多忙な日々が続き、年末に向け超多忙になるらしい、そんなO橋君から「日曜日行けるかもしれません」とのメールが入りました。ぽっかりと暇な時間が取れたのでしょう。
僕の遊びに付き合ってくれる相手がいるということは、有り難いことです。O橋君の希望を聞くと、「越沢バットレスはどうですか?」と来ましたよ。「いいんじゃないかな」と、二つ返事で快諾です。
首都圏の日帰りできるゲレンデの中で、越沢バットレスは本番感覚を味わえる貴重なゲレンデです。何回訪れても、その岩壁の前に立って見上げると、毎回同じような威圧感を受けて身がすくむ思いがします。実際登攀しても、怖さは同じように感じますし、慣れる感じはありません。
そして、これは僕だけの勝手な思い込み、決め込みなのでしょうが、越沢バットレスに特別の地位を与えているのです。それは、『越沢バットレスの右ルートと第2スラブルートをリード出来れば一人前』という卒業試験的な役割です。これまでも8年くらい前から、Y根君、S崎君、H原君、H田君、H門君、A野さん、U田君などがその課題をクリアするのに立ち会って来ました。そのメンバーたちとの関わり方は様々でしたけれど、クリアしていく様を同時体験できるのは嬉しいものです。
2012/10/21 そしていよいよ今日はO橋君の卒業試験の日。前回の三ツ峠での様子を見ていますから、合格は約束された形式的な試験のようではありますが。
鳩ノ巣駅には少し遅めの9:32着の電車です。ゆっくりと歩みを進めます。雲仙橋の下に見えるはずの雲仙スラブは木の葉が広がったせいで見えなくなっていました。山道に入り、古里駅からの山道と合流し、しばらく行くと、迂回路との工事看板が出ています。なんと! 新しく林道が出来ています。すぐに再び山道に戻り、いつものように沢へ向かって下って行きます。沢沿いの広場に数件の建物が建っています。ずいぶん昔からありますが、いったい何をしているのか分かりません。いつころからだったか、柵のようなものが出来、簡単な戸が出来、戸で山道がふさがれ、通り辛くなりました。
柵を乗り越えて下へ向かうと、向こうに年輩の男の人がいます。僕たちを見て怒っています。「人の敷地へ勝手に入っちゃ駄目だろう!」と、そんな感じのようです。四半世紀にわたって、1年か2年に1回くらいの割でここを通っていましたけれど、人の姿を見たのも初めてです。まあひたすら謝るしか手はありませんよね。
「いつくらいからここを通っているんだい?」と聞くので、「20年以上前からでしょうか」と答えました。すると、少し表情が変わって、それなら仕方がないか、と言った雰囲気が少し感じられました。それもそのはずで、昔はみんなここを通っていたのですから。ゲレンデのガイド本にもここを通るように説明してありましたし。
でもこれからは、ここの敷地に入らないで通れる山道が出来ない限りは、越沢バットレスキャンプ場経由で入った方がいいのかもしれませんね。
※ネットで調べてみると、何をしているのか分からなかった施設の名前は「ガーデンキャンプ場」と言うのだそうです。でも、誰かがキャンプしているのを見たことはありません。そして、もっとびっくりしたのは、越沢バットレスキャンプ場が昨年に閉鎖されていたということ。しばらくは山道等の維持は行なって下さるようですが、岩場へのアプローチはどうなっていくのでしょうね。………さらにネットで調べると、ガーデンキャンプ場の敷地に入り込まないような山道があるらしいとのこと。今度行って見て来ようと思います。
アプローチの説明が長くなりました。いよいよ岩場の基部に到着です。
▲岩場全景です。まだ一部にしか陽が当たっていません。10:36ころ。
▲越沢バットレスでいちばん易しいルートをまずは最初に登攀します。「右ルート」です。その1ピッチ目。3級+くらいでしょうか。今日はO橋君がリードです。10:53ころ。
▲右ルートの2ピッチ目。4級かと思いますが、意外といやらしい。細かなルートファインディングに迷うルートです。11:21ころ。
▲右ルート3ピッチ目の出だしです。右に見える1本目のプロテクションをそのまま上へ登って行ってもいいかと思います。O橋君は左へトラバースしましたけれど、これが意外と嫌な感じでした。11:46ころ。
この3ピッチ目の核心部はここでは有名な「右の滑り台」なのですが、僕が確保している位置からは見え辛いのと、写真撮影どころではないという理由で、写していません。
「滑り台」という名前のごとく、ツルツルのスラブで、ホールドも細かい。4級+ということですが、個人的には5級-くらいには感じます。
▲僕が確保していると、その右側を他のクライマーたちが懸垂下降で降りて行きます。11:50ころ。
▲僕たちも登攀後ここを懸垂下降します。2本の50mザイルを結んで使用し、50mの高さを懸垂下降するのです。途中、半分以上、3分の2くらいは空中懸垂になります。下降器も手で持てなくなるくらい熱くなりますし、万が一のためにも革手袋は必要ですね。
写真の下降者はO橋君。12:25ころ。ザイルの末端まで下降すると、さらに少しのクライムダウンをしなければなりませんから、越沢バットレス右端は高さ60m近くあります。
▲お昼になったのでひと休み、昼食です。陽が岩場に当たり、ちょっと暑いくらいです。12:36ころ。
「右ルート」はこの岩場の右端のギリギリ写っていない場所です。
▲午後の課題は「第2スラブルート」です。その1ピッチ目を登攀中のO橋君です。中央に写っています。13:14ころ。
このピッチも意外と難しく、4級+あるように感じます。
▲2ピッチ目は2級から始まって、3級くらいのところを登ります。易しいピッチなので、スピードアップも考慮して、僕がリード。写っているのがO橋君です。13:44ころ。
高度感が徐々に快感になって来ます!
▲僕と交替してリードスタートするO橋君。上を向いて写真を撮ると、傾斜がどれほどか分かりにくくなるけれど、こうして真横を撮ると、よく分かります。傾斜はこんな感じですね。
写真右下の谷に越沢バットレスキャンプ場が見えています。13:47ころ。
▲上へ上へと登っていくO橋君。これが第2スラブそのものです。この3ピッチ目はザイルピッチでおよそ40mでした。上の写真から13:52、14:06、14:09ころ。
O橋君はこの3枚の写真の最初あたりで、痛恨のミス。近接するプロテクションを同じザイルから取ったのですが、上下の順番を逆にし、Z型になってしまいました。当然、ザイルの流れは極端に悪くなります。それを直すために少しクライムダウンしなければならなくなりました。
こういった経験は誰もがしながら学ぶものです。僕も本番でやっちゃったことがあります。困難で精神的にゆとりなんて持ちようのない箇所でよくやるんですよね。
▲第2スラブを僕がフォロウしている時、他のパーティーが「左ルート」5級を登攀していました。写真の右下の凹角状の場所に先ほどまで僕が確保していたテラスが見えています。14:27ころ。
このルートはかなり昔のことですが、リードしたことがあります。フォロウはS子でした。5級とのことですが、5級-くらいに感じた記憶があります。
▲越沢バットレスの岩場の上にはこの金比羅神社が祀ってあります。14:44ころ。
ですから本当はこの岩場の名前は金比羅岩です。
▲また同じところからの懸垂下降です。今度はO橋君から下降してもらいました。14:53ころ。
▲もうこの時点で15時ころです。他のパーティーはそろそろ終了モードです。僕たちはもう少しやろう、ということで、岩場の右下隅のルートを登ることにしました。天狗の肩に登る5級-のハングしたルートです。O橋君は余裕でオンサイトでした。上から15:12、15:16、15:19ころ。
▲天狗の肩に着くと、「ダブルジェードル」を登攀。5級-です。バランスの取りようが難しいルートです。O橋君はこれもオンサイト! でも、さすがに上部で一回「落ちるかもしれませ~ん!」と緊張のコール。これまでの疲労がさきほどのハングルートで腕や指に来てしまっていたようです。それを乗り越えたのはさすがですね。15:45ころ。
本日の登攀はこれにて終了。懸垂下降で下に戻ったのが16:20ころ。下の広場は16:30ころ。越沢バットレスキャンプ場経由で鳩ノ巣駅に着いたのは17:20ころでした。
鳩ノ巣駅での打ち上げのお店は『玉福』です。このお店が下の道路沿いにあった頃からの付き合い。ここの女将さんはきっぷのいい、実に歯切れのいいしゃべり方をする方ですが、年を重ね、今では病気を抱えた身です。それでも、お店は続けて下さっているので、女将さんが店に出ておられる限りは僕も『玉福』を贔屓にしたいと思っているのです。
ところが、この日はO橋君が早く帰宅せねばなりませんでした。打ち上げなしで帰るのは残念ですが、こういう日もあります。代わりと言ってはなんですが、『玉福』でワンカップ酒と缶ビールを購入して、ささやかな打ち上げを駅舎の中でしました。