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駅から散歩 御茶ノ水駅「大河ドラマ晴天を衝く紀行」

2021年07月24日 | 日記

湯島聖堂 平岡円四郎が青春時代を過ごした地を訪ねて来ました。

平岡円四郎は開国を巡って混乱する幕末期、幕府と朝廷の公武合体で安定を目指した徳川慶喜に、一橋家の家老並など重職に抜てきされて。農民出身の勤王志士だった渋沢栄一の才能を見込んで家臣とした。

東京都文京区、湯島聖堂、平岡円四郎が青春時代を過ごした地です。

第5代将軍、徳川綱吉、は儒学の振興を図るために、湯島の地に聖堂を創建、のちに幕府直轄の学問所、昌平坂学問所が開設されました。

現在の建物は、関東大震災以降に江戸時代の姿を模して再建されたもの、復興には渋沢栄一が深く関わりました。

大河ドラマ晴天を衝け紀行 引用

史跡「湯島聖堂」

学問所きっての秀才であった円四郎、その才を見込んだ川路聖謨(かわじ、としあきら)の推薦により、慶喜の小姓に就任しました。

京都府京都市、活躍の場を京に移した円四郎は、慶喜の右腕として諸大名や公家の屋敷を巡り、精力的に政治交渉を行いました。円四郎は西町奉行所の周辺で、水戸藩士の襲撃により命を落とします。

大河ドラマ晴天を衝け紀行より 引用

入徳門

湯島聖堂の建物は殆どが焼失しており、この入徳門だけが1704年に建てられたものとして残っている。

湯島聖堂

大成殿

1935年に再建されたもの。

孔子の像

御茶ノ水駅の工事は2023年完成予定

東京メトロ「丸の内線」御茶ノ水駅もしくはJR御茶ノ水駅より徒歩5分