今や……至る所に『議論にならぬ論争』ばかりが溢れている……。
その根本原因の所には『フォーマットの欠落』がある。
様々の自己正当化の万能薬として『私は傷付いた❗』が蔓延している。
そんな種類の人間達をまともに相手にし続けて得たのは『共通フォーマット無き相手』ならば黙殺の上……手の届かない所まで物理的に退避する事という方法……だった。
『私は傷付いた❗』で自己正当化する人は……『その自分のスタンス』そのものが他者に迷惑を及ぼし散々相手を『傷付け続けてきた事』に思考が及ぶ事はない。
何気無いコミュニケーションの中に……自分は被害者!という『確証バイアス』が染み着いているのだから……『自分の感情の何か?』がざわついたら最後……我が儘を通す為の『被害者免罪符』が起動される。
長い間……僕は……勘違いして来た。
相手は……『解っているけれど素直になれない?』というおバカな思い込みである。
元々、その人がどんな理由を上げつらっても正当化出来ないのが人間同士の『基礎的なプラットフォーム』の侵害だというのに……。
ソコを修正せずして『無かった事』にして看過しても『その図式』は直ぐまた再現されるのである。
傷付き選手権に夢中の人達は……根本に、基本に義務とか責任を伴う関係を維持できない。
別に仕事上の話じゃなく……通りいっぺんの関係じゃなく私生活での深い交流も絶対に破壊に導く……ソコにも人としての責任とか義務は発生するからである。
『傷付いた被害者』は要求、要求、要求……と際限なく演って、遂には受け手の他者からNOを導く。
すると間髪いれず『私傷付いた❗免罪符』が登場する運びである。
『確証バイアス』は幼稚な『自己正当化』が究極まで煮詰まっていった最終段階なのである。
『傷付き名人達』は素直じゃないから解らないんじゃなく……他者に対する『自分の幼稚な感性の無理強い』のメカニズムに付いて『全くの無知』だというのが現実だった……。
その図式に『自分の気付き』を得る事があるならは……その人の生き方は根本から改善されるかも?という可能性を得るのだと思う……。
どんな自信家の人間とて……傷付き名人に対しては全く無能の門外漢でしかないのである……。