角川oneテーマ21新書、村上隆著「創造力なき日本」を読みました。
- 日本人現代アーティストでは世界で最も著名な村上隆が語る、芸術論ではなくマネジメント論
- 世界で成功した著者は「臭いものにはふたはせず」どうやったら臭くならないかを考える
- 著者が言うアート業界での生存競争は、ブランドの生存競争と同じ
通常の日本人アーティストは作品集やエッセイ、自伝以外の出版はほとんどありません。村上隆は一方、マネジメント論やコンセプト論といった創作活動の前提となるアイデンティティを表明した出版がとても多いのが特徴です。すぐれた作品を創作するだけでなく、その魅力を言語化して伝えることを重視する優れたビジネスマンでもあることがわかります。
村上隆の公式twitterを見ると強烈な個性がストレートに伝わってきます。フォロワーは18万人、ツイートに意見はなく写真の事実説明だけ、言語は英語、写真が綺麗、Instagramを見ているよう、等々いかにも世界レベルでのブランドイメージ醸成を意識した趣です。高級ブランドと同じ戦略です。
村上隆はなぜ、日本国内のアート業界で賛否両論分かれるか?
腕を磨いて優れた作品を創造し続ける(=高スペックの製品を開発する)と、展覧会で目に留まり、いつかはよきパトロンと出会える(=売れる)だろう。アート作品だけでなく様々な製品のモノづくりにおいても、日本人の多くが好む考え方です。村上隆はこの考え方を「Dreams come true(夢はいつか叶う)」と評しています。
本書を読み、他の出版やツイートのやり方を見ていると、世界のアートや広義のモノづくりの意味を含むクリエイティブ市場で勝ち残るためには、Dreams come trueこそが元凶だと考えている理由がよくわかります。戦略も目標もあいまいで、自己満足に陥っているにすぎないと村上隆は考えます。
作品の魅力を伝えて顧客に売れないと意味がない。この考え方を垣間見ると、多くのみなさんがバブル崩壊後の平成の30年間に日本経済がほとんど成長していない現実を思い浮かべるでしょう。
村上隆は日本のアート業界でずけずけとこうした考え方を表明します。みなさんが所属する組織の中でも、こうした考え方をずけずけと言えば、場の多くがフリーズするでしょう。ビジネスの世界であっても「わかっていても言えない」というきわめて日本的な考え方こそ、村上隆は「勝てない元凶」と考えます。
村上隆はなぜ、世界のアート業界で評価を確立したのか?
本書は美術論ではなくではなくマネジメント論と最初に述べたのは、今は組織に属しているものの副業やひいては独立を考えている人に最適だと感じたからです。本書は2012の出版で今から7年前ですが、ビジネスで勝つための戦略論はとても基本的で普遍的な内容です。
2012年はリーマンショックや東日本大震災が続いた日本経済の暗黒の時代でしたが、2019年の今は当時よりはるかに、社会を動かす単位が組織から個人へと重心を移しつつあると感じられます。会社を早期退職する人や副業を始める人がとても多くなり、「100点ではなく80点の正論がちょうどいい」と思っていては自力では生きていけません。
「芸術家は社会のヒエラルキーの最下層にいる」「まず相手ありき」「続けること」。これらコピーは本書で語る村上隆の戦略論です。顧客ニーズを踏まえて目標と戦術を明確にし、目標達成という「勝利」のために、競争相手を上回る創作/コミュニケーション/進行管理を続けられる忍耐力を持つ。アート業界のみならずすべてのビジネスに適用できる普遍的な考え方です。
村上隆が率いる組織は、お寺のように人を育てる
村上隆は昔の工房のように製作スタッフを多く抱え、ブランドマネジメントも行う会社・カイカイキキを経営しています。本書ではこの会社での人の育て方の話にもかなりのスペースを割いており、村上隆の戦略論の理解を深めるとともに、日本古来の仏教観にも基づいた考えであると感じさせます。
社員として雇ったアーティストを育てる手法として、カイカイキキではメールによる不思議な問答を重視しています。村上隆は「密教的修行」と呼んでいますが、私は悟りを開くために苦行を続ける「禅寺の修行」のように感じました。
アーティストの卵たちに村上隆からいきなりメールが来ます。「子供の頃に隠していた秘密のエピソードを教えてください」とだけ書かれてあります。受け取る側にしては仕事にはほとんど無関係で意味不明に思えます。無意味だと思っても向き合える広い心を身に付けることで、創作が苦しくなった時の忍耐力を醸成する訓練だと村上隆は説明します。
この考えは、師弟の間で難解な禅問答を繰り返すことで、何事にも動じない広い心を身に付ける(=悟りを開く)禅宗、中でも臨済宗の修行の心に通じるものがあります。村上隆は「五百羅漢」というテーマの創作に特別な思いを持っています。彼の中には日本人のアイデンティティがしっかりと存在します。
戦時中に戦争画を描いて国家の方針に協力したものの、敗戦後に手の平を返すように批判されて失望した藤田嗣治の心境と、現在の村上隆の心境には共通点があるような気がしてなりません。日本人はとかく周りの空気に流されて「長いものには巻かれろ」と行動するのです。
マネジメント論であると同時に、日本人のアイデンティティを見つめなおすには最適の一冊です。新しいことを始めようとしている方にぜひおすすめします。
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創造力なき日本
アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」
著者:村上隆
判型:新書
出版:角川書店(角川oneテーマ21新書)
初版:2012年10月10日
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