おはようございます・・(^_-)-☆
今朝の奈良は快晴で、良いお天気ですが、少し肌寒いですね?・・(^_-)-☆
一枚羽織りますね?・・
今朝のマリア猫は枕元にいて、呼ぶとナデナデできるところまで来て、大人しく撫でさせてもらいました‥(^_-)-☆
尻尾を振って嬉しそうでした?・・(^_-)-☆
一階に下りると一緒に降りて、エサ皿の前に?・・
餌を入れると少し食べて、外に出ずに、仏間の櫓こたつの上に?・・
どうなっているのかなあ?・・
昨日の阪神戦は?
阪神は0-2で迎えた8回表、佐藤輝の適時三塁打などで2点を奪い、試合を振り出しに戻す。
そのまま迎えた延長11回には、1死一塁から盗塁に相手失策が絡んで1点を挙げ、勝ち越しに成功した。投げては、6番手・岩貞が今季初勝利。
敗れたオリックスは、守備の乱れが失点につながり、痛い敗戦を喫した。
山本、佐藤輝の対戦は見応えがあった。
2打席目は内角のカットボールにバットをへし折られて二ゴロ。
3打席目も1打席目と同じような外角低めのフォークで打ち取られていた。
だが、8回の4打席目、カウント2―2から2球続いたスライダーを捉えて右前にはじき返した。
低めに食らいついて、あの強い打球を打てるのは、さすが佐藤輝だ。
山本は8回2死まで丁寧に投げていた。
走者がいない時はどんどんストライクを取ってきて、得点圏に走者を置くとギアを上げる。
これぞ“超一流”という投球だった。
それだけに佐藤輝への失投が悔やまれるだろう。
昨日は、佐藤、大山が、山本に打ち負けて、もう今日は負けとテレビを切り替えました?・・
ところが、11回には、勝っていたんですね?・・
ビックリでした?・・(^_-)-☆
また酒が増えました?・・
ウクライナの動向は?
ロシア軍はウクライナ東部で一段と攻勢を強めています。
ウクライナ軍によりますと、激戦地となっている東部ルハンシク州のセベロドネツクには9日、ロシア軍の歩兵部隊が投入され、激しい市街戦になったということです。
ウクライナの国防相は、欧米各国からの兵器供与に謝意を示した上で追加の軍事支援を急ぐよう訴えています。
一方、東部ドネツク州の一部を事実上支配する親ロシア派の武装勢力は、イギリス国籍の男性2人を含む3人の外国人捕虜に死刑判決を言い渡したと発表。
昨日のコロナ患者数は、15351人なんですね。
全国的には、大分減ってきましたね?・・
このまま収束に向かうのかなあ?・・
だけど奈良県の新規感染者は106人で死者も出てまだ高いですね?・・
ここでの収束も祈りたいですね。
今日は日記の日なんですね・・(^_-)-☆
1942年(昭和17年)のこの日、ユダヤ系ドイツ人の少女アンネ・フランクによって『アンネの日記』が書き始められた。
アンネの家族は、ナチス・ドイツのユダヤ人狩りを逃れて、オランダ・アムステルダムの隠れ家に8人で身を隠した。
日記は隠れ家に入る少し前の、この日6月12日の13歳の誕生日に父から贈られたものだった。
日記は1942年6月12日から1944年8月1日までの約2年間が記録されている。
1944年8月4日、アンネら8人は密告によりドイツ秘密警察に捕まり、隠れ家から連れ出され、ポーランドのアウシュビッツに送られた。
そして、アンネは1945年3月にドイツのベルゲン・ベルゼン強制収容所で15歳の若さで発疹チフスにより死亡したとされている。
逮捕された8人の中で戦後を迎えることができたのは、父のオットー・フランクのみであった。
アンネの死後、父オットーの尽力によって日記は出版された。
この日記は60以上の言語に翻訳され、2500万部を超える世界的ベストセラーになった。
よく読むエッセイや日記は?
この日記の名前は知っていますがナチスドイツの悲しい物語なので、読んでいませんね?・・
私の日記はこのブログです。
毎日思いつくことを書いています。
これを本にすれば私の日記ができますね?・・
今朝の血圧は、151-82、脈拍は72、血糖値は97でした。
体温は36.4℃でした。
昨日の散歩数は32777歩でした。
またいい投手には勝てないと思っていただけに、嬉しさもあって体調はいいかも?・・(^_-)-☆
今日も散歩に頑張り、買い物と散髪に行ってきますね。
今日も良い日でありますように・・(^_-)-☆
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