アラフィフおひとりさまの現実

何てことのない日常を綴っております。

私が思う死生観、のようなもの

2021-11-21 18:52:00 | ひとりごと
中学生の時、私を好きだと言ってくれた隣の席の男子は、寒い冬布団の中で亡くなった。高校生の時は同居していた祖父がボケて亡くなり、大学入学後、祖母を亡くした。

大学2年の秋、学生の交通事故死や病死が続いて、学長が声明を発表した程だった。しかも亡くなった内の2名が私達の学科で、遺体を迎えにきたお母さんが泣き崩れるのを間近に見た。

大学卒業して直ぐに、大学院に残っていた同じ研究室の子が交通事故死。その数年後、国家公務員として頑張っていた同級生が自殺した。

30代に入って中学時代の親友が長い長い闘病生活の末亡くなり、私は1週間泣き続けた。


その後私は転職。今日まで仕事柄多くの死に立ち会ってきた。夫の死にも。



私は宗教を持たないせいか、常日頃より"人間死んだら終わりよなぁ"と感じている。

私にとって死んでしまった身体、お骨に特別な思いはない。もちろん悲しいとは思う。けれど、命のない身体やお骨はただの抜け殻にしか見えないのだ。

かと言って魂が存在するとも思ってないが。



転んだり、間違えたり、しんどかったり、生き地獄のような日々だったり、ボロボロになって死んだ方がマシだと感じたとして。それでも"死んだら終わり、生きていてこそだ"と思ってしまうのはなぜだろう?

どうせいつか死ぬのに。
自分の身体なのに。

どうして自分を殺してはだめなのか?
そう問われても、未だに自殺がだめな理由を返せない。根拠が見つからない。


それでも、私は。

朝、目覚めて息をしていることは奇跡だと感じ、血の通った身体を輝いている!と思ってしまう。理屈でなく、生きていてこそじゃないのか、と。

そして、やっぱり。

死んだら終わりよなぁと思ってしまうのだ。死んだら何の感情もなくなる。姿かたちもなく、面白くも悲しくも辛くもない、ひたすら続く"無"。





誰にでも終わりがあって"無"を迎えるなら、今日は生きてていいんじゃない? 明日のことはまた明日考えよう。

明日もまたあなたに会えたらいいな。死んだら会えないもんね。





こんな言葉しか浮かばない。どーしようもないポンコツおばさん。


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5 コメント

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Unknown (yuki)
2021-11-21 23:40:50
アキさん、こんばんは。

> こんな言葉しか浮かばない。どーしようもないポンコツおばさん。

いいえ、届きましたよ。
上手く言えないのだけれど、アキさんの記憶は、想いは、これからは。
僕の胸に届きました。生意気言ってスミマセン。
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Unknown (アキ)
2021-11-22 14:42:37
yukiさん

コメント有難うございます。

人生色々ですね、考え方も価値観も…。
きっと正解はない。
だから難しいんだろうなあ、と思います。
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Unknown (mamacha)
2021-11-23 23:06:56
生きていれば…
生きていても…

そのエンドレスの繰り返しなのかもしれないね。

でも「生きていれば」の部分が多くなれば笑顔も増える(⌒▽⌒)

アキさんの周りには沢山の最期があり過ぎね。それは、ただただ悲しいことね。

私達は、生きていれば!で、明日も頑張りましょう🌟
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Unknown (アキ)
2021-11-24 08:47:24
@mamacha mamachaさん、コメント有難うございます。

仕事として向き合うのと、親や子など身内と向き合うのでは、立ち位置も受ける衝撃の大きさも全く違うと思います。


『責任を取る権利を奪わない』

これは私の部署のトップが言いました。彼は普段どーしようもない人なんですが、たまにはいい事言うなと思った言葉です😅

いずれにせよ、自分とは違う一人の人間で、周りの人が介入できる限界はあるようにも思います。全てを背負うことは出来ない訳ですし…。

ただ、どの場所に立って声を掛けていくのか、その足元すら見えくなってもがいている私は、本当にポンコツです。


お互い、今日1日を笑顔で楽しく過ごせますように。
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Unknown (Unknown)
2022-02-13 12:35:16
アキさん、こんにちは。

『フランドルの冬』を読み、想うコトがあって、
自殺を語ってしまいました。

沢山あります。

でも、長くなるから一つだけ。
本当にありがとう。
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