今日も保育室は賑やかでした。
よく遊びよく食べ、よく眠りました。
夏休みシーズンなので、普段よりも子どもの数は少ない。
明日、台風が関東に接近するからでしょうか、遅くまで残っている子もあまりいませんでした。
18時までにはみんな帰っていきました。
帰宅すると、ニュースは終戦記念の広島を伝えていました。
今日は、79回目の終戦記念日。
数年前になりましょうか。
私も広島を訪れました。
平和記念公園の慰霊碑に刻まれた言葉を目で追った時のことは、今でもよく覚えています。
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」
その由来を調べずとも、「繰り返しませぬ」の主語は、その碑を読む自分自身だと理解しました。
こうして今を生きている自分自身。
言葉にならない気持ちを言い当てられたようで、しばらくその場に立ち尽くしました。
いつだって今を生きる私達の未来は、平和であって欲しい。
平和がいつまでも続いて欲しい。
原爆の被災者でなくても、戦争は加害者のいない過ちであると知っています。
勝者のいない争いほど、むなしいものはありません。
今日も、保育室は子ども達の声で溢れていました。
それは昨日と変わらない日常。
あしたも、その次も、ずっとずーっと続いて欲しい、尊い平和な一日でした。
よく遊びよく食べ、よく眠りました。
夏休みシーズンなので、普段よりも子どもの数は少ない。
明日、台風が関東に接近するからでしょうか、遅くまで残っている子もあまりいませんでした。
18時までにはみんな帰っていきました。
帰宅すると、ニュースは終戦記念の広島を伝えていました。
今日は、79回目の終戦記念日。
数年前になりましょうか。
私も広島を訪れました。
平和記念公園の慰霊碑に刻まれた言葉を目で追った時のことは、今でもよく覚えています。
「安らかに眠ってください 過ちは繰り返しませぬから」
その由来を調べずとも、「繰り返しませぬ」の主語は、その碑を読む自分自身だと理解しました。
こうして今を生きている自分自身。
言葉にならない気持ちを言い当てられたようで、しばらくその場に立ち尽くしました。
いつだって今を生きる私達の未来は、平和であって欲しい。
平和がいつまでも続いて欲しい。
原爆の被災者でなくても、戦争は加害者のいない過ちであると知っています。
勝者のいない争いほど、むなしいものはありません。
今日も、保育室は子ども達の声で溢れていました。
それは昨日と変わらない日常。
あしたも、その次も、ずっとずーっと続いて欲しい、尊い平和な一日でした。