今は亡きりりィさんが17歳の時に初めて作った歌、それがこの「愛」という歌である。
これまで何度か書いてきているが、私はあまり女性歌手には熱中しなかった。だが、数少ない例外もあり、その例外の1人が、りりィさんだった。
最初は・・すいません、顔・・容姿から入りました(笑)。
だが、それだけだったら、ファン歴は私は長くは続かなかったかもしれない。
すぐ浮気して、別の女性シンガーに気移りしたかもしれない。
だが、りりィさんには、容姿以外に、それ以上の魅力があった。だから私のファン歴は続いて行ったのだろう。
例えば、あの声がよかった。
また、女性がベースを弾きながら歌う姿も、かっこよかった(当時のりりィさんは、ベースを弾きながら歌っていたこともあったので、、「和製スージー・クアトロ」みたいな比喩をされたこともあったが、音楽性はクアトロとは全然違っていた)。
そして、全体的に、ちょっとやさぐれたような、物憂いムードにも惹かれた。
魅力のかたまりに思えた。
そんな色んな要素があり、私はりりィさんのファンになり、シングル、LPを買い、しまいには彼女が書いた著書も買って、読みふけった。
その著書のタイトルは「りりィのおくりもの」という本で、エッセイ、イラスト、写真などが収められた、上質の紙の本だった。ページ数は少なかったけど(笑)。
で、その本の中に、この歌も紹介されていた・・・と思う。
りりィさんのそれまでの生い立ちを知った上で、この曲の歌詞を読むと、切なくて仕方なかった。
最初歌詞を知り、その後この曲を実際に聴くと、歌詞から感じた通りの物悲しいメロディがついており、さらに彼女の独特のあのかすれ声が、この曲のインパクトをさらに強くした。
静かで、決して派手な曲ではないのに。
彼女は父親がアメリカ人、母親が日本人だったから、いわゆるハーフ。
父親は彼女が生まれる前に朝鮮戦争で亡くなり、母は彼女が17歳の時に亡くなったらしい。
この「愛」という曲は彼女が17歳の頃に作った歌だというから、母親が亡くなって、出来た曲だったのであろうことは、歌詞の内容からも容易に想像できる。
音楽関係の人が初めてりりィに出会った時は、りりィは笑顔というものがない女の子だったらしい。ヒッピーみたいな生活を送っていたらしい。
彼女が醸し出していた「やさぐれた雰囲気」は、決して作られたものではなく、本物だったということだろう。
ともあれ彼女は、多感な17歳の頃に両親がいなくなり、孤独な生活を送っていたことになる。
そんなバックボーンから生まれたこの曲は、暗いといえば暗い。
だが、孤独な少女の悲しみが、痛いほど伝わってくる、切ない曲であった。
歌詞がストレートで、17歳の少女が悲しみや孤独感の中で見て感じたものが飾り気なく綴られていた。物悲しい旋律に乗せられて。
それだけに、私の胸を打った。直撃だった。
りりィさんといえば、最も有名な曲は何といっても「私は泣いています」であろう。
名刺代わりの曲でもあるだろう。
その他には「心が痛い」という曲も名曲。個人的には「水の音」という曲も好きだった覚えがある。
初期の頃のりりィさんは孤独感のある曲が多かったかもしれないが、やがて「オレンジ村から春へ」などの比較的明るいムードの曲も生まれ、その曲は確かCMでも使われたような気もする。
そういう曲を耳にすると、りりィさんは十代の頃の孤独な環境を抜け、その後穏やかな私生活環境を手にいれたのかな・・などと私は勝手に推測し、「よかったね」などと遠くから思っていたのを覚えている。少なくても、デビュー前の彼女の状況よりは良い環境を。
ちなみに前述の「りりィのおくりもの」という本には、当時の彼女がよく聴いていた音楽はハードなロックが多いと書かれていた。
当時の彼女のお気に入りだったバンドとして、オールマンブラザーズバンドの名前があげられていた。
オールマンブラザーズバンドといえば、あのデュアン・オールマンがいた、アメリカのブルースロックバンド。
ジャンルとしては、サザンロック。
私はエリック・クラプトンの影響でデュアンには元々興味を持っていたし、当然オールマンブラザーズも気になっていたが、当時のりりィさんのお気に入りバンドとしてオールマンブラザーズの名前が「りりィのおくりもの」にあげられていたことは、私がオールマンブラザーズのアルバムを実際に買い集めるきっかけのひとつにもなった。
また、その著書には、「りりィはアメリカで歌いたい。りりィの半分は歌なんだ。」と書かれた箇所もあったように私は覚えているが、記憶違いだったら、ごめんなざい。
りりィさんは、女優としても活躍されていたし、息子さんがドリカムの吉田美和さんと結婚したことで、吉田美和さんの義母にあたる・・ということでも近年は知られていたことだろう。
りりィさんの息子さんが、ドリカムの吉田美和さんと結婚した時は、私はかなりびっくりしたのを覚えている。
そんなリリィさんの訃報が届いたのは2016年の11月だった。
享年64歳だったそうな。
その訃報を耳にした時、私は相当な衝撃を受けた。
私にとっては、自分がファンになった数少ない女性シンガーの訃報であったし、自分のお気に入りの男性シンガーの訃報とはまた少し違った感覚があった。
私がりりィさんのファンになった最初のきっかけが、その「容姿」であったせいもあり、なんというか・・・私にとっては昔好きだった女の子の訃報が届いたような感覚に近い思いを持った覚えがある。
こればかりは、男性シンガーの訃報には私が持ち得ない感覚だった。
当時そのことについて、このブログで何か日記を書こうとも思ったが、なぜか書けなかった。
まるで十代の頃の自分の一部が消滅してしまったような気分になり、書き始めるととりとめがなくなりそうだった。
ただただ悲しく、寂しかった。
64年の生涯・・もっと長く活躍できたであろうに・・。
十代の頃、孤独な状況の中で「愛」という歌を作り、「私は泣いています」でブレイクし、女優業などもこなし、その後再婚した後に、子育てのためであろう活動休止をして。
で、子育てがひと段落した頃、芸能活動再開。
晩年は男性ギタリストと小編成のユニットで、アコースティックなライブ活動を地道にされていたようだ。
やがて息子が、スーパー級の女性シンガーと結婚し、あらためて大きな話題になり、最後は肺がんで他界・・・。
「愛」という孤独で悲しい歌で始まった、りりィさんの音楽面での創作活動は、彼女にとってどんなものであったろう。
幸せな音楽活動であったのだろうか。
ファンとしては、その音楽活動が彼女にとって幸せなものであったことを願ってやまない。
「愛」。
それは多感な十代の女の子が、悲しみの環境と孤独感の中で初めて作った、切ない歌。
聴いてて、孤独感や悲しみがリスナーによく伝わってくる歌。
十代の頃のりりィさんの悲しみが、形となって残されている曲。
孤独なりりィさんが・・十代の女の子が、そこにいた。
それは64年の人生の途中。
https://www.youtube.com/watch?v=9S0ehLVeCQo
長い時間がかかってしまったけど、やっと、、、りりィさんの他界に関する日記を書くことができた。
書こう、書きたい、、ずっとそう思ってたが、なかなか気持ちの整理がつかなかった。
その結果、訃報を知ってから、この日記を投稿するまでに長い時間がかかってしまった、、、、。
だんぞうさんにとって、「初恋の女の子」なら、こういう記事は大変書きにくいですよね。
さて、りりぃさん「愛」は、彼女が何故このような悲しみに満ちた楽曲を作ったのか?
本当に悲しい声で、今まで聴いてきた楽曲には全く無い迫力を第一に感じました。
その理由は、あまりにも悲しい生い立ちが由来していたのですね。
しかし、逆風に負けず、一時代を築いたミュージシャンとして大成したことは、私も見習わなければ!!
いや、書きにくくはなかったですよ。
容姿から入ったとはいえ、憧れはありましたが、リアルな恋愛感情とはまたちょっと違う感じで、まさに「ファン」という感じでした。
この曲には当時の彼女の境遇が色濃く反映されてる気がします。
寂しく悲しい曲ですよね、、、。
鮎川さんも負けずに頑張ってくださいね。
でした。
https://youtu.be/5gfJTaqTXTw
もう何度聴いたことか・・・。
それ以前の曲はこんな悲しく孤独な曲もあったんですね。
りりィさん、オールマンブラザーズバンドが好きだったんですね。
ボブ・ディランが作詞、作曲して、ザ・バンドが歌ったこの曲、「I Shall Be Released」りりィさんの歌声、すごくいいです。
https://youtu.be/V-EFzoYoVZw
いろんな人がカバーしてますが、心に沁みます・・・。
「私は泣いています」でブレイクした後にでたシングルで、勢いに乗ってた頃のせいか、メロディやサウンドは割と明るい雰囲気を持った曲でした。
「愛」は、聞いてると辛くなるような悲しい曲でした・・。
「アイシャルビーリリースト」は、ディラン自身もよく歌う、ディランの代表曲のひとつ。
リリィさんのバージョンも聞いたことはありますが、自宅で聴ける時にまた聴き直してみます。