狂乱のガーデンパーティーが終わった午後遅く、きーちゃんの運転するステーションワゴンでファームに向かっている時のこと。後部座席に瑠那と並んで座っていた村主さんが、身を乗り出して助手席の私に聞いた。
「谷地田ファームってーと、大宮司怜吏ってのが出入りしてないか?」
「へ? 村主さん、れーくんとお知り合い?」
「れーくんってトンすけのライバルの?」
瑠那が会話に参加する。
「ライバルって何のライバルだ?」
身体が大きくなって乗馬に向かない、ということでファームに行く機会の少なくなったきーちゃんは、事情をつかめていない。
「イリスさんの工房に、4ヶ月くらい前からお手伝いに来ている、千雨さんて方がいてはるんよ。ちょっと大変なことに遭ったらしくてなあ、離れに寝起きして、セラピーちゅうか、療養を兼ねてはって。れーくんはその息子さん」
「ふえっ。れーくんて千雨さんの息子さんだったの? だって、でも、あの2人、ほとんど話してるとこ見たことないわよ? れーくんが離れたとこから、千雨さんを見てるとこ、何度か見かけたのよね。まさか親子って思わないから、年上のお姉さんが好みなのかなあ、おませさんだなあ、とか思ってたんだけど。千雨さん、すごい美女だから」
「何か事情があるみたいやね」
「ふん」
村主さんが鼻を鳴らした。だんだんわかって来た。こういう時、村主さんはれーくんを囲む事情を忌々しいと思っているのだ。
「で、ライバルってのは?」
「れーくん、馬術の競技会でえらい成績取らはって、それでトンちゃん、意識してるみたい」
「トンすけ、ポニーから普通の乗用馬に乗り換えたばかりだろう。年齢的にも張り合うのは無理じゃないか」
きーちゃんはあくまでトンちゃん贔屓なのだ。
「でもトンちゃん、負けず嫌いだから」
そんなところが、男の子らしくて可愛いと思う。
「で? 村主はなんで、そのれーくんとやらを知ってるんだ?」
「日本に来る時、ちょっとな」
村主さんが日本に来たタイミングで、大宮司はお家騒動があった。跡継ぎが怜吏くんからお兄さんに変わったのだ。そもそもお兄さんがいるのに怜吏くんが跡継ぎだったことの方が不自然だ。いくら私の目から見ても、怜吏くんが人並み外れて聡明で12歳の少年と思えない、カリスマ性とオーラを持っていたとしても。とはいえ、ファームで時々見かけるれーくんは、世俗的な地位など欲しがらないだろう、と思わせる透明感があった。これまで何度か村主さんと話した印象で、イタリアでどんなお仕事をしていたか何となく想像がついた。大宮司との経緯も、単にお家騒動のゴタゴタが日本での国籍獲得や来日のカモフラージュになった、というだけではないのだろう。根掘り葉掘り聞くつもりはない。光さんと瑠那が信用しているのだ。そして私もいつの間にか、すっかりこの朱い目の義弟を信用して、頼りにさえ思ってしまっている。それどころか、近頃、村主さんが鼻を鳴らすと可愛いとすら思ってしまうのだ。瑠那から漏れ聞いた話だと、大人に頼らず苦労して成長して、それどころか7歳下の血の繋がらない妹さんを、引き取って育てたという。お兄さんを家族に引き入れたのも村主さんだとか。人を見る目があるのだろう。この義弟に、信頼されたいと本気で思い始めている自分に気がついた。きーちゃんも深く追求するのは止めたようだ。同い年で、1児の父(まだ生まれていないけれど)同士、何となく張り合っている感じだが、瑠那の幸せそうな様子を見て、村主さんを認めることにしたようだ。きーちゃんは、瑠那が住吉に来た頃から、細やかに気を配っていて、無口で仏頂面のきーちゃんが、瑠那相手だとよくしゃべっていた。本当の妹のように思っているのだろう。瑠那の妊娠がわかった時、相手の男はどんなヤツだ、とのんちゃんと一緒になって殴りに行きかねない勢いだった。のんちゃんは、私と瑠那の父親の気持ちらしいので、まだ今ひとつ納得していないようだが、きーちゃんは村主さんに友情めいたものを感じ始めているようなのだ。その何となく転校生と距離を掴み兼ねてるかのような2人の様子が、微笑ましいと思ってしまう。
ファームに寄って挨拶をして、谷地田さんにトンちゃんのことを頼んでお豆腐屋さんに向かうことにした。トンちゃんはファームに来ると、同い年の輪くんや、アカネちゃん、アヤメちゃん、ちょっと年下のイズミちゃんやサユリちゃんに囲まれてもみくちゃになる。いつも大人に囲まれて、大人びた口を利いているので、子供同士で年相応の反応をしているトンちゃんを見るのはうれしい。いつも私と瑠那に過保護なトンちゃんは、お豆腐屋さんに行く前に何かお説教めいたことを言うかな、と思ったが、ファームに着くなり、輪くん達とそれこそ後ろも見ずに馬房に走って行ってしまった。ちょっと胸がチクリと痛かったけれど、トンちゃんのために良かったな、と思った。鷹ちゃんが消えて以来、トンちゃんは私を守ろうと必死で背伸びをしていたのだ。私がきーちゃんと再婚したことで、トンちゃんは子供に戻れたのだ。
でも、れーくんは? 工房のハーブ畑に、今日もれーくんが佇んでいた。ハーブ畑で千雨さんが染色用のセージを収穫している。イリスも私の視線に気づいて、私の隣りに来た。
「こゆこと、時間、必要と思う。でも、早く、お母さんと、親子、なれるといい」
イリスは手仕事しながら、ゆっくり時間をかけて、千雨さんから話を聞いたのだ。千雨さんはまだ女子高生の時に、ある政財界の大物に目をつけられ、強引に攫われるように、囲われてしまったそうだ。意に沿わぬ妊娠。男の家族や親戚からの嫌がらせもあっただろう。男には本妻がいた。まだ少女と言ってよい千雨さんにとって、妊娠は身体も精神も用意が出来ていなかった。抱えきれない現実として、赤ん坊が生まれて来た時、千雨さんは“それ”を全身で拒絶した。赤ん坊を投げ捨ててしまったのだそうだ。
「そんなことしてしまった、自分がゆるせない、そゆ気持ち、と思う。ショック、だと思う。千雨さん、赤ん坊は死んだと思い込んだ」
それ以来、怜吏くんを息子だと認識できないのだそうだ。怜吏くんは12歳の今になるまで、一度も母親から抱き締めてもらえなかった、と言うことになる。そんな悲しいことが、あるだろうか。
「女は、つらい。男の餌食になる。私も国で、瓦礫の中で、男に襲われた。名前もわからない。何人に襲われたかも、覚えていない。妊娠したが、頼れる人間いない。家族誰も残ってない。赤ん坊、育てるつもりだった。でも逃げる時、流産してしまった。もう、子供ムリかも、と思った」
「イリスさん」
「今、幸せだ。アカネ、アヤメ、サユリ、みんな可愛い。ジンも可愛い。ファームで仕事もある。馬も羊もヤギも可愛い。だから、千雨さんも、幸せ、なって欲しい」
編み物や刺繍用の糸を買いに、イリスの工房へ行って千雨さんと話す機会もよくあった。千雨さんは色の取り合わせのセンスがいいし、仕事が細やかでしっかりしている。私がトンちゃん、きーちゃん、光さんのマフラー用の毛糸を選んでいると、千雨さんが話しかけて来た。
「息子さんにですか? いいですね。私の息子も生きていたら、もうすぐ中学生かしら」
こんな悲しいことはない。何とか2人が話をする機会はないだろうか。
お豆腐屋さんで一泊して、翌朝まだ早いうちにファームに向かった。夜はまたお豆腐屋さんに戻るが、昼食はファームで子供たちや都ちゃんも一緒にバーベキューをする予定だ。ファームでは家畜達の飼料用の他に、家族や従業員、ペンション用の野菜を作っていて、これがまたもれなく美味しい。私も食べるものに困らない。
都ちゃんは子供の頃から仁史さんに習って、弓道のインカレにも出たりする名手だ。住吉の神事の流鏑馬に出るために、弓道より早くから乗馬も習っていて、ファームにも顔馴染みの馬がいる。アカネちゃん達とも仲良しなようだ。都ちゃんはとにかく動物に好かれる。レースで酷使されたり、イヤな調教師に当たって、性格がねじ曲がってしまった馬も、都ちゃんには心を開くらしい。
谷地田ファームの谷地田さんは、織居のうちの遠縁に当たる。住吉の神馬の血統を守るため、繁殖、育成、調教、レースから引退した馬の再訓練などの他に、一般の方用に乗馬体験などもしている。神馬は雌の中から一頭選ばれる。選ばれなかった馬は、競走馬目指して訓練を積むのだ。
「ここ、住吉から30キロは離れてるよな? なんでお姉さん、ここだと大丈夫なんだ?」
村主さんが疑問を呈した。その質問は最もだ。私は結界の中心に、縫い留められた蝶のようなものだ。その“中心”が半径5キロ程度の円になってるらしく、その範囲内なら自由に動ける。そこを出ると、身体を引き裂かれるような苦痛と重圧を感じる。なので小中学校でも高校でも、修学旅行に行ったことがない。
「鷹ちゃんと都ちゃんのおかげなんよ」
「へえ」
「2人であちこち飛び回って、“地脈”の分布、調べてくれてな。いくつかのポイントに順番に石を埋めてくれて。こういう風に」
私は地面に枝で五角形を描いた。
「そんで、次にこう、そしてこう、石を埋めて」
五角形のそれぞれの角から線を伸ばして、大きな星を描いた。
「桔梗紋か」
「そう。ようご存知。桂清水のガラス化した桂の幹が、昔砕けたことがあってな。その欠片を保存してたんよ。その中から10個、力の強い欠片を選んで埋めてくれてな。この星の中なら、家から遠くても、私、動けるねん」
「ほう」
「星の中は黒曜も動きやすいらしくて、時々、中をパトロールして結界を調律してくれるんよ」
「調律」
村主さんはブツブツと何かつぶやき始めた。住吉の結界や、黒曜やメノウの効能は、やはり興味深いようだ。
谷地田ファームは、裏手に滝があって断層上にあり、地脈の節でもある。滝の近くに綺麗な湧水池があってホタルの生息地になっていて、黒曜やメノウにとっても快適な場所らしい。谷地田家が代々、馬場を囲むようにソメイヨシノやオオヤマザクラを植えて端正したので、ファームは花見の名所としても有名だ。もちろん桜伝いに桜さんもやって来る。今日は一際背の高いオオヤマザクラの枝で寛ぎながら、馬術競技用の馬達の訓練に付き合っている子供たちを見守っている。
「イリスをどう思う?」
「どう思うって?」
「瑠那と同じや。住吉の血統やないけど、私達に必要な力を持っとる。アカネやアヤメもな。サユリは姉たちよりさらに力が強い」
イリス譲りの少し青みがかった銀の髪を持つアカネとアヤメは、小学校でも居心地悪いらしい。幼女の頃はご近所にもジロジロ見られたりして、ずっと武藤先生のご両親が住んでいる島で子育てしていたのだ。その島には、代々、谷地田の分家が住んでいてファームで高齢になった馬を、自然の中で伸び伸び過ごさせる、老馬ホームを運営していた。双子はそこで、老馬に乗って育ち、馬術の選手を目指すようになったのだ。おそらく島で谷地田家と武藤家に交流があり、武藤先生には住吉の血が少し流れているんだと思われる。そこに東欧の魔女の血を引くイリスの血筋が混ざり、アカネ、アヤメ、サユリで目覚めた、ということらしい。とにかくこの3人娘はホタルが見える。ホタルを使役する。子供の頃から谷地田ファームのイズミと交流するうちに、息をするように自然にホタルに頼まれて地脈の歪みを修理したりするようになってしまったのだ。
「さっちゃん、あんた、村主さんに昔のうなった星の話、してたやろう」
やっぱり。そんな気はしていた。桜さんは、私が村主さんに話したもうない星の物語を聞いていたのだ。
「瑠那やイリスも、“星の子供”やと思う?」
「私はそう思てます。確かめる術はないけど、星には異能者が多かった。地球のあちこちの、いろんな時代に、星の子供は送られた。今、地球にいる異能者は、みんな何か星から来た子供と関係あるんやないかと思てます。みんな、鷹ちゃんや黒曜が守りたかった、大事な子供や」
「ほやね。住吉の守り神が守りたかった子供たちや。私らも大事にしよ」
「私らがあの子達を守ることが、私らを守ることにもなる、きっと」
「ほやね。私もそう思う」
今、桜さんの見た目は私と変わらない歳に見える。祖母と孫娘というより、同じ目的で戦う同志のような気持ちだ。
「さっちゃん、あんた、ええん?」
「何がです?」
「鷹ちゃんが、今どこにおるんかわからんけど、もし帰って来ても、黒曜のとこに行ってまうかもしらんよ?」
私は微笑んだ。もう胸は痛まない。
「そうなって欲しいんです。鷹ちゃんを黒曜に会わせてあげたい。せっかく遠い星から逃げて来たのに、何千年も隔てられてたなんて、辛過ぎる。私、もう、鷹ちゃんにたくさんもらいました。次は黒曜に返す番や」
「そうか」
桜さんも微笑んだ。
「星の子供をみんな救ってやりたいなあ。黒曜をさらってった子も含めて」
良かった。そこが一番、心配だった。黒曜をさらった“敵”を退治して解決、という結末にしたくなかったのだ。おそらく黒曜はそんなこと望んでいない。
「みんなで一緒に幸せになりたいなあ」
桜さんは、馬と一緒になって走り回っている子供たちを見て、眩しそうに微笑んだ。
谷地田ファームの馬場の一部に、馬術訓練用の障害が設置してある。8歳くらいになって競走馬としてレースで勝てなくなった馬は、ここで再訓練して馬術競技用や乗馬用の馬として第二の人生を迎えるのだ。今は、最近このファームに帰って来た、アンタレスとベテルギウスを訓練中だ。調教師の先生に一通りの訓練を受けた後、競技用に貸し出したりすることを考えて、子供たちが順番に乗って、簡単な障害を跳んでいる。アカネちゃんもアヤメちゃんも上手だが、2人より年下のイズミちゃんがより難度の高い障害をこともなげにクリアするので、双子はヒートアップしていた。
「女の子たち、ちょっと休憩しなさい。銀ちゃんにも替わってあげて。銀ちゃん、アンタレスに乗ってみて。れーくん、ベテルギウスはどう?」
「僕で良ければ。乗ってみます」
都ちゃんが声をかけて、乗り手が交替した。私と桜さんがハーブ畑のベンチで子供たちの障害競走を見ていると、工房からイリスと千雨さんが出て来て、観戦に加わった。
れーくんが一つ障害をクリアすると、すぐ後をトンちゃんが同じ障害に挑戦する。選手に年齢差があっても、実際に障害を跳ぶのは馬なので、馬術競技には選手の老若男女はあまり関係ないのだ。アンタレスはベテルギウスを意識しているようで、張り合って跳ぼうとする。だんだん難度の高い障害に挑戦する。観戦する方も熱が入って来る。
ペンションの外のテーブルで、2人の訓練を見物しながらビールを飲んでいた中年男性のグループが、盛んに歓声を上げて応援していた。その中の一人が、なぜそんなものを持っていたのか、大音量でブブゼラを吹いた。そのテーブルから一番近くにいたベテルギウスが驚いて、いななきを上げると後ろ足で立ち上がり、すごい勢いで走り出した。釣られてすぐ傍にいたアンタレスも一緒に走り出した。ベテルギウスはスピードを落とさず馬場を囲う柵に突進すると、躊躇いもせずヒラリと飛び越えた。アンタレスも続いて柵を越えた。昔馴染みの馬に乗っていた都ちゃんは、馬に合図してすぐ2頭を追い始めた。調教師の先生の方を見ると、すぐ先生が曳いていた馬の手綱を私に渡してくださった。すぐ跨いで3人を追い始めた。都ちゃんは2頭の馬を誘導して、障害の少ない牧草地の方へ向かわせようとしていた。
「銀ちゃん、れーくん、大丈夫。とにかく手綱を離さないで。馬はベテランだから、任せれば大丈夫。落ち着いて」
「うん、平気」
「僕も大丈夫です」
すごいスピードで走りながらも、3人とも冷静に手綱を操っているようだ。しかしベテルギウスのパニックが治まらない。目を剥いて口からアブクを吐いている。れーくんがベテルギウスに声をかけているが、耳に入らないようだ。アンタレスは並走しながら、ベテルギウスを落ち着かせようとしているようだ。都ちゃんのスピカと、私が借りたデメテルは、年配の雌馬で、暴走する雄馬をなだめようとしている余裕さえ感じた。ベテルギウスは3頭の馬を引き連れて大きく弧を描いて牧草地を一周すると、障害用の馬場の方に戻り始めた。
「まずい。また柵を越える気だわ」
「仲間のところに戻りたいんだよ」
「れーくん、手綱を引いて。柵を飛ばせちゃダメよ」
「やってみます!」
でも、ベテルギウスの意思は固かった。れーくんの指示を無視してまっすぐに馬場に向かうと、また柵を飛び越えようとジャンプした。でも暴走して疲弊した足で、今度は十分高く跳べなかった。足が引っかかり、ベテルギウスは馬場に倒れ込んだ。
「れーくん!」
「先生! 担架を!」
「頭を揺らさないで! 起こそうとしちゃダメよ!」
落馬したれーくんは、一番近い工房のベッドに運びこまれた。すぐに人間の医者が呼ばれたが、とりあえずちょうどファームに来ていた獣医の先生が診てくれた。
「骨折とかは無いようだけど、打ち身は仕方ないね。とにかく脳波を調べた方がいい」
ベッドの傍で千雨さんが、真っ青な顔で立ち尽くしていた。
「赤ちゃんが……赤ちゃんが……私が投げ飛ばして……床に叩きつけられて……私はまた……私が殺してしまった……」
「殺してないよ! 千雨さん! れーくんは生きてるよ!」
トンちゃんが千雨さんの手を握った。私はこの親子の事情をトンちゃんに話したことあったろうか。
「生きてるよ。生きて、ずっと待ってたんだよ。千雨さんが気づいてくれるのを、待ってたんだよ」
「赤ちゃん……私が……生きてたら今頃……」
「生きてるよ! 千雨さん! れーくんの名前、呼んであげてよ!」
千雨さんが、ベッドのれーくんの手を握った。
「怜吏くん……なの……? 私……いいの? あなたに……触っていいの? そんなこと……許されるの……?」
れーくんが目を開けた。
「許してるよ。もう、ずっと。お母さん」
「怜吏」
そこへ救急車が到着した。千雨さんとイリスが付き添って、れーくんが運ばれて行った。
「きっと大丈夫ですよ。見事に綺麗な受け身を取って落ちましたもん」
都ちゃんが微笑んだ。
「それより良かった。れーくん、お母さんと話せて」
「本当に良かった」
私も微笑み返した。暴走したベテルギウスも、つきあった3頭も無傷だった。本当に良かった。
ペンションの裏では谷地田さんと、屈強なソーセージ工房のお兄さん達が、ブブゼラを鳴らした酔っぱらいをとっちめていた。その一団は今後、出禁になった。
工房の周囲を見回しても、トンちゃんがいない。イズミちゃん達、子供たちの集団の中にもいない。ショッキングなことだったから、心配だった。
あちこち探し回ったら、谷地田家の母屋の庭のブランコに、トンちゃんが座っていた。一家はみな畑や牧場に出ているので、母屋はひっそりしていた。
「トンちゃん」
「サクヤ」
「……大丈夫? トンちゃんもどこか打ったんじゃ……」
「……あのね、サクヤも座らない? 一緒にブランコ、乗ろうよ」
2人乗りの、向かい合って座るゴンドラタイプのブランコだった。私は黙って向かいに座った。トンちゃんは立ってしばらくブランコを漕ぐと、座板に座った。
「トンちゃん……大丈夫?」
「なんか、れーくん見ててさ。俺も、サクヤをちょっと一人占めしたくなってさ」
「トンちゃん……」
「もうすぐ妹が生まれるし、サクヤはキジローのものだし、でもさ、今だけ、俺のものになって。お母さん」
「トンちゃん……そんなにいっぺんにお兄ちゃんにならなくていいんよ? きーちゃんを見て。あんなに大きい身体して、トンちゃんよりよっぽど甘えん坊やん」
「確かに」
「これからも、時々、私を一人占めして?」
「サクヤ、キジローに似て来たんやないの? 甘えん坊がうつったんやろ」
「いいやない」
「ま、いっか」
2人で顔を見合わせて笑った。
「あのさ。1つ、お願いがあるんやけど」
「なあに?」
「トンちゃんて呼ばんで」
「……いいけど、じゃ、何て呼ぶ?」
「都みたいに、銀ちゃんて呼んで」
「ええよ」
また顔を寄せて、2人で笑った。良かった。こんな風に笑い合えて。
「言うの、忘れてた。サクヤ、結婚おめでとう。妹のことも、おめでとう。俺、絶対可愛がるよ」
「うん。ありがとう、銀ちゃん」
「そろそろ昼ご飯かな。留美子さんが、サクヤの好きなそら豆のポタージュ作ってたよ。それと白カブのサラダ風浅漬け」
「銀ちゃんもきーちゃんに似て来たんやない」
「ええー、どこが」
トンちゃんが大袈裟にイヤそうな顔をした。
「そうやって献立を言うところ」
「ええー、そうかなあ?」
2人で笑い合いながら、バーベキューテーブルのあるペンションに向かった。
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