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お山にお宮がたちました

志賀海神社 in 福岡

この日は空が澄み切っていました。
志賀海神社の事を知ってから、いつかお詣りしたいと思っており、今回の福岡旅行が決まって、真っ先に頭に浮かんできたのがこちらの神社でした。
思いは動けば叶いますね。

志賀海神社は、海の見渡せる小高い山の清々しい地にあります。



駐車場に車を停め、まず入り口でお清めです。



全国の綿津見神社・海神社の総本社を称し、
龍の都と称えられ古代氏族の阿曇氏(安曇氏)ゆかりの地として知られています。



お清めの塩では無く、砂が盛られていました。






御祭神は、伊邪那岐命の禊祓によって出現した禊祓の綿津見三神です。



綿津見三神とは、黄泉の国から戻られた伊邪那岐命が日向橘の小門で禊祓したときに、生まれた神様です。

海の底で生まれたのが「底津綿津見神」
中ほどで生まれたのが「仲津綿津見神」
水の表面で生まれたのが「表津綿津見神」


神代より「海神の総本社」「龍の都」と言われていて、玄界灘に臨む海上交通の博多湾の総鎮守として信仰されてきました。



海の神様の地に山の神様が祀られていました。
御祭神は大山津見神。
こちらもきちんとお詣りします。



渡れませんが石橋があります。




今回は時間の関係で行けなかったのですが、志賀島には金印公園があります。

天明4年(1784)、志賀島の農民甚兵衛が石の下から「漢委奴國王」と刻まれた金印を発見した場所で、この金印は、西暦57年後漢の光武帝が倭国の使者に与えたものであるといわれています。

九州は本当に凄い歴史が詰まっている感じがします。



私達の到着時間に、有難いことに、神主さんが朝のおつとめの祝詞を奏上をしていました。
それを、友達と二人で眺めながら、ラッキーだねと話しました。

神主さんの仕事は素晴らしいと思います。
紅い装束を身を纏い、志賀海神社の神主さんが祝詞奏上をしていましたが、その姿が神々しくて、とても美しく、暫く眺めて祝詞を聴いていました。



海の見渡せるこちらは「亀石(かめいし)」として、神功皇后による三韓征伐の際、阿曇磯良が亀に乗って皇后らの前に現れたという伝承に因んで後世奉納された霊石があります。


拝殿の右側になりますが、雄雌2つの亀石が祀られています。

これは、志賀島に伝わる神功皇后伝説にちなんで奉納された霊石です。
神功皇后が三韓征伐の際に、無事凱旋できるように海の神様・阿曇磯良丸(あづみのいそらまる)を通じて祈願したところ、海から雄雌の黄金の亀に乗った神々が現れ、航路を守り導いたと伝えられています。
後にその亀が、石になって志賀島の海岸に流れ着き奉納されました。







それほど広くはないのですが、自然に調和された感じのする境内で気持ちの良い神社です。




こちら鹿角堂です。
堂の中に鹿の角が沢山ありました。



こちらの鹿角堂(しかのつのどう)では、1万本以上ともいわれる多くの鹿の角が奉納されているとのこと。


神功皇后(仲哀天皇の后;応神天皇の母)が対馬で鹿狩りをされた折に奉納したのが起源で、以降、祈願成就の際に納められてきたようです。



とても雰囲気の良い心地良い神社でした。
志賀島から干潮の時にのみ渡れる島に、摂社の中津宮があるようです。
そちらまでは足を運べませんでしたが、いつの日か、もっとゆっくり時間をかけてまわってみたい、そんな素敵な神社でした。

続く




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