開始から3日目、ようやく東京フィルメックスに行ってきました。メイン会場になっている朝日ホールは有楽町のマリオン内にあるのですが、あたりはすっかりクリスマス仕様に。マリオン正面の時計は、長針が0を指すと中からお人形が現れる仕掛けになっており、もうクリスマスの格好をしてるはず、と12時に間に合うよう地下鉄から階段を駆け上がったのですが、すでにお隠れになる寸前でした。
期間中に絶対全貌を見ようっと。フィルメックスの会場、11階朝日ホールのロビーはこんな感じです。
今日は中国映画を2本見てきました。ハオ・ジエ([赤におおざと]傑)監督の『ティエダンのラブソング』 (2012/原題:美姐)と、エミリー・タン(唐暁白)監督の『愛の身替わり』 (2012/原題:愛的替身)で、両方ともコンペ部門の作品です。このうちの、『ティエダンのラブソング』が大傑作! 一昨年のコンペで審査員特別賞を獲ったハオ・ジエ監督の『独身男』はいまいち入り込めなかったのですが、今回は歌がいっぱい使ってあったこともあって、モロ私好みでした。
『ティエダンのラブソング』は、少年ティエダンが20歳ぐらい年上のメイという女性を好きになる所から始まります。ティエダンの父とメイは、二人台と呼ばれる二人で行う歌謡劇のパートナー同士。メイは夫が娘を連れて内蒙古に出稼ぎに行っている間、ティエダンの家に泊まって二人台の公演をしたりしています。ティエダンは絶対メイをお嫁さんにするんだ、と決めていたのですが、ある日やってきた夫がメイを連れて行ってしまいました。
20年ほど経って、戻ってきたメイ一家。娘が3人おり、長女は昔のメイそっくり。ティエダンは長女に惚れ、ついに2人は恋人同士になりますが、ティエダン一家の貧乏を嫌ったメイの夫は、長女を内蒙古へと嫁がせます。失意のティエダンに、メイは次女をもらってくれ、と言いますが、次女は口がきけないのでした。いやいやながら結婚したティエダンは、新婚早々、村にやってきた二人台の劇団について村を飛び出してしまいます。
それからは、各地を巡る日々。彼の二人台の歌と演技は評判を呼び、ついには劇団の副団長に。一方、故郷の妻には女の子が生まれていました。その頃、メイの三女が劇団に入団してきます。現代っ子の三女もティエダンが好きなのか、やたらちょっかいをかけてきます。さあ、ティエダン、絶体絶命ですが....。
終了後のQ&Aには、ハオ・ジエ監督と、主演女優のイエ・ラン(葉蘭/下写真は終了後ロビーにて)が登場。通訳の渋谷裕子さんを間に、中身の濃いトークが繰り広げられました。
イエ・ランは、『独身男』でも外から村にやってきた女性を演じていて、いわばハオ・ジエ監督のミューズなのですが、今回の『ティエダンのラブソング』では何と三役に挑戦。若き日のメイ、20年後の長女、そして成長した三女を演じ分けているのです。髪型を変えたりしているせいもあって、同一人物とは言われないととても気が付かない化けっぷりです。チャーミングな女優さんでした。
Q&Aでのハオ・ジエ監督の説明によると、二人台は男女一組で演じる芝居で、山西省、陝西省、河北省、内モンゴル自治区で演じられている出し物だそうです。この4つの省は言葉が似通っているので、二人台が広く普及しているのですが、内モンゴルに漢民族が移住していく過程で、漢民族の人々がこんな形の芝居を演じ始めたのが起源だとか。内容は、地元の人々の人生や生活に根ざしたものだそうで、とても人気があり、これらの地方では家畜でさえも二人台には熱心に耳を傾ける、と言われているとか。
また、イエ・ランへの質問も出て、「『独身男』の時は他の出演者がみな素人だったため、演技の調子を合わせるのが大変だったのですが、今回も皆さん素人とはいえ、前回よりもうまく行ったと思います」とのこと。「三役を演じるのは難しくて、いろいろ工夫をしました」とも答えていました。
映画の中で描かれた様々な風景は、言葉や動物とかも含めて監督がどうしても残しておきたかったもので、あんな世界は急激な変化を受けて今や無くなろうとしている、という話も。この映画では、精神的風土や、心のよりどころとしての土地というものを描いておきたいと思ったそうで、この土地で暮らしてきた人々の命の営みを残しておきたい、という強い思いから作られた作品のようです。二人台も現代化の波に洗われ、今では観客は老人のみ。若者は都会に出て行ったり、新しい芸能にしか関心がないので、風前の灯火なのだとか。この映画が公開されると、その魅力が見直されるのではないでしょうか。
主人公のティエダンを演じたフォン・スー(馮四)は二人台の劇団の有名な役者だそうで、脚本の設定年齢よりはずっと年上だったのですが、彼の歌のうまさと持っている雰囲気には代えられないため、中年ながら20代の青年を演じてもらったのだとか。フォン・スー、確かに朗々と歌うその喉はすごい迫力です。そして、その個性的な顔も、一度見たら忘れられません。う~ん、誰かに似てるんだけどなあ...。
劇中では二人台の歌のほか、当時流行したテレサ・テンの「甜蜜蜜」や、サリー・イップの「瀟灑走一回」も歌われたりします。監督の話によると、「地方での流行は都会での流行よりちょっと遅れてやってきます」とのことで、時代的には少し時間差があるようです。確か、ジャ・ジャンクー監督の『プラットフォーム』でもこういった歌が流れていましたね。
Q&Aが終わってのロビーでは、ハオ・ジエ監督とイエ・ランがみんなにわっと取り囲まれていました。皆さん、この映画がとっても面白かったようです。確かに、前の『独身男』からは撮り方がぐっと洗練度を増しているほか、絵づくりの腕が格段にアップ。語り口もうまくなっていて、エンターテインメントとしても立派なものです。ユーモアもうまく盛り込んであり、途中で何度か大笑いしました。さらにちょっとエッチな二人台のやり取り(タイのモーラムみたいです)や、フォン・スーのインパクト絶大なキャラなど、えぐみもたっぷり。すごく楽しめる作品でした。いやー、ハオ・ジエ監督、かつてのニン・ハオ(寧浩)監督みたいに、この後大化けするかも知れません。
『愛の身替わり』は、子供を自動車事故で殺された男が、大怪我をして入院中の運転手の妻に身替わりの子供を産ませようとする、という話で、しっかりした作品ではあるものの、ちょっと平板な感じでいまひとつ。エミリー・タン監督とプロデューサー(右端。ご主人でもあるとか)がQ&Aに登壇、監督はとても弁の立つ人でした。
さて、では毎日1~2本、という感じで、ゆるゆると見ていくことにします。さいごになりましたが、フィルメックスの公式サイトはこちらです。『ティエダンのラブソング』の紹介はこちら、『愛の身替わり』はこちらをどうぞ。DLしたスチールのファイルがうまく開かず、四苦八苦しているうちに映画祭が終わってしまいそう...。