から、抜粋し、ご紹介します。
主イエスは真理について多くを語られました。
ヨハネの福音書には「真理」という言葉が何度も
出てきます。イエスは真理について語られるとき
ご自身の人格と密接に関わらせてはなされます。
「真理」とは単独に命題として存在するわけではないのです。これは多くの人々、特に哲学者を
狼狽させたに違いありません。究極的には、ご自身と御父は真理そのものである、ということです
。
困惑した当時の宗教家たちは、イエスの言葉の
信憑性を確かめようと挑戦的な質問をあびせます。主イエスは、それにこうお応えになりました
。
「だれでも神のみこころを行おうとするなら、
その人には、この教えが神から出たものなのか、
私が自分で語っているのかが分かります」
(ヨハネ7-17)
私達は、得てしてイエスの答えを、
「真理を行う者は、間違いなく真理を知っている
」という意味で解釈しようとします。
しかし、イエスはそう言われたのではありません。誤解してはなりません。主イエスにとって、
御父から離れたらところには真理は無いのです。
真理とは単純に父の御心です。私達にとっては、
究極的には主イエスこそが真理です。
私達は主イエスを見出だし、又、イエスこそ
私達が求めていたお方である事が分かるでしょう。その近道を単純に主イエスのみことばに見出します。「私にもとに来なさい。」
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「神は永遠の命を我らに賜えり。この命は、その子にあり。御子を持つ者は生命を持ち、神の子を持たぬ者は生命を持たず。」(第一ヨハネ5-11、12)