとう。じゃ、今度は反対もやって」
純はそう言って体を反転し、顔を少女の腹の方に向けた。
純の顔は少女の下腹にくっつかんばかりになった。
少女はまた純の耳垢をとりだした。
実はこの顔の向きが純の本命だったのである。
純は耳垢をとられる事に気持ちよさそうに少女に身を任せていたが、少女の体に触れることに最高のスキンシップの喜びと興奮を感じていた。
純は京子に頭を抱かれる形になっている。
ピッチリ閉じた華奢な太腿を膝枕に、目の前には少女の太腿の付け根、女の部分がある。
それは洗ったばかりの体の上に買ったばかりのパジャマを着ているため、直接には触れていなく、パジャマと下着越しである。しかし女の柔肌を求めつつも、女と付き合えない性格のため、純の想像力は異常に発達して、服を着た女を見ただけで、純は服の下の下着や、その中の柔肌の様子まで感じとってしまう超能力的想像力が身についていた。
そしてそんな想像は、もはや純の意志とは関係なく起こってしまうのだった。
純は、ありありとパジャマと下着越しに、少女の体を観念で透視していた。
ピッチリ閉じ合わさった女の秘部。
純は女を見ると、その秘部にある穴を想像して、自分が小さな細胞になって、その中に入っていき、フカフカの子宮に着床して、眠りつづけたいと思うのだった。
これは年齢に関係なく、女という女すべてに感じてしまうのである。
もちろん目の前の少女にも、それを感じている。
純は生まれてきたくなかったのである。
実際、内気で病弱な純には、この世は地獄だった。
純の安住の場所は女の子宮の中だった。
純の子宮回帰願望は病的なほどのものだった。
純にとって女はすべて母親だった。
目前の少女にも純は母親のやさしさを感じていた。

純は出来ることなら時間が止まって、ずっとこのままでいたいと思った。
京子は、かなりの時間、純の耳をかいた後、少女に身を任せている純に声をかけた。
「はい。これだけ取れました」
そう言って京子は、とれた耳垢を掌の上にのせて純の顔の前に出した。
「ありがとう。気持ちよかったよ」
そう言って純はムクッと起き上がった。
「今度は京子ちゃんの耳をかいてあげる。横になって」
そう言うと京子は躊躇うことなく、横になって純の膝に頭をのせた。
純は、さっそく少女の耳をかいた。
少女はもはや警戒心はなく、目をつぶって気持ちよさそうに純に身を任せている。
何て可愛いんだろうと、純は少女の顔をまじまじと眺めた。
発育中の瑞々しい肌。
愛らしい顔。
華奢な体。
この子は、今が人生で一番、美しい時だ、と純は思った。
この可愛らしさが成長によって無くなってしまうと思うと純は耐えられない思いになるのだった。
純は頭を固定して少女の耳をかきながら、さりげなく少女の愛らしい湯上りの黒髪をさわった。
この体勢では純は大人の男になっていて、目をつぶって身を任せている少女を抱きしめてしまいたい誘惑にかられたが、理性で我慢した。
純は医者だったので、どこかの天才医学者が成長を止める薬を研究してつくってくれないか、などと本気で思った。
片方の耳をかいた後、反対側の耳もかいた。
「はい。おしまい」
そう言って純は、耳かきを止めた。
「ありがとうございます」
京子は礼を言ってムクッと起き上がりそうになった。
それを純は止めた。
「うつ伏せになって。マッサージしてあげる」
少女は、素直にうつ伏せになって目を閉じた。
まだ大人の女の起伏に富んだ曲線美が出来ていない体。
だが、起こり始めた第二次性徴が、わずかに尻を大きくしている。
少なくとも女特有の器官はちゃんと備わっている。

それは間違いなく女の体だった。
純は足裏を親指で指圧した。
そして脹脛や背骨、腕、掌など体全体を力を入れて指圧した。
「あはっ。気持ちいい」
純が指圧する度に少女はくすぐったそうに声を出した。
少女は目を閉じて気持ちよさそうに純の指圧に身を任せている。
純は時間をかけて念入りに指圧した。
かなりの時間がたった。
「はい。交代。今度は僕をマッサージして」
そう言って純はうつ伏せに寝た。
京子はムクッと起き上がって、純がやったように足の裏を親指で圧した。
だが少女の非力さでは十分な指圧は無理だった。
「京子ちゃんの力じゃ指圧は無理だよ。背中を踏んで」
純が言うと、少女は立ち上がって、そっと足を純の背骨の上にのせた。
だが遠慮がちである。
足で体を踏む事に抵抗を持っているのだろう。
「京子ちゃん。両足を乗せて体中を踏んで」
純が言うと、少女は壁を両手で押さえて、バランスをとり、両足を純の背中に乗せた。
「大丈夫?」
京子は心配そうに聞いた。
「大丈夫。京子ちゃんの体重では、全然、物足りないよ。自由に体中を踏みまくって」
少女は、はじめ、おぼつかない足取りで両足をのせて体重をかけていたが、純が全然、反応しないので、だんだん遠慮なく踏み始めた。
またバランスをとれるようになってきて、また純が何も言わないので面白くなってきたのだろう、もう少女は遠慮なく、純の背中を踏み始めた。
「京子ちゃん。掌を踏んで」
とか、
「京子ちゃん。お尻を踏んで」
とか言うと、京子はそこに体重をのせて踏んだ。

「ああ。気持ちがいい」
純がそう言うと京子の踏む力は強くなった。
マッサージという名目で、純は少女に踏みまくられる事に被虐の快感を感じていた。
純には元々、マゾヒスティックな性格があり、女に虐められる事に快感を感じるのである。
だが純のマゾヒズムは世間の男のマゾヒズムとは、違っていた。
世間のマゾヒストは、残忍な女に虐められると喜ぶ。
それは男が精神的に一人前に独立しているからである。
精神的に独立しているから、そういう愛のないゲームも楽しめるのである。
だが純が求めている女は、そういう女ではなく完全無欠な、やさしい女だけである。
純は神のような、やさしい心を持った女に愛を持って懲罰されたいのである。
それは純の依存的な性格と女を神と見ているために出来た宗教的な心境であった。

今、まさに純を踏んでいる少女は、完全無欠な性格のやさしい、可愛い女神である。
純はモットフンデクレ、モットフンデクレと心の中で叫んだ。
純は腕を伸ばして掌を上に向けた。
「京子ちゃん」
「なあに」
「両足で掌を踏んで」
「うん」
少女は元気よく返事して、純の両方の掌を体をまたぐようにして踏んだ。
「痛くない?」
「うん」
純は少女に掌を踏まれながら、少女の足の裏の感触に神経を集中した。
純は谷崎潤一郎と同じように女の足に最も興奮するのである。
一度、少女の足を触りたいと思っていたが、いい口実が無く、望みが叶って少女の足に触れる心地良さに純は、しばし瞑目して浸っていた。
両手を踏まれる事もマゾヒスティックな快感があった。
「京子ちゃん」
「なあに」
「立っているの疲れたでしょ。そのまま背中に座って」
「うん」
少女は、もはや純の言う事には何でも聞くようになっていた。
少女は、膝を曲げて屈み、尻を落として、純の背中に馬乗りになった。
少女の尻がペタンと純の背中に触れた。
純は激しくに興奮した。
背中とはいえども触覚はある。
体重も加わって、少女の尻や女の部分の柔らかい肉の感触が背中に伝わってくる。
最高の感触に純はとろけるような極楽の気分だった。
馬乗りにされている事にも被虐の快感があった。
「京子ちゃん。首筋を揉んで」
純が頼むと京子は、馬乗りのまま、純の首筋を揉み出した。
少女は力を込めて純の首筋を揉んだ。
体が揺れ、それとともに、少女の尻や女の部分の肉が動いて、よりハッキリ体の感触が伝わってくる。
だが、少女が触れているのは、平べったい背中で、背中に感触は無く、自分が触れられているとは気づいていない。
純は背中に伝わってくる少女の柔らかい尻の肉の感触と、馬乗りにされている被虐感に夢心地の気分だった。
少女は一心に純の首筋や肩を揉んだ。
しばしたった。
「京子ちゃん」
「なあに」
「疲れたでしょ。ありがとう。もういいよ」
純がそう言うと京子は、揉む手を止めた。
「京子ちゃん。そのまま乗っかってて」
そう言って純は京子が背中に乗ったまま、肘と膝を立て、四つん這いになった。
あっ、と京子は持ち上げられて声を出した。
京子は純の背中に馬乗りする形になった。
「京子ちゃん。そのまま乗ってて。マッサージしてくれたお礼に僕、お馬さんになるから」
そう言って純は、京子を背中に乗せたまま、のそのそと四つん這いで歩き出した。
「どう」
「おもしろーい」
京子はニコニコ笑って、答えた。
純は、ヒヒン、ヒヒンと馬の鳴き声を上げた。
「走れ。走れ」
そう言って京子は腰を揺すった。
純は適度な速さで部屋を一周した。

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