スケッチブック

写真と文章で、日常を記録に残す

完全なる調和

2006-09-12 16:51:00 | Short shorts
原作:John MacArthur
翻訳:polo181


何世紀も昔のこと、ある部族の長が全ての部族の中で最も勇敢で強くしかも知恵者であることが広く知れわたっていた。彼は民の生命と財産を守るために、あらゆる事態を予測して、常々慎重に、法の整備に努めていたのであった。

にもかかわらず、問題が起きた。ある日、部族の中にだれか盗人の居ることがこの族長の知るところとなったのである。彼は直ちに人々を集めた。
”承知の通り、法はあなた方が安全にかつ幸せに暮らすためのものだ”と、言って深いため息を漏らした。”盗みは罪だ。なんとしても止めさせなければならない。罰則を改めなければならないことは皆も承知であろう”、と言って彼は悲しそうに目を伏せた。そしてこう述べた。”盗みの罰は鞭打ち刑10回から20回へと引き上げることにする”

しかし、ようとして知れないその盗人は盗みを止めなかった。そこでまたまた人々を集めて、”どうか聞いて下さい、これはただごとではない、何としても止めさせなければならない。私たちみんなが互いを疑り合い、ついには大事に発展するだろう。刑罰を鞭打ち30回と改めることにする”と宣言した。

それでもなお、盗みは続いた。族長は今一度人々を集めてこう言った。”どうか、どうか、私は懇願する。あなた方のために、これは止めさせなければならない。私たちの間に引き起こしている痛みは今や限界に来ている。刑罰は鞭打ち40回と改めざるを得ない”。人々は族長がどれほど民を愛しているかを知っていた。この日、側近たちは彼の目に涙の溢れるのを見ている。

遂に、部下の一人がやってきてその盗人が捕らえられたことを知らされた。そのことが国中にすぐに広まった。いったいそれは誰なのかを知りたくて人々は集まってきた。二人の屈強な兵士に両脇を抱えられて引きずるようにしてその犯人を広場に連れてきたのだ。族長は見る見る頬がこわばって声さえ出なくなってしまった。

その盗人は彼のたった一人の母だったのだ。”いったい彼はどうするだろう”と人々はいぶかった。彼は法を執行するだろうか、それとも刑を軽減するのだろうかなどなど、囁き合ったのである。

しばらくあって、族長は声を出した。”私の愛する民よ”、彼の声は震っていた。囁くように話を続けた。”法は私たちの安全確保と平和のためにある。40回の鞭打ち刑に処さねばならない。それによって、よりよい社会となるであろう”。彼の合図で老婆の上着が剥ぎ取られ地面に座らされた。ガリガリに痩せた肩が顕わとなり背中が曲がっている。刑の執行者がビュンビュンとうなりを立てて鞭を頭上で回し始めた。

ちょうどその時、族長は自分の上着を剥ぎ取って階段を駆け下りた。そして、母の背中を抱きかかえたのだった。鞭は振り下ろされ容赦なく族長の背を打った。怯んで手を止めた執行者に、族長は一言厳しい声で、”続けよ!”と命令したのである。法と愛が調和したこの瞬間を人々は呆然として凝視したのであった。

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12 コメント

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Unknown (anikobe)
2006-09-12 18:23:07
「法と愛の調和」

まさにそうですね。



母への愛と、刑の執行。



どうなることかと思いましたが、最後の瞬間、胸が熱くなりました。
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poloさん今晩は (じゃこしか)
2006-09-12 18:53:57
 月並みな言葉ですが、「親子の情愛に勝るものなし」の真髄なのでしょうね。

 今の世の中、何もかもが杓子定規か、又は己の勝って主義が蔓延って居ますが、夫々の人間の機微が考えさせられる、実に好いスートリーで心が温まりました。



 このpoloさん翻訳ものはとても楽しみです。今後も是非続けて下さい。
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anikobeさん、こんばんは (polo181)
2006-09-12 20:49:57
コメントを有難う。貴女のコメントは的を射ていますね。法と愛の本来両立しないものを両立させている話でした。理解していただいて嬉しく思います。翻訳物はなかなか理解されにくいのだけれど。。
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じゃこしかさん、こんばんは (polo181)
2006-09-12 20:55:57
コメントを有難う。そうですね、親子の愛情ほど強いものはありません。法は曲げられない、しかし母を助けたい。そのジレンマを自らの背中を出して解決させた。血が飛び、肉が割けたことでしょう。物語りをお褒め下さって、翻訳した者としては、とても嬉しいです。

励ましのお言葉痛み入ります。でも、私の翻訳物は評判が芳しくなく、アクセスが少なくなります。続けたいとは思いますが。。。
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法と罰と愛と (熊子)
2006-09-12 21:54:11
読んでいて何故この母は盗みをしたんだろうと思いました。刑を重くしてもこの何故が解らない限り解決にはならないな、そう思いながら読みました。そして、自分で決めた罰則はやはり身内におよぶと辛いものですね。しかし民衆を治める長としてしかたがなかった。目の前で母がむち打たれ無我夢中で守りに入った、人間はこうあるべきとも思いました。いいショートショートでした。どうぞこれからも続けてくださいね。
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熊子さん、こんばんは (polo181)
2006-09-12 22:20:24
コメントを有難う。盗みはほとんど病です。万引きも空き巣狙いも一端始めると止められないと言います。

この物語の狙いは情緒的な”愛”とその対局にある”法”との調和にあると思います。そのことが伝わらなかったとすれば、私の訳文が稚拙だったからでしょう。今日は雨が降って、撮影に出ることが出来なかったので、急遽翻訳物を出した次第です。
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今回は難しい (あまもり)
2006-09-12 23:24:34
やせ細った母親をかばい、ムチで打たれながら、その勇敢で知恵者の部族の長は、一番身近であるはずの母親の心を知ることができなかったと涙したのではないかと、そう私は思ったのですが。

罰を厳しくするだけでは人を裁けないとも思いました。

今回はむずかしかったですね。

でも私もpoloさんのショートショートのファンですので、これで止めるなんて言わないでくださいね。

これはあくまで未熟な私の正直な感想です。
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そうでしたか (再度熊子です)
2006-09-13 00:15:36
タイトルが「完全なる調和」でしたね。情緒的な”愛”とその対局にある”法”との調和、そうでしたか。深読みをしたのか、職業柄、その裏には何があるのか、どうしてなんどろう・・・そう思って読んでしまいました。悪いことをしたら法に沿ってこうしてどんな身分の人も罰せられる、そう民衆に示した母への罰ですね。しかし、やはり辛くて母を最後には守り自らが鞭打たれた。それを見ている民衆に、いいかい、悪いことをしてはいけないよ・・・こう訴えたのですね。
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あまもりさん、こんにちは (polo181)
2006-09-13 11:56:36
コメントを有難う。法は厳正に行われなければならない、かたや愛は全てを包み込んで罪をも許します。双方、対局にあるもので相容れません。法は法として守り、愛は愛として行うという2者の調和を、原作者は表現したかったのだと思います。原作は非の打ち所が無い秀作なのですが、なにせ未熟な訳文ですから、そこのところがいまひとつピンと来なかったのかも知れませんね。
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熊子さん、こんにちは (polo181)
2006-09-13 11:58:59
再度のコメントを有難う。まさしく仰る通りだと思います。私もそのように解釈しました。
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