1)
クオラたちは、新興宗教の勧誘らしい、純白のローブを羽織った清楚な雰囲気の少女を撒いて、路地裏に入っていく。
はぁはぁと息を少し切らせながら、何とはなしに空を仰ぐと、四方から商店の屋根に取り囲まれ、切り取られた青を横切る一条の雲が見えた。
「 あ…。変わった雲。なんだろ?」
それは、クオラにも、見たことのない雲だった。
クオラの右隣りで、同じように空を見上げていた親友の一人が、訳知り顔で得意げに、クオラに語りかける。
「 あぁ。あれは、カノン…、なんだっけ?」
と、彼女の右後ろから二人についてきた長い髪をポニテに束ねた大人びた少女に、フォローを求めた。
「 珍しいわね。あれは、カノンフリューゲルね。」
その少女は、好奇心に瞳を輝かせながら、クオラに話しかけた。
「 何?そのカノンなんとかって?」
「 なんでも、最近発明された空を飛べる乗りものらしいわ。魔素圧縮砲のマギオカノンを応用してるらしいけど…。」
マギオカノンというのは、魔素を極限まで圧縮した光弾を打ち出す魔素機関を応用した兵器で、先の大戦では、ただの一発で絶対不利な戦局をかえたという代物だった。
「 よく知ってるわね…。アイリス。マギオカノンとか、極秘っぽい内容なのに。」
アイリスと呼ばれた大人びたポニテ少女は、クオラのあきれたような問いかけに、満足したのか、クオラの左横に並び、話を切り出した。
「 私の本家が、技術立国のフメルティア公国なのは、知ってるでしょ。
せっかくの技術を戦争だけに使うのも不毛だからって、お兄ちゃんが先頭に立って開発したのよ。
とは言っても、まだまだ実用化にはほど遠いけど。でも、珍しいわね…。公国の外で、あれを見るなんて。」
「 えっ?あれって、アイリスのお兄さんが発明したの?すっごぃ。すっごぃねぇ。リルルん。」
クオラが、アイリスの話に感心して聞き入って、彼女の右隣に並んで歩いていたリルル・ラルル・リルルに同意を得ようと、話題を振ったのだが、
「 あれ?リルルん?どこに行ったの~?」
隣に居たはずのリルルが、いつのまにか、居なくなっていた。
きょろきょろと辺りを伺いながら、リルルの姿を見渡してみると、先ほど撒いた純白のローブを羽織った少女の前に、リルルが居た。
2)
クオラとアイリスが、リルルの傍まで近寄ると、彼女は珍しく興奮した様子で、ローブの少女の演説に聞き入っていた。
「 何度も言いますように、弱肉強食とか、人が決めた枠組みですから。人は、それを破ることもできるはずです。
弱い者が、強き者の贄(にえ)となる今の世界は、楽園を望まれた神のお創り給うた世界と、かけ離れてしまっているのです。
我が教祖、ニュベリア様は、憂いました。どうすれば、この弱肉強食の修羅の世界に、楽園を作ることができるのだろうかと。」
「 ふむふむっ。」
なんだか、顔を赤らめてリルルは、修道女らしい少女の演説に耳を傾けているようで、クオラとアイリスが近くまで寄っても、まるで気づきもしていない。
「 ずいぶん、あの子は、熱心に聞き入ってるようだけど。おもしろいと思う?クオラ。」
「 ん~???難しくて、私にはわからないよ。」
熟慮の後、クオラはアイリスに、苦笑いを浮かべながら、曖昧に答えた。
クオラ的には、退屈な日常の暇つぶしができるだけの情報があれば、他はどうでもよかったので、そんな返答になったのであるが、これは何も彼女特有の思考ではなく、彼女の同年代の少年少女にとっては、普通の感覚だった。そういった意味では、リルルの反応は変わっているといえるが、同時に常日頃から、他人の役に立ちたいと宣言している彼女らしいともいえた。リルルのその様子を眺めながら、アイリスは呆れたように、
「 しっかし、よくもまぁ、あんな偽善を語れるものだわね。あのシスターは。」
などと、不敬な一言を宣(のたま)った。他との差別化をはかって、悦に入る人が居る以上、差別も争いも無くならないし、他との差別をつけたがるのは、人に備わった本能だと、アイリスは考えている。それがゆえに、この演説も気に入らないし、本能をとりつくろった偽善だと考えるのだ。それは、ある意味、思慮が浅いともいえるし、無理だと決めつけて、未来の可能性を自ら投げ出しているとも言えるが、家族と魔法学院の中の社会しか知らない彼女たちに、その経験不足を責めても、今は致し方あるまい。そのことは、ローブの少女にも当てはまることではあるのだが。それに気づかないローブの少女は、アイリスの言動に苛立ったらしい。
「 そこのあなた、偽善とは聞きづてなりませんね。」
瞳を潤ませて、少女はリルルの隣に並ぶアイリスに語りかけた。アイリスは、さも当然といったように、少女に食って掛かる。
「 だって、そうじゃない。弱肉強食が無くなるなんて、ありえないわ。」
「 ありえます。そこまで、人は愚かではありません。」
「 ありえないわ。人は愚かで、弱いもの。」
いや愚かだ、愚かじゃないと、少女とアイリスは言い争いを始めた。
「 ちょっ。二人とも言い争いは。街中じゃない。」
「 そうだよ。アイリス、そっちのシスターも。」
クオラとリルルで、言い争いを止めようとするが、二人とも頭に血が上って、二人の意見に耳をかさないし、そのうえ、少女の意見を支持する派閥と、アイリスの意見を支持する派閥に、ただの野次馬だった聴衆が分かれ、暴動に発展したので、たまらない。街の警邏に回っていた騎士団が止めに入るまで、暴動は続いた。
3)
数時間後。クオラとアイリスとリルルとローブの少女は、騎士の駐在所で、そろって取り調べを受けていた。
「 ニュベリア教の布教ねぇ…。で、そっちが、魔法学院の生徒?」
取り調べの騎士にも聞いたことがない宗教名を語るシスターに、魔法学院の生徒。暴動のきっかけは、価値観の違いということのようだ。
「 まぁ、宗教の自由も価値観の自由も、この国では認められているけれども。暴動の自由はないからね。」
彼は難しい顔をしながら、四人の少女を見ていた。
「 別に、暴動を起こしたくて、起こしたわけじゃ。」
納得いかないのか、アイリスがふてくされたように、独り言をつぶやいた。
「 それは、こっちのセリフだわ。とにかく、偽善って言ったことは訂正して。」
シスターは、憤った態度で、アイリスを責めたので、またぞろつかみ合いの喧嘩がはじまる。
「 はふぅ…。」
学院でも、教師から、価値観の違いは認め合うように、言われてはいるが、それがこれほど難しいとは、思ってもみなかったと、アイリスの態度を横目で見ながら、クオラは感じた。ほんと、この二人は、犬猿の仲ね…。まったく、嘆息するしかない。すると、
「 いい加減にしないかぁ!」
二人のつかみあいに、業を煮やした騎士が、大声で二人を制した。あまりの迫力に、アイリスもシスターも喧嘩をやめる。
彼は、同僚の騎士を呼ぶと、アイリスとシスターを拘束し、
「 その二人は、頭が冷えるまで、別々に牢に入れておけ。」
と、指示を下し。クオラとリルルは、お咎めなしとして、解放する。
なんで二人だけ?とも思ったが、納得いく部分もあったので、クオラはリルルと女子寮への、帰路についた。
4)
牢の中で、アイリスとシスターは、闇を育てることとなる。
その闇は、モンスターとして具現化することとなるのだが、そのことを二人は知ることはなかった。
【つづく】
クオラたちは、新興宗教の勧誘らしい、純白のローブを羽織った清楚な雰囲気の少女を撒いて、路地裏に入っていく。
はぁはぁと息を少し切らせながら、何とはなしに空を仰ぐと、四方から商店の屋根に取り囲まれ、切り取られた青を横切る一条の雲が見えた。
「 あ…。変わった雲。なんだろ?」
それは、クオラにも、見たことのない雲だった。
クオラの右隣りで、同じように空を見上げていた親友の一人が、訳知り顔で得意げに、クオラに語りかける。
「 あぁ。あれは、カノン…、なんだっけ?」
と、彼女の右後ろから二人についてきた長い髪をポニテに束ねた大人びた少女に、フォローを求めた。
「 珍しいわね。あれは、カノンフリューゲルね。」
その少女は、好奇心に瞳を輝かせながら、クオラに話しかけた。
「 何?そのカノンなんとかって?」
「 なんでも、最近発明された空を飛べる乗りものらしいわ。魔素圧縮砲のマギオカノンを応用してるらしいけど…。」
マギオカノンというのは、魔素を極限まで圧縮した光弾を打ち出す魔素機関を応用した兵器で、先の大戦では、ただの一発で絶対不利な戦局をかえたという代物だった。
「 よく知ってるわね…。アイリス。マギオカノンとか、極秘っぽい内容なのに。」
アイリスと呼ばれた大人びたポニテ少女は、クオラのあきれたような問いかけに、満足したのか、クオラの左横に並び、話を切り出した。
「 私の本家が、技術立国のフメルティア公国なのは、知ってるでしょ。
せっかくの技術を戦争だけに使うのも不毛だからって、お兄ちゃんが先頭に立って開発したのよ。
とは言っても、まだまだ実用化にはほど遠いけど。でも、珍しいわね…。公国の外で、あれを見るなんて。」
「 えっ?あれって、アイリスのお兄さんが発明したの?すっごぃ。すっごぃねぇ。リルルん。」
クオラが、アイリスの話に感心して聞き入って、彼女の右隣に並んで歩いていたリルル・ラルル・リルルに同意を得ようと、話題を振ったのだが、
「 あれ?リルルん?どこに行ったの~?」
隣に居たはずのリルルが、いつのまにか、居なくなっていた。
きょろきょろと辺りを伺いながら、リルルの姿を見渡してみると、先ほど撒いた純白のローブを羽織った少女の前に、リルルが居た。
2)
クオラとアイリスが、リルルの傍まで近寄ると、彼女は珍しく興奮した様子で、ローブの少女の演説に聞き入っていた。
「 何度も言いますように、弱肉強食とか、人が決めた枠組みですから。人は、それを破ることもできるはずです。
弱い者が、強き者の贄(にえ)となる今の世界は、楽園を望まれた神のお創り給うた世界と、かけ離れてしまっているのです。
我が教祖、ニュベリア様は、憂いました。どうすれば、この弱肉強食の修羅の世界に、楽園を作ることができるのだろうかと。」
「 ふむふむっ。」
なんだか、顔を赤らめてリルルは、修道女らしい少女の演説に耳を傾けているようで、クオラとアイリスが近くまで寄っても、まるで気づきもしていない。
「 ずいぶん、あの子は、熱心に聞き入ってるようだけど。おもしろいと思う?クオラ。」
「 ん~???難しくて、私にはわからないよ。」
熟慮の後、クオラはアイリスに、苦笑いを浮かべながら、曖昧に答えた。
クオラ的には、退屈な日常の暇つぶしができるだけの情報があれば、他はどうでもよかったので、そんな返答になったのであるが、これは何も彼女特有の思考ではなく、彼女の同年代の少年少女にとっては、普通の感覚だった。そういった意味では、リルルの反応は変わっているといえるが、同時に常日頃から、他人の役に立ちたいと宣言している彼女らしいともいえた。リルルのその様子を眺めながら、アイリスは呆れたように、
「 しっかし、よくもまぁ、あんな偽善を語れるものだわね。あのシスターは。」
などと、不敬な一言を宣(のたま)った。他との差別化をはかって、悦に入る人が居る以上、差別も争いも無くならないし、他との差別をつけたがるのは、人に備わった本能だと、アイリスは考えている。それがゆえに、この演説も気に入らないし、本能をとりつくろった偽善だと考えるのだ。それは、ある意味、思慮が浅いともいえるし、無理だと決めつけて、未来の可能性を自ら投げ出しているとも言えるが、家族と魔法学院の中の社会しか知らない彼女たちに、その経験不足を責めても、今は致し方あるまい。そのことは、ローブの少女にも当てはまることではあるのだが。それに気づかないローブの少女は、アイリスの言動に苛立ったらしい。
「 そこのあなた、偽善とは聞きづてなりませんね。」
瞳を潤ませて、少女はリルルの隣に並ぶアイリスに語りかけた。アイリスは、さも当然といったように、少女に食って掛かる。
「 だって、そうじゃない。弱肉強食が無くなるなんて、ありえないわ。」
「 ありえます。そこまで、人は愚かではありません。」
「 ありえないわ。人は愚かで、弱いもの。」
いや愚かだ、愚かじゃないと、少女とアイリスは言い争いを始めた。
「 ちょっ。二人とも言い争いは。街中じゃない。」
「 そうだよ。アイリス、そっちのシスターも。」
クオラとリルルで、言い争いを止めようとするが、二人とも頭に血が上って、二人の意見に耳をかさないし、そのうえ、少女の意見を支持する派閥と、アイリスの意見を支持する派閥に、ただの野次馬だった聴衆が分かれ、暴動に発展したので、たまらない。街の警邏に回っていた騎士団が止めに入るまで、暴動は続いた。
3)
数時間後。クオラとアイリスとリルルとローブの少女は、騎士の駐在所で、そろって取り調べを受けていた。
「 ニュベリア教の布教ねぇ…。で、そっちが、魔法学院の生徒?」
取り調べの騎士にも聞いたことがない宗教名を語るシスターに、魔法学院の生徒。暴動のきっかけは、価値観の違いということのようだ。
「 まぁ、宗教の自由も価値観の自由も、この国では認められているけれども。暴動の自由はないからね。」
彼は難しい顔をしながら、四人の少女を見ていた。
「 別に、暴動を起こしたくて、起こしたわけじゃ。」
納得いかないのか、アイリスがふてくされたように、独り言をつぶやいた。
「 それは、こっちのセリフだわ。とにかく、偽善って言ったことは訂正して。」
シスターは、憤った態度で、アイリスを責めたので、またぞろつかみ合いの喧嘩がはじまる。
「 はふぅ…。」
学院でも、教師から、価値観の違いは認め合うように、言われてはいるが、それがこれほど難しいとは、思ってもみなかったと、アイリスの態度を横目で見ながら、クオラは感じた。ほんと、この二人は、犬猿の仲ね…。まったく、嘆息するしかない。すると、
「 いい加減にしないかぁ!」
二人のつかみあいに、業を煮やした騎士が、大声で二人を制した。あまりの迫力に、アイリスもシスターも喧嘩をやめる。
彼は、同僚の騎士を呼ぶと、アイリスとシスターを拘束し、
「 その二人は、頭が冷えるまで、別々に牢に入れておけ。」
と、指示を下し。クオラとリルルは、お咎めなしとして、解放する。
なんで二人だけ?とも思ったが、納得いく部分もあったので、クオラはリルルと女子寮への、帰路についた。
4)
牢の中で、アイリスとシスターは、闇を育てることとなる。
その闇は、モンスターとして具現化することとなるのだが、そのことを二人は知ることはなかった。
【つづく】