1)
さて、街を歩けば、芸能スカウトに何人でもお声掛かりが来そうな美少女
祀風部 りりか ( しなとべ りりか )には、数年来の一つの大きな夢があった。
数年前の夏休みの昼下がりに、お気に入りのローズティーを啜りながら、
ふと、見かけた、一枚の画像。筋肉質の碧眼の男性が、気象観測用の気球を、
八フィート大まで、自らの吐息でふくらませようと、躍起になってる画像を
見て、思ったこと……、
りりかもこの大きな風船を、吐息で四十分以内に、ふくらましてみたい。
2)
ほへぇ~~…… ――――――
待ちに待った品物を、最初に見たときのりりかの感想が、
この感嘆の溜息だった。
「 おっきい…。」
直径にして、三十センチはあるし、もっと小さいと思っていた吹き口だって、
ゴム手袋の挿入口くらいは広い。顔の下半分が、隠れてしまいそうな大きさだ。
それは、そうだろう。何せ、めいいっぱいふくらませると、人がすっぽりと
入れるという代物なのだ。
その、全体のイメージを言えば、一回り大きめのブーブークッション
といったところか?
ブロアでふくらまさないと、息ではふくらみませんといったネットの注意書きを、
りりかは、脳裏に思い出したが、それでは、彼女の夢は潰えてしまう。
「 りりか、がんばるもん。」
一大決心を決めた表情で、唇をかみしめ、誰ともなしに呟くと、
りりかは、厚めのゴム製の180サイズのジャイアントバルーンを
手に取って、思い切り、深呼吸をし始めるのだった。
3)
ひゃぁぁぁぁ…っ!と、肺の隅々まで空気を吸い込むと、りりかのほっぺは、
秋にせっせと餌をため込んだリスみたいに、ぱんぱんにふくらませる。
すかさず、ぷふぅ~~~~っ!!!!っと、大きな風船に、ためこんだ吐息を
残らず吹き込むこと、数十回、今の今まで溜まっていなかった、りりかの吐息が、
平らにしぼんで、元気がない風船に充分に入り、その身を丸くふくらましつつあった。
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
こうして、間断なく、頬を膨らませ、風船に息を吹き込むりりかの身体つきは、
さすがに、読者モデルをこなす蜾蠃乙女(すがるおとめ)らしく、嫋(たお)やかで、
華奢な骨格をしているが、風船を吐息でふくらませることには、自信があった。
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
そのことを証明するように、風船は、りりかの呼吸に応えて、成長していく。
すっぽりと、りりかの上半身が隠れるほどにふくらんで、両手を広げないと、
風船の端から端まで届かない。いずれにしても、ふくらまし甲斐のある子だ。
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
流石に、酸欠なのか、りりかは、脳のあたりが、ジンジンと響いてくるのを
感じて、一旦、バラ色の健康的な口唇を、吹き口から離して、りりかの吐息が
風船から漏れないように、広めの紐で軽く縛って、とろんとした恋する視線で
篤(あつ)く見つめると、堰を切ったみたいに、大きなゴム風船を愛撫し始めた。
4)
女の子らしい調度品が揃った広い室内に、しばし、甘い声が響き渡っていたのも、
束の間で、汗ばんだほっそりとした指先で、りりかの身の丈より、少しばかり低く、
ふくらんだ巨大風船の口を縛っていた紐を、慎重に解きながら、中が漏れないように、
吹き口に口づけながら、同時に甘い吐息を吹き込んでいく。
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!すぅ…、ぷふぅぅぅ~っ!
風船を抱いているというよりも、しがみついている様相を呈している
りりかの手の平から伝わるゴム幕の感触は、適度な緊張感のある張りが、
巨大な雫状にふくらむにつれて、危険信号をりりかの口元に送っていた。
(あ、そろそろ、潮時かも…。)
りりかは、ふくらますテンポをゆっくりめから、短く切る間隔へと変えた。
すぅ…、ぷふぅっ!すぅ…、ぷふぅっ!すぅ…、ぷふぅっ!
りりかは、境界線を見極めるように、少しづつ吐息を吹き込んでいく。
ぷぷぷぷぷ…。
きゅぅっと目をつむって、入り込めるだけの吐息を、風船の中に…。
5)
ぷぷぷぷ…っ!
りりかが、180サイズの巨大風船に最後の吐息を吹き込み、
風船も悲鳴をあげようとした瞬間、好事、魔多し。
部屋に、両親の帰宅を知らせるチャイムの音が響きわたった。
ピンポォ~ン♪
ぷはっ!
「 わひゃぁっ!」
いきなりのチャイムの音に、りりかが驚いた拍子で手放した吹き口から、
ロケットのように、時間をかけて、ゆっくりとためこんだりりかの吐息が、
一気に噴射して、部屋中を暴れまわった。
ぼふふふふふ…
「 ぁ…っ!あぁっ…!」
せっかく苦労して、大きくふくらまし、育てた風船が、散々っぱら、
暴れまわった後で、気が抜けたりりかの頭上にへろへろと落ちてくる。
「 ただいまぁ…。」
涙目になりながら、傷心のりりかは、しぼみきった風船を片付けて、
両親を出迎えるために、階下へと降りてゆくのだった。
【了】