しかし今の時間を楽しく過ごさせてはくれる。
窮地のリアルタイムに在る時は良いことなんて少しもない!
せめて出来るのは『何か学ぶ』……事しかない。
もし?相手が自分の予想を遥かに越えて人間としてどうよ?!!!という下劣極まりない振る舞いに及んできた…?
な~んて場面となれば……腹を立て、憤懣やる方ない心境は、ともすれば恨み、ツラミへ発展なんて運びになっちまう。
そんな時こそ『足を止め感情は捨て去れ!』なのである。日頃からそう自分に言い聞かせておかねば必ず感情100%へダイブするのが必定……。
『最高の学びのチャンス』をそんなありきたり……安っぽいドラマの様に消費するのはアホである。
ソレが僕だった…嗚呼、恥ずかしい……。
『そのシーンの原因』って何よ?
と考えればそのシーンのストーリー、脚本、演出……、全てのプロデューサーは『自分なのだ!』……と気付かなきゃならない。
『自分の人を見る目の稚拙さ』……ソレがそのレベルの人間をわざわざ自分の人生の舞台に招き入れ『下劣を演じさせた』のである。
自分の稚拙な人を見る目によって生じた相手に対する『思い込み』……。
お口ポカンとなる『相手のホントのレベル』が正に今お披露目されている……。
目の前の……自分の思い込みと現実の相手の本性のギャップこそが『自分の人を見る目』のレベルそのものを見せてくれている……。
恨まれたら相手は迷惑千万……アンタが私を招き入れ思い上がらせたんじゃないか!!と怒り出すかも知れませんよ?……ってシーンなのである。
だってね?『自分の人を見る目』さえ確りしてれば……そんなレベルの人を自分の人生劇場の舞台に立たせる事なんて絶対しなかった筈なのですから……ね?
有頂天は幻想と思い上がりを製造する。
窮地は……相手だけじゃなく自分の本質をこそ暴き出し提示しているのである。