人と人をつなぐ健康ランド
機関誌『水の文化』51号
水による心の回復力 より
愛知県名古屋市の郊外にある「平針東海健康センター」では、フラダンスやカラオケ、卓球などの同好会が核となったコミュニティがたくさんつくられている。なぜ健康ランドで人と人がつながるのか。それは風呂という水空間を備えていることが大きい。「風呂は人が集まるためのインフラ」と考え、同好会活動を推進する健康ランドを訪ねた。
「サードプレイス」という言葉をご存じだろうか。これはアメリカの都市社会学者、レイ・オルデンバーグが1989年(平成元)に著した『The Great Good Place』で提唱したもの。都市で暮らす人々には三つの居場所が必要であり、ファーストプレイス(第一の場)が家、セカンドプレイス(第二の場)が職場や学校、そしてそのどちらでもない第三の場がサードプレイスである。個人が家庭や職場・学校で果たす役割から自身を解き放ち、くつろぐことができるうえ、新たな出会いや良好な人間関係を提供する場であるとしている。概説で上田紀行さんが述べた、生きる喜びを感じられるもう一つの世界をもつ〈複線化〉にも通じる。
今回訪れた「平針東海健康センター」(以下、東海健康センター)では、利用者が同好会活動でつながり、家や職場では話しにくいことも相談して活力を得ていた。まさにサードプレイスだ。しかし、同好会の活動場所はどこでもいいはず。風呂という水空間を備える健康ランドだからこそ、活力が得られる理由がある。
リニューアルを機に同好会活動を強化
まずは東海健康センターの成り立ちから見ていこう。株式会社TKCが運営する東海健康センターは、1984年(昭和59)12月に健康ランドとしてオープンした。金原光浩社長の父で、重機のリース・修理業を営んでいた先代が4000坪という広大な敷地に建てた。約10年前から入泉料を払えば大衆演劇や歌謡ショーを無料で見ることができるようにし、近隣住民はもちろん、劇団を追って遠方からも人が押しかける。
金原さんによると、24時間営業の健康ランドは最盛期には全国で200軒以上あったが、今は120軒ほど。「お風呂をからませて広間で芝居を観ていただくなど、半日から一日ゆっくり楽しんでもらうのが健康ランド」(金原さん)で、より入浴に特化した公衆浴場は「スーパー銭湯」と呼ばれる。健康ランドに比べて小規模で料金が安く、滞在時間はより短い傾向がある。
東海健康センターの興味深いところは、同好会の活動を後押ししていること。同好会に対して10年以上前から館内のスペースを提供し、講師を招くなどの支援を続けている。その甲斐あって、囲碁、将棋、歌謡舞踊、フラダンス、卓球、カラオケ、健康おどり、TKCキッズダンスと、今は8つの同好会が活動中だ。
東海健康センターは今年4月にリニューアルしたが、それに先立って金原さんは各地の健康ランドやスーパー銭湯を視察。「同好会は自分たちの特色なのだ」と改めて実感する。「囲碁や将棋はあるけれど、フラダンスなど教える人が必要な同好会はよそにはなかったです」と言う金原さんは、リニューアルを機に同好会の充実に乗り出し、3人そろえば同好会として発足させる「小さく生んで大きく育てる」戦略に舵を切った。金原さんの声かけで年内には芝居の同好会が立ち上がる予定だ。
火曜日の午前10時半。2階の多目的ルームには、カラフルなウエアを身につけた女性たちが三々五々集まってきた。小型ラジカセから曲が流れると、談笑していたのがウソのように、真剣な表情に一変。大きな全身鏡を見つめながら、前後、左右、斜めにステップを踏みはじめる――。
彼女たちはフラダンス同好会「藤プアナニ フラ レアレア」のメンバーだ。毎週火曜日の午前中に東海健康センターで集まり、2時間ほど練習を重ねている。常時参加するメンバーは現在12名。60代の人が多く、最年少は60歳、最年長は74歳。
指導するのは土田ユリ子さん。この地域でフラダンスの教室を開いていた土田さんが、東海健康センターで教えはじめたのは今から10年前。
「14〜15年前から通っていたんですが、ある日『フラダンスの教室をやりたい』とお願いしたんです。すると『どうぞお使いください』と二つ返事でした。最高ですよ、こんなに立派なスタジオが無料で借りられるのですから」。
メンバーは入泉料を払えば、練習後に風呂に入ってくつろいで、大衆演劇まで楽しめるというわけだ。
趣味を長く続けるには張り合いが必要だが、ここなら発表の場にも事欠かない。ほぼ毎日上演される大衆演劇や歌謡ショーの前座でフラダンスを披露する機会がたびたびあるからだ。土田さんが「10月に『こまどり姉妹』が来ます。前座で5曲くらい踊ってほしいって」と発表すると、メンバーは「わー、楽しみ!」と大喜びだった。
メンバーの加藤朝代さんは大手を振って一日中遊べるこの日を楽しみにしている。「毎週火曜日は朝から夕方遅くまでいます。家族から離れて、私が自由に過ごせる、ストレスのまったくない日なのです」。
東海健康センターを率いる金原さんは風呂を「人が集まるインフラ」と考えている。「健康ランドには、お風呂に入ること以外のプラスアルファが求められますが、やはりお風呂は重要です」。入浴は緊張をゆるめてリラックス感を高め、滞在時間も長くなる。リニューアルに伴い、荒池という名の溜池を借景とする檜の露天風呂をこしらえたのは「インフラ(風呂)の充実」にほかならない。館内には風呂に入ったあとにくつろぐ大広間、喫茶店、居酒屋がそろう。館内着に着替えてのんびりすれば、2〜3時間はあっという間だ。
毎週、風呂を介して長い時間を一緒に過ごしているからだろうか、フラダンス同好会の先生と生徒の垣根は低い。この日の練習では新しい曲にもチャレンジしたが、土田さんがお手本を見せると、メンバーが「先生、こうじゃなかった?」と違うステップを踏んでみせた。指導を受ける側がかしこまらないフランクな関係性も、「人が集まるインフラ」である風呂がつくったものだ。
今の利用者は高齢者が中心だが、金原さんは若年層も呼び込もうと手を打ちはじめた。その一つは同好会のTKCキッズダンスを母体としたアイドルユニット「TKC48プロジェクト」。大広間で毎月ダンスを披露するだけでなく、高齢の来館者の履物を下駄箱まで運ぶ「世代を越えたふれあい」も演出している。
また、60名収容のスタジオでは、ロックバンドや弾き語りに使ってもらおうとPRをはじめた。若い世代も利用することで、多世代の交流が生まれる可能性がある。それは、ご近所づきあいが減った現代社会を補完する大事な役割といえる。
フラダンスという共通の趣味をもつ仲間との同好会活動が新しいコミュニティをつくり、風呂という水空間がそれを後押しして好循環を生んでいる。明日への活力が得られる健康ランドは、「日本版サードプレイス」になり得る場所だと思う。
健康センターの求人
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