拙者の朝の散歩コースは裏山である。
「朝飯前に散歩をするとお腹がすいてコーヒーが旨く飲めるぞ、クロ!」と、ご主人様は勝手なことを言いながらイソイソと拙者の首輪にリードをつないで歩き始める。
裏山コースはクネクネと曲がりくねったダラダラ坂を30分ほどのぼると峰の上に着くのだが、時々怖い思いをすることがある。不気味なケモノと途中の山道で遭遇するのである。
最初に出会ったのはイノシシとかいうケモノであった。山道にさしかかる手前の草むらで、拙者が朝のウンチを気持ち良くした直後である。「ドッドッドッ」と、凄まじい足音を響かせながら、拙者とご主人様が立っている前方5メートルほどのところを、あいつらは傍若無人にも横切って行ったのだ。遠慮のかけらもない。まさにケモノの所業だ。
それにしてもあの逃げ足の速さと迫力にはビックリしたぞ。我々犬族が遠い昔に捨ててしまった野性のにおいをプンプンとさせていたぞ。
「おいクロちゃん、ビックリしたな」と、ご主人様は大きな目をしてつぶやき、4頭のイノシシ親子が走り去った藪の方をしばし見つめていたものだ。それでもご主人様は気を取り直してダラダラ坂を上り始めた。朝のおいしいコーヒーを飲むためである。なにがあっても途中で止めるわけにはいかないのだ。ケモノが出ようが鬼が出ようが・・・。
そして頂上にたどりついた時である。今度はピョンピョンと軽やかに飛び跳ねながら前方を横切る3匹のケモノが現れた。
「おいクロあれを見ろ、今度は鹿の親子が出たぞ!」とご主人様は興奮気味に言った。さきほどのイノシシと比べるとかなり上品な感じがするので、ケモノという呼称は少し乱暴すぎる気がしないでもないが、しかしいずれにしてもだ、この裏山には色々な不気味なケモノ達が生息しているらしいのだ。
それ以来この裏山コースは拙者にとって油断のならない、気の進まない散歩コースとなってしまったのだ。