アルファロメオといえば、見てすぐわかり、何よりも先に思い浮かぶのがこちら。
逆三角形をした、フロントグリルの形状ではないかと思います。
フロントグリルとヘッドライトは、車の「顔」の印象を決めるものですからね。
みなさんには、何に見えますか?
ある物が何に見えるかというのは、その人の性格にもよりますが…
(ロールシャッハテストみたいに)
生まれ育ってきた環境、それを取り巻く文化によって、大きく変わります。
アルファロメオの故郷、ヨーロッパの人がこれを見て思い浮かべるものは、間違いなくひとつ。
中世の騎士が持っていた、盾です。
そして、騎士、騎士道精神といったものを連想する形でもあります。
盾にも、円形のもの、長方形のものなどいろいろな形がありますが…
西洋人が盾といってまず思い浮かべるのは、こういった形状のもの。
このような逆三角形、というか左右両辺が下に行くほど細くなって、先がとがっているような形状の盾は…
英語で「アイロン・シールド」と呼ばれるもの(洋服にかけるあのアイロンの底の形です)。
イタリアでは「スクード・スカペッツァート」と呼ばれています。
主に中世に、乗馬した騎士が持っていたものです。
中世の騎士は、盾=イタリア語で「スクード」に、自分の家の紋章を描いていました。
その騎士がどこの家の者であるかが、ひと目でわかるようにするためです。
そうしていれば戦場において、決して卑怯な真似や、臆病なふるまいはできません。
家の汚名になるからです。
つまり、盾は「騎士道」の象徴であり…
強さ、勇気、高潔さ、誠実さ、寛大さ、信念、礼節、知恵、品格、弱者への思いやり、等の象徴でもありました。
なので西洋の騎士貴族が、家紋=家の紋章を盾の形の中に描き込んだ、という面もあります。
ですから、彼らにとって盾はとても大切なもので…
騎士の従者のことを、イタリア語で「スクーディエーレ」=盾持ち、と言うほどです。
自動車関係のエンブレムにも、いくつか盾の形をしたものがあります。
たとえばフェラーリ、ポルシェ……。
フェラーリの場合は、自動車メーカーとしてのマークは「黄色い四角の中に黒い跳ね馬」ですが…
レーシングチームである「スクーデリア・フェラーリ」のほうは「盾の形の中に跳ね馬」と分けています。
モータースポーツの戦場で闘う「騎士」のイメージを強調しているのだとわかります。
私がかつて会った、スクーデリア・フェラーリの関係者はみな、社員証、スーツのバッジ、作業着のワッペンといった形で…
一般社員とは違う「スクデット」(イタリア語で小さな盾)の枠の中に入った印を身に着けていることに…
我々が想像する以上の、プライドを持っていました。
「もしもこのマークが四角になるのなら、フェラーリを辞める」とまで口にする人間が、珍しくないほど。
そして……
アルファロメオの場合はさらに、盾を前面に押し立てて、車の「顔」にまでした、というわけです。
そこにはやはり、アルファがモータースポーツで競うことを前提にしたメーカーであったこと…
そして、アルファロメオというのが「騎士道精神」の象徴であるような車であり…
また「真の勇者」のための車である、というメッセージが込められているのでしょう。
ただ、今でこそ、この意匠は全てのアルファロメオ車のフロントに付いていますが…
創業の当初からこうだったわけではありません。
こちらは、戦前のロードレースでおびただしい勝利をかち取った名車、6C 1750 グランスポルトですが…
フロントグリルは、同時代の、他の車と同じような形状です。
では、あの盾の形のグリルは、いつ出来たものなのでしょうか。
残念ながら、それについてはっきり言及している文献は、私が探した限りでは見つかりませんでした。
なので個人的に、ミラノ郊外、アレーゼ工場の跡地にある「アルファロメオ博物館」に展示されているヒストリックカーの画像と…
(私も行きましたが、まだアレーゼ工場が稼働していた時代で、博物館は予約すれば無料で見られました)
それから、その他の古いアルファロメオの画像を調べて、いつごろから始まったのか研究してみました。
こちらの写真は、アレーゼのミュージアムに、戦前から戦後にかけてのアルファ「6Cベルリネッタ」シリーズが並んでいるところ。
左の手前が、1937年のモデル。その右が1939年モデル。一番奥は、戦後の1949年の、6C2500SS「ヴィッラ・デステ」。
これらはすべて「カロッツェリア・トゥーリング」というデザイン会社が、ボディの架装をしたもの。
1937年の時点で、なんとなく、それっぽい形ができ始めていて…
戦後の49年時点では、もう盾のグリルが完成しているようです。
同時期に、ザガートなど他のデザイン会社が架装した車は、全然違うグリルになっているので…
どうやら、盾のグリルは「トゥーリング」社が考案した意匠のようですね。
そして、完成したのは、どうやら第二次大戦中ぐらいの時期のようだ、ということで当たりをつけたら…
このへんがどうも、初めての完成形のようです。
1942年型 アルファロメオ6C 2500スポーツ カブリオレ・トゥーリング。
説明文を見ると、やはりこのフロントグリルは「スクデット」=小さな盾、と呼ばれているようです。
(イタリアのサッカー1部リーグセリエAでは、優勝することを「スクデットを獲得する」といいます)
やはり、ミラノのデザイン会社(カロッツェリア)「トゥーリング」がこのデザインを作ったようですね。
そうなると、トゥーリング社の「誰が」考えたのか知りたくなりますが、何しろ80年も前の作品。
それでも、このカロッツェリアが現存していれば、社内資料があるのでしょうけれど…
残念ながらトゥーリング社は、1966年に廃業してしまいました。
21世紀になってから、名前だけは一応復活したようなのですが、戦前戦中の資料なんて残っているかどうか。
もし時間と資金があったら、本格的に調べてみてもいいかな、と思うのですが……
今どきその情報だけでお金にはならないでしょうから、あくまでも趣味で、ということになります。
いずれにしても、アルファのフロントグリルは、中世の騎士の盾を模したものであり、
騎士道にのっとって正々堂々と闘う、モータースポーツの世界の「盾の勇者」をイメージしたものである…
ということは確かです。
そう考えると、あの盾のフロントグリルには…
「この車に乗る者、みな騎士たるべし」
というメッセージが込められている、と言えるのかもしれません。
騎士たるもの、強くある一方で、誠実に、寛大に、品格をもって、弱者をいたわらねばならない。
心して乗りたいです。