やまろぐ☆つあれぽ

海外登山&トレッキングツア専門の
添乗員の自由日記と
家事育児の日常♪

祈り

2020-07-16 20:49:51 | 彼のこと
2日前にすみれと散歩中にミンミンゼミが
この夏初めて鳴いてるの聞いたの。緑の生い茂る桜の木の下。
立ち止まった。

この季節だ。

思い出す。今年も想う。トムラウシの山の事故で2009年に亡くなった
大好きな先輩のことを。
おもえば広島から東京に引っ越してきてからも
逝ってしまった彼のことをいつも追っていた、心の中で。
そしてこの仕事をするうえでの、責任感を思っていた。
彼に恥ずかしくない仕事をしたいと思っていた。
成長したいと思っていた。

広島にいるときと違って、東京のお客さんたちは
厳しかった。トムラトウシの事故に対しても。
彼は殺人者だと言われていた。
わたしはその言葉は聞かないようにして流していた。
関係ないひとのようにふるまっていた。

今年も。ずっと思い出す。トムラウシという名前も言えるようになった。
たぶん、一生仕事の原点。
涙はもう出ない。
言葉にできない
この気持ち。

こんなことになっている今。コロナで。

わたしなりに、彼にたくさん話しかけた1日だった。

*


写真は
2011年に長女りーと二人でバックパックでインドに行ったときの写真










ガンジス川に

























わたしたちも手紙書いて流したのガンジス川に










生も死も飲み込んでいくガンジス川









イケメン・・・あ・・


*


生きてることは。一瞬。

いろんな想いはすべて
溶け出していく
ひとつになる





天国で眠るKさんへ。わたしの仕事の原点です。

2013-07-16 22:24:48 | 彼のこと
今日はわたしの大切な人の命日。

うちのあたりはミンミンゼミが鳴き始め、
夏なんだなあって思わせる、そんな正午前に
わたしは駅に向かって歩きながら
山の遭難事故で亡くなった大切な人のことを思いだし
涙ぐんで空を見上げていた。



2009年7月16日に北海道の山の遭難事故で
亡くなったそのひとは、わたしにとっては
お父さんのようであり
尊敬する大先輩であり、
仲間でもあり
いつも気にかけてもらい
今のわたしをこの仕事に導いてくれたひとだった。
わたしはその人の前では
未熟で
孵化しそうにもないタマゴだったに違いない。

そのひとは
みんなに対して気さくで、愛されていた。
わたしにだけ特別だったのではない。
みんなのことをいつも気にかけて
みんなを喜ばすのが好きだった。

亡くなる1週間前に一緒に飲んで
まさかそれが最後のお別れになるなんて思っていなかったから
わたしはほろ酔いでその人の腕を組み、
歩き、店を出てから
じゃあまた~
なんて笑顔で手を振ったの。

それが最後だとは思わずに。


わたしのその後の崩れようといったら。

遭難事故がどうして起きたとか
なにがいけなかったのか
そういうことについても十分に考えてきたつもり。

今のわたしはただ、
人としての彼のぬくもりにただもういちど
触れたい、それだけと思う。

最後にふざけて腕を組んだときの
あの腕の内側のやわらかさが
その北海道の山の地名を耳にしただけで
絞られるように涙に流れながら思い出されるの。

もらったたくさんの山道具が
いまもわたしの元にある。
彼の使いまわしたそれらは
きっと、彼の『期待』


人がなにかの悲しみを受けたとき、
そのショックの状態はいろんな形で表れるとおもう。

わたしはまだ
その山の地図を見ることはできないし、
震えることなしにその話をすることはできない
仕事中なら
なるべく冷静に踏ん張りながら
なるべく遠巻きにしか触れないようにする

それは美しい山だから
みんなよく口にする
わたしは耳にする

このままではいけないから
いつかはわたしもその道を歩いてたどろうとおもう

そうして乗り越えていくべきだし

わたしはこの仕事をしながら
いつもお客さんと、自分の命を
大切に守らなければいけないのだとおもう

それが彼がわたしに
伝えてくれるメッセージなのだと
思わなければやっていけないし

それが本当に、
そうであるのだとおもう。

悲しみは時間が癒してくれるのか

自分で乗り越えるものなのかはわからない

でも彼の魂はアルプスの山のなかにも

広島の山にも


心にも。


わたしは元気に会いにいき
笑顔を見せたいとおもう。

いつどこにいても
思い出せば涙がポロポロこぼれる

わたしのきもち。この日の。