『テセウスの船』のアーナンド・ガーンディー監督に続き、『火の道』のカラン・マルホートラー監督のインタビューをお送りします。とてもお話がお上手な監督で、少し割愛したのですが、長文のインタビューになってしまいました。
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「アジアの風」部門
『火の道』 (Agneepath)
2012/ヒンディー語/インド
監督:カラン・マルホートラー/主演:リティク・ローシャン、プリヤンカー・チョープラー、サンジャイ・ダット、リシ・カプール、カトリーナ・カイフ(ゲスト出演)
[ストーリー]
ムンバイ南西にある島マーンドワー(架空の島。ただしムンバイの南に広がるラーイガド地方に同名の村が存在する)では、村の教師ディーナーナート・チャウハーンが村の発展のため塩製造所を作ろうとしていました。「マースタル・ジー(先生)」と皆から慕われるディーナーナートを見て、地主は危機感を募らせます。ディーナーナートには身重の妻スハーシニー(ザリーナー・ワハーブ)と息子ヴィジャイがいて、ディーナーナートはヴィジャイにマハートマー・ガーンディーの思想を教えたり、文学者ハリワンシュラーイ・バッチャンの詩「火の道」を暗誦させたりしていました。
マーンドワーに、地主の息子カーンチャー(サンジャイ・ダット)が戻ってきます。容貌魁偉なカーンチャーは、皆から怖れられていました。カーンチャーは大規模な塩製造工場を作ると宣言し、村人たちに土地を貸せと迫ります。カーンチャーは邪魔者のディーナーナートを罠にはめ、少女のレイプと殺人という汚名を着せてリンチにかけ、その命を奪いました。母とムンバイに逃れたヴィジャイは、カーンチャーへの復讐を誓います。
ムンバイの下町で産気づき、カーリーという少女とその母に助けられたスハーシニーは女の子を出産し、シクシャーと名付けました。ところが、マフィアのボス、ラウフ・ラーラー(リシ・カプール)が白昼ある男を殺し、それを見ていたヴィジャイがガーイトーンデー警部(オーム・プリー)に嘘の証言をしたのを見て、スハーシニーはシクシャーを抱いてその町から去って行ってしまいます。その後ヴィジャイは横暴な警官を射殺し、ラーラーの元へと逃げ込みました。
それから15年、成長したヴィジャイ(リティク・ローシャン)は、ラーラーの下で頭角を現して来ていました。恋人のカーリー(プリヤンカー・チョープラー)は美容院を開き、ムダとは知りつつも結婚資金を貯めたりします。カーリーには、ヴィジャイは大きな目標のためにいつかは自分のもとを去ってしまうことがわかっていたのでした。
ヴィジャイはカーンチャーへの復讐のために、まずラーラーの長男マズハル(ラージェーシュ・タンダン)を殺し、心労で倒れたラーラーに代わって組織のトップとなります。そしてカーンチャーと取引するため、15年ぶりにマーンドワー島の土を踏むのですが....。
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10月26日(金)の午後、カラン・マルホートラー監督(以下:カラン)と、奥様で本作のスタッフでもあるエクターさん(以下:エクター)にインタビューしました。
Q:すごくパワフルな映画でしたね。オリジナル版『火の道』(1990)よりもいい出来だったのでは、と思います。
カラン:ありがとう。
エクター:この人はオリジナル版のファンだったの。それでカラン・ジョーハル(この映画のプロデューサー)から「撮ってみるかい?」と聞かれた時にすぐOKしたのよ。
Q:そうなんですか。でも、オリジナル版が製作されたのは1990年だから、その頃監督はまだ子供だったのでは?
カラン:そう、僕は10歳だった。でも、すごく気に入ったんだよ(笑)。
Q:では初めに、監督ご自身についての詳しいデータがないので、それからお聞きしていいですか?
カラン:僕はムンバイで生まれた。家族は元々パンジャーブ地方のアムリトサル出身で、ずっと前にムンバイに移ってきていた。父は映画製作者で、R.M.フィルムズという製作会社を持っており、リシ・カプール主演の『遊んでいるうちに(Khel Khel Mein)』(1975)や『ウソつき(Jhoota Kahin Ka)』(1979)等の映画を作っていた。(あとで調べると、ラヴィ・マルホートラーというのがお父様のお名前でした)
それで僕も17歳の時に、ラージクマール・サントーシー監督の助監督として働き始めた。彼の作品では、『呼び声(Pukar)』(2000)と『恥(Lajja)』(2001)で助監督を勤めたんだ。
Q:大監督の下で働き始めたんですね。ここにあなたを紹介したウィキのページがあるんですが、『恥(Lajja)』と『呼び声(Pukar)』のほかに2作品の助監督をしたという経歴が出ていますが。
カラン:それは正確じゃなくて、もっといろんな作品の助監督をやってきてる。さっきの2本の他には、パンカジ・パラーシャル監督の助監督とか、ハニー・イーラーニー監督の『切望(Armaan)』(2003)、ファルハーン・アクタル監督の『ターゲット(Lakshya)』(2004)、アーシュトーシュ・ゴーワーリーカル監督の『祖国(Swades)』(2004)に『ジョーダーとアクバル(Jodha Akbar)』(2008)、ファラー・カーン監督の『僕がいるから(Main Hoon Na)』(2004)、それからシリーシュ・クンダル監督の『愛しい人(Jaan-E-Man)』(2006)でも助監督をやった。妻のエクターとは、『愛しい人(Jaan-E-Man)』の現場で初めて出会ったんだよ。
Q:あらまあ。そこでエクターさんが、あなたの「愛しい人」になったというわけですね。
カラン:まさにその通り!(笑) お互いに「愛しい人」になった、というわけかな。
Q:『愛しい人』では、エクターさんは出演者だったんですか?
カラン:彼女は現場を取り仕切るディレクターだった。僕が第一助監督で、彼女が第二助監督。当時の名前はエクター・パータクだったけどね。彼女はその前に、ヤシュ・チョープラー監督の『ヴィールとザーラー(Veer-Zaara)』(2004)でキャリアをスタートさせていた。
Q:ヤシュ・チョープラー監督はつい先頃、亡くなられたばかりですね。
エクター:そうなの。私たちがこの映画祭に来た日に亡くなられて...。
カラン:わが国にとって、非常に大きな損失だよ。
Q:プロデューサー兼監督カラン・ジョーハルの会社、ダルマー・プロダクションに加わったのは?
カラン:カラン・ジョーハルが監督した『マイ・ネーム・イズ・ハーン』(2010)からだ。僕は共同監督(associate director)だった。ある時撮影の合間にカラン・ジョーハルの部屋に呼ばれて、「『火の道』をリメイクしたいと思ってるんだけど、君は監督をするつもりはある?」と聞かれた。それで『マイ・ネーム・イズ・ハーン』が公開された後しばらくたって、『火の道』の脚本に取りかかった。そういういきさつなんだ。
Q:カラン・ジョーハルから、「『火の道』をリメイクする」と聞いた時どう思いました?
カラン:正直に言うと、最初に話を聞かされた時は、他の監督の名前を何人か挙げたんだ。僕にやってみないかと言われた時はびっくりしたというか、監督は初めてだし、大丈夫かなと思った。何せすごい大作だからね。でも、エイヤッという気持ちで、脚本を仕上げてみることにした。
彼のオフィスから出てよく考えてみると、ダルマー・プロダクションは大きな製作会社だし、そこで映画を撮れるというのはすごいことだ。それに、カラン・ジョーハルは素晴らしいプロデューサーなんだ。彼は監督にあれこれ指図したり、製作に介入したりといったことを一切しない。監督に任せてしまえば、映画が完成するまでほっておいてくれる人だ。
Q:へえー、そうなんですか?
カラン:『火の道』の撮影には150日ぐらいかかったけど、その間にカラン・ジョーハルが現場に来たのは、2回か3回だったと思う。それに、『火の道』は彼の得意とする分野の映画ではないからね。こういう映画、彼は撮ったことがないだろ? 彼が得意なのはファミリー・ドラマやロマンチックな作品だから、アクション映画は自分は撮らないと言っていた。
だから、カラン・ジョーハルは僕に完全な自由を与えてくれて、何でも好きなようにさせてくれた。監督としては優れた作品を作りたいわけで、その機会を与えてくれたカラン・ジョーハルにはすごく感謝している。
Q:実は、カラン・ジョーハルは自身も大監督だから、きっといろいろ指導が入ったんだろうな、と想像してました。
カラン:一般的にはそう思うよね。でも、ダルマー・プロダクションで仕事をしてみればわかるけど、どの監督も自由に映画が作れるんだ。カラン・ジョーハルは監督を100%信頼してすべてを任せる。それというのも、彼は人が推薦したからとかで監督を選ぶんじゃなくて、自分の感覚、この人はいい映画を作れるという嗅覚をもとに監督を起用するからなんだ。監督が2人もいたら、その作品はひどいものになる、ということを彼はよく知っている。だから、絶対に口出しをしない。
もちろん、製作費に関してはチェックをするよ。でも、クリエイティブな面に関しては、監督には100%の自由が保障されている。
それは、キャスティングに関しても同じだ。この映画はリシ・カプールとかサンジャイ・ダット、それに主演のリティク・ローシャンにプリヤンカー・チョープラーと大物スターをいっぱい起用している。でもキャスティングにあたって、僕は一度もストップをかけられたことはない。「あのスターを君の作品で使うのはムリだ」なんて言われたことは一度もなかった。誰でも、自分が望む人をキャスティングできた。
Q:キャスティングもすべてあなたのチョイスですか?
カラン:実は、リシ・カプールはエクターの発見と言うか、ね(とエクターさんの方を)。2010年の僕たちの結婚式の時、リシ・カプールは父の古くからの友人ということで式に参列してくれた。父が製作した映画の主演はほとんど彼だったからね。結婚式では壇上の花嫁・花婿に挨拶するために、お客が列を作って待っていてくれるんだけど、その時エクターが、リシ・カプールが列に並んでいる姿を見つけた。すると彼女は僕に、「ラウフ・ラーラーよ、ラウフ・ラーラーがいるわ」とささやいたんだ(笑)。
エクター:そうなのよ、彼は私がキャスティングしたの(笑)。
Q:ピッタリでしたね。リシ・カプールのラウフ・ラーラーはとてもインパクトがありました。
カラン:素晴らしい俳優だ。ただ、納得してもらうまでがとても大変だったんだけどね。今回のキャスティングに当たって、リティク・ローシャンはスペインでロケ中だったので、僕がスペインまで行って脚本を説明した。サンジャイ・ダットとプリヤンカー・チョープラーも説明を聞いて納得してくれた。リシ・カプールだけは、納得してもらうまでに3時間半もかかったんだ。
エクター:これまでの役柄と違っていたからでしょうね。
カラン:リシ・カプールは、いつもロマンティックな役柄を演じてきた。彼が心配していたのは自分のことではなく、映画にとってどうなのか、ということで、自分が悪役を演じても大丈夫なのか、と思案していたんだ。でも、彼の演技は素晴らしくて、すごくインパクトがあったよね。
Q:サンジャイ・ダットのカーンチャーもすごかったですね。
カラン:僕は、いつもすぐにキャラクターたちを頭の中に思い浮かべることができるんだけど、カーンチャーはインテリジェンスを感じさせない男、というイメージを考えた。そこにいるだけで存在感があり、彼の黒い服、眉毛のない顔、坊主頭は無言の迫力を感じさせる。サンジャイ・ダットはそういうキャラクターを見事に作り出してくれた。
サンジャイ・ダットは、「カーンチャーをどういうキャラにしたい?」と聞いてくれたので、僕は「巨人のような人間に」と答えた。誰も敵わない、誰にも征服できない人間。それにもかかわらず、最後にヴィジャイはカーンチャーに勝つ。こうしてヴィジャイはヒーローになるわけだ。映画では、悪役が強ければ強いほどヒーローは際立つ。
Q:カーンチャーは詩というか、警句のような言葉をよく言いますね。「魂は生まれもせず、死にもしない」とか。
カラン:あの背景には、カーンチャーが「ギーター(ヒンドゥー教の聖典であるバガヴァッド・ギーター)」を読んでいる、という設定がある。カーンチャーは「ギーター」を読んで、それを自分の都合のいいように解釈する。そして勝手にその中の言葉を取り出して、ああいうふうにしゃべるんだ。
最初にカーンチャーが島に帰ってきた時に、手に持っていた本も「ギーター」なんだ。初めは普通「ギーター」の本がそうであるように、カヴァーは赤い色で、表面に「バガヴァッド・ギーター」と書いてあった。でも、それでは検閲に引っかかるので、仕方なく黒い色にして文字も消したんだ。悪人が「ギーター」を持っているわけにはいかないからね。
Q:カーンチャーのキャラクターは、オリジナル版とだいぶ変更されていますね。オリジナル版では外からやってきた悪者でしたが、この映画では島で生まれた人間、島の人間になっています。
カラン:リティク・ローシャンをヒーローにし、サンジャイ・ダットを悪役に、と考えた時、この2人の直接対決を見せなきゃ、と思ったんだ。リティク・ローシャンの演じたヴィジャイも、サンジャイ・ダットのカーンチャーも、マーンドワー島で生まれている。あの島が、ヒーローと悪役の両方を生み出したことになるわけだ。カーンチャーは最後に死ななければならない、それも、ヴィジャイによって。だからカーンチャーの役柄は、ヴィジャイと密接に関係したものでなくてはならず、またマーンドワー島に根を張ったものにしたいと思ったんだ。
Q:オリジナル版にはあった、妹の恋人というミトゥン・チャクラヴァルティーの役柄も削除されていますね。
カラン:オリジナル版は、あまりに登場人物が多すぎてごちゃごちゃしてた。それを避けたかったし、あと、今回の映画ではコミカルなキャラクターは必要ないと思ったからだ。すさまじい復讐劇だから、コメディの要素は全く入れない方がいいと判断したんだ。
Q:そんな中で、カーリーのキャラクターはとてもチャーミングです。全てを知っていて、ヴィジャイを見守るという暖かみのある女性。そのカーリーを、プリヤンカー・チョープラーがピッタリの演技で演じていますね。
カラン:そう、カーリーとヴィジャイの場面は、情感がたっぷり漂うようにした。2人は幼なじみだから、カーリーはヴィジャイの成長をつぶさに見てきて、無条件にヴィジャイを愛している。彼女の真摯で一途な愛は、ヴィジャイにとって救いでもあるし、母親の愛情が得られないヴィジャイにとって、彼女は暖かい気持ちにさせてくれる存在でもある。そして、カーリーはヴィジャイを絶対に裁かない。ヴィジャイを批判しない唯一の人間なんだ。
Q:なるほど~。それで、初めて監督としてやってみてどうでしたか?
カラン:初めて助監督として働いた時は、映画のことなど全然わかっていなかった。将来監督になれるかどうかも不明だったけど、監督というのはこういう仕事をするのだ、ということは徐々に学んでいったと思う。それから、どうやってすべてを掌握するのか、とか、クリエイティブな仕事を楽しむやり方とかも身につけて行った。その結果として、監督になることを選んだのだと言える。
監督は、自分自身の世界を創造し、観客から望むような反応を得る。いろんな感情を経験し、別の世界も見られる。映画を愛し続けることができる、素晴らしい仕事だ。これまでずっと映画界で働いてきたので、他の仕事は思いつかないね。16年間映画界で働いてきた自信が、映画監督になった自分を支えてくれていると思う。
Q:エクターさんにうかがいたいんですが、ご主人はどんな監督さんですか?
エクター:すごく怒りっぽいのよ(笑)。みんなピリピリしてるわ。でもそれは、彼の作品への情熱がもたらしたものなのよね。彼は完璧な作品を作りたいと思うから、ついそうなってしまうの。スタッフは全員、何かを掌握する役割を持っているわけだけど、彼は全てのことを掌握しようとする。それが時には傲慢に見えるのかも知れない。短気ですぐ衝突するの。でも、監督している時はぐっと自分を押さえているわね。
Q:『火の道』は今年の興収ベスト10に入るヒットとなって大成功を収めたわけですが、次の作品はもう?
エクター:『火の道』はまさか、こんなにヒットするとは思わなかったわ。完璧な成功よね。
カラン:最初の映画でこんなにも成功を収めることができたなんて、とんでもなくラッキーだったと思う。東京国際映画祭になんて、来られるとは思わなかったし(笑)。夢が実現したわけだけど、次の夢も追いかけている。次の作品は今脚本を書いている最中で、カラン・ジョーハルがまた製作を担当してくれることになってる。
Q:すこーしだけ、内容を教えてもらえませんか(笑)。
エクター:ドラマティックなラブストーリーになる予定よ。
Q:次作、楽しみにしています。ありがとうごさいました!
ありがとうございます。
確か、「Ra・ONE」にも「ギーター」と言うのが出てきたと思うのですが、日本語で読めるものもあるのでしょうか。読んでみたいです。
奥様は「VEER ZARA」にも参加されていた方なのですね。
次の監督作品も楽しみです。
http://2012.tiff-jp.net/news/ja/?p=14697
「ギーター」というか「バガヴァッド・ギーター」は、叙事詩「マハーバーラタ」の一部で、日本でも商業出版や私家版などで結構訳本が出ています。次の、上村勝彦先生が訳された「バガヴァッド・ギーター」(岩波文庫)などいかがでしょう?(Amazonのアドレスが長っ!)
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%90%E3%82%AC%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%83%E3%83%89%E3%83%BB%E3%82%AE%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BC-%E5%B2%A9%E6%B3%A2%E6%96%87%E5%BA%AB-%E4%B8%8A%E6%9D%91-%E5%8B%9D%E5%BD%A6/dp/4003206819
欧米の映画で、「バイブル」がどーのこーの、と言及されるのと同じように、インド映画では「ギーター」がよく登場します。また見つけてみて下さいね。