初日に
行きましたが、今までとは違う趣で始まる前までドキドキしていました。
最初に予習をしていきましたが、京都の短歌が多く
「詠んで欲しいなあ。」
と、思うものもあった。
端的にしか、朗読会の内容は書きませんのでご了承ください。
会場はグローブ座を立派にさせた感じだろうな。
幕が開くと、楽器はピアノとバイオリンだけのシンプルなステージ構成。一部では赤い着物を着て登場。裏地が青になっていた。ステージには一輪挿しの胡蝶蘭があった。
美里さんは
「与謝野晶子の『熱さ』を感じて欲しい。」
と、話していた。
教科書ぐらいの知識と浅く予習をしてこなかったのが、非常に悔やまれる。それぐらい文献を広く引用していた。
与謝野晶子は堺の生まれ。複雑な家族関係のなかで育った。父親は商品に洒落た川柳を作っていたが遊びほうけていた。男の子を望んでいたが女であったので辛く当たっていた。文学を始めるようになり「明星」で与謝野鉄幹の存在を知る。
鉄幹は例えるなら、曲が流れると
「あ、この曲は~が歌っていてね。」
と、すらすら言える人だったそうだ。
彼をめぐる山川登美子との葛藤。その思いはお互いに熱く短歌にしたためられている。今とはまったく違うアピールの仕方だ。
しかし、そんな鉄幹には妻子がいたのを知り、登美子は命を絶とうとする。妹のような存在の登美子。このような事は鉄幹に止めさせたい。だけど・・・。
そのためらいが伝わってきた。
♪37.2℃ 夢見るようにうたいたい を歌う。この選曲はぴったりだった。
幕間にはオリジナルドリンク「みだれ髪」を飲みました。飲みやすかったな。
二部では白いドレスを着て登場。ステージには一輪挿しの薔薇の花。白い帽子と赤いスーツケースもおいてあった。
晶子は思いを募らせていた鉄幹と結婚をして、子供をもうけていた。原稿料の前借をして鉄幹をパリに行かせた。そのあと、晶子も追った。パリの街を眺めたり、ルーブル美術館など観光をして楽しんだ。ロダンの出会いもあり、刺激的な生活を送っていた。そんな彼女も荷重になっている。
そんな彼女も帰国したいと思いが募るようになる。明治天皇の崩御と日本に残した子供たちのことが心配になったからだ。弟のような存在の石川啄木の死も晶子は悲しんだ。
子供たちと食卓を囲む様子が温かく描かれている。
今は核家族でもあるし、ライフスタイルがまちまちで家族一緒に食卓を囲むなんて少なくなってきているから、
「忘れてるな、この感じ。」
と、ふと思った。家族のあり方とか、いろいろ考えさせられた場面でもあった。
子供から見た母を医者になった長男は
「屏風に短歌を筆で書いていくのだが、書き上げた頃に
『あっ!』
と、大声を出した。屏風が上下さかさまになってしまった。」
と、話したそうだ。
娘は
「紙と墨を準備するように言われ、『紙を押さえていてちょうだい。』と、お願いされた。呼吸を合わせて紙を抜くのが難しく、慣れてくるとだんだん楽しくなってきた。短歌はさかさまから見たものしか覚えていないので、後から
『あ、これか。』
と、思った。」
と、仕事をしている母の様子が描かれている。違う一面を垣間見たような気がする。晶子は11人の子供をもうけた。
鉄幹が帰国するが、「明星」廃刊となり、晶子や子供に辛く当たったりする。その後、肺炎になり床に臥しなくなる。
そのあと、晶子も脳腫ようになり、肺炎になりなくなる。
なぜ、美里さんがこの作品を選んだかというと
「晶子のデビューが『みだれ髪』であった。初夏(はつなつ)と、訓読みして詠んだ最初の歌人。夏といえば、曲にもたくさん出てくるし、スタジアムや夏のライブだったりします。この歌集には『愛』が出てこない。私の歌詞に出てくる『愛』と『恋』は大切にしているが、晶子はずっと恋をしていたんだな。」
と、感慨深げに話していた。
「歌はどうしてつくる じっと見 じっと愛し じっと抱きしめてつくる 何を 真実を」
晶子と美里さんが、かさなった最後のフレーズだった。
ラストは「My Revolution」をうたった。
ちなみにわしが詠んで欲しかった句は
「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひあうひとみなうつくしき」
でした。本当に美里さんが詠んだ時は感動した。京都の風景と月も出てくるから是非と思っていました。最後の句を詠んだ瞬間、観客に手を差し伸べていたのは印象深い。
初めての朗読会で、どんなステージになるのか分からなかったけど、思っていた以上の出来でした。
行きましたが、今までとは違う趣で始まる前までドキドキしていました。
最初に予習をしていきましたが、京都の短歌が多く
「詠んで欲しいなあ。」
と、思うものもあった。
端的にしか、朗読会の内容は書きませんのでご了承ください。
会場はグローブ座を立派にさせた感じだろうな。
幕が開くと、楽器はピアノとバイオリンだけのシンプルなステージ構成。一部では赤い着物を着て登場。裏地が青になっていた。ステージには一輪挿しの胡蝶蘭があった。
美里さんは
「与謝野晶子の『熱さ』を感じて欲しい。」
と、話していた。
教科書ぐらいの知識と浅く予習をしてこなかったのが、非常に悔やまれる。それぐらい文献を広く引用していた。
与謝野晶子は堺の生まれ。複雑な家族関係のなかで育った。父親は商品に洒落た川柳を作っていたが遊びほうけていた。男の子を望んでいたが女であったので辛く当たっていた。文学を始めるようになり「明星」で与謝野鉄幹の存在を知る。
鉄幹は例えるなら、曲が流れると
「あ、この曲は~が歌っていてね。」
と、すらすら言える人だったそうだ。
彼をめぐる山川登美子との葛藤。その思いはお互いに熱く短歌にしたためられている。今とはまったく違うアピールの仕方だ。
しかし、そんな鉄幹には妻子がいたのを知り、登美子は命を絶とうとする。妹のような存在の登美子。このような事は鉄幹に止めさせたい。だけど・・・。
そのためらいが伝わってきた。
♪37.2℃ 夢見るようにうたいたい を歌う。この選曲はぴったりだった。
幕間にはオリジナルドリンク「みだれ髪」を飲みました。飲みやすかったな。
二部では白いドレスを着て登場。ステージには一輪挿しの薔薇の花。白い帽子と赤いスーツケースもおいてあった。
晶子は思いを募らせていた鉄幹と結婚をして、子供をもうけていた。原稿料の前借をして鉄幹をパリに行かせた。そのあと、晶子も追った。パリの街を眺めたり、ルーブル美術館など観光をして楽しんだ。ロダンの出会いもあり、刺激的な生活を送っていた。そんな彼女も荷重になっている。
そんな彼女も帰国したいと思いが募るようになる。明治天皇の崩御と日本に残した子供たちのことが心配になったからだ。弟のような存在の石川啄木の死も晶子は悲しんだ。
子供たちと食卓を囲む様子が温かく描かれている。
今は核家族でもあるし、ライフスタイルがまちまちで家族一緒に食卓を囲むなんて少なくなってきているから、
「忘れてるな、この感じ。」
と、ふと思った。家族のあり方とか、いろいろ考えさせられた場面でもあった。
子供から見た母を医者になった長男は
「屏風に短歌を筆で書いていくのだが、書き上げた頃に
『あっ!』
と、大声を出した。屏風が上下さかさまになってしまった。」
と、話したそうだ。
娘は
「紙と墨を準備するように言われ、『紙を押さえていてちょうだい。』と、お願いされた。呼吸を合わせて紙を抜くのが難しく、慣れてくるとだんだん楽しくなってきた。短歌はさかさまから見たものしか覚えていないので、後から
『あ、これか。』
と、思った。」
と、仕事をしている母の様子が描かれている。違う一面を垣間見たような気がする。晶子は11人の子供をもうけた。
鉄幹が帰国するが、「明星」廃刊となり、晶子や子供に辛く当たったりする。その後、肺炎になり床に臥しなくなる。
そのあと、晶子も脳腫ようになり、肺炎になりなくなる。
なぜ、美里さんがこの作品を選んだかというと
「晶子のデビューが『みだれ髪』であった。初夏(はつなつ)と、訓読みして詠んだ最初の歌人。夏といえば、曲にもたくさん出てくるし、スタジアムや夏のライブだったりします。この歌集には『愛』が出てこない。私の歌詞に出てくる『愛』と『恋』は大切にしているが、晶子はずっと恋をしていたんだな。」
と、感慨深げに話していた。
「歌はどうしてつくる じっと見 じっと愛し じっと抱きしめてつくる 何を 真実を」
晶子と美里さんが、かさなった最後のフレーズだった。
ラストは「My Revolution」をうたった。
ちなみにわしが詠んで欲しかった句は
「清水へ祇園をよぎる桜月夜こよひあうひとみなうつくしき」
でした。本当に美里さんが詠んだ時は感動した。京都の風景と月も出てくるから是非と思っていました。最後の句を詠んだ瞬間、観客に手を差し伸べていたのは印象深い。
初めての朗読会で、どんなステージになるのか分からなかったけど、思っていた以上の出来でした。