クロの里山生活

愛犬クロの目を通して描く千葉の里山暮らしの日々

耕一物語ー人肌の温もり

2014-12-11 05:34:25 | 物語

 

冷たい荒海に投げ出されて、何時間経ったのだろうか。

東の空が白々と明けてきた。

あけぼの丸のロープを抱きしめる耕一の意識が、次第に薄らいで行く。

《このまま眠れたら楽になれる・・・・》

耕一は、薄れる意識の中でそう感じていた。

 

耕一の手からロープが離れた。

耕一の身体があけぼの丸から離れた。

意識を失った耕一の身体が、冷たい海を漂って行く。

漂うその男の姿を、昇る朝日が照らし始めた。

 

 

 

その時、潮の流れが少しづつ変わってきた。

日の出の動きに合わせるように、潮の流れが変わったのだ。

穏やかになった海原を、耕一の身体が陸に向かって流れ始めた。

 

襟裳岬に近い広尾の浜に、耕一は打ち揚げられた。

その浜には、既に数名の遭難者が流れ着いていた。

浜の漁民達が、流木を積んだ焚き火をあちこちで燃やしながら、救助活動を行っていた。 

 

「おーい! 若いの、しっかりしろ!」

身体が冷えきり、唇が紫色に変色した耕一を、毛布を持った漁師が抱きかかえた。

だが、意識を失った耕一の身体の振るえは止まらない。

漁師は、焚き火の近くに耕一を運んで、彼の身体を温めようとした。

その様子を見ていた漁師の女房が叫んだ。

「ダメだよ! 火で急に温めたら死んじまうよ!」

女はそう云うと、着ていた自分の衣類を脱ぎ捨て、上半身裸になった。

そして、耕一の上半身も裸にすると、その身体を抱きしめて毛布をかぶった。

自分の身体の温もりで、耕一の冷えた身体を温め始めたのだ。

 

 

 

やがて耕一は、気持ちの良い人肌の温もりの中で意識を取り戻した。

最初に目に映ったのは、真っ赤に燃え上がる炎であった。

あたり一面、紅色(くれない)の世界だった。

強運の男が、死の淵から生還した瞬間であった。

 

昭和23年9月中旬に関東地方、三陸地方そして北海道東部を襲ったアイオン台風は、死者512名、行方不明326名という記録的な犠牲者を出した。

この時、あけぼの丸の乗組員10名のうち、5人が行方不明となり帰らぬ人となった。

あの正一も、荒波の中に消えたまま、二度とその姿を見ることはなかった。

 

  

 続く・・・・・・。

コメント (6)
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