ウタヒ本調子~\凡(およそ)千年の鶴は、万歳楽(まんざいらく) とうたうたり、また万代(ばんだい)の池の亀の甲(こう)は、 三曲にまがりて、 廓(くるわ)を露(あら)わさず合新玉(あらたま)の合
【詞章】 御祝儀曲の意味をこめて、謡曲の『翁』、河東節『式三番翁』 の文句をとって鶴亀を詠みこむ。 「三曲にまがりて」 「この所を五十間道といふ、往来家並三曲に まがりてくるはをあらわす」 『吉原細見』
【 楽 】 最初の出は、荘重、厳粛である。「凡そ千年の鶴は……」 の所を、「ウタイガカリ」と説明したものが多いが、ここは「平家ガカり」 というのが正しい。平家琵琶(平曲)の語り方を模したもので、「梅の春」の 最初の所も同様である。前弾も平家琵琶の手法をまねたもので、前弾も 「平家ガカリ」である。
~\霞(かすみ)の衣(ころも)えもん坂合~\衣紋(えもん)つくろふ初買 (はつがい)の、 袂(たもと)ゆたかに大門(おおもん)の合花の江戸町 京町や合背中合わせの松飾り合
【詞章】 新年の松の内の廓の情景。 「霞の衣」 春霞を美しくいった言葉。 「えもん坂」 日本堤)の下り口で大門の入口、衣紋をつくって身じまうところ。 「衣紋坂きせるを一ツはたく所」(宝暦中)。 「初買」 正月二目の遊びをいう。 「背中合わせの松飾り」 この町々の道幅がせまいため道の中央にある下水の 溝側にたてた注連飾りをいう。
【 楽 】 曲もここからガラリとくだけて柔らかく演じるようになって いる。この最初の出の荘重さから、清元風の気分に転換する所などは、 特に注意すべき聞き所といえる。つまり、「万代の池の」から「亀の甲」に 移る辺りがむずかしくもあり、面白くもある。初めから「新玉の」までを省いて、 「霞の衣」から始めることもあるが、「新玉の」までの荘重さと、 「霞の衣」からの軽快さの対照が面白くできているのであるから、 この省略演奏は感心しない。
~\松の合位を見返りの合柳桜の仲の町、いつしか花もちりてつとんと合
【詞章】 ここから、四季ののうつりかわりとその風物を述べていく。 「松の位」 太夫職最高の遊女のこと。 「見返りの」 見返り柳は衣紋坂下にあり。最高の遊女を見ると、 見返り柳に言い掛けている。 「柳桜」 「見渡せば柳桜をこきまぜて みやこぞ春のにしきなりける」 (古今集、春、素性法師) 「ちりてつとん」 花が「散る」という意味であると同時に、口三味線の チリテツトン」にかけた掛け言葉。
【 楽 】 「ちりてつとん」そして、三味線もうたい方(語り方)も、 そのような旋律とリズムであるのは、当然であり、自然であるが、興味深い。 特に五世延寿太夫の時から三味線の手の通りに、改めてうたうようにしたという。 さて、次にくる「すががき」は、遊女が店(見世)に出るときに弾いた三味線 であるが、「見せすががきの」の直前の合の手に使われている。 ~\見世清掻(みせすがが)きの風薫る、簾(すだれ)かかげて時鳥( ほととぎす)、鳴くや皐月(さつき)のあやめ草、 ~\黒白(あやめ) もわかぬ単衣(ひとえもの) 【詞章】 春から初夏に移る部分。 「すががき」 薫風のすがすがしさの意にも通わせている。 「ほととぎす、あやめ草」 「ほととぎす 鳴くやさつきのあやめ草 あやめも知らぬ恋もするかな」 (古今十一恋歌)。 「ほととぎす 鳴くや五尺のあやめ草」(芭蕉)。 ここは見世の遊女を見立てる意。 「見くらべるいずれあやめと引ぞわずらふ」(正徳三) 「見つくろふ夜見世まこもとあやめ草」(宝永元)、 「あやめもわかぬ」 天明寛政に流行した、黒地めくらじまのひとえものに 掛ける。『吉原大全』によれば、遊女は5月5日に袷から単衣に衣更えした。
【 楽 】 「見世清掻き」以下の細かい旋律の変化の妙味。 カン~\いよし御見(ごげん)の文月(ふみづき)の、亡き玉章(たまづさ) の灯籠(とうろう)に、 星の痴話事(ちわごと)私事(ささめごと)合 銀河と聞けば白々と、白帷子(しろかたびら)の袖にそよそよ
【詞章】 夏の風物描写によそえ、客と遊女のちぎりを述べる。 「いよしごげん」 いよいよの訛、いよいよ多く度を重ねて合いたいの意。 「文月」 陰暦七月 「亡き玉章の灯籠に」 有名な中万字(なかまんじ)屋の傾城(けいせい)・ 玉菊(たまぎく)の追善のため、七月に廓で行った灯籠祭りをいう。 文月と玉章の縁語。 「星のちわごとささめごと」 七夕の牽牛織女をいう。男女の甘い語らい、 むつごと。 「蚊をやくや褒似が閨のささめごと」(其角)。 「口ばやに言え共残るささめ言」(元禄十四)。 「白帷子の・・・」 初秋の微風が吹く意。
【 楽 】 「いよしごげん」のカンの節づけの面白さなど、味わえば味わうほど 滋味がにじみ出て、実に楽しい節づけになっている。 三下り~\はや八朔(はっさく)の白無垢(しろむく)の合雪白妙(しろたえ) に降りあがり、馴染(なじみ)重ねて合二度の月見に逢いとて見とて合~ \合せ鏡の姿見に、 【詞章】 「八朔の白無垢」 八月朔日(ついたち)に、遊女が白装束でおいらん道中を した行事。「八朔も白きを見れば更衣」(安永六)。 「降りあがり」 一現初会の客。 「馴染み重ねて」 三回以上遊女に逢うこと。 「二度の月見」 八月十五夜と九月十三夜、ともに名月を賞でる吉原の紋日。
【 楽 】 前後の本調子の間にはさまれてここだけが三下りになっているが、 このように派手な三下りは珍しい(一般には、三下りは陰気でしめっぼい所に 使う)。この部分では三下りという調子のもつ寂びを含んだ華やかさか実に巧み に活かされている点に作曲手腕の非凡さがうかがわれる。 本調子~\露うちかけの菊がさね、きくのませたる禿菊(かむろぎく) 合~\いつか引っ込み(ひっこみ)突出(つきだし)の合 【詞章】 九月の重陽の菊節句にかけて、「禿」→「引込み」→「突き出し」、 という一人前の遊女になるという段階を手ぎわよくなだらかにまとめ上げている。 「露うちかけ」 露をうつとは露銀で祝儀の金をだすこと。「うちかけ」 は遊女の晴着、客の情けによってできた打ち掛けの意。 「菊がさね」 着物のかさね色目 「菊のませたる禿菊」 小菊とこましやくれた禿にかける。
【 楽 】 「露うちかけの」もこの曲の眼目の一つ。 ~\約束堅(かた)き神無月(かんなづき)に、誰(た)が誠(まこと) より本立(ほんりゅう)の、 山鳥の尾の酉(とり)の市、妹(いも) 許(がり)ゆけば千鳥足合
【詞章】 ここから冬となる。「神無月」は陰暦十月。「酉の市」はおとリさまと 呼ばれる東京下谷の鷲神社の祭で、十一月の酉の日に行われる。 「約束固き神無月」 (出雲大社にかけて)は遊女の身請の意を寓するもの。 「いつはりの無き世なりけり神無月 たが誠よりしぐれそめけん」 (続拾遺、定家) 「誰が誠より本立の」 本立山長国寺、鷲明神の酉の市がある。 「妹がりゆけば」 この語は男が恋い女のところへ通う意。 「思いかね 妹がりゆけば冬の夜の 川風寒み千鳥なくなり」(拾遺、貫之)。
~\日本堤(にほんづつみ)を土手馬(どてうま)の、合~\千里も一里通い来る合 浅草市の戻りには、吉原女郎衆(じょろうしゅ)が手鞠(てまり)つく合~\ ちょと百ついた浅草寺合
【詞章】 浅草市は浅草観音の年の市。 「土手馬」は大川から箕輪へつづくおよそ八町の日本堤を吉原まで客を 乗せて往復した馬のこと。 「千里も一里」 「白鷺は使いに来たかただ来たか、使いにも来ぬただも来ぬ、 妻を尋ねて白浜越えて、逢ふて戻れば千里も一里、あはで戻ればまた千里。 ほんにへ」(河東節『乱髪夜編笠』)。 「ちょと百ついた」は手まりをつく意を浅草寺の(除夜の)鐘をつく意にかけている。 「恋ぞつもりていつの間に、ちょと百ついたまりの数、 とんと落ちては名はたたん、どこの女郎衆の下紐を、結ぶ神の下心、 かねて知りたし問はまほし}(河東節『松の内』) 「筑波嶺の嶺よりおつるみなのがは 恋ぞつもりてふちとなりける」 (後選、陽成院)
【 楽 】 つづいて鞠唄の軽快さからチラシヘかけての賑やかな曲調、 終りはふたたび荘重に曲を結ぶまで変化の妙に富み、寸分の隙もない作曲の 卓抜さはさすがに清元を代表する名曲たるの名にそむかない。
筑波の山の此面彼面(このもかのも)合葉山茂山(しげやま)おしげりの、 繁き御蔭(みかげ)に栄えゆく 合四季折々の風景は、実(げ)に仙境 (せんきょう)もかくやらん 【詞章】 「葉山茂山おしげりの」 「筑波山 葉山茂山 しげけれど 思ひ入るにはさはらぢりけり」 (新古今十一 源重之)と 「筑波根の かのもこのもに影はあれど 君がみかげにますかげはなし」 (古今)二首にかける。しげるは、こもる、男女の情交、しめやかに物語すること。
カカリ~\隅田の流れ清元の、寿(ことぶき)延(の)ぶる太夫殿、 君は千代ませませと、悦(よろこ)びを、 祝う天櫃(てんびつ) 和合神(わごうじん)合日々に太平の足をすすむる蘆原(あしはら)の、 国安国(くにやすくに)とへ舞い納む
【詞章】 家元清元延寿太夫名の延寿を詠みこみ、清元流の繁栄と「蘆原の国」 すなわち日本の国の太平を祈って曲を結んでいる。 「天びつ和合神」 落葉集四の道楽踊(ミチガクと読む)に「手まりつくにの、 つくつくには、てんぴつ和合楽とぶっつけた」とある。 和合に情交の意あり「悋気喧嘩に引組合い・ぢりぢり和合めいて来る」(文化元)。 和合神は、シナ白蓮教の吉兆図、宝を踏んだ道人二人の像をえがく。 「和合神子供のやうで年っくい」(弘化二、新柳樽) 「蘆原の国」 豊蘆原の瑞穂の国を吉原にもじったもの。 「神風や伊勢の浜荻名を替えて、よし原といふもあし原といふも、 同じ国なりとは申せども、あし原の中津国は日のもとと称し、よし原の中の丁は 月のもとなるによって、よし原ばかり月夜かな」(安永六年『娼妃地理記』 |
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