大人は、だれも、 はじめは子どもだった。
(しかし、そのことを忘れずにいるおとなは、いくらもいない。)
この本を初めて読んだのは
小学校6年生か 中学1年生のころだったか。。。
とても 自分の感性にフィットするものでした
そうだ
そうだ
私は、大人になっても
子どもの 現在(いま)!
この瞬間に感じた
さまざまな思いを 忘れないでいよう
そして
子どもの気持ちに寄り添える大人になろう
・・・と 強く決心したことを思い出します
よく言えば 感受性の豊かな私でしたかしら
ものごとはね、心で見なくてはよく見えない
いちばんたいせつなことは、目に見えない
他にも心に響いた文章がたくさん
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所謂「差之毫釐、謬之千里」
いわゆる差は毫釐(わずか)、誤りは千里なり
(心構えのわずかな差が、千里の隔りをもたらす)
※こちらは、
武術太極拳の鍛錬の心構えを教示しているものですが、
私自身の 心の置き方 & 子育てに伴っての考え方 を
いつも 整理してくれる教本になっていました。
私なりの解釈ですが、
日々、刻々と
人の心(や状況)は 流動的に変化するもの
だけれど、
自分の本質(=基軸となる価値観など や 真理)を
忘れずに 自己確認を心掛けることで、
「 誤差(くるい)」が生じそうになった(生じた)ときに
自己修正することで、
本来 自分が目指すとろへの(千里も離れてしまう)
隔たりは生じない
真理は奥深い ので、見失いがち
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知之者不如好者、
これを知るものは好む者に如かず
好之者不如楽者
これを好む者は楽しむ者に如かず
゠論語゠
これには二通りの意味がある、と思います。
一つは、
物事を始める(決める)にあたり、
「楽しむ(楽しめる)」という気持ちに添った方が
上達できる(or 失敗しない)
いわば、
好きこそものの上手なれ の意味
もう一つは、
物事は、
「知っている(=知識)」と言うだけで留まるよりも
「好きだ(好きになる)」ということの方が
さらに物事との関りが深くなる
しかし、
「好き」というだけに留まらず、
長く継続して行った末にこそ至れる境地というものは、
関わった歳月でしか到達できないものであり、
真の「楽しみ」に通じるものだ
継続は力なり・・・ですかね
私は、後者の意味が本来かな・・・と思います。
そして、
息子には 折に触れて
好之者不如楽者の意味を 伝えて来ました
時間をかけて大事に育てたもの(身についたもの)は、
愛おしいばかりか
当人にしか得られない至福をもたらしてくれる。。。
たった一つでも良いから
簡単に手に入らないもの、
しかも 目には見えない、
無形の宝物
そういうものを
息子に授けたかったのです
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