以前、このブログで能登道子さんのことを書いたことがある。
あがた森魚さんの「永遠の遠国」に収録された「むらさきの山」という曲の作者が能登さんで、その曲があまりに素晴らしいので、彼女の他の曲も聴いてみたい、だがLPはすぐ廃盤になってしまったし、CDでは復刻されていないし、今は聴くすべがないのが残念・・という内容の記事だった。
そうしたら・・・その記事が、なんと!
能登さんのアルバムをプロデュースした方の目にとまった。
その方、南川泰三さんが、私が能登さんについて書いた記事を読み、連絡を下さったのだ。
で、・・なんと! 能登さんの音源を聴くことができた。
それは、70年代後半に能登さんの特集をラジオでやった時の音源で、アルバム全曲と未発表音源までもが収録されていた。
なんという展開。
自分が能登さんについて書いた記事が、能登さんのアルバムをプロデュースした方の目にとまるとは!
こんな展開になるとは・・・。ネットをやっててよかったと思うのは、こんな時だ。
で、その音源を早速聴いてみると・・。
その音源の中では、能登さんの色んなことが語られており、非常に興味深かった。
また、能登さん本人(!)への電話インタビューなどもあった。
で、彼女に関する、色んなことが分かった。
彼女は、学生時代は劇団に入っていたということ。
シンガーソングライターとしてデビューしたが、プロの世界は彼女にとってどうしてもなじめないものであったらしい・・ということ。
だから、すぐにプロをやめてしまったということ。
それゆえ、彼女のアルバムは、たった1枚しか存在していないということ。
そのアルバムは、発売当初は全く売れなかったということ(500枚しか売れなかったとか・・)。
売れなかったわりには、彼女の歌に惚れ込んだラジオ・パーソナリティはけっこういたということ。
70年代後半、彼女の歌を愛するラジオ・パーソナリティが、ラジオ深夜放送で彼女の曲を流すと反響がすごくて、廃盤になったアルバムが再発されたことがあったようだ。
が、彼女は、頑なまでに復帰は拒んだ。
彼女の電話インタビューでは、そのへんの心境が素直に語られていた。
復帰する気はない・・という意思は、相当明快で、しかも固いものがあった。それはむしろ拒絶に近いものがあった。
歌を作って、歌う・・ということに対して、人一倍ピュアだったのだろう。その姿勢は、清々しさすら、ある。
そのラジオ番組では、1週間にわたり能登さんの特集を組んだようで、アルバムに収録された全曲が流された。
そこで流された彼女の曲を聴いた感想などを書いてみたい。
山崎ハコさんや中島みゆきさんの音楽が好きな人なら、すぐにハマってしまうかもしれない。
とはいえ、能登さんのデビューは72年だというから、決してハコさんやみゆきさんに影響をうけたわけではない。
むしろ、ハコさんやみゆきさんよりも数年先輩にあたる。72年当時で、すでにこういう音楽性を持っていたということになる。
案外、ハコさんやみゆきさんも、能登さんの音楽から刺激を受けた可能性もある・・そんな見方をしてみたくなる。
まあ、能登さんは無名だったから、ハコさんやみゆきさんも能登さんのことは知らなかった可能性は高いけどね。
能登さんの楽曲には短調の曲が多い。歌詞の内容はけっこう暗め。
だが、単に暗いという言葉だけでは表現しきれない深さや斬新さがある。ストレートな思いがリスナーの心に突き刺さってくるかと思えば、暗示的な歌詞でリスナーのイマジネーションを刺激してやまない要素もある。
また、元「劇団員」だった「それらしい曲」もある。
季節はずれの雪女のことを歌った曲では、雪女のセリフがでてくる。
歌い手が雪女を演じているのだ。
新宿三丁目のゴルフ場の近くや、青山墓地の近くや、渋谷道玄坂の近くに現れる「季節はずれの雪女」・・・こんな題材や表現・比喩の歌を歌えるシンガーソングライターは、能登さんくらいなもんだったろう。
曲の発想がスゴイが、それを歌えて、なおかつアルバムに収録してしまう感性もただ者ではない。
その他「少年が走ってゆく」「あと3センチ」「カラス笑えよ」「むらさきの山」などなど、印象に残る曲が多い。
なんというか・・心にひっかかり、聞き流せない。彼女の歌は、そんな力があるのだ。
瑞々しい感性が様々な衣をまとったり、すっぴんだったりで音源の中で躍動している。
全体的に、彼女の曲は、短調の曲の良さこそが「真骨頂」な気がする。
陰りのある歌声が、短調のメロディによくハマる。
そのメロディには、今では懐かしくも新鮮な「昭和歌謡」の匂いもする。アレンジにも「昭和歌謡」の匂いを感じる箇所があるのは、このアルバムが製作された時代のせいか。
また、アングラ系劇団の匂いもする。
今、こういうシンガーソングライターって・・・中々いないよ。
レコードに収録されなかった曲もまたいい。
「青いリンゴ」という曲など、どうして収録されなかったのか不思議なくらいだ。
また、彼女が芝居に出演して、劇中歌を歌った時の曲がまたいい。
その劇中歌は、ちょっと「ドナドナ」を彷彿とさせる曲で、心にしみ込む感じだ。独特の哀感。
若い女性が日々の色んな出来事のなかで感じる寂しさや苦悩などが、彼女の歌には斬新な表現や感性で込められている。
時々、生々しい言葉があるので、よけいに、だ。
中には、今では放送禁止用語になってる、きつい言葉もあったりする。
能登さんがプロの世界から忽然と姿を消して、もう30年以上たつ。
世の中の状況は、変わらぬものもあれば、変ったものもあるだろう。音楽をとりまく状況ってのも、当時から比べたら変わってきている部分もある。
彼女も・・・もう今なら、デビュー当時の色んなしがらみからも解放されているのではないだろうか・・と思いたい私がここにいる。
年月が過ぎ去った今の時代だからこそ、ふとどこかで、小さなお店で、彼女の歌を愛する少人数のファンの前で、歌ってもらうことはできないだろうか。
小さなお店であればあるほどいいような気がする。
たとえば、アパートの一室みたいな小さなお店とかね。
そう、彼女が若い頃に、アパートの中の自室で自分自身のために歌を作って歌っていたのとあまり変わらないようなシチュエーションで。
そう、それは誰のためでもない、彼女自身のためであってかまわない。
少人数のファンが、それを勝手に聴いている・・そんな感じで。
で、その中に、私も・・いたい。
「むらさきの山」という名曲などは、時代を超越してる素晴らしさがあると思うので、このまま埋もれさせておくには・・・あまりに惜しいと思う。
彼女が歌わないなら・・・この名曲を、ヘタな私が歌ってしまうことになる危険性がある(笑)。
それは・・彼女の曲を、私のまわりの少人数の人にだけでも、私は伝えたいからだ。
良い曲は、ヒットしたかしなかったかというのはさして問題にならないことがある。
いえるのは、良い曲は・・人の心をうつ曲は、伝えられて残っていく権利や使命が・・あるということ。
その歌に救われる人だっているのかもしれないのだから。
能登道子さん。
思った通り、在野に散ってしまうのがもったいない・・そんな才能を持ったシンガーソングライターだった。
彼女が音楽活動を続けていたら、その後どんな存在になっただろう。
きっと、歌を演じられるシンガーソングライターになっていっただろう。
きっと・・・出て来るのが早過ぎたんだろうね。そうとでも思わなきゃ、惜しすぎる。
せめて、中島みゆきさんや山崎ハコさん、そしてユーミンさんあたりが出て、女性シンガーソングライターが一般的になった時代に現れていたら、どうだったであろう。
・・やはり能登さんは、出て来るのが・・少なくても数年は早過ぎた・・としか思えない。
なぜなら、「能登道子」というシンガーソングライターが残した楽曲が、・・こんなに良いからだ。
そう・・・ほら、今も。
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