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16年目突入。ビッグイベントに心躍らせながら、草の根のスポーツの面白さにも目覚めている今日この頃です。

土佐の高知の決着は・・・・・・今年も1点差で、明徳!

2014年07月29日 | 高校野球

≪第96回全国高校野球選手権≫

【高知県大会】 ~決勝~


明徳義塾  6-5  高知



明徳義塾と高知。

21世紀に入ってからはずっと、
この両チームが高知県の高校野球界に君臨する存在となっています。

長らく『野球王国』と呼ばれてきた高知。

昭和の時代には、
高知商・高知・土佐が”3強”と呼ばれていましたが、
土佐が進学校だけに選手を集めるのに苦労してその座を滑り落ち、
明徳義塾がその座を占めるに至りました。

昭和50年代中盤から平成の頭にかけては、
高知商と明徳が2強時代を形成。

毎年甲子園の1つのイスをめぐってバトルが繰り広げられてきました。

その高知商が、
トップの座から落ちて行ったのは、
時代の背景があったと思われます。

人口は少ないが野球人口は非常に多かった高知県。
しかし昭和の最後頃から、
少しずつその野球人口も減少が目立ち始めました。

高知商は市立の学校だけに選手集めに苦労するようになり、
黄金期のように『黙っていても好選手が集まる』環境ではなくなってきたのが、
ちょうど昭和が終わりを告げるころだったと思います。

その頃から、
そもそも全寮制の学校だった明徳義塾が、
本気で全国制覇を狙って野球留学生を集め始めます。

それまでも好選手が集う環境だった明徳ですが、
昭和60年代(竹内監督の時代)までは、
主に選手は地元高知を中心とした、
四国一円(一部中国地方)から集めていたという記憶があります。

しかし関西の企業で社会人野球の監督経験もある現馬渕監督が就任した当たりから、
明らかにその選手の集め方が変わってきました。

星稜戦で松井を5打席敬遠して物議をかもしたあたりから、
関西圏、中部圏、そして中四国一円の選手が明徳に集うようになり、
馬渕監督のチーム作りもさらに全国を意識したものとなってきました。

甲子園のベンチ入りの選手に高知県出身の選手が何人か入っていて、
見てみると『明徳義塾中出身』と書かれていて、
実際には中学入学の以前には違う地方出身の選手だった・・・・
なんていうこともままありましたね。

地元の古くからの野球好きは今でも、
やはりこういった『ほぼ県外選手のみ』の選手構成の明徳義塾を、
何とか県内出身者で固めたチームで破ってほしい・・・・・
という願いも強いと聞いています。


一方の雄である高知高校。

こちらは昔からの名門校で、
春も夏も全国制覇の経験のある伝統校です。

しかし昭和50年代くらいから徐々に勝てない時期が続き、
苦しいチーム作りを余儀なくされてきました。

そこで平成に入ってから、
チーム作りに変革を加えたのが、
『付属中学の強化』によるチーム作りでした。

高知中学と言えば、
中学軟式野球の名門中の名門。

全国制覇も経験し、
全国的に見ても星稜中(石川)、常葉橘中(静岡)、桐蔭学園中(神奈川)などと並んで全国大会の常連。

そこからの選手の供給もあり、
一時期の低迷を脱して全国へのキップを徐々につかむようになってきました。

明徳は90年代に黄金時代を築き、
あの松坂との激闘を戦った98年のチームからは、
7年連続で夏の代表を掴み取り、
常に全国の舞台でも上位に進出するという強さを発揮しました。

その間2002年には、
悲願だった全国制覇も成し遂げ、
その頃からプロ野球にも人材を毎年のように輩出。

まさに明徳は『この世の春』を謳歌していました。

しかしながら、
<好事魔多し>の言葉もあるように、
2005年に夏の甲子園の高知県代表を掴みながら、
部員の不祥事で全国大会抽選後に辞退するという前代未聞の出来事に遭い、
一時期その絶対的なパワーを落としてしまいます。

その間に、
長年力を蓄えていた高知のパワーが爆発。
5年間で4回の夏の甲子園代表の座をつかみ、
今度は高知が黄金時代を築きます。


だがそこは明徳義塾。

徐々に出場辞退の傷が癒えだすとともにまた好選手が集うようになり、
2010年に6年ぶりの夏の甲子園を掴むと、
それ以降は5年連続の夏のキップを掴んでいます。


さて、
今年の高知県大会決勝戦。

過去の3年間と同じように、
1点差のしびれるゲームとなりました。

過去3年間、

2011年  明徳 2-1 高知
2012年  明徳 2-1 高知
2013年  明徳 2-1 高知

いずれも1点差で敗れている高知は、
4点を先行されるも自慢の打線で反撃。
4回に7安打を集めて明徳の好投手・岸を攻略して5-4と逆転しました。

しかし明徳はすぐそのあとの5回に2点を入れて逆転すると、
その後立ち直った岸が高知打線を抑えきって、
今年もまた6-5と1点差での勝利をもぎ取りました。

高知はまたも、
1点に泣いて準優勝となりました。

『この1点の差とは、いったいなんなのだ』

全国の高校野球ファンたちは、
こぞって考えているでしょうね。

明徳は相手を徹底的に研究して、
相手の野球をやらせないという『野球力』を持つチームです。

そして馬渕監督は、
『勝つ』ということに対して、
これだけ執念を持っている監督は全国を探してもいないのではないかというぐらいの勝負師。

松井の5敬遠にしてもそうですが、
とにかく試合中に『勝負手』を次々に繰り出す采配は、
見事というほかはないと思います。

そしてその采配に、
選手達が見事にこたえる『野球脳』と『実践力』をたたき込まれているという感じが、
試合を見ていて感じるところです。

並みのチームではないです。
高校野球の域はとっくに超えているようなチームだと思っています。


高知は、
毎年【1点差】で敗れてはいるものの、
この【超えられない1点】というものの壁の高さを、
いやというほど骨身にしみてわかっているのではないでしょうかね。


高知と明徳の差は、
その野球力などではなく、
やはり【執念の差】なんでしょう。

【覚悟の差】と言い換えてもいいかもしれません。

明徳に集う選手たち。
各地のシニア、ボーイズなどから選り抜かれた選手達でしょう。

そしてその彼らが、
1日24時間野球のことを1から10まで叩き込まれて、
どんなケースになってもあわてない精神力と野球力を身に付けるのだと思います。

そして最後の厳しい場面になった時、
明徳の選手たちは、
『俺らは結果を残しに、この高知の横浪半島まで野球をしに来たんじゃ』
ということを思うのではないでしょうか。

【結果を残す】
ということに対する決意というか、
覚悟がまったく普通の学校の選手とは違うのではないかと思います。

そのにじみ出る気迫が、
『1点差のゲームなど、なんぼのもんじゃ』
という接戦に鬼の様に強いチームを形作っているのではないかと思っています。

【明徳の勝負強さ】

こりゃあ、
深いですよ、実際。


しかしこの厚く高い壁を破って、
いつか高知がまた”夏の聖地”に戻ってくること、
期待しています。


今年の明徳義塾。

高校野球界のエース・岸を擁して、
『本気の本気』で2度目の全国制覇を視野に入れていると思います。

明徳のこの【執念の野球】を破ることができるのは、
例年『突き抜けた爆発力』を持つチームと相場が決まっています。

さて、
今年はどうなるのか。

楽しみなチームの登場に、
また期待と興奮も高まっています。


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