アジア映画巡礼

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ブータン映画『お坊さまと鉄砲』①この映画にもノーベル平和賞を!

2024-12-11 | ブータン映画

日本被団協(原水爆被害者団体協議会)のノーベル平和賞受賞、おめでとうございます。ご高齢を押して授賞式に臨まれた皆さんが輝いて見えますが、その80年近いご苦労を思うと、自分も核廃絶運動に何か関わらねば、と思ってしまいます。それをよけいに感じさせられたのが、この映画『お坊さまと鉄砲』(2023)です。インド北部にある小国ブータンで作られた作品ですが、世界の映画人の誰もが思いつかなかった方法で、世界平和を訴えている希有な作品です。まずは映画のデータとあらすじをご紹介しましょう。

『お坊さまと鉄砲』公式サイト
 2023年/ブータン、フランス、アメリカ、台湾/ゾンカ語、英語/112分/原題:The Monk and the Gun/日本語字幕:川喜多綾子/字幕監修:西田文信
 監督・脚本:パオ・チョニン・ドルジ
 出演:タンディン・ワンチュック、ケルサン・チョジェ、タンディン・ソナム
 提供:マクザム
 配給:ザジフィルムズ、マクザム
12月13日(金)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、シネリーブル池袋ほか全国順次ロードショー

©2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

映画は2006年の物語となっています。始まりは、山の裾野に広がる麦畑を、重いプロパンガスボンベをかついだ若いお坊さんが登っていくシーンから。この若いお坊さんはタシ(タンディン・ワンチュック)と言い、山を登ったところにある小さな僧院で、ラマ(高僧/ケルサン・チョジェ)に仕えていました。ラマは瞑想修行中で、お世話はタシが一手に引き受けています。この頃ブータンでは、英明な国王として知られた第4代ジグミ・シンゲ・ワンチュク国王が、自分は2008年に譲位し、総選挙を行ってブータンは立憲君主制(王が存在するが、国の運営は憲法に従い議会が行う)に移行する、と宣言したため、初めての国政選挙を行う準備で大わらわでした。ラジオでそのニュースを聞いたラマは、タシにむかって「銃が必要だ。できれば2丁、満月までに手に入れてくれ」と言います。戸惑うタシでしたが、ラマのご命令は絶対なので、タシは銃を探しに村へと降りていきます。

©2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

その頃村では、初めての選挙の準備として、数日後に模擬選挙が行われようとしていました。選挙管理委員会のスタッフが村人を集め、選挙の仕組みややり方を説明しますが、いまひとつ村人には伝わっていきません。赤・青・黄の3つの党があることにして、そのどれかに投票する、と説明しても、ピンと来ない様子です。ラジオやテレビでも繰り返し告知しているのですが、テレビを持つ人はまだ少なく、村人は村の唯一の商店に集まって、テレビ番組を見たりしているのが実情です。あまりにも選挙の情報が浸透していかないのにじれた選挙の女性責任者ツェリン(ペマ・ザンモ・シェルパ)は、部下を連れ、車で村々を回って普及に努めます。村人の中には、模擬選挙後に行われる本番に向けて、すでに候補者への支持を明確にする人も出始め、小学生の女の子ユペル(ユペル・レンドゥップ・セルデン)の父チョペル(チョイン・ジャツォ)は周りの人とは違う候補者を支持していたため、ユペルまでいじめに遭う始末。母のツォモ(デキ・ラモ)は心を痛めます。

©2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

その頃、町に住むガイドのベンジ(タンディン・ソナム)は、アメリカ人の観光客ロンことロナルド・コールマン(ハリー・アインホーン)を空港に出迎えていました。ロンはアンティーク銃の収集家で、ブータンの村には古い銃が残っている、と聞きつけてやってきたのです。こうしてお坊さまのタシと、ベンジが案内するロンとが、模擬選挙でざわつく村で銃を捜すことになるのですが....。

登場人物紹介を兼ねてちょっと詳しくイントロ部分のストーリーを書いてしまいましたが、「銃」という不穏な単語を高僧である老ラマが口にした時から、一挙にサスペンス度が高まっていきます。それと模擬選挙をめぐるあれこれがまたまたサスペンスを掻き立てて、見ている方も不穏な雰囲気の中にどんどん取り込まれていきます。作劇が実に上手で、お話が次々と転がっていく様は、まるでボルダリング競技を見ているかのようにスリリング。そしてラストは――もう大拍手です。ちょうど被団協のノーヘル平和賞受賞式のニュースが報道されている時だったので、タイトルのように叫びたくなってしまったのでした。

©2023 Dangphu Dingphu: A 3 Pigs Production & Journey to the East Films Ltd. All rights reserved

監督のパオ・チョニン・ドルジは、映画『ブータン 山の教室』(2019/公式サイト)で監督デビュー。この作品は、2021年4月3日に今はなき岩波ホールで公開されたので、ご覧になった方もいらっしゃるかも知れません。それ以前ドルジ監督は、ブータン映画の秀作『ザ・カップ~夢のアンテナ~』(1999)で知られるケンツェ・ノルブ監督の『Vara:A Blessing』(2013)で監督助手として働いたほか、同じくノルブ監督による『ヘマへマ:待っているときに歌を』(2017)ではプロデューサーも務めました。『ヘマヘマ~』は第12回大阪アジアン映画祭で上映され、現在は配信のJAIHOで視聴することができます。そして2019年に『ブータン 山の教室』で長編劇映画監督のデビューを飾り、本作が2作目の劇映画となった次第です。1983年6月23日生まれで、作家、写真家としても活躍しており、妻は、本作や『ブータン』のプロデューサーを務めたステファニー・ライ(頼梵耘)、台湾の人です。それもあってか、製作国に台湾が入っているのですね。

ブータンはこの映画に描かれた2006年の12月に、予定を繰り上げて第5代ジグミ・ケサル・ナムゲル・ワンチュク国王(上写真は2006年のタイ訪問時に発行された写真集の表紙。昔のスキャンでぼけていてすみません)が即位し、そのさわやかな風貌のほか、美しいお妃を迎えたり、お子さんが次々とできたり等で、国際的な人気を勝ち得ていることはご承知のとおり。2011年には、3.11の東日本大震災後に日本を訪問、被災者を元気づけて下さったことでも知られています。ドルジ監督は2022年12月に、ワンチュク国王からドゥルック・トゥクセ(雲龍の心の息子)勲章を授与されたそうで、最年少の受章者となったそうです。本作の完成以前ですから、王様、先見の明がありますね。そんな話題も持っている本作、ぜひご覧になってみて下さい。予告編を付けておきます。

映画『お坊さまと鉄砲』予告編

 


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