家族のものは、みんなすぐに桜さんの新しい姿に慣れてしまった。幽霊と呼ぶには元気過ぎるので、ホタルの一種という感じで受け入れた。生花のエネルギーを吸収して生きているようなので、その気になれば人間の生気だって吸えそうである。お酒やお茶、ジュースなどを味わうことが出来るらしい。丹生神社の拝殿で前より頻繁にお茶会が開かれるようになり、そのための設備が着々と充実していった。以前よりもっと楽にメノウや黒曜と話せるようになったらしく、私たちは桜さんを介して2人の精霊の託宣を受け取れるようになった。シズクさんの骨董屋さんを拠点に参道の商店街も自由に徘徊しているようだ。花屋さんや八百屋さんが、仏壇や神棚とは別に、桜さんのコーナーを設けて、お供えものを置いたりしているそうだ。すると、勝手に桜さんのオススメだから、とその商品が売れたりして、商売に貢献したりしているらしい。
一番良かったのは、桜さんがもう結界に引き裂かれる身体の苦痛から解放されたということだ。柱の役を私に譲ったとはいえ、長年のお役目の負担で臓器が弱っていた。今は解放されて生き生きしている。それと、お祖母様の姿が若返ったので、何だか前より話しやすくなった。葵さんなどは、生前よりよっぽど桜さんと話している。
瑠那が帰国して、村主さんが来日した直後、都ちゃんが京都にやって来た。瑠那が幸せな様子に安心したと同時に、新婚夫婦の仲睦まじさに中てられたようだ。そして住吉にも顔を出した。そこで今を盛りに咲いている木槿の花をパクついている桜さんに会った。口をあんぐり開けて、ろくに言葉が出て来ない様子で母屋にやって来ると、出迎えに出た私の顔を見て、背後の桜さんを指差した。
「お祖母様。都ちゃん、驚いとるやないの。ちゃんと説明したらんと」
「ちゃんとも何も、ちゃんとしとったら幽霊にやらならへんやろ。それより、ゆかちゃんの荷物、出したってや」
「ほやほや。神奈川に送ろう思てたけど、せっかく来たんやから、すぐ着てもらお」
「着る?」
呆気に取られている都ちゃんを、桜さんの部屋に引っ張り込む。都ちゃんはいつも、そのまま山登り出来そうな服装をしている。大学生になったら変わるかな、と思ったけど、大学デビューなんて風物詩と無縁の生活をしているようで、校則が厳しかった高校時代と変わらないファッションに、ノーメイク。それがとても似合っている。カーキやベージュを基調に、基本ダークなアースカラーや白、黒、グレーを上手に合わせて、自然に溶け込む色合いだ。サファリジャケットやゴアテックスのパーカが基本ファッション。足元はスニーカーかトレッキングシューズ。でも私は、都ちゃんは本当はもっと、女の子っぽい服も着てみたいんじゃないかとずっと思っていた。なんとなく、私に遠慮して中性っぽい地味な服に、身をやつしてるんじゃないかって。都ちゃんは、私が住吉から半径5キロ範囲しか動けないこととか、お肉やチョコレートが食べられないことについて、申し訳なく思って遠慮している節があるのだ。咲さんなどは、例によってやや装飾過剰なワンピースなどを勧めて、都ちゃんに怯えられてしまっている。ここは、ファッションライターの紫さんの出番だ。
いつの間にか和室から外に出て行った桜さんが、瑠那を連れて来た。
「あんたがおった方が、都もリラックスするやろ」
「リラックスて、何するつもりです?」
瑠那も事情が飲み込めていない。先生に、しばらく男性陣が入らないように襖の外で見張りをしてもらった。ドンちゃんも廊下で待機している。
桜さんは私に命じて、紫さんから届いた段ボール箱を開けさせた。中から色とりどりの衣類と、紫さんのメモが出て来た。
「都。あんたいつも、サバンナかアマゾン行くような格好やろ。そんな保護色ばっかり着らんでも、少うし花の色も着たらええやん」
桜さんはまず、抹茶のグリーンの薄手のブラウスを都ちゃんに当てた。白で手描きのような曲線が縦に入っていて、小さな葉っぱ模様が散っている。
「あんた、自分が太っとると思てんやろ。そんなことないない。柔らこうて、可愛いやん。こういう濃い色やったら引き締まって見えるし。ほら、着てみ」
グリーンのブラウスは、都ちゃんが今日着ていた、淡い青のジーンズと、サンドベージュのサファリシャツにぴったりだった。次に共布のスカート。
「でも私、スカートなんてもう何年も、喪服しか着てないし」
「ええ、ええ。たまにはスカートぐらい履いたらええやん。ガッコのロッカーに替えのパンツでも1本、置いといたらええやろ。急に山登りてなったら、着替えればええんや。この色やったらチャラチャラして見えんし、あんた、お祓いとか行くんやろ。こういう落ち着いた格好してたら、相手も安心しはるて」
桜さんに押し切られて、上下セットアップのグリーンを着ると、とても似合っていた。
「都ちゃん。すごい。シックだけど地味過ぎないし、なんというか、都ちゃんの個性に合ってる」
瑠那も褒め方が上手い。瑠那の言葉だと、都ちゃんも素直に受け入れるらしい。さらに桜さんは、白にシワ加工したTシャツを出した。
「ほら、同じスカートでも、上を白にすると軽く見えるやろ。そんで、この白に、今度は下をこれにしてみ」
白いシャツに焦茶のくるぶし丈のプリーツスカートを合わせると、これまたとても似合っていた。サファリシャツとも合っている。
「こういうスカートなら、足元がゴッツい靴でも、おかしないよ」
そういいながら、首元にシルクの青紫のストールをひねりながら巻いた。
「この澄んだ色は、日本人で似合う人、なかなかおらんよ。都の肌色によう映える。都忘れの花の色や」
呆気に取られた都ちゃんが、呆然としてる間に、桜さんは先生とドンちゃんを迎え入れた。さらにトンちゃんも捕まえて来た。3人とも拍手して、都を褒めた。でも都ちゃんは、いつまでも呆然としている。
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