白い花の唄

笛吹カトリ(karicobo)の日記、一次創作SF小説『神隠しの惑星』と『星の杜観察日記』のブログです。

朱い瞳の魔法使い (その8)

2024年09月13日 13時41分54秒 | 星の杜観察日記
 バーベキューのためにペンションのピクニックテーブルに集まっていた一同に朗報がもたらされた。れーくんの病院に同行していた、側近のアリッシュさんから谷地田さんに電話があったのだ。
「怜吏くん、脳波異常ないし、意識もはっきりしてるそうだ。まだ午後にいくつか検査して、念のために今夜は病院に泊まるらしい。千雨さんが付き添うから、イリスさんはこっちに戻ってくるって」
「あら。じゃあ、私、車でイリスさん迎えに行くわ。れーくんの顔見たいし」
 留美子さんが申し出た。
「あの……僕も一緒に病院行っていい? 明日は住吉に帰るし、そしたら次、いつ会うかわかんないし」
 トンちゃんがお見舞いに行くと言い出した。なら、私も行こう。
「あれ。ほしたら私もご一緒してええやろか。私も明日帰ってまうし」
「いいですよ。アリさんはどうするのかな」
「怜吏くんが泊まりなら、アリさんも泊まりだろう」
 アリさんというのは、アリッシュさんのことらしい。
 乗馬服で病院に行くのも憚られるので、乗馬クラブの更衣室で着替えて行くことにした。ガーデンパーティーのブライドメイド達とお揃いで、自分と瑠那用に縫った草木染のワンピースだ。
 更衣室から出て来ると、クラブのラウンジで村主さんが座っていた。指でくいっと私を招く。予感はしていた。私に話があるらしい。
「どっちだ?」
「どっち?」
「御曹司が地面に落ちる瞬間、一瞬止まっただろう。ジト目の姉ちゃんと住吉の惣領息子、どっちがやった?」
 私はため息をついた。魔法使いは誤魔化せない。
「多分、両方。そして2人とも無意識です。れーくんの後ろを走りながら、2人ともれーくんにシールドをかけていた。サイキックの力は都ちゃんの方が強いけど、多分トンちゃんも力を貸してたと思う」
「やれやれ」
 村主さんは、ラウンジのデザイナー物のチェアーにどさっと身体を預けた。こんなだらしない格好をしていても、絵になっている。ラウンジの他のお客さんがチラチラ視線を送っていた。
「言っちゃあ悪いが、瑠那の実家は爆弾だらけだな」
「村主さんのことも、巻き込んでしまうなあ」
「巻き込まれついでに、もうひとつ聞いておく。白水龍神教会ってのは、ぶっ潰しちまって構わないか?」
 さすが魔法使い。目が早い。
「構いませんが、潰さないでください。あんな人たちだけど親戚ですし」
「なぜだ。あんなインチキ集団、迷惑なだけだろう」
「かなり迷惑ですけど、必要としている人もいるんでしょう。要は私たちに手出ししないでくれればいいんです」
「お姉さん、あんた、けっこう悪だねえ」
「もちろんです。家族を守るためなら、何だってします」
 きっぱり言った。口に出してみて腹が据わった。
「気に入った。住吉に二度と手出しする気にならない程度に“懲らしめて”やろう」
「住吉と、それとれーくんのことも守ってください」
「逆じゃあないのか?」
「逆?」
「あいつはこのファームのことが気に入ってる。何頭かの馬主になる気でいるぜ?」
「まあ。……でも、れーくんと千雨さんを支えるのに、味方は多い方がいいと思うんです」
「そりゃ、お互い様だろう。ま、いいさ。退屈しなさそうだ
「それは、住吉の面倒を引き受けてくださる、という意味だと受け取ってええですか?」
 村主さんは、ほとんど凶悪と言ってもいいような迫力のある、綺麗な笑みを見せた。
「面倒がイヤなら、結婚相手に瑠那を選ぶと思うか?」
「……ありがとう!」
 この魔法使いが味方で、本当に良かった。
「れーくんのお見舞いに行って来ます。何か伝言ありますか?」
「株価に影響出ない程度にのんびりママに甘えてこい、と伝えてくれ」
「ええ! ありがとう。行って来ます!」
 やっと確信が持てた。この義弟は、温かい、思いやりのある男性だわ。本人にそう言うと否定するだろうけど。私は留美子さんとトンちゃんが待っている、谷地田の母屋に走った。……いけない。銀ちゃんって呼ばなくちゃ。
 ファーム名物の卵プリンを持って、れーくんのお見舞いに行った。アリッシュさんは、病室の床に寝袋で寝ると言い出して、母子に迷惑がられていた。村主さんの伝言を伝えると、れーくんはかなり長い間顔をシーツに隠してクスクス笑っていた。それから私を手招きして枕元に呼ぶと、ひそっと言った。
「ね、おわかりでしょう。わかりにくいけど、いい人なんです」
「そのコメントも伝言しましょうか?」
「内緒にしといてください」

 銀ちゃんとれーくんは、2人でくすくす内緒話をして、かなり長いこと話し込んでいた。いつの間にこんなに仲良くなっていたんだろう。ちょっと前まで銀ちゃんのことなら何だってわかってるつもりだったのに。もう銀ちゃんには銀ちゃんの世界があるんだわ、と実感した。
「子供って、いきなり大きくなっちゃうんですねえ」
 千雨さんと2人、しみじみ感慨に耽った。
「そうでもないぞ。身体ばっかり大きくなっても、中身は意外と赤ん坊だったりする」
「そうそう、3つ子の魂100まで。地続きなんですよ。私らだって、自分の中に子供の頃のキモチっての? 残ってたりするし」
「だから、やり直せる。いくつになっても」
「そうですね。本当に」
 母親4人。しみじみ語り合ってしまった。留美子さんなど、輪くんの上に、水脈ちゃんと御池ちゃんという姉妹がいて、4人の母なのだ。年季が入っている。
「さ、そろそろれーくんにお昼寝させてあげましょう。また、ファームで会えるでしょう?」
「また来ます」
「またね」
 子供たちはLINE交換したらしい。今の子供にはいろんなコミュニケーションがあるんだな。楽しそうだ。病室で別れて、留美子さんの車でファームに戻る道中も、銀ちゃんはずっとれーくんとLINEでやり取りしてクスクス笑っていた。いいお友達になったみたい。
「れーくん、住吉にも遊びに来たいって。猫見たいんだってさ」
「うち、ちょっとたくさん猫おり過ぎやないやろか」
「都に頼んで、全部集合させたら驚くやろな」
 たぶん50匹は下らないと思う。
「鶏も、うちのを見たらびっくりするよね」
「うち、シカもサルもタヌキもおるしね」
 そんな動物よりも、桜さんやホタルたち、メノウや黒曜に会ったら、びっくりどころでは済まないだろう。銀ちゃんは、多分まだ、自分の異能や外見で、本格的に人に拒絶されたことがない。これから銀ちゃんの世界が広がって、傷つくこともあるだろう。世界を壊してしまいたくなるようなことも、起こるかもしれない。都ちゃんと銀ちゃん。未来はこの2人の肩にかかっている。この2人がいつまでも、この世界を愛していてくれますように。私たちは、傍で見守ることしか出来ない。

 ファームとお豆腐屋さんで過ごした休日が終わって、住吉での日常が戻って来た。都ちゃんも弓道部の合宿があると言って、関東に帰った。
 村主さんに住吉での生活を案内するツアーの最終段階として、一緒に参道の商店街を回ることにした。参道は神社の西に伸びている。
「お彼岸には、参道から見るとちょうど神社の鳥居の向こうからお日様が上るんです」
「太陽崇拝か。わかりやすい民衆支配だな」
「まあ、ここに住吉が出来る前から、この丘は湧水が美味しいって大事にされてたらしいですけどね」
「だからここは、住吉神社やら言うより、黒曜神社て呼ぶべきよ」
 私のガイドに、桜さんが付け加えた。
「お祖母様。ほんまに私らと商店街行かはるつもりです?」
「ほうやけど。悪い?」
「悪くはないですけど」
「そうそう。赤信号、みんなで渡れば怖くない」
 メノウと黒曜までついて来てしまった。黒曜は、神社を出るとなかなかチューニングが合わないので、黙ってニコニコしているだけである。しかし桜さんがいると、この2人がはっきり見えるというべきか、この2人がいると桜さんがクッキリすると言うべきか、とにかく互いに共鳴して、ますます無敵になってしまう。この参道沿いに住む人々は、特に桂清水をよく飲む人達は、住吉の水脈の影響を日々受けていて、ホタルや桜さん達が見える人も多いのだ。最近は、桜さんを見ると恋愛成就するなどという勝手な信仰が起こっていて、キャラクターのように親しまれてしまっている。桜さん饅頭とか桜さんクッキーが売れているらしく頭が痛い。メノウと黒曜が見える人もいるようだ。赤さん黒さん、と呼ばれている。さらに頭が痛い。

 骨董屋さんに行くと、シズクさんが水出し煎茶と水饅頭でもてなしてくれた。月城さんちの豊くんを見て、村主さんが「御曹司のミニバージョンみたいだな」とコメントした。確かにこの世間離れした透明感はよく似ている。骨董屋さんには不思議な住人がたくさんいるのだが、その全てをスキャンしているとオーバーフローを起こすそうで、村主さんは「今回はその黒いのを桂に放り込んだヤツだけ、絞って観測しとく」と言っていた。そう言いながら、スネコスリのすーちゃんの足元攻撃も、ムニちゃんの頭上からの攻撃もあっさり躱しているのがスゴい。瑠那も住吉に来て以来、桜さんの御使いで頻繁に通っていたので、住人たちのイタズラを躱すのはお手の物である。
「ほんま、良かったなあ。無事こうして帰ってこれて、綺麗な旦那はん、連れて来れて」
 シズクさんがニコニコしている。今日も春の小川のように、明るい水色の空気をまとっている。村主さんは私とシズクさんと黒曜を見比べて、「あんたら、3人、よく似てるな」とコメントした。私たちはお互いに見つめあって首をかしげた。「ほうかなあ?」
「うわっ。そういうとこがそっくりよ、あなた達」
 瑠那が結論付けた。
「まあ、3人とも水繋がり、という感じやろか?」
「黒ちゃんとさっちゃんは双子みたいなもんやしなあ?」
 黒曜は黙ってニコニコしている。
「でもまあ、良かったわよね。黒ちゃんが落ちて来た時、シズクさんが居合わせてくれて」
 瑠那がそう言った時、シズクさんが目配せして口に人差し指を当てた。豊くんがどの程度、シズクさんの事情を知っているのか、私たちはわからない。でも両親が不在勝ちな8歳の男の子には、必要なものがあるだろう。
「シズクちゃん、気ぃつけてや」
 桜さんが、豊くんに聞こえないように声を潜めた。
「鏡ちゃんも黒ちゃんも、攫われてもうた。次の標的はシズクちゃんかも知らんで?」
「標的」
 シズクさんがふんわり首をかしげた。
「なんか、“敵さん”がおるような話し方やけど、ホントにその子、“敵さん”ですのん?」
 シズクさんはまっすぐに黒曜を見つめた。黒曜は何も答えず、目を伏せた。
「こっちは敵のつもりじゃなくても、向こうが向かって来たら、それなりに対応しないとな。シズク、覚悟はしといた方がいいぞ」
 鏡ちゃんも声を潜めた。
「俺たちはみんな弱点を抱えてる。“守りたいもの”を持ってると、そこが弱みになるんだ」
「ほやなあ。私はゆーちゃん守れるなら、別に私はどうなってもええんやけどなあ。もう充分長くこうしとるし」
「バカ。お前が豊を守ってどうにかなったと考えてみろ。残された豊がどんな気持ちになると思う? お前はな、豊のために自分を大事にしろよ。いいな?」
「ほうやねえ。鏡ちゃん、ありがとう」
 シズクさんが、ふんわり笑った。黒曜の恩人の、この元・泉の精が桂清水の水脈が流れる扇状地の裾野を守ってくれているおかげで、住吉神社の杜を包む結界が安定しているのだ。メノウの宝珠が散逸して、黒曜が攫われた今、シズクさんは最後の砦だ。もしシズクさんにまで万が一のことがあったら? ぞっとして、私は思わず両腕で自分の身体を抱き締めた。
「大丈夫」
 シズクさんはふんわり笑う。
「大丈夫やよ。さっちゃんも、瑠那ちゃんも、大丈夫。強〜い味方がやって来るんやろ? 来年の早春に2人も」
 シズクさんは右手で私の、左手で瑠那の手を取った。
「きっと、強くてええ娘たちや。みんなを守ってくれる。それに、ほら、今こうしてえらい強うて綺麗で優しい味方さんがおいでるやないの」
 そう言ってシズクさんは、村主さんの方に軽く首をかしげて、ふんわり笑った。
「綺麗」
「優しい」
 誰がどのコメントを言ったのか、言及は避けよう。でも私もシズクさんと同意見だ。
「ふん」
 村主さんは、毎度のように鼻を鳴らした。私はシズクさんと顔を見合わせてクスクス笑った。
「村主さん、いつでもうちの店、おいでください。私のわかることなら、何でもお答えします」
「そうさせてもらおうか」
 脅しているようなセリフだが、村主さんとしては精一杯の誠実なレスポンスなのだ。そしてその誠意はちゃんとシズクさんに伝わっているようだ。

 参道を通って住吉の鳥居まで戻って来ると、いつものようにセコムの鶏たちが集まって来た。雄鶏はすでに村主さんを、家族と認識している。歓迎するように、群れは道を開けた。黒曜を囲む蝶と小鳥の群れが、村主さんの周りをまとわりつく。
「この前、北の階段を上がる時、踊り場で視界が歪んだんだが」
 村主さんが質問した。
「ああ、あそこ、タラちゃんがいるのよ。でも都じゃないと起こせないらしいの。きーちゃんが頑張ってるけど、答えてくれないんだって」
「タラちゃん?」
「都ちゃんは、タタラて言うてたと思うけど」
「一本ダタラとか、ああいう類か?」
「さあ。詳しいことはのんちゃんか、母に聞いてみないと」
「は。まあ、まだまだ退屈しそうにないな。瑠那、お前の実家はびっくり箱だな」
「何それ。褒めてんの?」
「退屈するよりずっといい」
 村主さんが愉快そうだ。そんな村主さんを、メノウも黒曜も面白そうに眺めている。
「さっちゃんも瑠那も、いい婿さん、もらったね」
 住吉の女主人が満足そうに、呟いた。さすが恋愛の守護神。霊験あらたかだ。


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