「日本文化原論 真なる調和への道 」 美粋書房 横山俊一

私は神道や仏教を根にする伝統文化慣習に携わりました経験を軸に『日本文化原論』と題し執筆活動を展開しております。

文化基盤の質実

2018-09-16 22:46:00 | 日記

池上氏に代表されるように、どうも精神性が幼稚というか、歪というか、マスコミが目に付く。IT系で財を成した経営者などにも共通の性質が映る。精神面が未だ子供の用で、頭に偏した知見の偏りや、物質依存性の強い手法を持って自存性を遂げる共通的な体質が映る。独立自尊なる原理に対しても、深みある人間の良性への問いの希薄な淡白な物質性による生存策に向かい、富を求める経営者やマスコミという類の歪性が顕在化する。精神面がどこか若者の身勝手な利己性にあり、一方向の要望が強く物質的な力で強要させる手法を進められる。一部の大手企業の経営者やサラリーマンにも同質の感性が映り単細胞物理性の規格化された人間の精神性の貧素性を作り、淡白な利益追求と対象の物質化と一方向の利用願望の強い態度が出現する。

空間の中心的な配置を生む情報発信源を担うマスコミにおいて、この手の幼稚な性質を取り扱われる点に問題の根が映る。体と感性の工程を十分に経て頭脳的な生産性に及ばぬと物質依存の強い利己性を持つ人間が作り出されて、想定するシステムに対して人間の運用面が、不十分で大きな力と行使に見るギャップが出現し外界への違和感と歪性を広げられる。成熟した成人によってシステムと運用の乖離しない適正が生まれる。単純物理の機械性に偏し精神性の不十分な対象による力と運用の歪性等と言う現象が問題と現れる。この性質が、頭に偏って歪な制度や法規を作り根源的な人間の良性の答えの希薄な短史眼的な利益に偏る創造策を強められる。大きな影響力を生むシステム上の配置に対し、人間の適当な成長工程を想定して頭の知見に偏らぬ感性の健全性を問い徳育を含む人間を要件と規定して、「健全なシステムと人」「感性と論理」「感性と機械性」の整合度合いや健全な運用が進むように思われる。妙に若い経営者や規格量産型のサラリーマンに見る淡白なエゴの強い段階にあるような対象をシステム上の要路に配置する事による物質性の歪な運用が強まり、人間とシステムの整合に観点を当て、向上させる静態と動態と動静の規則性に進む。体過多と頭過多という両面に見る歪な精神性が浮かび上がる。空間の根幹的な配置には、体と頭の整合と感性の健全性という観点を強調して主体の良性を浮かべ、要件を規定し実際に適用し根源的な面からの力と責務の均衡が向上する。妙に頭に偏った生産と体に偏る生産に映る歪な精神性にないか。永続思想という長期性の利益概念が起こり、生産範囲と力と責務の均衡を遂げる創造力が進む。精神面の良性を表す力と責務の均衡の観点と具象的規定へ進み、概念と実際の整合が増して、バランス感覚の優れた生態の中枢性が持続する。特定空間に限らず、どこの空間にも共通する普遍性の観点と思われる。

物質力の効用と影響を体を通し実感し、感性の良性を遂げる必要な工程を経て、力に相応する運用へ及び精神の良性が伝わる。妙に物質依存性の強い利己的な体質に大きな力を委ねると、歪な制度設計や運用に見る強権性を招き、利益よりも不快を広げ深める。不健全な精神性と物質従属的な世界を進行させる。妙にマスコミに表面的な顔を売り搾取性の強い手法を持って虫食い型の利益を奪う歪性が顕在化する。この手の性格を扱うマスコミ自体が問われ質実の良いインフラを求める欲求が強まる。子供を使って世論を誘導するような捻じれた感性は、空間の根幹には適さない。堂々と外界へ真摯な対面を果たし財を求める健全な性質を問いシステムと人の適合が進む。文化の質実が測定される。これを使うスポンサーの質へと視線は向けられる。

nhk出身は、良性を産まず歪な人間を広げる元凶のような心象が進む。やはり悪性を生む構造上の問題ではないか。これを放置する政治家にも疑念が強まる。悪い意味の世襲の常識が広がっていないか。広く分母的な常識を浮かべ、特殊領域による歪性の広がらぬ尺度と適用が望まれる。学術の在り方も問われ、哲学や文化の希薄な知見の普及に偏らぬか。良好なプログラムへの思索が進む。根の深い所に、何か穴が開いているような心象を受ける現象が見られると、深刻な性質上の悪性と解される。これに大きな力を持たせると、歪なエネルギーが広がる。的確な対応が望まれる。

 


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