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Retro-gaming and so on

X68000と開発環境

X68000のOSの開発は難航したらしい。
と言うか、大体「新規登場」のマシンのOS開発は難航するものだ。
往年のどのPCのOSも開発は難航し、OS開発の専門業者に発注するなり、あるいは買収したりして解決してる。

しかし、ハッキリ言っちゃうと、OSの開発に難航した割にはX68000のOSは大したブツではない。ハードウェアのスペックの高さの割には「あまり大した事がない」OSとなっている。
類似の機械、Amigaなんかでは、コマンド名はMS-DOS系に寄せてるけど、当時最先端の、ぶっちゃけ民生機初の「マルチタスク」なOSを開発していた(※1)。OS自体がハードウェアの能力を最大限に活かすような設計になってたのだ。
一方、X68000はそういう「先進的な」OSは積んでない。SHARPとハドソンがOS作成に手慣れてない、と言う事もあっただろう(※2)。
結果、基本的にX68000のOSは旧来のCP/M的なOSの範疇を超えてない(※3)。言っちゃえばMS-DOSクローンに単純なGUIを付けたもの、それがX68000のOS、Human 68Kだ。



Human 68KのGUIも非常にショボい。
Human 68KのGUIはVisual Shellと名付けられているが、これはまんまその名の通りで、マウスクリックでの「ソフトウェアの起動」と言うのは、今日のWindows的なそれではなくって、言っちゃえば、Windowsの「コマンドプロンプト」で、コマンドを打つ作業「だけ」をGUIで代替してるだけ、だ。つまり、「OSのデスクトップ環境でソフトが起動する」わけではなく、別のソフトを起動してそちらに(必要ならば)制御が移る、と考えていい。Commodore AmigaのOSに比べるとホント原始的なんだ。
従って、何かクリックして起動させると黒画面に文字だけ、と言う状態になる。と言うかそういう状態が画面を専有する。

さて、そんなHuman 68Kの開発環境とはどんなもんだろうか。
Human 68Kにはテキストエディタが付属している。名前はEDだ。なんか勃起不全を起こしそうな名前だが、当然エディタ(Editor)の略称だ。
ちなみに、OSによっては同じくEDはテキストエディタを起動するコマンドになってる事はしばしばあるが、ソフトウェアとしてのEDが同じとは限らない(※4)。
基本的にX68000では、このEDを利用してプログラムを書く。機能的には・・・Emacsは元より、昨今のIDEに比べると機能は貧弱だ。ただし、Windowsのメモ帳を使うよりは断然プログラミング向け、と言おうか。
要するに、UNIXで言う素のviっぽいエディタがX68000のEDになる。
起動方法は、Human 68KにあるBINフォルダに入っているED.Xをダブルクリックするか、あるいは同じくHuman 68KにあるCOMMAND.Xをダブルクリックして起動したCLIで、

ed ファイル名

で起動する。


Human 68KのBINフォルダ内。ここで見えるアイコンはそのままCLIでのコマンド名だ。
BINはBinaryの略でX68000のコマンドの実行ファイルの事である。なお、拡張子*.XはWindowsで言う拡張子*.exeに当たる。


Human 68KでCOMMAND.Xを起動すると黒い(Windowsで言うトコの)DOS画面が現れる。
上のように ed foo.txt と打ってリターンすると、foo.txtと名付けたテキストファイルが生成される。


X68000標準添付のテキストエディタED。見事なまでに真っ黒だ。

EDはWindowsのメモ帳とは違って黒画面になっている。が、先にも書いたけど、僅かとは言えメモ帳よりは高機能だ。
下にある先頭行、最終行、置換、検索、次検索、範囲、削除、複写、貼り付け、二重化、は全部X68000のキーボードにあるファンクションキー(F1〜F10)に結び付けられている。往年のCLIのソフトウェアはこういうスタイルが多かった。
複写、貼り付け、なんぞは今で言うコピー&ペーストだ。キチンと日本語になってるトコがちと笑える(笑)。
ところで、こんなに「頻出コマンド」がファンクションキーと結びついてるのに、不思議な事に「ファイルの保存」がない。これを調べるのが大変だったんだ。
X68000はネットでは、「こんなゲームが出てた」「こんなゲームで遊んだ」って話は凄く良く引っかかるんだけど、反面、「無いものは作れ」が合言葉(※5)だった割には「X68000での開発プロセス」ってのは実はあまりない。
従ってEDの使い方、ってのはまず見つからないんだ。
EDは操作性としては半分くらいはUNIXのviに近い、っつーかEscキーをとにかく多用する。ESCキーを押したら別のキーを押す、と言うような操作が多い。
それらは、

  • Esc-h : ファイルを保存(保存のh?)
  • Esc-x: ファイルを保存してEDを終了する
  • Esc-q: quitコマンド
  • Esc-t: ファイルのリネーム
と、ちょっと思いつかないようなキーバインドになっている。
他にも

  • Esc-a/Esc-d: 編集ファイルの切り替え
  • Esc-f: 新規ファイル作成
  • Esc-c: 端末モード
  • Ctrl-j: ヘルプ
となってて、UNIXのvimやGNU Emacsに慣れてると(いや、Visual Studio CodeやEclipseに慣れていても)混乱は必至だ(笑)。
しかし、それでも、検索・置換等の機能を考慮してみると、繰り返すが、明らかにWindowsのメモ帳よりは強力で、素のviに近い能力がある。
これを見る限り、如何にSHARPが「X68000ではユーザーにプログラミング自体を楽しんで欲しい」と思ってたのかという、意外な設計思想にビックリする事だろう。

※1: 当時のOSだと、「フロッピーディスクフォーマット中に他のことが出来るか」否かがマルチタスクかそうじゃないか、の境目だった。Commodore Amigaはフロッピーディスクフォーマット中に他のことが出来るのがフツーで、Macは出来なかった。このように、当時のOSはフロッピーディスクフォーマット中やプリンタでの印刷中にはパソコンの全リソースが割かれてて、他に何も出来ないのがフツーだったのだ。
Apple MacintoshはDTPと言う分野を開拓したが、「印刷中何も出来ない」のは致命的で、そんなわけで初期のMacintosh用レーザープリンタにはメモリとCPUが積まれてて、印刷する場合、データをそっちに転送して各種演算はプリンタ側でやっていた。
つまり、初期のMac用レーザープリンタは実はMacと別のコンピュータで、それが価格に反映されててメチャ高かったのだ。

※2: ハドソンはBASIC言語の制作には手慣れてたが、OSそのものの制作には手慣れてなく、そういう意味では初期のマイクロソフトに近い。ただし、マイクロソフトはOS制作専門の会社の製品を「買収」したが、ハドソンとSHARPはそんな事をしなかった。

※3: CP/MがApple IIのApple DOSやマイクロソフトのMS-DOSの基となっている。CP/Mは当時のオフコン(オフィスコンピュータ)では中心的なOSとなっていて、「会社で覚えたOS用コマンド」を自宅でも使える、としたら、パソコンのOSもCP/Mクローンが当然の選択、となった。
なお、CP/Mの登場時期とUNIXの登場時期は殆ど同じだが、当時は「UNIXはビジネスに使えるマトモなOS」だとは捉えられていない。まずはビジネスシーンではあって当然である「ワードプロセッサ」が欠けていたからだ。
また、マイクロソフトはIBM-PC用にUNIXなOSを販売した事があるが、結局これも市場には受け入れられなかった。

※4: UNIXにもedはあるが、X68000のそれとは違ってもっとも原始的かつ基本的なラインエディタだ。
オリジナルのviなんかはedを拡張してまた拡張して、と言う延長線で組み立てられている。

※5: これはCommodore Amigaでも聞かれてたが、実は単なる負け惜しみだ(笑)。コンピュータ、ソフトが無ければタダの箱、が実際のトコ。そしてAmigaに比べてもX68000の「ソフトウェア遺産」ってのはまず無い。
AmigaではLinuxで使われてるviクローンのvim、そして3DグラフィックソフトLightWave 3D、ATARI STではDAWソフト、Steinberg Cubase、Appleが買収したApple Logic、そしてANSI Common Lisp処理系のCLISPが遺産として遺って現在でも広く使われているが、X68000生まれでは「無ければ作る」割にはこういう「今も遺ってて愛用されている」ソフトは存在しないだろう。
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