1)
タフィは、クオラに納得してもらい、満足げに縦に身体を揺らした。
「 その通りよ。解毒の風船魔法を教え…。」
言いかけた言葉を飲み込んで、今度はその身を、宙を見上げるように縦に揺らした。
「 どうしたの?」
タフィに釣られて、クオラも天を仰ぎ、絶句する。
荒れ狂う天候のせいで気づかなかったが、一機のカノンフリューゲルが、制御不能になったらしく、毒を受けて、朦朧としているズミューアを目がけて墜落しているではないか。
確か、あの飛行体のエンジンには、魔素を効率よく圧縮し、推進力に変えるため、国家機密の何かが使われていると、現在、傍らで気絶しているクオラの親友は、言っていなかったか?
一抹の不安を感じ、クオラとタフィは、洞窟の奥へと退避していった。
2)
アイリスは、突然、倒れこんだシスターに、慌てていた。
「 ど、どうしたのよ?いったい。」
シスターに近寄ろうとするアイリスにも、胸に痛みが走る。
「 つっ!」
「 どうも…、ど…くに…。私…たちっ。」
途切れ途切れの声で、シスターは、アイリスに危機を伝えた。
「 毒?なんで?」
そんなもの受ける機会もなかったのに、二人同時に毒を受けるとか、疑問しか浮かばない。
「 あ、危ないっ!」
呆然とするアイリスに、ふらふらのシスターが、突然覆いかぶさる。
(えっ?何?何?)
アイリスが、戸惑うよりも早く、空間自体が激しく揺れた。
3)
激しい揺れが、洞窟の中のクオラとタフィにも伝わってきた。
「 あ、アイリス。シスター。」
この揺れでは、いくらズミューアとはいえ、ひとたまりもあるまい。
心配になったクオラは、洞窟の入口へと駆け出した。
クオラが洞窟の入り口に近づくにつれ、激しい熱波が押し寄せてくる。
クオラが目にしたのは、森を焼き尽くすほどの山火事と、巨大なクレーターだった。
4)
シスターの速い心音を聞きながら、アイリスの視界は、未だに闇の中にある。
だから、何かから自分を守るように四つん這いに覆いかぶさったシスターに
必死の思いで、尋ねてみた。
「 ねぇ?何があったの?あなたには、外が見えてるのでしょう。教えて。」
外で何か危ないことが、アイリスに起きそうになって、毒を受けて瀕死のシスターが
自分を庇ったのだろうということくらいは、理解できる。
それなのに、シスターは、無理に笑顔を作ってるのだろうけれども、そんな苦労を微塵も
見せない微笑みを浮かべて、
「 ふふふ。それより、大丈夫ですか?アイリスさん。」
などと小憎らしく、アイリスに問い返してくる。
「 大丈夫ですか?って、それは、私のセリフでしょ?
謝るから。ちゃんと謝るから。
私、兄が心血を注いで、実用化したカノンフリューゲルを、
兵器扱いされたことが嫌だったの。
平和利用しようと頑張ってた努力も知らないでって意地になっていたの。
ごめんなさい。」
いつしか、アイリスの瞳も潤んでいた。そんなアイリスを、力ない視線でなぞりながら、
本当に申し訳なさそうに、シスターは謝罪した。
「 アイリスさん、私こそ、ごめんなさい。私、言い過ぎたみたいです。」
シスターは、アイリスと言い争いながらも、アイリスが怒るポイントが、自分が思っている議題と大きく異なっているということに気づいていた。が、核心が掴めなかった。
それが、今のアイリスの科白で、理解できた。だからこそ、シスターは、こう続ける。
「 私も深く事情を知らず、安易に批判してごめんなさい。
それと、な…、何があったかは、やっぱり、言え…ません。」
要は、知り合いが発明した乗り物を、シスターが悪しざまに言ったことが気に食わなかったということのようだ。故に、それが原因で、今の状況があるのは、アイリスが傷つくだろうことは、安易に想像できた。心底、心配げなアイリスに、弱々しい笑みを見せながら、
今度こそ、シスターは、脱力したようにアイリスに覆いかぶさった。
そんなシスターを、抱きしめるように受け止めたアイリスは、
「 ちょ…。しっかりしなさいよ。弱肉強食は、人が作った理屈なんでしょう。」
今まで、頑なに固辞して反対していたシスターの意見を容認する発言をしていることに、
恐らくは、気づいていない。
「 助けて頂いて、ありがとうございます。
わ…、私は、弱いものが虐げられ、強いものが恣意を通す世の中が、
気に入らなかっただけですよ。ただの我儘です。それに…。」
「 それに?」
「 私、わかったんです。これは、命の…。」
シスターは、何かを言いかけて、静かになった。
アイリスは、絶句する。
身体が密着したことで、より強く伝わっていたシスターの鼓動が―――
4)
ふぅふぅふぅ…
クオラは、洞窟の中で、巨大な青い風船に息を込めていた。
「 これで、山火事は鎮火しそう?タフィ。」
「 うん、それだけ大きければ充分よ。後は…。」
「 ズミューアの中の二人だね…。」
クオラは、苦しそうに胸を押さえながら、タフィを頼るような視線で、
「 でも、あのクレーターじゃあ…。」
「 うん、とりあえず、外に…。」
大事そうに、青い魔法の風船を抱えながら、クオラたちは外に出た。
迫りくる熱気に耐えながらも、青いゴム幕に浮かぶ、森緑の魔法陣の中央に、
クオラは呪文を唱えながら、軽く口づける。
「 フォリッジ・スコール。」
ふわりと宙に風船は浮かび、天高く舞い上がったところで、星のように青白く輝いた。
そこから発せられた光は、森を覆いつくすように、天空に巨大なフォリッジグリーンに
煌く魔法陣を刻んで、スコールを降らせた。雨が降りやむと、山火事が鎮火して、なおかつ、
壊滅的だった森林地帯が、完璧に元の状態に戻っていた。
「 さすが、私の後継者ね。」
タフィは、満足げに周囲を見渡すと、クレーターが開いた場所へと、ふわふわと漂って
いく。クオラも、タフィの脇に、歩を進めた。
「 ねぇ。二人とも無事かなぁ?」
一応、彼女たちの肉体は、石碑のある場所に寝かせてある。
「 わからない。結構、時間を食っちゃったし。」
しばらく、森の奥へと進んでいくと、大地にぽっかりと広いすり鉢状の穴が開いている
場所へと出た。その爆心地と見られる、穴の中央には、機械の残骸らしき破片と、消し炭に
なった巨大な動物の遺体が横たわっている。
「 右の首が、左の首を庇うようにして、炭化しちゃってるわね。」
近くに寄って観察していたタフィが、残念そうに、クオラに言った。
「 じゃあ…。二人は?」
タフィは、ふるふると悲しそうに、風船の身を揺らした。
「 そんな…。」
愕然として、膝から崩れ落ちるクオラ。
慰めようと、彼女にすり寄ろうとするタフィは、ズミューアの異変に気付き、
「 あれ?」
と、声をあげる。クオラは、光を失った瞳を、タフィの視線へと合わせた。
【つづく】
タフィは、クオラに納得してもらい、満足げに縦に身体を揺らした。
「 その通りよ。解毒の風船魔法を教え…。」
言いかけた言葉を飲み込んで、今度はその身を、宙を見上げるように縦に揺らした。
「 どうしたの?」
タフィに釣られて、クオラも天を仰ぎ、絶句する。
荒れ狂う天候のせいで気づかなかったが、一機のカノンフリューゲルが、制御不能になったらしく、毒を受けて、朦朧としているズミューアを目がけて墜落しているではないか。
確か、あの飛行体のエンジンには、魔素を効率よく圧縮し、推進力に変えるため、国家機密の何かが使われていると、現在、傍らで気絶しているクオラの親友は、言っていなかったか?
一抹の不安を感じ、クオラとタフィは、洞窟の奥へと退避していった。
2)
アイリスは、突然、倒れこんだシスターに、慌てていた。
「 ど、どうしたのよ?いったい。」
シスターに近寄ろうとするアイリスにも、胸に痛みが走る。
「 つっ!」
「 どうも…、ど…くに…。私…たちっ。」
途切れ途切れの声で、シスターは、アイリスに危機を伝えた。
「 毒?なんで?」
そんなもの受ける機会もなかったのに、二人同時に毒を受けるとか、疑問しか浮かばない。
「 あ、危ないっ!」
呆然とするアイリスに、ふらふらのシスターが、突然覆いかぶさる。
(えっ?何?何?)
アイリスが、戸惑うよりも早く、空間自体が激しく揺れた。
3)
激しい揺れが、洞窟の中のクオラとタフィにも伝わってきた。
「 あ、アイリス。シスター。」
この揺れでは、いくらズミューアとはいえ、ひとたまりもあるまい。
心配になったクオラは、洞窟の入口へと駆け出した。
クオラが洞窟の入り口に近づくにつれ、激しい熱波が押し寄せてくる。
クオラが目にしたのは、森を焼き尽くすほどの山火事と、巨大なクレーターだった。
4)
シスターの速い心音を聞きながら、アイリスの視界は、未だに闇の中にある。
だから、何かから自分を守るように四つん這いに覆いかぶさったシスターに
必死の思いで、尋ねてみた。
「 ねぇ?何があったの?あなたには、外が見えてるのでしょう。教えて。」
外で何か危ないことが、アイリスに起きそうになって、毒を受けて瀕死のシスターが
自分を庇ったのだろうということくらいは、理解できる。
それなのに、シスターは、無理に笑顔を作ってるのだろうけれども、そんな苦労を微塵も
見せない微笑みを浮かべて、
「 ふふふ。それより、大丈夫ですか?アイリスさん。」
などと小憎らしく、アイリスに問い返してくる。
「 大丈夫ですか?って、それは、私のセリフでしょ?
謝るから。ちゃんと謝るから。
私、兄が心血を注いで、実用化したカノンフリューゲルを、
兵器扱いされたことが嫌だったの。
平和利用しようと頑張ってた努力も知らないでって意地になっていたの。
ごめんなさい。」
いつしか、アイリスの瞳も潤んでいた。そんなアイリスを、力ない視線でなぞりながら、
本当に申し訳なさそうに、シスターは謝罪した。
「 アイリスさん、私こそ、ごめんなさい。私、言い過ぎたみたいです。」
シスターは、アイリスと言い争いながらも、アイリスが怒るポイントが、自分が思っている議題と大きく異なっているということに気づいていた。が、核心が掴めなかった。
それが、今のアイリスの科白で、理解できた。だからこそ、シスターは、こう続ける。
「 私も深く事情を知らず、安易に批判してごめんなさい。
それと、な…、何があったかは、やっぱり、言え…ません。」
要は、知り合いが発明した乗り物を、シスターが悪しざまに言ったことが気に食わなかったということのようだ。故に、それが原因で、今の状況があるのは、アイリスが傷つくだろうことは、安易に想像できた。心底、心配げなアイリスに、弱々しい笑みを見せながら、
今度こそ、シスターは、脱力したようにアイリスに覆いかぶさった。
そんなシスターを、抱きしめるように受け止めたアイリスは、
「 ちょ…。しっかりしなさいよ。弱肉強食は、人が作った理屈なんでしょう。」
今まで、頑なに固辞して反対していたシスターの意見を容認する発言をしていることに、
恐らくは、気づいていない。
「 助けて頂いて、ありがとうございます。
わ…、私は、弱いものが虐げられ、強いものが恣意を通す世の中が、
気に入らなかっただけですよ。ただの我儘です。それに…。」
「 それに?」
「 私、わかったんです。これは、命の…。」
シスターは、何かを言いかけて、静かになった。
アイリスは、絶句する。
身体が密着したことで、より強く伝わっていたシスターの鼓動が―――
4)
ふぅふぅふぅ…
クオラは、洞窟の中で、巨大な青い風船に息を込めていた。
「 これで、山火事は鎮火しそう?タフィ。」
「 うん、それだけ大きければ充分よ。後は…。」
「 ズミューアの中の二人だね…。」
クオラは、苦しそうに胸を押さえながら、タフィを頼るような視線で、
「 でも、あのクレーターじゃあ…。」
「 うん、とりあえず、外に…。」
大事そうに、青い魔法の風船を抱えながら、クオラたちは外に出た。
迫りくる熱気に耐えながらも、青いゴム幕に浮かぶ、森緑の魔法陣の中央に、
クオラは呪文を唱えながら、軽く口づける。
「 フォリッジ・スコール。」
ふわりと宙に風船は浮かび、天高く舞い上がったところで、星のように青白く輝いた。
そこから発せられた光は、森を覆いつくすように、天空に巨大なフォリッジグリーンに
煌く魔法陣を刻んで、スコールを降らせた。雨が降りやむと、山火事が鎮火して、なおかつ、
壊滅的だった森林地帯が、完璧に元の状態に戻っていた。
「 さすが、私の後継者ね。」
タフィは、満足げに周囲を見渡すと、クレーターが開いた場所へと、ふわふわと漂って
いく。クオラも、タフィの脇に、歩を進めた。
「 ねぇ。二人とも無事かなぁ?」
一応、彼女たちの肉体は、石碑のある場所に寝かせてある。
「 わからない。結構、時間を食っちゃったし。」
しばらく、森の奥へと進んでいくと、大地にぽっかりと広いすり鉢状の穴が開いている
場所へと出た。その爆心地と見られる、穴の中央には、機械の残骸らしき破片と、消し炭に
なった巨大な動物の遺体が横たわっている。
「 右の首が、左の首を庇うようにして、炭化しちゃってるわね。」
近くに寄って観察していたタフィが、残念そうに、クオラに言った。
「 じゃあ…。二人は?」
タフィは、ふるふると悲しそうに、風船の身を揺らした。
「 そんな…。」
愕然として、膝から崩れ落ちるクオラ。
慰めようと、彼女にすり寄ろうとするタフィは、ズミューアの異変に気付き、
「 あれ?」
と、声をあげる。クオラは、光を失った瞳を、タフィの視線へと合わせた。
【つづく】
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