先週と今週は、「中国インディペンデント映画祭」とチベット語の中国映画の上映「ペマ・ツェテン映画祭」という、インディーズ系中国映画にどっぷりと浸かる日々となりました。
「中国インディペンデント映画祭」はまだ途中なのですが、今回映画以上に面白かったのが、会場で買った本「現代中国独立電影―最新非政府系中国映画(ドキュメンタリー&フィクション)の世界―」。中国のインディーズ系映画作家13人に映画祭のディレクター中山大樹さんがインタビューしてまとめた本で、中国独立電影(インディペンデント映画)についての解説も挟まれています。インタビューされた映画作家は次の通り。
現代中国独立電影 | |
クリエーター情報なし | |
講談社 |
1 王宏偉 ワン・ホンウェイ(アートディレクター、俳優)/2 張献民 チャン・シャンミン(プロデューサー、大学教授)/3 応亮 イン・リャン(映画監督)/4 王兵 ワン・ビン(映画監督)/5 趙曄 チャオ・イエ(映画監督)/6 楊洋 ヤン・ヤン(映画祭ディレクター)/7 顧桃 グー・タオ(映画監督)/8 楊瑾 ヤン・ジン(映画監督)/9 徐童 シュー・トン(映画監督)/10 于広義 ユー・グァンイー(映画監督)/11 趙大勇 チャオ・ダーヨン(映画監督)/12 呉文光 ウー・ウェングアン(映画監督、オーガナイザー)/13 馮艶 フォン・イェン(映画監督、翻訳者)(ネットのサイトよりコピペしました)
インタビュー本に加えて、ドキュメンタリー作品『オルグヤ、オルグヤ・・・』 (監督・撮影:顧桃/2007年/81分)、『占い師』 (監督:徐童/2009年/126分)、『天から落ちてきた!』 (監督:張賛波/2009年/124分)というDVD3本がセットになっています。これで3,800円+税なのですから、なかなかお買い得です。
インタビューは、興味深い内容という意味でも「面白い」のですが、文字通り抱腹絶倒のやりとりもあって、思わず笑ってしまう「面白さ」。特に、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)作品への出演で知られる王宏偉と、「中国ドキュメンタリーの父」呉文光のインタビューが大笑いさせてくれます。
王宏偉「当時の電影学院の監督科には身長制限があったんだ。身長170㎝未満だと受験させてもらえず、背の低い俺や賈樟柯は応募することさえできなかった。バカバカしいだろ?」(P.16)
中山「(日本では)ドキュメンタリー専門のメルマガ誌『neoneo』は長く続いているし、最近は若い人も加わって広がりを見せているようですよ」 呉文光「中国ではそういうことをする人がいないんだ・・・。お前がそれを中国でやってみろ」 中山「私がですか?」(P.311)
こういったあたり、まるで掛け合い漫才のようで吹いてしまいました。かと思うと、応亮監督が東京フィルメックスへの恩義を感動的に語る場面もあります。応亮監督のように、映画のことなどまったくわからないまま撮り始めた人も多く、その純朴さはいじらしく思えるほど。それぞれに背景や過程は違うのですが、インディペンデント映画に足を踏み入れた彼らからは、ある共通した純粋性が強く感じられます。
この本で、インディペンデント映画か否かの分かれ道が「龍印マーク」(電影局の検定を通った印)だということが語られたりしているため、「ペマ・ツェテン映画祭」で見たペマ・ツェテン監督(上写真)作品『静かなるマニ石』(2005)と『ティメー・クンデンを探して』(2008)の冒頭に龍印が出てきた時はちょっと驚きました。でも、見てみると確かに検閲に引っかかりそうな部分はなく、政府への抵抗の意思表示として検閲を通さないという選択をしない限り、インディペンデント映画でも龍印をゲットして上映できるのだということがわかりました。チベット語上映でも、チベット語がわかる観客はもちろん、字幕上映に慣れた中国人観客も字幕で楽しめるはず。特に、日本でも中国映画祭で上映されたことがある『静かなるマニ石』は、幅広い観客にアピールする作品でした。
『静かなるマニ石』は、アムド地方の山の中の僧院で修業する少年僧が主人公です。先生にチベット仏教の教義を教えてもらうかたわら、いろんな雑用をしたり、自分より小さな化身ラマ(高僧の生まれ変わりと信じられている少年)の相手をしたりしています。少年僧は化身ラマの部屋にあるテレビを見せてもらうのが何よりも好きで、たとえ映像がニュースであっても満足します。化身ラマは少年僧に「ティメー・クンデン王子の物語」(チベットの伝統的な歌舞劇)のVCD(DVDよりも安価な映像記録媒体。現在も日本以外のアジア各国で使用されている)も見せてくれて、少年僧のテレビを見たいという欲求はますます高まります。
そんな時、正月がやってきて、少年僧は迎えに来た父親と共に実家に戻ります。実家にはテレビが出現しており、何とテレビドラマ「西遊記」のVCDボックスまで買ってありました。少年僧は夢中になりますが、この三蔵法師の話を僧院の先生にも見せてあげたい、と思い始めます。また、町のはずれのお寺では、正月恒例の歌舞劇「ティメー・クンデン王子の物語」が演じられていて、少年僧の兄や妹も出演していました。それも楽しんだ少年僧でしたが、その時買った孫悟空のお面がすっかり彼のお気に入りに。少年僧は「西遊記」の魅力に抗しがたく、ついに父親に頼んでテレビとVCDプレヤーをロバで僧院の部屋まで運んでもらうことにします。
たった1日だけでしたが、僧院の部屋では少年僧の先生や、同じく修業する仲間の僧たちが「西遊記」を楽しみました。化身ラマも何巻かVCDを見て、すっかり気に入ってしまい、自分用に買ってもらうことにします。あくる朝父親がテレビと共に帰っていく時、少年僧はどこまでも見送り、ついにはVCDボックスの箱だけでもほしいと言い出します。遅れたお正月の法要に走って参加する少年僧。その懐には、孫悟空のお面がしっかりと収まっていました・・・・。
ここで出てくる「西遊記」は、1986年に作られた版のドラマ(下写真)のようです。古くさい電子音が響くオープニングの、チープな作りの作品なのですが、これに監督は俗世間のイメージを担わせているのでしょうか。実はドラマ「西遊記」は、「中国インディペンデント映画祭」の上映作品『白鶴に乗って』 (2012)にも登場していて、主人公の老人の孫息子が、孫悟空が五行山に閉じこめられるシーンを見て「かわいそうだ」と大泣きする、という描写が出てきます。こちらはもっとあとで制作された「西遊記」か(2010年、2011年にもテレビドラマが制作されている)とも思うのですが、甘粛省が舞台であるだけに、地方の少年たちの心を掴む孫悟空、という共通項が見えた気がしました。(追記:中山大樹さんから、『白鶴に乗って』の「西遊記」はアニメ版だということを教えていただきました。一瞬の画面だったのでわかりませんでした。感謝します)
一方、「ティメー・クンデン王子の物語」は、慈悲心溢れるティメー・クンデン王子が請われれば何でも寄進してしまう結果、国の大事な宝珠や、3人の子供たち、果ては自らの目までえぐり出して盲目のバラモンに与えてしまう、という物語だとか。チベットでは古くから歌舞劇となっていて、『ティメー・クンデンを探して』の方はこの歌舞劇を演じる役者を探して、映画監督やカメラマンらの一行が町や村を回っていく、というロードムービーになっています。
その旅の途中、車に同乗しているビジネスマンの恋愛話などがあけすけに語られていき、また、王子の妃役を演じた女性と、王子役だった男性との感情のもつれなども描かれていきます。随所に「ティメー・クンデン」の素晴らしい歌や、チベット民族学校での生徒たちの踊りなど、豊かなチベット文化を感じさせる描写が入ります。
「ティメー・クンデン」のお話を聞いていると、オスカー・ワイルドの「幸福な王子」を思い出してしまいました。しかし、こちらの王子の目はサファイアだったから貧乏な人の役に立ったのですが、目玉をえぐり出して与えてもらっても、盲目の人が見えるようにはならないのでは、とも思ったり。「ティメー・クンデン王子の物語」はチベットの八大古典歌劇の一つ、とのことですが、その成立はかなり古いのでしょうか。仏教説話に近いものなのかも知れません。
こちらの映画祭も出版と連動していて、ペマ・ツェテン監督の短編・中編を翻訳した、ペマ・ツェテン著/チベット文学研究会編/星泉+大川謙作訳「ティメー・クンデンを探して」(勉誠出版)も出版されました。
チベット文学の現在 ティメー・クンデンを探して | |
ペマ・ツェテン | |
勉誠出版 |
また、 チベット文学研究会からは、「チベット文学と映画制作の現在」という研究誌も創刊されました。今回映画上映に来た人には1冊ずつプレゼントされ、映画観賞後のいろんな疑問に答えてくれています。「ティメー・クンデン」に関しては、三浦順子さんの「『ティメー・クンデン王子の物語』と利他の心」がとても参考になりました。
映画上映後には毎回ペマ・ツェテン監督が登場して、物静かな声で観客の疑問に直接答えてくれたりしました。真ん中がペマ・ツェテン監督で、その右はプロデューサーのサンジェ・ジャンツォさんです。こうして、映像と文字の両面から、より深くチベット文化を知ることができた「ペマ・ツェテン映画祭」。この映画祭を成功させた、星泉先生を始めとするチベット文学研究会の皆さんに、盛大な拍手を送りたいと思います。
<追記>
『静かなるマニ石』の、チベット仏教僧院、少年僧、テレビ、という題材設定は、ブータン映画『ザ・カップ 夢のアンテナ』(1999)を思い出させました。『ザ・カップ』はブータンで撮影された映画ながら、中国のチベットから亡命してきた僧たちが暮らす僧院、という設定で、中国政府批判がチラチラと出てきています。両者を見比べてみるのも面白いかも知れません。『静かなるマニ石』を始めとする、ペマ・ツェテン監督作品のDVD化を願っています。