最近の出来事で、心に残こったことは、女性の活躍や若者の活躍である。
女性では、猿橋賞受賞の田中幹子さんの研究テーマに唸ってしまった。「人間の手足にアヒルのような「水かき」がないのは、受精卵から手足ができるの過程で指の間の細胞が消えるためで、酸素濃度が高いと起きることを突き止め、生物が海から陸上に進出し、大気の豊富な酸素にさらされて体が進化した可能性を示した。」ことが独創的であると高く評価された。彼女が私の出身地の仙台で学んでいたこともより共感できることに繋がった。
ところで、釈迦の掌には「水かき」があり、その「水かき」であまねく衆生を救済したと伝えられている。釈迦が水生・陸生に拘らず全ての生きとし生けるものを救済するということにつながるのだろうか。これまで、僧兵などが政治的な扇動に参加して殺生に加担することがあり、門跡寺院などのように身分の高い家の長男以外の男子が世継ぎ予備軍として身を寄せていたことなど安定した身分制度の維持に資する働きをしていたこともある仏教は、ほぼ平和的な活動をサポートしてきたと言える。そうしたことも含めて釈迦の「水かき」は、あまねく衆生を救済するという役割を負っていたといえよう。
何と言っても大谷翔平君の活躍は若者の活躍の白眉といえよう。日ハム入団以前にMLB入団を希望していたことや世界一の選手になることを目指していたことを頼もしく思っていました。最近、渋沢栄一の『論語と算盤』が愛読書であることを知った。日ハムの監督は、チームで講義を行なっていることも知った。現代を生き抜く知恵を学んでいることは、現在の大谷翔平には、心強い味方である。何事も冷静に判断し対応する。日々自分の置かれた状況を好転させる努力を怠らない。何事も周囲のサポートなしにはこなせないこと。そうした自分の置かれた立場を感謝の気持ちで過ごし、より良い状態を維持していくことで納得のいく状況が生まれていくことを熟知している。
出身地の岩手県奥州市や出身校の花巻東高校など岩手県からは有数の人材が生まれている。
さらに、読売新聞に2021年4月24日から7月5日まで32回にわたって編集委員祐成秀樹記者がインタビュー形式の記事をまとめた「時代の証言者 森下洋子 踊り続けて70年」は、最近の憂うべき世情に疲れている私に爽やかな風を送ってくれました。
懐かしい振付師やバレリーナの方々との交流や共演と共に、夫の清水哲太郎氏の影響が大きかったことも知ることができました。その上最も重要な要素は森下さんの素直で感謝しつつ毎日の練習が彼女を支え、接した方々から貪欲に吸収し、短期記憶や長期記憶にしっかりとしまわれ、その積み重ねが彼女の人格を形成していることである。
「白毛女」は義母の松山樹子さんの作品で、1958年から15回目の公演が2017年5月に行われ、中国との絆が途切れずに続けられていることも印象的なことだった。
日々の精進が大切なことを教わる日々である。
女性では、猿橋賞受賞の田中幹子さんの研究テーマに唸ってしまった。「人間の手足にアヒルのような「水かき」がないのは、受精卵から手足ができるの過程で指の間の細胞が消えるためで、酸素濃度が高いと起きることを突き止め、生物が海から陸上に進出し、大気の豊富な酸素にさらされて体が進化した可能性を示した。」ことが独創的であると高く評価された。彼女が私の出身地の仙台で学んでいたこともより共感できることに繋がった。
ところで、釈迦の掌には「水かき」があり、その「水かき」であまねく衆生を救済したと伝えられている。釈迦が水生・陸生に拘らず全ての生きとし生けるものを救済するということにつながるのだろうか。これまで、僧兵などが政治的な扇動に参加して殺生に加担することがあり、門跡寺院などのように身分の高い家の長男以外の男子が世継ぎ予備軍として身を寄せていたことなど安定した身分制度の維持に資する働きをしていたこともある仏教は、ほぼ平和的な活動をサポートしてきたと言える。そうしたことも含めて釈迦の「水かき」は、あまねく衆生を救済するという役割を負っていたといえよう。
何と言っても大谷翔平君の活躍は若者の活躍の白眉といえよう。日ハム入団以前にMLB入団を希望していたことや世界一の選手になることを目指していたことを頼もしく思っていました。最近、渋沢栄一の『論語と算盤』が愛読書であることを知った。日ハムの監督は、チームで講義を行なっていることも知った。現代を生き抜く知恵を学んでいることは、現在の大谷翔平には、心強い味方である。何事も冷静に判断し対応する。日々自分の置かれた状況を好転させる努力を怠らない。何事も周囲のサポートなしにはこなせないこと。そうした自分の置かれた立場を感謝の気持ちで過ごし、より良い状態を維持していくことで納得のいく状況が生まれていくことを熟知している。
出身地の岩手県奥州市や出身校の花巻東高校など岩手県からは有数の人材が生まれている。
さらに、読売新聞に2021年4月24日から7月5日まで32回にわたって編集委員祐成秀樹記者がインタビュー形式の記事をまとめた「時代の証言者 森下洋子 踊り続けて70年」は、最近の憂うべき世情に疲れている私に爽やかな風を送ってくれました。
懐かしい振付師やバレリーナの方々との交流や共演と共に、夫の清水哲太郎氏の影響が大きかったことも知ることができました。その上最も重要な要素は森下さんの素直で感謝しつつ毎日の練習が彼女を支え、接した方々から貪欲に吸収し、短期記憶や長期記憶にしっかりとしまわれ、その積み重ねが彼女の人格を形成していることである。
「白毛女」は義母の松山樹子さんの作品で、1958年から15回目の公演が2017年5月に行われ、中国との絆が途切れずに続けられていることも印象的なことだった。
日々の精進が大切なことを教わる日々である。