危険と、危険に対する恐怖と一体どちらが始末に悪いか。私は現実の方がいい。危険そのものの方がいい。
ゴッホがこんなことを言っているそうな。
本当にそうよね。始末に悪いのはいつだって自分の恐怖心なのよ。その現実を楽しいと思うか怖いと思うか。危険であるという現実にしたって、楽しいと思えば冒険なんだし怖いと思えば回避し閉じこもることになる。
何かにつけリミッター設けすぎ。恐怖心で壁を張り巡らせすぎ。それじゃあ、先へ行けやしない。
生命体としては防衛本能がはたらくのは当然だけど、だから恐怖心で壁をこしらえ身を守るのも当然だけど、いいのよ、人類はそんなことしなくったって。人類は生命体の異端児なんだから爆死覚悟で先を目指せばいいの。破滅がなにさ。可能性を放棄してしまうほうが人類にとっては悪よ。
てか、生命の本質は自己保存とか種族保存よりも進化と豊穣にあるのよ。その急先鋒たる人類がいつまでも同じ愚を繰り返し留まってたんじゃしょうがないじゃない。
愚かしいことのひとつが恐怖で身をすくめることね。世界を恐怖でいっぱいにするのは現実そのものではなく、自分の心なんだから。
ゴッホがこんなことを言っているそうな。
本当にそうよね。始末に悪いのはいつだって自分の恐怖心なのよ。その現実を楽しいと思うか怖いと思うか。危険であるという現実にしたって、楽しいと思えば冒険なんだし怖いと思えば回避し閉じこもることになる。
何かにつけリミッター設けすぎ。恐怖心で壁を張り巡らせすぎ。それじゃあ、先へ行けやしない。
生命体としては防衛本能がはたらくのは当然だけど、だから恐怖心で壁をこしらえ身を守るのも当然だけど、いいのよ、人類はそんなことしなくったって。人類は生命体の異端児なんだから爆死覚悟で先を目指せばいいの。破滅がなにさ。可能性を放棄してしまうほうが人類にとっては悪よ。
てか、生命の本質は自己保存とか種族保存よりも進化と豊穣にあるのよ。その急先鋒たる人類がいつまでも同じ愚を繰り返し留まってたんじゃしょうがないじゃない。
愚かしいことのひとつが恐怖で身をすくめることね。世界を恐怖でいっぱいにするのは現実そのものではなく、自分の心なんだから。