白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

ピエタ (その2)

2020年04月15日 18時05分44秒 | 星の杜観察日記

サクヤとキジさんの再婚の顛末はこちらこちらの漫画をご覧ください。

文中に出て来る黒曜は、他の妖魔や神サマ達に竜胆と呼ばれていて、その経緯はこちらの章でも語られています。

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 俺はずっと怒ってる気がする。 

 サクヤが抱える事情。住吉神社を巡る状況。タカ兄やきさ祖母さまを追い詰めて来たうちの親戚どもの醜悪さ。何もかも腹が立つ。 

 叔父の新さんやタカ兄がなぜ消えなければならなかったのか。お袋や鏡やウルマスがそれぞれ、自分の見解を説明してくれたが、まったくもって納得できない。叔父と兄貴のせいではないが、二人が消えたことは織居と南部の人間たちの抱えた闇だ。葵さんやサクヤが朗らかに前向きにふるまっているのを見るだに腹が立つ。 

 新さんが消えたのは俺が4歳の時。サクヤは10歳だった。タカ兄が消えた時、トンスケは2歳にもなってなかった。父親を失っても、2人ともグレることもなくいい子だった。祖父母や叔父叔母のサポートが十分あって経済的な苦労が無かったとはいえ、理由もわからず父親がいなくなって辛くないはずないと思うのだが、"何事も無かった"かのように明るい。それが腹が立つ。 

 こういうややこしい経緯、因縁が全部、サクヤとトンスケの肩にかかっている。そして今はたった8歳の桐花に。一番腹が立つのは、俺には肩代わりできないということだ。俺はホタルが見える。多少の妖魔なら払うこともできる。汚れの掃除もできる。でもそれだけだ。


 住吉から東、東北まで伸びる地脈を守るのが、おふくろや親父、兄貴の役割だ。西はきさ祖母さまや紫さん。南の地脈は住吉から近いので、こうして俺たちが手入れをしている。北の方向、琵琶湖から海までの流れは住吉の奥宮。湾の沖にある島のお社を、住吉の分家の一族が守っている。それら全てをつなぐ結界の中心にいるのがサクヤなのだ。そしてこのままではいずれ、桐花が継ぐことになる。俺ができるのは、結界に負荷をかける歪みを多少修正するぐらいなのだ。もしまた将来、結界に大きな亀裂が入って破れそうになったとしても、俺は新さんやタカ兄のように結界に入って根本的な大工仕事をすることはできない。俺にはその”能力”はない。おふくろにきっぱり言われた。
 だからこそ、俺は"安全"なのだ。でなければ、いくら桜さんに強要されたとしても、サクヤは俺との再婚など受け入れなかっただろう。


 そして何よりも腹が立つのは、俺に能力がないばかりにカヤの外に置かれていて、タカ兄のことを何も知らされていなかったことだ。俺は何も知らずタカ兄を恨み、憎んでさえいた。タカ兄が消えて、その気持ちの行き先を失った。心を開いて屈託なく話す機会がないまま、兄貴と二度と会えなくなった。後悔という言葉では説明できない、しこりになっている。


 タカ兄が消えてしばらくして初めて知ったことだが、タカ兄はおふくろの生んだ子供じゃないらしい。仁史兄が"拾って"来た時、すでに首の座った赤ん坊だったそうだ。その時、仁史兄は5歳。そう言われてみれば仁史兄のタカ兄に対する愛情は、今考えてみると弟に対するものというより拾った仔犬に対するものに近かったような気がする。口もきかずいつもニコニコ赤ん坊のように笑っていて、空を飛び、自在に水脈や地脈を動かし、一族が守って来た結界の綻びを易々と修繕する。ニコニコしながらアメリカの学者に見いだされて、片手間に博士号を取って英語でいくつも論文を書く。そんな弟を持てば、長男として焦ったり妬んだりしそうなものだが、仁史兄は微塵もそういう心情が湧かなかったように見える。 

 そうだ。おふくろと仁史兄は、タカ兄がどこか外の世界からやって来た来訪者で、いつかそこへ帰って行くことを知っていたのだ。最初から。親父も聞かされていただろうが、信じていないというか実感が無かったらしい。タカ兄が消えた時、かなり混乱して落胆していたようだ。


 そしてサクヤも。知っていた。タカ兄がいつかどこかに帰っていくことを。


 サクヤが知っていたことを聞いたのは、俺と再婚した後のことだ。タカ兄が消えて7年経って、失踪宣告の上でサクヤとタカ兄は法的に離婚した。大して時もおかず俺との再婚。いったいどういう心理で俺との再婚を承知したのか、ずっと気になっていた。聞くまいと思っていたのに結局聞いてしまった。新婚旅行の夜に。

 ほぼ桜さんの独断専行でサクヤと俺の再婚が決められた時、桜さんの具合がかなり悪かった。光さんは”桜さんを安心させるために形だけ婚約ということにしてはどうか”と提案した。当時俺はまだ大学生だったし、サクヤにしても心の整理がついていなかった。それからすったもんだあって離れに一部屋もらって一緒に寝起きするようになっても、なかなか落ち着かなかった。何せ大所帯の家族と同居だし、ホタル達に付喪神に水神だの犬神だのわらわらいてプライバシーなど無いに等しい。トンスケは小学校に入ったばかりでもちろん母親の再婚に納得などしていなかった。それで提案された旅行だった。

 10歳で桜さんから結界の”柱”役を受け継いで以来、サクヤは結界の中心からほぼ動けなくなった。住吉神社から半径5km程度の範囲内で生活している。しかしいくつか数十km移動できる方向がある。俺にはよくわからないが結界を安定化するために水脈、地脈の大きな”節”と住吉を結んだポイントがあるらしい。そのひとつが住吉の神馬を預かってもらっている谷地田牧場だ。馬のおかげなのか、水脈の流れとやらなのか、サクヤは子供の頃からそこに通って馬の世話を手伝ったりしていた。俺は身体が大きくなって乗馬向きじゃなくなってしまったが、サクヤもトンスケもなかなかの乗り手だ。牧場を経営しているのは織居の遠い親戚で、そのせいか”見える”人間が多くて住吉の事情もよくわかった上で付き合ってくれている。

 乗馬の育成や繁殖の他に、観光客向けの乗馬クラブや牛、羊、山羊などで乳製品加工や羊毛の工房などを行っている。その牧場からやや標高の高い場所に湧水を使った豆腐屋があった。柱を担う負担で肉類が食べられない桜さんやサクヤにとって豆腐製品は主食と言ってもいい。住吉の人間は神馬の世話で牧場に通う度に豆腐だの揚げだのどっさり買って行く大の贔屓客だった。そのおかげかどうか繁盛して、その豆腐屋が豆腐や湯葉の懐石を食べさせる旅館を始めるので、モニター代わりに二泊三日で泊まりに来ませんかという話が来たのだ。

 温泉やこじんまりした庭園などもある古民家風の旅館だった。豆腐尽くしの食事だし、サクヤにとっても馴染みのある土地なのでリラックスできる。結婚して以来ほぼ初めて、二人だけでのんびり過ごした。そんな夜に、ずっと聞くまいと思っていたのに、俺は聞いてしまった。

 なぜ俺と結婚する気になったのか。タカ兄のことをどう思っているのか。

 最低だ。せっかくの新婚旅行を台無しにする質問だ。でもサクヤはいつもの通り、ふんわり俺の質問を受け止めてふんわり返してくれた。格好悪いことこの上ない。

「ええとなあ。タカちゃんなあ。本当は私の他に結婚したい人がおったんやと思うのよ」

 寝耳に水である。

「結婚したいというのとはちゃうんかなあ。でも大事な人がおって、その人に会うためにここに来たんよ」

「誰や、その大事な人って」

 俺の泡食った問いかけに、サクヤはいつものわかってるのかわかってないのか、ふんわりボケた表情で答えた。

「黒曜」

「黒曜?」

「桂清水の黒曜」

「桂清水の?」

 丸っきり頭がついていかず、俺はサクヤの言葉をオウム返しにくり返すだけだった。住吉の境内に残る黒焦げでガラスのように石化した桂の巨大な切り株。雷で折れたという伝説の通り、へし折れた無残な断面が黒々と光っている。その根元から清水が湧いていて、奈良時代から祠が祀られ弁天さまとして崇敬を集めていたらしい。あの山に住吉神社が勧請されたのは平安末期で、それ以後も桂清水を汲みに来て弁天さまの祠を参拝する人は途切れることがなかった。つまりあの土地の守り神なのだ。

 俺はあまり覚えていないが、サクヤはずっとあの桂清水に綺麗な水の女神さまがいると言っていた。俺が4歳でサクヤが10歳の時、新さんが消えるまで、黒曜は桂清水に住んでいてサクヤは話したことがあったらしい。

 しかし何せ住吉神社にはホタルどもだの付喪神だの水神だの妖魔だのいつもうじゃうじゃ出入りしているので、俺にとっては話に聞く黒曜もそのうちのひとり、ぐらいの認識だった。実際にはそれら全部を率いる元締めだったらしいが、物心ついた時にはいなくなっていたので実感がなかった。

「タカ兄が? 黒曜に会いに? どこから来たって?」

「竜宮から」

 住吉にまつわることはだいたい荒唐無稽なので、俺も大概慣れているはずなのだが、さすがに目眩がした。

「竜宮てどこや」

 サクヤは空を指指した。

「星の向こう」



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