以前にもお伝えしましたが、この夏の終わりから秋にかけて、韓国映画が続々と公開されます。今日はその中から、チョン・ドヨンの熱演が光る異色作品『マルティニークからの祈り』をご紹介したいと思います。では、まずは基本データをどうぞ。
『マルティニークからの祈り』 公式サイト
2013年/韓国映画/カラー/韓国語・フランス語・英語/131分
監督:パン・ウンジン
出演:チョン・ドヨン、コ・ス
配給:CJ Entertainment Japan
宣伝:樂舎
※8月29日(土)よりTOHOシネマズ シャンテ他全国順次ロードショー
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物語はソウルから始まります。小さな自動車整備会社を始め、共働きでがんばるジョンベ(コ・ス)とジョンヨン(チョン・ドヨン)夫妻。幼い娘ヘリン(カン・ジウ)もいて、それなりに幸せな生活でした。夫ジョンベは人が良くて少々頼りないため、友人や後輩に何か頼まれるとイヤとは言えない性格なのですが、ある日それが裏目に出る事件が起きてしまいます。連帯保証人になっていた友人が6億ウォン(約6000万円)の負債を抱えて自殺してしまい、ジョンベにも2億ウォンの返済義務が生じることになってしまったのです。住んでいた家を引き払い、狭い部屋に引っ越して仕事を探し、何とか返済しようとしますが、一家は生活費にさえ困窮する毎日でした。
そんな時、ジョンベの後輩ムンドがおいしい話を持ってきます。南米のスリナムで採れる金の原石をフランスまで運んでくれれば、高額の謝礼が手に入る、というのです。「万一バレても、罰金を払えば問題ないから」ジョンベは乗り気になりますが、その運び屋は女性にしかできない、とのこと。ジョンヨンを危険な目に遭わせたくないジョンベでしたが、ジョンヨンは夫の気持ちを考えて、志願してフランスへと向かいます。
ところが、フランスのオルリー空港で、フランス語はもちろん英語もろくに話せず、おどおどした態度のジョンヨンは怪しまれてしまいます。さらに、ジョンヨンの荷物に麻薬犬が反応。別室に連れて行かれたジョンヨンが見せられたのは、スーツケースに詰まったコカインでした。ジョンヨンは即刻逮捕され、韓国語でしか抗弁できない彼女はそのまま拘束され続けます。そして収監3ヶ月後には、フランスの海外県であるマルティニークの刑務所へと移送。そこでは、さらなる苦しみが彼女を待っていました。
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一方、ソウルのジョンベはジョンヨンの逮捕を聞き、また彼女と一緒にいたムンドのガールフレンドは国外追放されたことを耳にし、怒りに燃えます。警察に乗り込んでそのガールフレンドと面会したジョンベは、ムンドが違法なネズミ講で指名手配中だったことを教えられ絶句。ムンドの証言さえあれば、ジョンヨンは何も知らずに利用されたことが証明できると、ジョンベは逃亡中のムンドを探し始めます。さらに、ジョンヨンの救済を求めて外務省にも掛け合いますが、まったく相手にされません。フランスの韓国大使館も、ジョンヨンの事件は知っていたものの、「祖国に迷惑を掛ける犯罪者」と何もしませんでした。
マルティニークとソウルで焦燥の日々を過ごすジョンヨンとジョンベ。彼らに一筋の光が見え始めたのは、ジョンベの後輩がネットにこの事件を投稿し、ネットユーザーたちが反応したため、テレビ局が取材に動き始めた時でした。やがて、テレビ局取材班と共にマルティニークに行ったジョンベは、やっとのことでジョンヨンと再会します....。
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マルティニーク、と聞いて、ああ、あそこ、と場所がわかる日本人は少ないでしょう。マルティニークはカリブ海に浮かぶ島で、フランス領、というか、フランスの海外県となっている所です。カリブ海ではキューバ、ジャマイカ、そしてハイチとドミニカ共和国がある島やプエルトリコが知られていますが、これら西側の島が大アンティール諸島と呼ばれるのに対し、東側の小さな島々は小アンティール諸島と呼ばれます。その小アンティール諸島の真ん中あたり、ドミニカ国(ドミニカ共和国とは別)の南にあるのがマルティニーク島なのです。さらに詳しくは、こちらのウィキをどうぞ。
最初、この映画の話を聞いた時は、なぜフランス本土で犯した犯罪なのにマルティニークの刑務所に収監されるのだろう、と思ったのですが、フランス国内の女子刑務所がいっぱいだった、とかそういう理由だったのでしょうか。実はこのストーリーは実話に即していて、2004年10月に韓国人主婦がオルリー空港で麻薬所持で逮捕され、その後マルティニークの刑務所に入れられて、結局765日後に釈放される、という事件があったのでした。
その間、フランスの韓国大使館や韓国外務省は何もせず、本作の中で描かれているように、彼女の釈放を阻害するようなことばかりしたのだとか。前述したテレビ局が夫と共に取材に行き、2006年に「追跡60分」という番組にまとめて放送したのがきっかけで社会問題化し、やっと彼女の釈放へとつながっていったとのことです。
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その主人公の姿を見事に再現したのがチョン・ドヨン。韓国のどこにでもいそうな主婦が苛酷な環境に投げ込まれ、それでも生き抜いていく姿を迫真の演技で見せてくれます。また、夫役のコ・スも、頼りなさを全身に漂わせるダメ夫から、妻への愛を支えにたくましくなり、政治の理不尽さに怒るまでになる男の姿をこちらも誠実に演じてくれます。事実という基盤があったにせよ、主演の2人と周囲の俳優たちの演技で、厚みのあるドラマとなりました。
マルティニーク・ロケではありませんが、ドミニカ共和国でのロケが精彩を放っています。監督は女優出身であり、これまで『オーロラ姫』(2005)と『容疑者X 天才数学者のアリバイ』(2012)を監督したパン・ウンジン。骨太の演出で、最後まで観客を惹きつけて放しません。
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海外旅行に出る前には、利用する航空会社から必ず、
次のことをお確かめください:
1.自分の荷物である
2.自分自身で荷造りをした
3.誰かの代わりに、依頼された物を持ち運んでいない
4.自分で荷造りを終えてから、誰もその荷物を空けて中に物を入れたりしていない
といった注意がやって来ます。いつも何気なく読み流しているのですが、それはこんな事件が背景にあったからこそ。知らないうちに犯罪に加担することになる怖さも、十分に教えてくれた力作でした。