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旧水戸街道を少しだけ歩いてみる 【三】

2021年11月12日 | ぼくのとうかつヒストリア
本土寺から香取神社へ

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北小金駅前に出る歩道にある「平賀 本土寺道」の石碑。なかなか立派な道案内です。
ここから、オプショナルツアーの本土寺見学に入ります。

道は常磐線で途切れますが、北小金駅の連絡通路を通って進みます。


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鬱蒼とした本土寺参道。電柱が並木に同化していますね(笑)。


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大正初期~昭和初期頃の本土寺参道の様子(当時の絵葉書)


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まずは、仁王門。無料開放日に言うことなし。

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牛にひかれて本土寺参り? 
大正初期~昭和初期頃の本土寺仁王門の様子(当時の絵葉書)


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一段高くなっている長谷山本土寺の本堂です。本土寺はあじさい寺として有名ですが、本土寺過去帳(県指定有形文化財(古文書))がこの地方の歴史にとって貴重な資料となっています。『千葉県東葛飾郡誌』(1923)には、「…其の過去帳は史上の参考品として殊に著名なり」とあります。

お目当てだった紅葉はまだまだ。事前の情報収集不足でした。
日が少し陰ってきました。


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大正初期~昭和初期頃の本土寺祖師堂の様子(当時の絵葉書)


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本堂下にある翁石と呼ばれる句碑は、小林一茶の師匠の一人、今日庵森田元夢と門人たちが芭蕉忌に因んで建てたもの。本土寺でも句会が行われ一茶も参加していました。碑には、芭蕉の句や俳人の名前(中には本土寺住職も)があり、いかに俳諧が流行っていたかが分かります。

御命講やあぶらのやふな酒五升 (芭蕉)

参道を戻り、再び旧水戸街道に出ます。駅前を左折して下ります。途中には行人台遺跡があります。6号線の根木内交差点を渡ると根木内歴史公園(根木内城跡)を左に見ることになりますが、急ぐので通過します。ホームセンターやスーパーなどを過ぎるとゴール目前です。


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一里塚のあった向小金の香取神社です。ここに一里塚がありました。現在は一里塚の代わりに石碑が建てられています。この碑にも一茶の句がありました。小金牧と言われたこの辺りの風景が彷彿とします。

下陰をさがしてよぶや親の馬

いよいよ日が暮れようとしています。馬橋からここまで約9.5km(グーグルマップ計測)、所要時間約5時間20分。この先も歩いてみたくなりますが、今回はここまで。



(蘇羽鷹神社)

歩き終えて
初めて旧水戸街道を歩いてみました。足腰に問題なく完歩できたのは有難いことでした。
旧道を歩くと言っても、普通のアスファルト道路ですし、松並木もなくなり、商業施設や住宅地に変貌して昔の風情はありません。
変わらないのはいくつかの寺社や石碑、あとは地形くらいなものでしょうか。それも明治以降の改変を受けていないものはないでしょう。私の想像力では、現役時代の水戸街道を想像するのはかなり難しく、街道を歩いているという気分は希薄でした。
首都圏であるのでやむを得ないのでしょうが、残念なところです。
そんな旧街道ですが、道の先を訪ねてみたい気持ちは減りません。また、折を見て歩いてみたいと思っています。


撮影日 2021/11/5
Nikon Z 6 / NIKKOR Z 24-70mm f/4 S
(おわり)


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