真似屋南面堂はね~述而不作

まねやなんめんどう。創業(屋号命名)1993年頃。開店2008年。長年のサラリーマン生活に区切り。述べて作らず

百歳以前 徳岡孝夫 土井荘平

2022-03-23 | 読書-エッセイ/小説etc
文春新書『百歳以前』徳岡孝夫 土井荘平 | 新書

91歳の同級生が綴る22篇の人生。「男おひとり様」の友情と心情がここにある 『百歳以前』(徳岡 孝夫,土井 荘平) | 土井 荘平 | ちょい読み

川本三郎さん評
【書評】『百歳以前』共に妻を亡くした91歳の同級生が綴り合う「来し方」

『百歳以前』|感想・レビュー・試し読み - 読書メーター
まあ、そうやねぇ・・
土井氏の部分は要らないという声は一理も二理もあるものの、視力減退で原稿執筆が不可能な徳岡氏から電話で内容を聞いて原稿入力したのは土井氏だからねぇ、少しは・・・ねぇ。

目次
執筆のプロセス(土井荘平)
真の英国紳士(徳岡孝夫)
ひとり正月(土井荘平)
人事の賽の目(徳岡孝夫)
K女との電話(土井荘平)
セカンドキャリア(徳岡孝夫)
ハーレム・ノクターン(土井荘平)
陽気な神父さん(徳岡孝夫)
ステイホーム(土井荘平)
気高い行為(徳岡孝夫)
何れ菖蒲か杜若(土井荘平)
夢の浮橋(土井荘平)
政治家が死んだ時(徳岡孝夫)
夢かうつつか(土井荘平)
動機が行動を浄めるか(徳岡孝夫)
白い人々の病院(徳岡孝夫)
眼鏡が見つからない(土井荘平)
政治家の表と裏(徳岡孝夫)
「孤独」ということ(土井荘平)
三島由紀夫のこと(徳岡孝夫)
会者定離(土井荘平)
ショウグンザクラ―あとがきに代えて(徳岡孝夫)

人事の賽の目~徳岡氏の初任地、高松支局時代の紫雲丸事故(1955年)
紫雲丸沈没 修学旅行生ら死者多数

汽船紫雲丸機船第三宇高丸衝突事件

当時米国統治下だった沖縄の人たちは英語で話している(!)と大新聞社のデスクが思い込んでいたエピソードが明かされるw

陽気な神父さん~徳岡氏の旧制三高時代、住んでいた「自由寮」の火事で焼け出され、英語教師のカトリック神父が運営する寮に拾ってもらう。
メリノール宣教会 男子宣教会。
1957年ムレット(John Murrett, 1892-1971) はビラ・マリア学生寮を設立~その前段階の時期だわね。
米穀通帳が必要だった時代。

Father John C. Murrett, MM - Archives
ordainの意味・使い方・読み方
Fr. Murrett and his twin sister were born in Buffalo, N.Y. on August 13, 1892.
神父の双子の姉妹が亡くなられたのが徳岡記者が米国留学中だったため、葬儀に出席したとの記述が本書にあり。ふむ。
In 1946 he was assigned to Kyoto, Japan where he was professor of English at Imperial University.

徳岡氏は、三高・京大を通じて5年間ムレット神父に世話になったので、記者になってから外国要人ともスムース(ズ)に会話できたと回顧。
火事で焼け出されて住むところがなくなったことが、その後のチャンスの数々につながったともいえるのね。
チャンスをものにして飛躍できる力をしっかりつけていたからでもあるわけだが、勿論。

ドナルド・キーン氏の著書『日本文学史』の邦訳者にと本人から指名されたので、勤務先の了解を条件に引き受けると回答したところ、嶋中鵬二中央公論社長が毎日新聞社に頼みに来ていた、と。
キーンさんの「悼友」徳岡孝夫氏「まだまだ活躍してほしかった」 | 毎日新聞

徳岡孝夫 - Wikipedia

当店過去エントリ中の「徳岡」
リンク切れの嵐御免!

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 平成史  保阪正康 著 2019/03 | トップ | 韓国愛憎 激変する隣国と私... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

読書-エッセイ/小説etc」カテゴリの最新記事