(2005/ジェームズ・マンゴールド監督・共同脚本/ホアキン・フェニックス、リース・ウィザースプーン、ジニファー・グッドウィン、ロバート・パトリック/136 分)
久しぶりに新作をレンタルしてきた。
ジェームズ・マンゴールドといえば、「17歳のカルテ」を思い出す。どちらも2時間を越す作品で、じっくり描き込んだというシーンが多い。
公開時コピーは、<型破りなラブストーリー、これは真実の物語>。
アメリカのC&Wの大御所ジョニー・キャッシュが、紆余曲折を経て、子供の頃から憧れ続けた女性歌手ジューン・カーターをゲットするまでの話だ。
ジョニー・キャッシュは、1932年2月26日、アメリカ南部アーカンソー州の綿花農場で小作をしていたキャッシュ家の次男として生まれている。家が貧しかったため、子供の頃から兄のジャックと一緒に農場で働いていたが、楽しみはラジオから流れてくる音楽だった。後に彼の妻となるジューン・カーターは、この頃すでに音楽一家カーター・ファミリーとして芸能活動をしており、ジョニーはジューンのファンだった。
ジョニーが12歳の1944年、優しくて働き者だったジャックが農作業の事故で亡くなってしまう。父親は、『悪魔は働き者の長男に死を与え、ダメな弟の方を生かした。』と運命の皮肉を嘆き、以後ジョニーに辛く当たるようになる。
オープニングは、刑務所内で行われたコンサートの直前、控え室となった囚人達の工作場で見つけた電動ノコを見ながら、キャッシュが兄の事故を回想するシーンから始まる。その回想で、ジョニーと父親との関係が浮かび上がってくるが、その後幾つか描かれた父と息子のエピソードは、肝心な部分には触れてないようだった。ラストは一応(少なくとも息子は)和解しているように描かれているが、ドラマとしては今ひとつ食い足りない。
中盤以降は、プロのシンガー・ソングライターとなったキャッシュが、コンサートでジューンと知り合いになり、徐々に募らせていく彼女への一途な想いを軸とした話になっていく。
ジョニー・キャッシュがプロ歌手になった時は既に妻子持ちで、ジューンにも家庭があった。
金も名誉も得た後に古女房を捨てる芸能人というのは日本でも昔から見かけるので、醒めた目でみればキャッシュの場合もそんな例の一つとも言える。ただ、相手が子供の頃からの憧れの女性で、最初の結婚の時にはそんな出会いが訪れようとは思ってもいなかっただろうから、一般的な浮気とは違う印象はある。
それにしても、なかなか『ウン』と言わないジューンの気持ちは何だったんだろう?
この頃のミュージシャンには既に「あの頃ペニー・レインと」のようにグルーピー達もいて、ジューンとしてはそんなミュージシャンの生態も間近に見ていたので躊躇したとも考えられる。ジューンの気持ちが掴めないので、そんな事も考えてしまいました。
実話を元にしているので、エルビス・プレスリーやジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソンなど、この頃のミュージシャンも出てくる。ジェリー・リー・ルイスとは一緒にツアーをやったようだし、『エルビスの歌はいつも下ネタばかりだ。』なんていうせりふも面白かった。
歌手の話なので当然ではありますが、コンサートシーンが沢山あって、音楽好きにはそういう楽しみもあるでしょう。
ジューンを射止めるまでは薬物中毒の時代が長かったキャッシュなので、演じるホアキン・フェニックスも神経症的な表情が多く、時に「グラディエーター」の暴君を思い出してしまいました。
劇中の歌はフェニックス自身が唄ったとのこと。鼻にかかった歌声はキャッシュによ~く似ておりました。キャッシュの映像はあんまり見たことないんですが、仕草も多分似せていたのでしょう。2005年度の主演オスカー候補にもなったようですが受賞には至らなかったようです。
ジューンを演じたリース・ウィザースプーンは私には馴染みの薄い女優です。ジュリア・ロバーツを少し田舎っぽくした感じのお顔ですが、見ているうちに愛着が湧いてきそうなちょっと懐かしいムードがあります。実は名家の出身だそうで、そう言われて見ると、どことなく品もあるような気もしてきました。
彼女も吹き替え無しで唄っていたそうで、エンド・クレジットのカーター本人よりイイ声でした。ウィザースプーンはこの演技でオスカーを射止めたとのこと。おめでとう!「キューティー・ブロンド(2001)」など過去の作品が観たくなりましたな。
koukinobaabaさんのブログ「Audio-Visual Trivia for Movie & Music」に、この作品とキャッシュ夫妻の貴重な情報が紹介されています。
元々はキャッシュ本人の希望により始められた伝記映画の製作だったらしいのですが、彼の大ファンだったマンゴールド監督が演出と脚本を引き受け、キャッシュやカーター本人への熱心な取材と説得により完成に漕ぎ着けたらしいです。
嘘は言いたくない、しかし言いたくないこともある。そんなキャッシュの意向もあったのでしょう、先に書いたように父親との関係や、ジューンが何故断り続けたのかについては、どこか歯に衣着せたような言い回しに感じたのは私だけだったでしょうか?
初めてレコーディングのオーディションに行った時の、プロデューサーの言葉が印象深い。キャッシュと二人の仲間はいつも唄いなれているゴスペル・ソングを歌うんだが、『ゴスペルは売れない。そんな歌は、誰も耳タコだ。説得力がないっていうのは、君が信心深くないと言ってるんじゃない。聞き慣れた歌では、人の心は動かせないということなんだ。』と言われる。
『トラックに轢かれて、あと数時間しか生きていられない。そんな時に唄いたい歌は何だ。その歌を歌ってくれ。そういう歌が人の心を動かすんだ。』
そうして、キャッシュは自らが空軍時代に作った歌を歌い、オーディションに合格する。社会の底辺で額に汗して働いている労働者を見て、共感を覚えたキャッシュの嘘のない気持ちを唄った歌だった。
キャッシュとジューン・カーターが結婚を決めたのが1968年の2月22日でした。
余談ですが、それから十数年後の同じ日、日本で結婚式を挙げたのが、私と妻でありました。チャンチャン!(失礼っ!)
久しぶりに新作をレンタルしてきた。
ジェームズ・マンゴールドといえば、「17歳のカルテ」を思い出す。どちらも2時間を越す作品で、じっくり描き込んだというシーンが多い。
公開時コピーは、<型破りなラブストーリー、これは真実の物語>。
アメリカのC&Wの大御所ジョニー・キャッシュが、紆余曲折を経て、子供の頃から憧れ続けた女性歌手ジューン・カーターをゲットするまでの話だ。

ジョニーが12歳の1944年、優しくて働き者だったジャックが農作業の事故で亡くなってしまう。父親は、『悪魔は働き者の長男に死を与え、ダメな弟の方を生かした。』と運命の皮肉を嘆き、以後ジョニーに辛く当たるようになる。
オープニングは、刑務所内で行われたコンサートの直前、控え室となった囚人達の工作場で見つけた電動ノコを見ながら、キャッシュが兄の事故を回想するシーンから始まる。その回想で、ジョニーと父親との関係が浮かび上がってくるが、その後幾つか描かれた父と息子のエピソードは、肝心な部分には触れてないようだった。ラストは一応(少なくとも息子は)和解しているように描かれているが、ドラマとしては今ひとつ食い足りない。
中盤以降は、プロのシンガー・ソングライターとなったキャッシュが、コンサートでジューンと知り合いになり、徐々に募らせていく彼女への一途な想いを軸とした話になっていく。
ジョニー・キャッシュがプロ歌手になった時は既に妻子持ちで、ジューンにも家庭があった。
金も名誉も得た後に古女房を捨てる芸能人というのは日本でも昔から見かけるので、醒めた目でみればキャッシュの場合もそんな例の一つとも言える。ただ、相手が子供の頃からの憧れの女性で、最初の結婚の時にはそんな出会いが訪れようとは思ってもいなかっただろうから、一般的な浮気とは違う印象はある。
それにしても、なかなか『ウン』と言わないジューンの気持ちは何だったんだろう?
この頃のミュージシャンには既に「あの頃ペニー・レインと」のようにグルーピー達もいて、ジューンとしてはそんなミュージシャンの生態も間近に見ていたので躊躇したとも考えられる。ジューンの気持ちが掴めないので、そんな事も考えてしまいました。
実話を元にしているので、エルビス・プレスリーやジェリー・リー・ルイス、ロイ・オービソンなど、この頃のミュージシャンも出てくる。ジェリー・リー・ルイスとは一緒にツアーをやったようだし、『エルビスの歌はいつも下ネタばかりだ。』なんていうせりふも面白かった。
歌手の話なので当然ではありますが、コンサートシーンが沢山あって、音楽好きにはそういう楽しみもあるでしょう。
ジューンを射止めるまでは薬物中毒の時代が長かったキャッシュなので、演じるホアキン・フェニックスも神経症的な表情が多く、時に「グラディエーター」の暴君を思い出してしまいました。
劇中の歌はフェニックス自身が唄ったとのこと。鼻にかかった歌声はキャッシュによ~く似ておりました。キャッシュの映像はあんまり見たことないんですが、仕草も多分似せていたのでしょう。2005年度の主演オスカー候補にもなったようですが受賞には至らなかったようです。
ジューンを演じたリース・ウィザースプーンは私には馴染みの薄い女優です。ジュリア・ロバーツを少し田舎っぽくした感じのお顔ですが、見ているうちに愛着が湧いてきそうなちょっと懐かしいムードがあります。実は名家の出身だそうで、そう言われて見ると、どことなく品もあるような気もしてきました。
彼女も吹き替え無しで唄っていたそうで、エンド・クレジットのカーター本人よりイイ声でした。ウィザースプーンはこの演技でオスカーを射止めたとのこと。おめでとう!「キューティー・ブロンド(2001)」など過去の作品が観たくなりましたな。

元々はキャッシュ本人の希望により始められた伝記映画の製作だったらしいのですが、彼の大ファンだったマンゴールド監督が演出と脚本を引き受け、キャッシュやカーター本人への熱心な取材と説得により完成に漕ぎ着けたらしいです。
嘘は言いたくない、しかし言いたくないこともある。そんなキャッシュの意向もあったのでしょう、先に書いたように父親との関係や、ジューンが何故断り続けたのかについては、どこか歯に衣着せたような言い回しに感じたのは私だけだったでしょうか?
初めてレコーディングのオーディションに行った時の、プロデューサーの言葉が印象深い。キャッシュと二人の仲間はいつも唄いなれているゴスペル・ソングを歌うんだが、『ゴスペルは売れない。そんな歌は、誰も耳タコだ。説得力がないっていうのは、君が信心深くないと言ってるんじゃない。聞き慣れた歌では、人の心は動かせないということなんだ。』と言われる。
『トラックに轢かれて、あと数時間しか生きていられない。そんな時に唄いたい歌は何だ。その歌を歌ってくれ。そういう歌が人の心を動かすんだ。』
そうして、キャッシュは自らが空軍時代に作った歌を歌い、オーディションに合格する。社会の底辺で額に汗して働いている労働者を見て、共感を覚えたキャッシュの嘘のない気持ちを唄った歌だった。
キャッシュとジューン・カーターが結婚を決めたのが1968年の2月22日でした。
余談ですが、それから十数年後の同じ日、日本で結婚式を挙げたのが、私と妻でありました。チャンチャン!(失礼っ!)
・お薦め度【★★★=C&Wファンは、一度は見ましょう】 

せっかくご訪問頂いたのにトラバがオフで申し訳ありませんでしが。私もトラックバックをさせて頂きますが、トラバをオンにしましたのでよかったら又打って下さいネ。
さすが、十瑠さんは男性らしく簡潔でよろしいですが、私の記事は自分用のメモ代わりなのであれもこれもと面白いことを取り入れようと長くなってしまい自分でもウンザリすることが多々あります。
いろんなスパムが飛んでくるので大変ですね。
特にkoukinobaabaさんのブログは、他ではお目にかからない情報が豊富なので来訪者が沢山、故に狙われのでしょうね。
が、「ウォーク・ザ・ライン」の拙記事です。
本作は二の足を踏んでいましたが歌のシーンを観るだけでも、と出かけましたが、なんのなんの楽しく拝見しました。芸能人お決まりのパターン映画であることは間違いないのですが役者さんたちが良かったし、キャッシュよ、いい奥さんに恵まれて良かったね~!と思いましたよ。
ホアキンは吹き替えに見えたんですが、本人だったんですねぇ。二人とも上手かった。
御記事の貴重なキャッシュのデータ、しかと読ませていただきました。「コロンボ」の出演もかすかに記憶がありますが、番組自体はよく覚えてませんね。
近々、「メラニーが行く」がBSで放送されるのが待ち遠しいです(笑)。
温かなご配慮痛み入りました。
ご迷惑をお掛け致しますが、ちょっと修行して戻って参ります。
ある程度ご事情は察していらっしゃると思いますが、文章を書くということの難しさを痛感しております。
自分の能力のなさが原因とは言え、意図とは全く別に解釈される苦しさは、書かれた側もそうですが、書いた本人をも苦しめるものです。既に出来上がった思い込みもあり、一度出来た壁はなかなか崩すことができないようです。
私の書き込みに全く裏(批判、皮肉)はありませんでしたが、そうは受け取ってもらえなかった。本文との関連性の薄さなど確かに問題の多い書き込みではあり、送信した直後に「しまった」と思ったのですが、後の祭り。
何度も涙した「エデンの東」のキャル(ジェームズ・ディーン)のような心境です。
第三者が読めば文字通りの意味なのですが。
他人の名前を出したのは、笑いを取るつもりでした。かつてドリフターズが笑わせようとして食べ物を粗末に扱い、親御さんたちから顰蹙を買ったようなものです。
TB致した作品ですが、十瑠さんのご感想とほぼ同じです。要素的に「Ray」と似ていますが、完成度には相当の開きがあるようです。
これも誤解を招く表現ですね。
「私の意図したのは、文字通りの意味なのですが。」
と訂正させて下さい。
『しまった』と思ったら、すぐ謝っちゃえば良かったのに。
笑いのツボも個人差があるから、思い込みは危険ですな。
「(笑)」とか「^^」とか後ろに付けちゃう手が無難でしょうか。
“釈迦に説法”でした。(笑)
おっと、映画、映画・・
「Ray」。未見です。予定リストのBグループに入ってます。(笑)