Don’t Dilly Dally

…とことことことこ

メッセンジャー

2024-08-02 11:58:38 | 雑記

       ※画像はある日のカンボジア。内容とは関係ありません

ホテルの調理場で調理補助の仕事をはじめて3ヶ月目に入りました。

定住居を持たない生活はすでに3年近くになります。東京の部屋を引き払い、渡米して、帰国後は短期契約の仕事をして、再び渡米。当初はアメリカ在住のボーイフレンドとの生活を望んでいましたが、今は少し違います。このまま老後まで国内外を旅したい。調理補助の仕事を始めたのはその為の下準備です。

自分の生き方を客観的に観察し、読み解くというのは簡単ではありません。どこか言語を習得することにも似ているように思います。

自分がまったく理解をしない言語の国を旅しているときの、その国の言語で話されている会話は単なる音として、文字で書かれたまわりの看板などは、ビジュアルとしてのみ入ってくる感覚とでも言うのでしょうか。感情を汲み取ることや看板の意図を推測することは出来ても、言語として入ってこない限りは、音や景色の一部として流してしまいがちです。

自分の生き方というのも同じようなもので、ただ流されて生きていたり、漠然と夢や希望を思い描いているだけだったり。

共通して大切なのは、外に出て周りの人々と交流し、自分の経験と知識を蓄えていくということかもしれません。言語の習得と同じように日々の実践の積み重ねで鍛えられるはずです。

観察力と知識の蓄積とともに、自分の生き方が読めるようになってくる。次第に人生の路地、空き地、森の中どこを歩いていても、人生をビジュアルとしてだけでなく、それらがメッセンジャーとなり、その情報を受取ることができるようになってくるのではないでしょうか。そして今は耳を傾けているところです。

見えてくれば、聞こえてくれば、どんどんと楽しさも増します。

私は今後、どこの国、どこの土地で生活をすることになるのでしょう。ずっとこのブログにその内容を綴っていけたら、20年後30年後に読み返すことが出来るんですけどね。